8.控えた手合い【章末】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「意外と良さげじゃんね?」
「かなり似合ってるよ!」
眼前の姿を見て、舌鼓を打つ沙多とベルタ。
さながらファッションショーの気分。そんな二人の前に立つのは、ベアルだ。
――しかし装いが変わっていた。
「フム、吾に影響を及ぼすか」
まず、ボロボロだった焦げ茶色の革ジャンと破れたジーンズ、これらが変わった。
上半身には、分厚いベストのような陣羽織。
その漆黒の着物には、マントや鎖の装飾があしらわれ、灰赤の肌の上から直接纏う。
下は道着さながら丈夫に編まれた鈍色の袴に、黒鉄のブーツ。
さらにゴツゴツと強張った拳骨には、指ぬきグローブを纏う。
「やっぱビジュいいわっ。アタシのセンス光ってない?」
それらは、沙多が見繕った物だった。
先日、闇ギルドとの商談に付き合った報酬。新堂により用意された装備一式だ。
初期装備ですらない現実そのままの衣服を捨て、強者然とした佇まいに磨きがかかる。
「それでどうっ?あんちゃんの魔力、節約できてる?」
加えて、見栄えやコーデの為ではない。ゲームの装備らしく、ちゃんと実用的な意味がある。
――その効果は、消費魔力の節約。スキルやアイテムの行使に要求される魔力を減少させるもの。
「装い一つで制約が発生するとは興味深いッ」
「まあ、普通に考えたらあり得んか。服で能力が変わるなんてゲームだけやし」
新鮮味に溢れているのか、己の衣服を見下ろし愉快と声を大にした。
まさに魔力が根源のベアルにはうってつけ。
何せ、電気代や水道代すら魔力で賄う彼だ。ただ普通にプレイするだけでも恩恵は甚だしい。
「サっちゃん、よくこんなの用意できたね」
「うちの新堂がくれたんよ」
「…あ~さっき挨拶もらった……大丈夫か?金にがめつそうな感じやったけど」
面識がある菅原はポリポリと頭を掻く。
印象に違わず、想起したその人物は儲け話に余念がない。
ならばと、この件の借りを心配するが――
『――いらないですよぉ、どうせ失敗作なので』
それは実際に、新堂が口にした言葉。
貸し借り以前の、在庫処分といった反応。
「だいじょぶ、タダで貰った。これ代償エグイから…」
……
…
この装備の本質は、消費魔力の節減。数値にして、従来の何倍もの効率になる。
普通に考えるならば強力な装備だ。
沙多で例えれば、常にスキルを打ち続けられるようなもの。
魔力回復薬いらずの、敵を寄せ付けない固定砲台と化す事も可能。
――ただし圧倒的なデメリットにより、"粗悪品"の太鼓判を押されている。
その副作用こそ、身体能力の低下。
鈍重な制限により、移動はもちろん、膂力が損なわれ、防御力もが大幅ダウン。防具としての役すら成さない。
強さを求めるのなら、誰しもが脱ぎ捨てる代物となっていた。
…
……
「で、どんな感じ?」
ベアルに流し目を送る沙多。上目遣いで、体調諸々の機微を問う。
「鉛を纏う感覚であるな。以前よりも活力を必要としておる」
「なんや、呪いの装備系なんかこれ?」
菅原の言う通り、まさしく呪いと言って差し支えない性能。
これにてベアルの強力無比な俊敏性、強靭な破壊力、堅牢な耐久性が失われた。
「電気とやらを使わぬのであれば構わぬ」
だが組んだ腕を解くベアル。
腕を回しながら一歩、二歩と森に進めば――漆黒の球体を出現させた。
ブラックホールめいた禍々しさ。濃縮された魔力が掌に練り上げられる。
やがて重厚さすら感じるそれを、木々へ向かって投擲し――
――着弾するや否や、ドガァンッと爆ぜた。
「クハハハハッ!これならば吾の魔力も活かせよう!」
ギギギと根を震わせ連鎖する倒木。
樹木はおろか地面の土、さらに下の岩石層すらも抉り取り、風圧が舞った。
「あんちゃん何いまの!?」
「スキルとかもう関係あらへんな……」
思わず顔を手で覆う二人。
対して沙多は、雄大な背に呆然と頷き――
――…あれ、これ物理型から魔法型になっただけじゃね?
