1.巨影の甲【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
それは学生にとって夏休み中旬。八月の日付も二桁を迎える頃合い。
ジリジリとセミが煩く、エアコンが手放せない炎天下。
「――さあっ!会場にご足労いただき感謝する!!」
避暑地として、冷房が効いた部屋でVRを被り寝転がれば、あっという間に訪れた大会当日。瞳ちゃんが贅肉を揺らした。
手にはメガホン。少し割れた声を、応援団長さながら一帯に轟かす。
「こちら『ドキドキ最強!レアエネミー競合レイド祭り』の現場である!!」
「うるっさいし名前ダサ…」
げんなりとした様子の沙多。大会に強制参加という胸中は酷くブルー。
――そして、視界も共にブルーだった。
眼前に広がるのは巨大な湖畔。宝石で染められたように、深い群青が揺らめく。
「おい!ちょっと泳いでこうぜ!」
"パラダイム"は実にフリーダム。
これから生死を分ける抗争が始まる。だというのに、右頂は水着に着替える素振りすら見せていた。
「日焼け止め持ってきてない……サイアク…」
同じく日傘をかざす有栖。緊張の様子は無く、レジャー気分。
「では早速であるが大会の概要を復唱させていただくッ!」
そんなギルドメンバーは無視して進行する瞳ちゃん。
参加者は計百人を超えている。
ズラリと立ち並ぶプレイヤー。既に一触即発の雰囲気すらあった。
逆に言えば、呑気なバカンス気分の"パラダイム"が壊滅的に空気を読めていない。
「競技は『獲物狩り』!徒党を組むも、個人で立ち回るも自由!他者への妨害も可!!討伐に最も貢献した優勝者には天恵が与えられる!!」
――何より、面々には未知の何かを探るような緊張が映っていた。
参加者の列に混ざる沙多も例外でない。
(…あれってどういう事なんだろ?)
釈然と噛み砕けない違和感を胸に、大海の如き湖を見渡した。
……
…
――それは前日。招待状にて招かれた、会合の場での記憶。
『まずは標的についてですな。標的を知らなければ、競技になりますまい』
インベントリより紙の束を召喚する瞳ちゃん。
各々の手元へ、シャッフルしたトランプを配るようにテーブル上を滑らせる。
『その外見とはズバリ"亀"!それも超巨大!トラック以上のサイズを誇るッ、まさに歩く戦車!!』
ペラリと紙をめくれば、挿絵があった。
紛れもない亀の姿形。それこそが狙うべきレアエネミーの実態だ。
瞳ちゃんによる精密な色彩画に加え、綴られた見解。
漢字が苦手なベアルでも読める。ふりがな付きの丁寧な仕様だった。
『敵の攻撃手段などは説明してくれないんですかぁ?』
『そこまでネタバレされては興醒めでしょうぞ』
『言っとくけど、うちらも詳しく知らない。レアエネミーっぽかったから、すぐ引き返したもん』
新堂の質問は振るわず、配られた資料の一枚目が終了。
二枚目へ、ペラリとめくる音が一斉に響く。
『次に、競技の舞台となる地点が――』
このページに、招待された誰もが顔をしかめた。
…
……
「それにしても、凄い大きいねこの湖」
同じく参加者として並ぶベルタは、広い水平線を見渡す。
まるで旅行の一欠片として思い出を残すように。
「ウチは行ったことないけど、ママの記憶にあるよ。琵琶湖ってこんな感じなんでしょ?」
「せやな……対岸が見えんわ」
また菅原も空返事。前日の件から、周囲を頻りに確認していた。
超巨大というわりに湖は静か。影も形も無い。
「敵が亀なんはまあええ。……けど何処におるっちゅう話や」
「――じゃあ呼んでくるぜ!レアエネミー!!」
そんな胸中も露知らず、「とうっ!」と水面へダイブする右頂。
いつの間にか海パンに着替え、バシャバシャと泳ぐチョコ色の髪とゴーグルだけが見える。
――と、同時に空から衝撃が落ちた。
「『はんてぃんぐ』とやらは始まったのか?」
「ゴホッゴホッ…あんちゃん…それやめて…」
それはレアエネミーでなくベアルの仕業。弾道を描いて降り立った。
「…は?今、何が起こった…?」
「【祈祷師】の重力操作か?」
旋風を巻き起こし、大量の砂塵が悪魔を中心に散らばる。
当然、彼の素性を知らぬ者は騒然。理外にして破天荒な登場に奇異の目を注ぐ。
「今そのレアエネミーを呼びに行ってるみたいだよ?あそこにパラダイムの団長さん見えるでしょ?」
「ほんまに呼べるかは疑問やけどな。丸腰で泳いでどうにかなるんか…?」
ベルタと菅原は噛み砕いて説明。すっかり悪魔の世話役となっていた。
「――何を言っている。『れあえねみぃ』は既に居るであろう?」
「えっ?」
しかし彼だけは、既に捉えていた。
上空から大気を掻き分ける傍ら、紛れもなく存在を確認していた。
その巨大な影を。
――刹那、大気が揺れる。
「出たぞオオおおぉぉぉぉ!!!!!」
