5.王家の決定
(あっ……!第一王子様の胸に……)
ある日、とうとう、マユンは、銀色の薔薇が第一王子に着いているのを見つけました。
第一王子はマユンの2つ上でしたから、同じ学園に通っていたのです。
(いよいよ……ですね……。でも、第一王子様で良かったですわ……!)
マユンは覚悟しつつも、少しホッとしていました。彼女はずっと、王家の誰に最初に銀色の薔薇が着くのかを見張る役目も任されていたのでした。
実は高等学園に入学する少し前、マユンは国王直々に呼ばれていました。
いつもは隠し部屋から覗いている豪華絢爛な謁見の間で、マユンは国王に御目通りしました。
国王は重そうな王冠を付け、きちんとセットされた髪型にこれまた重そうな宝石や勲章が沢山付いているギラギラした衣装を着て、その上に布が分厚そうなマントまで着ています。
隣には王妃も控えており、2人ともきちんと背筋を伸ばしキラキラとしていますが、顔にはやや疲労が浮かんでいました。
(……綺麗というよりも、重そうですし、大変そうですわ)とマユンは思いました。
実際、消音の魔道具によって遮られた空間の外には、声が聞こえない距離ではありますが、化粧師が待機しているようでした。
(お生まれですから仕方のないことなのかもしれませんけれど、王家なんかにはなりたくありませんわね……)
マユンは王家の背負う責務を思って、気の毒に思いました。以前マユンが通っていた中等学園で王家に憧れる友人は多数いましたが、どう考えても憧れるような生まれではありません。
目立つことによる責任や重圧と、個人で幸せを選べるという自由は、実はかなり乖離したところにあるのです。
しかも、それを個人の意思や希望で選べないのであれば尚更でした。力のないマユンにはどうしてあげることもできませんが。
国王は言いました。
「もし結婚前の王子や王女に銀色の薔薇が着いた場合、いつも通りの方法ですぐに私に報告してください。王家の中で最初に薔薇が着いたのが王子であれば、その王子の第二夫人に、王女に着いたらその王女の専属侍女となってもらうことが、王宮閣議で決定しました」
(!?!?)
王家を気の毒に思った直後に、マユン自身が個人の意思や願望を尊重されない決定をされるなど……、余計なことを考えるものではないのかもしれません。
(あのような麗しい方々との結婚や専属侍女……!?うーん、あまり嬉しくはありませんけれど……でも、どうせいつかは政略結婚するのですもの。悪くはないかもしれませんわね……。美しいものを見続けられるというのは幸せかもしれませんし……)
マユンは少しだけタイトを思い出しました。
(この国でちゃんとした恋愛結婚なんて、できる貴族の方が稀ですものね……。お互いしか見ていないような、相思相愛の貴族夫妻に憧れていたのですけれど……)
「これはマユン様の父親や大臣たちとも何度も話し合いをし、内々に決定済みです。ただ、あなたがどうしてもそれを嫌だというのであれば、再考しましょう。勿論、王子それぞれの婚約者の両親にも話は通す予定ですし、あなたの立場は我が王国が保証します。それに、この方があなたの身の安全のためにも良いと判断しました」
王妃は国王の隣で、少し気の毒そうに眉を下げています。
「王女に薔薇が着いた場合は比較的問題が少ないかもしれませんが……いえ、第二王女だとそうではないかもしれませんね。でも、出来るだけあなたの身を守るための手配はさせていただきますわ。王子に薔薇が着いた場合、結婚していないうちに第二夫人というのは変な話ですから、婚約者候補という形にはなると思いますけれど……。その時点で、その王子か王女にはマユン様の能力を話させてもらいます。これはこの国のためにも必要なことなのです。分かってくれますか?」
「承知いたしました」
何も考えずにマユンは頷きました。
(確かに、第二王女様は私を嫌っていらっしゃいますし、美しくない周囲の者たちにはきつく当たられているようですから……私が専属侍女となってしまっては嫌がらせされてしまうかもしれませんわね……。でも、それ以外の方々であればまだ安全かもしれません……わよね?)
「この国では、既存の妻たちの合意がないまま他の女性と追加結婚した場合や、相手が隠れて結婚していた場合、また妻を平等に扱わない場合は離婚を申し立てることも可能です。ですが、マユン様はおそらく王家と離婚なされると身に危険が及ぶでしょうから……。どんなことが起ころうとも、ほとんど離婚できないと考えておいた方がよろしくてよ。それでも良いかしら?」
(えっ!うーん、でも……ほとんどの貴族は離婚しておりませんし、貴族の結婚とはそのようなものですわよね?)
