2.自明の層【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
『――◆■■■■■■■■◆◆!!!』
誰も聞き得ない咆哮が、巨大な湖から孤独に届く。
まるで汽笛のように低く、悍ましくも荘厳な慟哭。
その正体はレアエネミー。水面からたまらず頭部を出し、天を仰ぐ。
やがて次には――山が動いた。
隆起する地面、豆粒のように投げ出される数多の木々。
それら全てが湖へと注がれ、バシャバシャと波紋を呼べば、山脈と見紛った甲羅が露出。
大自然をも凌駕する巨躯だった。だが雲にすら届きうるその体は震え――崩れる。
四つの脚が自重を拒むように墜落。地脈が震え、次いで崩落音と衝撃派が殺到。
緩やかにも見えるそれは、一つの街が優に消し飛ぶ規模。ドミノ倒しと思わせるほど簡単に、周囲の緑が押し流される。
いくつもの高層ビルが倒壊したような塵芥、氷山が沈んだような波飛沫を上げ、環境を風化。
当然、ここまで被害を及ぼす大災害。その中に居る者も、無事では済まないだろう。
***
「うおおおぉォォッッ!?」
「どこまで傾くんだ!?まさかこれ垂直に…ッ!」
レアエネミーが身を捩った天変地異。
それは参加者全員に、等しく厄災として降りかかっていた。
一瞬でも判断が遅れた者は重力に晒され、断崖絶壁より一直線に落下。
既に数名は影となって下方に消えた。
かろうじて崖の突起に掴まれたプレイヤーは、掌に力を籠める。
「壁に掴まれ!振り落とされるなよッ!」
「ああクソが!何なんだよこれ!」
だが、決死にしがみ付いていた者も次には死亡。
「――おい!雪崩がッ!!」
「ヤバイッ逃げられ…」
「フゲッ…」
流れてきた岩石や巨大なサンゴ礁もどき。
一つ一つが身の丈以上。車が降ってきたようなもの。それらのザラついた表面に押し潰され、即死、あるいは道連れに墜落。
――これにより悲鳴が体内中で響き、二割ほどのプレイヤーが脱落した。
――――――
――――
――
「ベルタッ、手ぇ伸ばせッ!!」
「純貴ぃぃぃッ!」
大気を切り裂く落下。体重という理から解放され、両耳にヒュウと風切り音がつんざく。
フライト中の飛行機から飛び降りたようだ。体感は既に終端速度に達している。
遥か眼下に待ち受けるは、壁という名の地面。距離はもう千メートルとない。
――つまり、十秒足らずで地に堕ちる。
「【ロック・リザード】!!」
そこで触れたお互いの手。
少女が胸に抱き寄せられれば、スキルをカシャリと発動。
やや離れた垂直の"崖"を、"斜面"に変え、手の届く範囲にまで隆起させる。
「【イージス】!!」
菅原もすかさずスキルを発動。青藍の輝きを放ち、身体を極限まで硬化させ――大盾を斜面へ突き刺した。
ガリガリと掘削される嫌な音、右腕だけに掛かる重力の負荷、左腕に包む少女から伝わる緊張。
頭上から降りかかる瓦礫や残骸の雪崩すら無理やり跳ね除け、無限に感じる時間を堪えれば――
――速度は緩やかに殺された。
「うぐ…ォッ…!?」
やがてレアエネミーは身じろぎを終えるように、再び自転。緩やかに地面と壁が、正位置へと回帰する。
それに伴い二人は、"斜面"が"床"へ戻る傾きの変化を、身をもってゴロゴロと体感した。
「く…はァッ…」
「止まっ…たの…?」
いざ全てが終われば、シンとした空間。
重力がしっかりと働き、足が大地を踏みしめる感覚が蘇る。
「あぁ…ホンマに三途の川見えた……」
「純貴ぃぃぃ~ッ…」
そうして二人はパタリと、両足の筋肉が緩んだ。
――――――
――――
――
「えっぐぅ…なんだったん今の…」
「なるほど、こういった回転ギミックもあるようですねぇ」
その異変は、沙多と新堂も例外ではない。とはいえ二人の被害は軽微だった。
【錬金術師】の彼が【錬成】を使用。
壁に穴を開け、即興の避難豪を作成。そこに身を隠し、事態が収束すればボコッと顔を出す。
「…ガチで【錬金術師】って便利ね」
「ええ、大体の事は何でも出来ます」
まさしく人気職である所以と、説得力を体現してみせた新堂。
「しかし、ようやく他の参加者を確認できましたねぇ」
「確認ってか悲鳴が聞こえただけっしょ」
勾配が元通りになった今、辺りを確認すれば一掃された地平線。
本当に先ほどまでと同じ地形だったのか、疑わしいほど荒廃している。
「ま、多分もうどっか行っちゃってるけど」
穴の外から転がるような絶叫を聞いたが、その方向を見たとて何もない。
激突したであろう壁は遥か先で、生死も不明だ。
「どうする?無視でいい?」
「ええ、叫び声の距離や時間から、この区域の構造は大よそ掴めました。それで充分です」
しかし似た者同士に反応はドライ。被害者も無関心に、探索を再開する。
