2.自明の層【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「なあ、どこが勝つと思うよ!?」
「…うちら以外ありえない」
一方"パラダイム"はまだ雑談に耽っていた。
閑散にして荒れ果てた環境には目もくれず、買い溜めたお菓子をインベントリよりつまむ。
「有栖、我らを除いてという話だろう」
「だとしても気になる奴なんて…あ…」
そこで彼女は口をポカンと開く。
想起する幻影は、山吹色の長髪を持ち、灰赤の身体を持つ外国人。
集会の際、【氷元素】を生身で打ち砕いて見せた巨躯がチラつき――
「――やっぱあのダークホースのギルドだよな!あれはヤバそうだぞッ!」
「…被せないで」
ベアルを菅原の一味という勘違いのまま、サクッと甘味を咀嚼する。
ただし観察眼は本物。僅かな接触から力量を見抜き、それを否定する声は誰からも上がらなかった。
「あれは本気でやらないと多分ダメだな!久しぶりじゃないか!?おれらの圧勝で終わらなそうな大会は!!」
「さらに彼の仲間も未知数ッ。ともすれば我らが呆気なく負ける未来もあるやもしれぬ!」
「…ふーん」
バクバクと食い荒らし、盛り上がる右頂に瞳ちゃん。
これに有栖は数歩と歩み寄り、クッキーを一枚つまんだ。
「――…じゃあ、もう動いていいでしょ」
しかし不満を表現。ペタンと地面に体育座り。
紅白の髪を手持無沙汰に触る。
語るのは、とあるハンデ。
――迷宮突入から、一歩たりとも移動していない事実について。
「有栖、それでは我らが有利。何せ二回目の突入なのだからッ」
「そうそうッ、フェアに行こうぜ!まだステイだ!」
「…分かった」
このダンジョン、彼らは初見ではない。大会の下見としてレアエネミーも知っている。
故に雑談にふける。強者らしい余裕の表れと同時に、真摯なプレイスタイルだった。
***
「お前は特別や、その気になりゃ一人勝ちも余裕やん」
菅原が見つめる先には、一見普通な少女。
水色のウルフカットが特徴的な、銀鼠色の軍服めいたものに袖を通すベルタがいる。
「うん、消そうと思えば消せちゃう。"ワンパン"ってやつです!」
そしてベルタは否定しなかった。
紅色の瞳がその視線と交われば、ドヤッと胸を張る。
……
…
彼女は『ルシフェル・オンライン』にて作られた命である。
故に現実世界は知識でしか知らず、箱庭だけが全て。この世界にのみ生きる住民だ。
――ただし、プレイヤーでも無い。
便利な手帳も使えなければ、職によるスキルも無し。
死亡となれば、金銭を支払う代わりに、記憶の一部を失う。
――代わりに創造主から持たされたのが、模写。
ゲームの仕様でもない、純粋な少女の異能だ。超能力と称してもいい。
指でカメラのフレームを作るように対象を収め、思い出を残すようにカシャリとシャッターを閉じる。
それだけでプレイヤーのスキルやエネミーを写し、さらに消滅の如何すら掌の上。
対象の技を模写だけする。または模写した上で被写体を消去する。
あるいは模写すらせず、ただただ被写体を葬る。
その裁量は彼女次第。
――そしてそれは、レアエネミーすらも例外でない。
…
……
「せやんな?ホンマはそれだけで終わんねん」
それをベルタはなんて事のないように誇る。
均衡を壊す禁断の手を、子供が特技を披露するかの如く、ただ褒めてほしいかのように。
「ただ、んな事すりゃ大会がポシャる。……いや、オレからすりゃ別にエエけど――」
この体内からでも、彼女が作るカメラワークにてシャッターを降ろせば消滅。
無条件で勝利が確定する。
「他所様からすればオモロない上、意味わからん決着や」
――仮にジャンケンで競ったとしよう。
そこで相手が後出しや、グーチョキパー全部混ぜというチートを繰り出せば「何が楽しいの?」という感想で終わる。
「そんで全員にオレらの名前がアナウンスでもされりゃ、ヘイトが溜まる」
「……あっ」
天恵獲得の際には、"声"が参加者全員の頭に流れ込み、討伐者の名が無情に広まる。
これはもう誤魔化しようがない。
特に今回の面々は"パラダイム"が集めた戦闘狂ばかり。そんな者らが白けるような形で優勝すれば――
「――ウチらが報復でリンチされちゃう……ってコト!?」
「そこまでかは知らんけど、まあ穏やかちゃうわな」
彼女らのギルドは吹けば飛ぶような存在。
今こそ誤認されているが、勢力も小さく、財力や権力も無い。上位勢から狙われれば、結末は想像に容易い。
カヒュッと息を吸い込むベルタ。やがて身もブルッと縮め、顔すら青く染める。