「はい」
マユンは特に深く考えることもなく頷きました。
状況次第では、素直さは時に自身を危険に晒してしまいます。
「それでは、そのようになった場合に備えて、念の為契約書を作成しておきましょう。あなたのお父上にも契約書に記名していただいてください」
「はいっ!」
マユンはニコニコと笑いました。
(つまり、王宮勤務に内定したようなものですわよね!それに、お父様にも契約書を見ていただけるのであれば、間違いはないはずですわ!)
謁見の間で話されたということは、もうほとんど確定事項なのでしょう。元より、貴族の結婚はほとんどが政略結婚なのです。
愛や恋などは関係ありません。子孫を残したり執務補佐をするという義務です。それに、一夫多妻のこの国の第二夫人や専属侍女であれば、そこまで実務は多くないでしょう。国王や王妃よりは。
(銀色の薔薇が最初に着く方が、あまり反りの合わない方でないといいですけれど……)
マユンは少し第二王女を思い出しながら思いました。一生嫌がらせを受け続けるのはかなりつらいはずですが、彼女はそこまで深刻には考えていませんでした。
(第二夫人や専属侍女になるのであれば、もしかしたら王宮絵師も兼務できるかもしれませんし……!)
確かに、マユンの能力が必要だというのであれば、ずっと絵を描き続けられる可能性は高いでしょう。だからマユンは嬉しく思っていたのです。
(それに、タイト様だって王宮医でいらっしゃるもの。私が王宮内にいれば今後もどこかでお見かけする機会がありますわよね……!)
自身の願望や感情に無自覚であるほど、周囲の価値観に染まって誘導されやすく、また、短期的な将来性しか考えられないことがあります。
どんな人間だってそうなのです。
若いのであれば尚更でした。
保護者が一緒に話を聞かずに契約書だけを見た場合、尤もらしいことしか書かれておらず、その危険性や穴に気付けないことも多いのです。
法律全般に詳しい保護者なんて、そこらへんにゴロゴロと転がっているわけでもありません。
居たとしても、双方の話をきちんと聞き、適切に判断を下せる者は極僅かです。双方の証拠が揃わなければ巧妙な嘘を見破って証明できる者は少なく、本当の被害者が犯罪者に仕立て上げられることまであります。
悪事を常習的に行なっている者は証拠を隠すことに長けていますから。
国内有数の頭脳を持つ裁判官ですら判決の質が一定とはならないのですから、犯罪は勿論のこと、形式的には合法でも、実質的に不当な決定や圧力を断罪するのがどれほど難しいかは分かるでしょう。
……何故かまだマユン本人には直接、マユンの能力の詳細は説明されていないのですが、マユンは追及することもしませんでした。
その週の休日、マユンは第一王子の絵を描きました。
「……!」
その瞬間、隠し部屋でマユンの護衛をしていた近衛が僅かに身じろぎしました。勿論、有能な彼らはすぐに元通りを装いましたが、動揺したのは明らかでした。
数日後の朝食の席にて。
「マユン、国王陛下から直々にお手紙が届いております」
「あなたが確認したら、その後ですぐに私たちにも見せてくださいね」
第一王子の絵を描いてから、マユンには王家からの手紙が届いたのでした。立派な印籠が押してある見事な柄の封は、ナイフで切れ込みを入れるとザクッといい音がしました。よほど良い分厚い紙を使っているのでしょう。
内容は、個人的なお茶会への招待状でした。出席者は国王、王妃、第一王子との内容に、マユンだけでなくマユンの両親も恐れ慄きました。
「あと10日後ですって……!?そんなに急に新しい立派なドレスが仕立てられるかしら」
「お母様、ドレスは今あるものを少し手直しするだけで良いのではなくて?」
「そんな失礼なことはできません!急いで仕立て屋を呼ばなくては……!」
母親は急いで部屋を出て行きました。今から急いで手配するのでしょう。
(間に合うのかしら……?お針子の方々が大変なのではなくて?)
マユンはそう思いましたが、子爵家といえども貴族。最低限の面子は大事でした。
「マユン、以前謁見の間に呼ばれた時の王宮での話を覚えていますね?」
マユンは頷き、父親は水を飲みました。
「マユンはこれからきっと大変になるでしょう。でも、あなたがどうして銀色の薔薇が見えるようになったのか解明できなかった以上、これが最も良い解決策なはずです。あなたの子に同じ現象が起こらないとも限りませんからね」
「はい」
「でも、こうすることで私も陰からあなたを守ることができるでしょう。私も一介の貴族、王家をお守りする義務がありますから」
「私も臣民ですもの。貴族の役割は分かっております。お話がありましたら、謹んでお受けいたします」
父親は頷きました。いつも通り厳しい顔をしてはいましたが、マユンには少し口の端が笑ったように見えたのです。




