原初が響く夢の如し
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
……
…
VRMMO――『仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム』の略称。
いわば、五感すべてをダイブさせ、現実と見紛うゲームの世界を体験する。
とはいえ技術的な側面もあり、実現は程遠い。
彼ら彼女らの世界にリリースされた初のVRMMOも、とても拙いものだった。被り物が映すのは、薄っぺらい映像と音響だけ。
五感は現実に置き去りだ。
やがてそのVRは時を重ね、電磁的な暗示催眠をかけて"現実と錯覚させる"という独自の進化を遂げる。
飛躍の進歩ではあった。匂いや手触りを、確かに味わったような気がした。
とはいえ、違和感はやはり残る。感覚はまだ染まり切れぬ不完全さがあり――
――『ルシフェル・オンライン』がその全てを過去にした。
それは告知も無く、人知れずポツンと降り立った非正規のゲーム。
現実を忘れさせるほど、完全な五感の『フルダイブ』型の代物だった。
…
……
「ああ…やっぱりすぐ配信消されてる……。有名なプラットフォームじゃ駄目だな、もっとマイナーな配信サイトじゃないと…」
最初にこの世界にプレイヤーとして降り立ったのは、陽光を浴びる素朴な青年。
亜麻色の髪を揺らす彼こそ、名実ともに先駆者。今はブツブツと口を窄め、推測を垂れ流す。
そんな彼が立つ草原も『ゲームのグラフィックうんぬん』というには格別。
アルプスの情景をそのまま持ってきたような荘厳さが事実と広がっていた。
「そもそも消される理由は何だ?流血とかのシンプルな理由か?いや、違う。怪我をしなくても消される事はあったし……」
無論、即座に飛びついた人間は数少ない。
なにせ怪しいゲーム。利用規約や説明書も無く、何のために存在するかも不明。
だが次第にプレイヤーは数を増す。
果てなく続く青空に清々しい大気、草木の騒めきすら漏れなく感じ取れる。一線を画す没入感と臨場感なのだから。
たまらずログインした者は、「VRの域を超えている」と口々に持て囃した。
――ただ、その過半数はゲームを続けない。引退を選んだ。
まるで本物と思える世界が故、身体感覚も本物。痛みも据え置きだ。
"エネミー"という呼称さえ定まっていない頃の猛獣と出会えば、死は必然。
原始時代から培われた弱肉強食の元、『ルシフェル・オンライン』に不慣れな彼らは淘汰される。
「…分かってるって、視聴者も急かさないでくれ。ちゃんと探検はするさ」
その死の感覚を恐れる者、または端から飛び込む勇気の無い健常者は、第三者の視点にて好奇心を満たす。
だがライブをしようにも、大手のサイトで公開すればすぐに停止。
謎の力が働くかの如く、大衆の目には認知されない。許されるのは深層にて、ひっそりと活動することだけ。
『ルシフェル・オンライン』の知名度は依然低いまま、知る人ぞ知る非正規VRMMOであり続けた。
***
それでも物好きは存在する。
プレイ続行を選んだ中には、闘争に価値を見出す者も居た。
"猛獣"に対抗するには、数少ないゲームらしい要素――"職"を駆使して殺し合う。
様々な職種があった。【格闘家】しかり【魔導士】しかり。
「凄いなこれッ!生きてる感じがするぜ!!」
――それらは必殺技が使えた。
魔法と称して差し支えない奇跡。本来、人の身では体験できない理を超越した力だ。
『ボタンを押すと、キャラクターがこういう動きをする』といった次元の話ではない。己の意思が、肉体が、そのまま力を秘めて直に振るう。
「現実でかめ〇め波とかメラ〇ーマとか出す妄想するけど、今マジで出来てる気分だ!!」
パソコンやスマホを眺めるその現実で、その手から魔法を放ててしまったような達成感と充実感。
まるで本物と思える世界が故、味わえる爽快感だった。
リリースから一か月後、参入。
初のプレイ、初の戦闘で、猛獣を淘汰したプレイヤーはチョコ色の髪を靡かせ、有頂天に酔いしれる。
「猛獣も作り込まれすぎだろッ。AIとか使ってんのか!?」
ゲームにありがちなモーションや、攻撃パターン――決まった動作で、決まった角度からの決まった行動は存在しない。
全てが状況に応じた適切で、自然。
命を奪う攻撃に、息遣いや緊張、力加減が同じだったものは何一つと無かった。
「けどこれ、世界の探索がメインなのかッ?」
狼型の猛獣が泡となって消えていくのを尻目に、彼は平坦な街道を見渡す。
舗装された先に小さな街は見えるが、NPCすら存在せず人の気配も無い。
「装備とかアイテム買える店も無いし、ボスとか珍しい敵も居ない。ゲームのジャンルが分かんねえな!」
しかし意図が不明だ。ただ意味もなく練り歩き、稀に襲い掛かる火の粉を払うだけ。
プレイヤーに何を求めているのか、そもそもプレイヤー自体を必要としているかも分からない。