その意味を正しく理解したらしい。
「意を得たぞっ、これは戯れ。遊猟にして遊戯であるな?」
「せや、みんな弓で動物狩るっちゅうのに、大砲をぶっ放しても白い目で見られるだけや」
傍らで、悪魔は鼻息で空気を掻き分けた。
『ルシフェル・オンライン』における"大会"を真に理解したと言わんばかり。
争奪うんぬん以前に、これは競技。根底には"娯楽"を求める姿勢がある。
「まあ、ベアルの兄ちゃんにはどうでもいい話かもしれへんけど…」
とはいえベアルの本懐は別。主君と相まみえる事のみ。
つまり、大人しくマナーやルールに縛られるはずもない。
「――けど、沙多も同じ空間にいるんやで?さっきの回転、普通に被害出とるやろ」
「ム…。であるなら控えよう」
だからこそ釘を刺す。最悪のケースなら死亡だと、肩を竦めながら。
その効果はてきめん。
意思は沙多という存在に誘導され、シュンと消える活気。インクが水を一挙に染めるようだった。
「……サっちゃんの事なら従うんだね」
「圧が凄いからなぁ…。特に最近は女王様みたいやし……」
――だがこれで計画通り。
(…おっしゃ、しれっと誘導できた。これで変な行動はせんやろ)
しめしめと口元を緩ませる菅原。
彼という弱小ギルドマスターの目標は、"勝つこと"でなく、"無難にやり過ごすこと"。
悪目立ちは避ける方針である。故に下法は使わないし使わせない。
こうして密かに心境が保たれ、胸を撫で下ろせば――
「ッ!?――【アイアス】!!」
現実は非情。安息は外的要因により崩された。
大盾を取り出し、咄嗟に障壁をドーム状に発生。銃弾を弾く。
「うわっ敵襲!?」
「ベルタ、後ろ下がれ!」
見れば右斜め後ろ、五時の方向に岩陰の奥にプレイヤー四名。構えを取っていた。
(あの回転で同じ方向に落ちとったら、そらプレイヤーも集中するか……。敵は中距離タイプの【射撃手】。残りは魔法系の職が二人…あと一人が分からんな)
初の接敵、初の戦闘だ。ならばこちらも考えることは単純。
一つは職の推察、もう一つはベルタの安全。競技らしい対人戦が始まる。
「ベルタはあんま技使うなよ」
「うん、バレないように使う!」
少女がプレイヤーでない事実を伏せながら、どう組み立てるべきか菅原は緊張を強めるが――
「――ならば平常の力で討てばよいのだな?」
悪魔が矢面へ立つ。
纏う装備で肉体は弱化。魔力も僅かな運用しか許さぬと、今しがた言い渡された。
――だが、その笑みは崩れない。
力を封じられようと彼は人外で、戦いを楽しむ悪魔。
「これより吾も、人間の道楽とやらに興じようぞッ!」
この大会における、ベアル・ゼブルの立ち回りが定まった。
***
「今日何食べた?」
「パエリアとカレーと肉まんですな」
「…考えるだけで吐き気する」
和気あいあいとした空気が広がる"パラダイム"。
床に雑魚寝する右頂。直立不動の瞳ちゃん。依然体育座りの有栖と、緊張感はまるでない。
話題も最近注目してる職から、良さげなアイテム、使用してるVRの機種etc…。
遂には直近の食事まで遡った。
「…もうよくない?」
「どんぐらい経ったよ、有栖さんっ」
「一時間くらい。たぶん」
だが痺れを切らしたように準備運動。ぐっと背筋を伸ばす有栖。
傍には、再び設置した二個目の砂時計。ジッと睨めば、サラサラと流れる粒は三割ほどだった。
「もうそんな時間かっ!腹減ったな!」
「とはいえBBQの用意はありませぬぞ?」
「じゃあもう行くか!!」
よっ、と跳ね起きる右頂は砂時計を回収。そしてクルリと反転。逆流する砂を掲げる。
「うーん、今日も空にならなかったなっ、これ」
「それは純粋に飽き性だからでしょう」
そしてチビチビと流れる一粒一粒を見上げた。
購入してから、一度も完遂した姿を目にした事がないとボヤく。
「ねえ、うちも待つの飽きた」
やがて催促の声で砂時計はインベントリへ。
それに伴い、瞳ちゃんは柔軟なストレッチ。
右頂はピョンピョンと飛び跳ね、刺々しいゴーグルを目に装着すれば――"パラダイム"は行動開始を宣言する。
「じゃ、後は適当に――楽しもうぜ!」
響いた右頂の号令。これを聞けば、三人はそれぞれ別の方向へ歩き出す。
「じゃあな!おれはあのダークホースのギルドと戦りてえ!!」
「…うちも」
「私は選り好みなどせぬッ」
チームとなるわけでも、作戦があるわけでもない。無計画な運任せの単独。
まさしく、無鉄砲な出発だった。
チート一号とチート二号を両手に抱える菅原の明日はどっちだ