――――――
――――
――
「うっひょおお!!凄えぇぞ!!」
「…なにこれ」
無論、"パラダイム"にも環境変化は等しく影響。致命傷になりうる床の回転が牙を剥く。
「我々の知らぬ事象…まさに未知!!」
瞳ちゃんの言うように、ベアルが引き起こした異変は、この三人も初見だ。
――とはいえ、やはり対処は楽々。
有栖は【属性術師】として操るスキルを【風元素】にシフトチェンジ。緻密に作り出す上昇気流にて、スカートを抑えながら滞空。
瞳ちゃんに至っては、原理も分からず普通に浮いていた。
まるでヘリウム風船さながら。そんなプカプカ浮かぶ背中に右頂が座り、楽しそうに大口を開ける。
「…おッ、収まったか?元に戻ったぜ!!」
「右頂、あまり揺れないように!地味に痛い」
やがてレアエネミーの身動ぎが終わり、地形が水平になれば三者三様に着地。
ハプニングを難なく往なした"パラダイム"。トイレットペーパーを切らした程度の気楽さだった。
「あ、ヤベッ!床に置いといた砂時計どっか行ってんじゃん!」
「しまった!あれは落下コース一直線ですぞッ」
「…普通に手帳で時間見れるじゃん」
そんな中、嘆く二人は何か時間を計っていたらしい。
されどわざわざ砂時計で計測する必要もない。有栖は至極真っ当な意見を投じるが――
「砂が落ちるのを待つのが良いんだって有栖さんっ」
「左様、世界観にそぐわぬ小道具では興醒め!」
「…うざ」
譲れぬこだわりがあるらしい。
そんな理解を求めるリアクションは、天変地異の発生時と変わらない大きさだった。
***
「あれはしばらく夢に出るわ……」
あれから時が少し進んだ菅原サイド。
全てのプレイヤーを波乱に巻き込んだ元凶は、未だに動機激しくうずくまる。
「純貴、大丈夫?」
「おれはな……。そっちは?」
「ウチは死ななかったからもう平気。フリーフォールってあんな感じなんだよね?」
「あれはもう紐無しバンジーや」
菅原はトラウマになりつつあるが、ベルタは妙に図太かった。
いざ喉元を過ぎれば熱さを忘れるが如く、アトラクションに例える様に「うそやろ…」と零す。
「それでね、壁側見てきたけど、やっぱり人が凄い死んじゃってるっぽいよ?」
「…開始30分もせんうちに、エライ変わってもうたな」
少女の頭の汚れを払いつつ、周囲を俯瞰する彼の感想は簡潔だ。
――随分と環境が変わった。
美しく、雅を感じさせた迷宮は荒れ果てた。
随所にはゴミの山が集るよう。土砂なのかエネミーの骸なのか分からない。
依然と埃は舞い上がり、磯の匂いと混じって不快感すらある。
何より、あちこちに散見する血痕。
事件現場のようにこびり付いた赤黒い染料があった。
これが何を意味するか、どんな規模で被害を及ぼしたかなど語るまでもない。
(不幸中の幸いなんはエネミーを一掃できた事か?…けど時間経過で復活するしなんとも……)
逆にそれ以外は全て凶事。
他のプレイヤーにどう指を差されるか、考えたくもない。
(そう考えたら目撃者は出えへんかったし、良い事は二つ……あれ?何か思考バグっとらん…?)
そんなマッチポンプじみた矛盾に首を傾げていれば――上空から悪魔が降り立った。
「フム、吾の魔力に随分と余裕があるな」
「あんちゃんお疲れ様っ、変わってそうなところあった?」
「否であろう。ウヌらの求める変化は何も存在しまい」
天変地異後の調査に出向くも、レアエネミーの手掛かりもない。
つまり、いたずらに被害を出しただけ。そんな事実に背筋が凍る菅原。
「どうしたもんか…。今ので特に変化無しやったら、ポンと核がほっつき歩いとるっちゅうわけでも無さそうやし……」
「為すべきは変わらぬ。武を持って制するのみであろう」
背後から刺さるは、無機質な悪魔の視線。悩みの種は肥大する一方。
「――としても、アレはアカンで?」
再三の念押しだった。
これだけは譲れないと、無差別爆撃の禁止令を発行する。「というか飛べたんなら助けてくれ」という視線も込める。
しかしスタッと優雅に、重力すらも無視する悪魔だ。その怨念には気付かずじまい。
「でも一番楽に勝てそうだよ?」
「いやなぁ……」
ベルタは意外にもヤンチャな肯定派。悪魔の隣に並び、その巨躯を見上げる。
ただ菅原の眉目が示すのは、やはり難色。
「勝つだけなら、オレらは圧勝で終わんねん」
腕を組み、人物の心情を答える国語のテストに向き合うように唸っていた。
その真意とは――
「――お前の技でレアエネミー、画角に収めたら消せるやろ」
「何も分からんまま死んだ」
「ピクニックしただけで終わった」
「水中ステージかと思ったら登山ステージをやらされた」
等々、リタイヤになったプレイヤーから心温かいコメントが寄せられています