今度はベアルの仕業ではなかった。叫ばれるは右頂の報告。
大声がよく通る彼が、さらに喉を絞り、ようやく微かに聞こえるほどの地震。
嵐と錯覚するほど荒れる水面。波となって畔に押し寄せる。
全ての震源は、湖の中心で――やがて、割れた。
「やっべええええぇぇぇッッ!!」
その仕業の正体こそ、水底から斜めに突き出た巨岩。沈没船が急浮上したように、巻き上げられた水が岩肌を伝って飛沫を打つ。
ただしサイズが尋常でない。空母すら小さく思えてしまう規模だ。
「命綱無しのスカイダイビングだあああぁぁぁ!!」
湖の中枢で泳いでいた右頂はかちあげられていた。ベアルのように遥か上空を舞う。
このままだと湖に打ち付けられ落下死は必然。
しかし結果は違った。
巨岩は身震いするように唸り――まぶたを開く。次には岩の頂点が上下二つに割れ、大口を作った。
……
…
『おいこれ、変じゃねえか?』
『場所の表記ミスってんだろ』
説明された大会の開催地は、レアエネミーを指していた。
――ただし生息地ではない。まさしく"存在そのもの"。
あまりに不明瞭な記載だった。
『それは違いますなッ。諸君らに配るこの資料、最低5回は見直している!』
『やけに几帳面じゃん』
これに場は忽然と静まり返る。
異常に大きな円卓を囲み、顔をしかめ歯切れ悪く唇を閉ざす銘々。
『開催地:超巨大な亀。持ち物:自由、おやつ:不要』の表記。
沙多が感心するように、書き損じはあり得ない。瞳ちゃん作のプレゼンは抜かりないと胸を張る。
ならば、考えられる可能性は――
『――ならばその『れあえねみぃ』こそが大地となろう』
ベアルが淡々と示した。
『そうそれ!それが言いたかった!そいつがあまりにもデケェからさ、試しに口ん中入ってみたんだよッ。したら体内が迷宮みたいになっててな!?』
指をパチンと鳴らす右頂は上機嫌に唾を飛ばす。
『ナチュラルに喰われようとすんな』
『中から破壊する系の敵ってことか?』
平然とした狂気にヤジが飛ばしまくる面々。されど"ダンジョン"という言葉に、全員が内容を察した。
――答えは至ってシンプル。
参加者は呑み込まれて体内に侵入。
その先に広がるフィールドにて、迷宮の核を見つけ出し、破壊した者が優勝となる。
…
……
「さあとくとご覧あれ!!これこそが貴殿らの戦場!!」
「で、でかぁ……」
メガホンで何とか聞こえる瞳ちゃんのアナウンス。
立つこともままならぬ地鳴りの中、沙多は茫然と巨岩――レアエネミーの漆黒の頭部を見上げる。
「凄いよ純貴!頭だけでこんなに!体はもっと大きいんだよね!?」
「この湖そのものが亀の巣穴ってことかいな…」
亀形レアエネミーの出現を受け止めきれず、固唾を飲む。
それは誰もが同じだった。百を超える人間が集まれど、有象無象という言葉が相応しいほどの無力感。
「――じゃあ先行ってるぜええぇぇッ!?」
一方で先駆者の右頂は、重力により降下。
そのまま下で待ち構える超巨大亀に――そのまま一口で頂かれた。
「あっ食われた」
「では私らも続くべく…有栖!スキルを!!」
パクリと、まるで垂らされた釣り餌のよう。だが右頂の声音は愉快に染まっていた。
沙多が呟く隣で"パラダイム"は行動を開始。これに続く。
「んっ【氷元素】!!」
黒と赤が基調のゴスロリ服をフワリと揺らし、形成するのは氷の道。
如何にも、"餌"と主張するような桟橋を用意。
「普通にこれトラウマだろ…」
「食われるまで目、瞑ってよ…」
相手からすれば丁寧に皿の上に乗せられたディナー、そう映ったのだろう。
青ざめる者、平常な者、逆に高揚する者など様々。
しかしそれら全員が桟橋に立ち並べど、プランクトンのように極小の供物に過ぎない。
沸き立つように騒ぐ波浪警報。
山よりも高く口を開く大怪獣。
目敏くこちらへ迫ってくる様は、下手なホラーゲームよりも恐怖を掻き立てられた。
「わー!わー!あんちゃんストップ!まだ競技始まってない!!」
一方でベアルは既に戦闘態勢。
体内に入ってからが本番。なのに魔力を練り、食われる前に爆撃の構え。
「しかしあれは『れあえねみぃ』なのだろう?屠らずしてどうするのだ」
「倒し方の趣旨がちゃう!!一旦ダンジョン入るのが礼儀みたいなモンやから!敵の砦に入らんで爆破する勇者がどこにおんねん!!」
そんな説得の傍ら、既にレアエネミーの影は彼らに覆いかぶさり――
「――それでは『ドキドキ最強!レアエネミー競合レイド祭り』!開始イイィィッッ!!」
瞳ちゃんの宣言と同時、漏れなく一網打尽にプレイヤーは捕食された。
二章リメイクしてたら話数が増えて、勝手に百話を超えてたので全く実感が無い。
それでも愛してくれてありがとう
ちなみに六章は竜鳥虎搏"りゅうちょうこはく"って読み。
特に意味は無いし存在しない四字熟語。