そこで、一抹の不安が渦巻いた。
新堂のオーダーは"ベアルの弱体化"だったハズだ。
しかし『近接が制限された?なら遠距離で戦えばいいじゃない』とばかりの回答。
(ま、まぁ…総合的に弱くはなってるし…?多分…)
どうにも目的を達成できた気がしない。
曖昧な冷や汗が彼女の背中に流れた。
――――――
――――
――
とにもかくにも装備の新調は終えた。ならば次は道具の買い出しだ。
後日に控える"獲物狩り"へ向け、備えは充分でなければならない。
買い出しは沙多たちがベアルの新装備に四苦八苦する間、新堂が担当していた。
「手持ちの回復薬も、そろそろ在庫切れですねぇ」
砂利が敷き詰められた小さな通りで、露店を前に手帳を開く新堂。
そこはゲーミングピラミッドのギルドから南西に進んだ、こじんまりとした集落。
――『店なら、すぐ近くにあるぜ!!』
それは右頂の言葉。赴けば、情報通りにこの牧歌的な空間が広がっていた。
されど無骨な木製造りのそこは無人。ただ"古代言語"が書かれた看板がぶら下がるだけ。
そんな状況下で店に並ぶのは不自然。
しかし、NPCの存在しない『ルシフェル・オンライン』ではこれが平常だ。
「さて、掘り出し物が見つかると良いのですが……」
手帳のページに、浮かび上がる商品のリスト。
この店舗はいわゆる素材系。
エネミーの残骸や鉱石といった、武具などの作成に必要なアイテムが整列されるが――
「――…これは無しですね」
無人売買のカウンターから即、踵を返した。
眼下の商品一覧がお気に召さなかったらしい。
とはいえ他にも店舗はある。新堂が歩く先には、何人かの先客がいた。
彼らは同じく買い出しを目的にした者。
"パラダイム"に招待されたついで、周辺の流通事情を探る強者。
いわば情報通だ。それらが集うならば期待も高まるが――
――おい価格倍くらい違うじゃねえか。
――妙に品揃え悪いなこの辺境ッ。
――クソッ、悪質な店紹介しやがって!
ただの愚痴だった。
辺境の土地で売られるアイテムはやはり需要が違うらしい。
乾燥した空気の中、不満が飛び交う。
「ちょいと失礼、あちらは素材系の店でした。こちらは?」
「ああ、ここは回復薬系だよ」
するりと嘆きの群れに潜り込む新堂。情報交換の場に着席する。
「素材系に目ぼしいものは無し。いっそ買うより、自分で狩った方が効率的ですねぇ」
「こっちも同じだ。帰ってから定価で買った方がいい」
「地域限定の特産品やレア素材は?」
「そんなものがあったら、誰もここで呑気に喋っていないでしょう」
持ち寄る情報はどれもこれも微妙。
掘り出し物が眠る可能性すら無いとタレコミがもたらされた。
「向こうの食べ物系ならパンが売ってたぜ。ただクッソ硬ぇ」
「買ったのかよ…特殊な効果もない嗜好品だろ?」
「ってことは…」
「ああ…」
――じゃあもう帰るか。
全員の思考がリンクした。
とんだ無駄足だった。訪問してはや数分、解散とばかりに閑散とする空間。
「――どうだッ?アイテムの準備は出来たか!?おれら御用達のお店だぜッ?」
しかし刹那、群衆に負けぬデカい声に視線は誘導される。
そこには、"パラダイム"のギルドマスターこと右頂が単身、顔を覗かせていた。
敵情視察というより、ただ単に興味があった故の行動だろう。
「ここらの店ぼったくりじゃねえか!」
「何で雑草とか芋が売ってんだよッ」
「せめて調理後であれよ!」
しかしプレイヤーは口を揃えてブーイングの嵐。期待を返せと、微熱が渦巻く。
「え、これ高いのかッ?」
自覚も無しに手帳を開く右頂。
やがてページにサラサラと商品名を記入していけば――躊躇いもなく購入した。
「おい嘘だろお前」
「買ったのか!?」
次には無人屋台のカウンターに、山のように出現する高級な回復薬。
「おう!とりあえず百個な!」
「百個ォ!?」
「おい馬鹿やめろ一個何万すると思ってる!」
「お金は大事に使え!!」
繰り返すが、『ルシフェル・オンライン』の通貨は、そのまま現実の金銭である。
それを百個分。つまり、新車すら余裕で買える額。
リアルマネーに厳しいプレイヤーは口々に忠告を重ねた。
「右頂君……残高とか大丈夫なんですかぁ?」
「ん?見た事ないけどきっと大丈夫だろ!今まで平気だったし!!」
特に新堂は戦慄もの。
エッサホイサとインベントリに収納する背中を、凍った笑みで眺める。
「どっからそんな金が出てくるんだよ」
「お前の現世の職石油王か?」
「――いや?無職だぞッ?」
ようやく全てを収め終えれば、さらっと言い放つ真実。
右頂 天真、働いていない。
だが逆に言えば、全て自力。
莫大な資産を『ルシフェル・オンライン』のみで築いた事実でもあった。
「就活しろ就活」
「俺はこのゲームの収益だけで生きていく!」
食い扶持をこのゲームで賄っているプレイヤーは珍しくない。
上級者であればその傾向は強く、新堂もその類。
――しかし格が違う。
目の前にいるプレイヤーは、チョコ色の髪を揺らす青年は、その頂点。
このゲームに君臨する、一角の覇者だ。
(……末恐ろしいですねぇ)
この事実を再認識し、密かに舌を巻く新堂。
ゴクリと固唾を飲み込む音が数名から聞こえた。
数日後には、そんな彼らと競う未来が控えている。
「あ、魔力回復薬も念のため百個買っとくか!!」
「おい待てェ!」
「早まるな!!」
ただし短絡的かつ楽観的である。
若者の未来のため、一挙に制止する一同。
「あ~楽しみだなぁ…!大会!!」
一方、右頂は笑顔を零す。
まるでクリスマスプレゼントが待ち遠しい子供のようだった。
これで章末です。信じられないかもしれないけど。
日常回や下準備の話だけの、息抜きの章でした。
次回からバチクソ戦っていただきます。