目的が無いゲームとは、得てして退屈なものだ。
***
「これでお金が稼げたら、最高なんですけどねぇ」
やがて猛獣が"エネミー"と呼称が定まる頃。
『ルシフェル・オンライン』が半年の年月を重ねた時期に、緑髪の男性は唸る。
先日、初のログインを試みてエネミーに敗北。
翌日のリベンジマッチで辛勝を飾った彼は、残念と天然パーマをひと撫で。
「エネミーを倒しても報酬は何も無い。全てが中途半端に感じますねぇ」
もし狩猟がテーマだったならば、毛皮や獣肉の一つや二つくらい手に入りそうなものだが、この非正規ゲームは違うらしい。
金銭という概念すらそもそも無く、戦闘行為は本質的に無意味。ただ痛いだけだ。
やがて屠った密林地帯の敵に視線を戻せば、泡沫化した痕跡すらも消え失せていた。
「おまけに非正規ゲーム、情報を集めるのにも一苦労だ。プレイヤー間のコミュニティも無いようですし……」
オプションといった便利な機能も無い。
ログアウトしたければ、目を瞑りそう念じるだけ。それで現実へ帰還する。
他にも音量調整や視野角、明るさといった設定すら変えられない不満はetc…。
「システムの実装が追い付いていない開発途上といった所でしょうか。この完成度を前にもったいない」
世界は雄大。空気も美味しく、圧倒的にVRとしての最高峰。
――ただし、ゲームとしてド三流。
水平線が広がる大海や岩窟の奥、霊峰の高みに足を運べるが、ただそれだけ。
遊ぶならば『五感の完全フルダイブ』という質を犠牲にしてでも、他のVRMMOに渡った方が娯楽に富んでいる。
つまり、これらから導き出される答えは――
「――もはやゲームではない。環境シミュレーションの一つと捉えた方が良いでしょう」
『ルシフェル・オンライン』とゲームらしい銘を打つも、それらしい要素は職程度。
他はただ野山や空っぽの街を徘徊するだけ。
一人旅行が楽しめる程度と評して差し支えない。
「期待しましたが拍子抜けですねぇ。…まあ、仕事の息抜き程度に、たまにログインするくらいでしょうか」
だからこそ過半数はゲームを続けず、引退を選んだ。
『ルシフェル・オンライン』がメジャーにならず、暗黙の了解として、世間に見逃され続けている理由だった。
***
「――…よし、これでいいんかな?」
しかしリリースから一年後、一つの劇薬が投じられる。
それは正しく"転機"だった。
ゲームとして落胆された『ルシフェル・オンライン』が、数多の狂人を生み出す切っ掛けだ。
「えと…『ルシフェル・オンライン』…あ、あった。これじゃん」
とある少女はVR機器を頭に装着し、画面を覗く。部屋には一人。小道具や衣服がやや散らかる生活感。
この中で存在するヘッドギアはただ異質。傍に転がるスマホの『VR 使い方』という検索履歴から、ゲームに不慣れである事が分かった。
「ガチで大丈夫なんかな…ウイルスとか個人情報抜かれそうで怖ぁ」
ベッドの上でブルリと震わす桃色の長髪。身動ぎでインナーカラーの紫紺が垣間見えた。
とはいえ不安が渦巻くのも当然。何せ非正規ゲームだ。
どんなゲームなのか実態は不明。しかもゲーム自体が経験不足。初のVRゲームがこれとは正気の沙汰ではない。
ただ少女は、『ルシフェル・オンライン』という代物に触れることで精いっぱいだった。
やがてダウンロード完了の通知がピコンと送られ、その肩は驚くように跳ねる。
「お姉ちゃん……」
ボソリと呟いた言葉に、何の想いが詰まっていたかは分からない。
しかし、何も見えぬ暗闇に飛び込むが如き覚悟だけがあった。
VRを操作し、非正規ゲームへカーソルを運ぶ。そして意を決して起動の合図を送れば――
「――え、ちょ…なにこれ…っ」
ゲームが一向に始まらない。
代わりに画面には複雑な文字が、どの国のでも無い言語がひたすら走る。
「あ、やばっ何か頭クラクラしてきた……」
それはまるで脳を侵食してくるような、催眠術を掛けられるような複雑怪奇。
妙な心地を覚え、慌ててヘッドギアを外す。が、間に合わなかった。
電脳画面から一転、見覚えのある天井を見た瞬間、思考が断線。唐突な睡魔に襲われ――
「――…すぅ………すぅ……」
細い寝息を立て、眠りに落ちた。
命に別状は特に無い。翌日、目を覚ました彼女は遅刻気味に家を飛び出し学校へ向かった。
――だがこの瞬間。少女がこの非正規ゲームに触れた瞬間、世界が確かに変わった。
静かに眠る彼女の傍で、VR機器は一人、唸りを上げる。
まるで膨大な情報を処理したかのように、封じられた何かを解き放つ鍵を受け取ったように、画面いっぱいに謎の言語が奔走し――
――この日を持って、『ルシフェル・オンライン』にアップデートが実施された。
いかにも続きがありそうな幕間ですが、次から普通に6章始まります。
多分これの続きは6章終わってからの幕間です。分割とは姑息な




