4.豪奢な高等学園
1年も行くと、王宮ですれ違う人に、銀色の薔薇を着けた人はほとんどいなくなりました。
「……!す、すみません。あなたの行く手を遮るつもりなどなく……。ど、どうぞお通りください」
「……?ありがとうございます」
(今の方、額にすごく汗をかいていらっしゃいましたわね。なんだか少し青ざめてもいらしたような……?走った後でしたのかしら?)
そもそもマユンが歩くと、何故か多くの人が、隠れたり道を空けてくれたりするのです。だから、銀色の薔薇を着けた人というよりも、人を見なくなったというのが正解でした。
「お父様、最近、王宮であまり人とすれ違わなくなった気がいたしますの。以前はもっと多くの方が行き交っていましたのに」
(少し遠くからお見かけしても、何故か皆様すぐ他の方向に歩いて行かれたり、壁に向かって話しかけていたりするのですよね……)
「そうなのですか?ふむ、手紙で王宮とタイト様にご報告いたしましょう。マユンもいつも護衛してくれる近衛に同じことを伝えてください」
「分かりました」
その日以降、マユンの呼ばれる部屋はまた変わりました。謁見の間の隠し部屋に呼ばれるようになったのです。
(王宮内の部屋はどこも隠し部屋で見られるようになっているのですね……!)
マユンは目を輝かせて感心しました。
それは普通の貴族が知り得るような内容ではありませんでしたが、マユンは契約通りきちんと黙っていましたから、問題はありませんでした。
謁見の間には王に会うため、日々多くの人が出入りしていました。マユンが行くのはいつだって学園の休日だけでしたが、一気に絵を描く枚数が増えました。休日だからなのか、実は平日もそうなのかは分かりませんでしたが、謁見の間を訪れる人は多く、銀色の薔薇を着けた人が毎日何人も見えたからです。
それは、マユンが15歳になり、高等学園に入ってからも続きました。マユンはそれまで子爵家ということもあり、普通の貴族学園に通っていたのですが、国王の取り計らいもあって高等学園は王家も通っている歴史ある貴族学園に入学することとなったのです。
そのため、マユンはそれまで親しくしていた友人たちとも離れざるを得ませんでした。
「マユン様……!寂しくなりますわね……」
「私たちのことを忘れないでくださいまし」
「ええ、きっと手紙をお書きしますわ……!」
(悲しいですわ……。とても仲良くさせていただいておりましたのに……。学園での少し楽しくてとりとめもない会話や、ちょっとしたお茶会などの企画も楽しい思い出でしたわ……。でも、社交界に出たら……またきっと会えますわよね)
そうも思いましたが、すぐに割り切れるわけでもありません。マユンはその高等学園への入学が決まってから、ベッドに入った後で1人こっそり枕を濡らしました。
誰かの善意や好意が、必ずしも相手の幸せに繋がるとは限りません。
でも、善意で何かを行った者はその無自覚な加害性に気付きませんし、悪意のある者は尚更でした。それに、そのようなことは世の中ではとても多いのです。
歴史ある高等学園に入ってからすぐは、第二王女やその学友が少しだけマユンを見て変な顔をしましたが、マユンが目立たず大人しくしているのを見て、溜飲を下げたようでした。
(ふんっ。何です?あの気味の悪い子もこの学園に通うようになったんですの?でもまあ、絵も描いていないようですし、大人しくしてますから……放置しておきましょうか)
第二王女はマユンが嫌いではありましたが、その頃には、名誉毀損を行うと自身が犯罪者となってしまうことをきちんと学習し理解していましたから、何も言いませんでした。
王家はきちんと教育を行えていたようでした。それぞれに付けられる家庭教師が優秀だったからかもしれません。
それに、それこそマユンが入学式前日に、父親の書斎に呼ばれ、このような会話をしたのが、功を奏していました。
「マユン、学園では絵を描いてはいけませんよ」
「どんなものでもでしょうか?」
「風景ぐらいはいいかもしれませんが……いえ、何があるか分かりませんし、できるだけ何も描かないようにしてください」
「分かりました」
これはマユンの能力の秘匿のためでした。しかしそれは、特に善意ではなく単なる契約上の話だったとしても、きちんとマユンを守ることに成功していたのです。
素直さは、時に何よりも自身を守ります。
そして知識は、正しく使えば、誰かを守ることもできるのです。
その学園は中等学園と高等学園が併設されており、入学式や全校集会などの式典は同じ大ホールで行われました。
(素敵ですわ……!歴史ある学園というものは、どこもかしこもこのように美しく整えられているのかしら)
学園の意匠はただの壁でさえかなり凝った作りでしたが、大ホールは更に贅を尽くした創りでした。
天井にはシャンデリアが下がっており、ただの壁についている灯でさえ、ピカピカに磨き上げられた硝子の中に入っていました。中の柱は金色で、しかも先進的な紋様を施されておりましたし、床にまで素晴らしい芸術家の絵が描かれているのです。
(この学園に来られて良かったかもしれないですわ……!こんなに素敵なものが見られるなんて。家に帰ったら絶対に絵を描きましょう)
美しさに感動したマユンの気分は、少し上昇しました。それに、今考えると、そういった学園の式典に保護者が参加しなかったことは、彼らにとってもマユンにとっても良いことだったかもしれません。
入学式の時、中等学園の生徒に銀色の薔薇を着けている者はいないようでした。きちんと教育された貴族の子女ばかりだったからでしょうか。
高等学園の生徒にはほんの数人だけおりましたから、マユンはそれをしっかり覚え、休日に王宮に行った時、彼らの絵も描きました。
(もしかして、あの銀色の薔薇を着けていらっしゃる方というのは……)
マユンはもう、薄々気づいたのです。一体どういう人に銀色の薔薇が着くのかを。




