3.王宮の子ども部屋
次の日、マユンはきちんとしたドレスで身なりを整え、少しだけ化粧もして貰い、髪も半分結い上げて貰い、いつもよりおめかしをして王宮に呼ばれました。
王宮にも時々、銀色の薔薇を着けた人が見えます。
(結局、あの薔薇はどうして見えるのかしら……?そういえば、まだ条件とやらを教えていただいておりませんわね……)とマユンは思いました。
子ども部屋には、十数人ほどの男女が集められていました。子ども部屋というよりも、部屋の後方には様々な色鮮やかで変わった形のお菓子が飾りつけられていましたし、飲み物も各種取り揃えてあるようでした。それに、盤上遊戯も端の卓上にいくつか用意されていたようでしたから、貴族の子女が友好を深める趣味の会のようにも見えます。
(これは……お茶会なのかしら?)
お茶会とはだいぶ趣が違っていましたから、正式なお茶会とは言い難い雰囲気でしたが、ある種のお茶会なのかもしれません。
座り心地の良さそうな椅子に、きめ細やかな刺繍の入ったテーブルクロスが掛けられた丸テーブルもあちらこちらに適切に置かれていましたが、決められた席などはないようです。
(……席が決められていた方が楽でしたわね。隅の方に座っていましょうか)
知り合いもいない中、しかも自分より上級貴族が多そうな中、賑やかな団欒に入っていく社交性はマユンにはありません。
(学園ではありませんから、失礼や無礼があっては大変ですし……)
マユンはそう思いました。
銀色の薔薇を着けている子は誰もいません。マユンは少し残念に思いました。だって、銀色の薔薇を着けている子と遊んでいれば、自分も銀色の薔薇を着けられる気がしたからです。
子ども部屋に最後に入ってきたのは、その国の王子が2人、王女が3人でした。皆綺麗な服を着ていましたが、やはり胸元に薔薇は着いていません。
(まあ……!やはり王族の方々は見目麗しくていらっしゃるのね!皆様、髪も服もキラキラ輝いていらっしゃるようですわ!あら?王女様は実際に髪飾りにルビーの宝石が使われているようですわね)
マユンはウキウキで彼ら、彼女らを観察しました。美しいものを見ると、描きたくなるのがマユンの習性です。
(年上の王子様は金髪碧眼なのですね!私よりも少し年上でいらっしゃるのかしら?まるで家で学んだ絵画のような美しさではありませんか。年下の王子様は銀髪に紅玉のような瞳……!幼くてもあれほどお美しいなんて!)
第二王子は、まだ学園に通う年齢にもなっていないほどの幼児でした。
早速、王族の方々の絵を描きたかったのですが、
「今日子ども部屋で絵を描くときは、王宮内で見た銀色の薔薇を着けている者だけにしてくださいね」
と父親直々に言われているのです。
それに、タイトにだって、
「銀色の薔薇を着けた人物を描く時には注意が必要そうです。マユン様、よくよく気をつけてくださいね」
と言われたことがありました。
(そういえば、この部屋の王族以外の方々も、タイト様のように見目麗しい上級貴族の方々ばかりですわね……!やはり皆様お美しくていらっしゃるわ!)
マユンは家に帰ってから彼女たちの絵を描くことに決め、その姿だけを目に焼き付けました。そして父親の言いつけ通り、王宮内で見た銀色の薔薇を着けている人たちの絵を描き始めました。
その子ども部屋には盤上遊戯以外にも、折り紙や白い紙、色鉛筆や絵筆など、様々なおもちゃが用意されていたのです。
それに、マユンは人見知りでしたし、どうやら子ども部屋内の子ども達は既にほとんど顔見知りで、改めて挨拶などをする必要もなかったようでしたから、マユンが挨拶を行う機会もありませんでした。
これはどう考えても、明らかに大人の采配ミスでした。既存の集団に新しい子が入る場合、その子の性格によっては、少し手助けしてあげないと馴染めないこともあります。
大人たちの無自覚や無配慮に翻弄されるのはいつだって子どもでした。大人たちは、(子どもは柔軟ですから、放っておけば勝手に馴染んで仲良くなるでしょう)などと思っていたのです。
まあ、そういう場合もありますが。
だからマユンは、失礼がない範囲で自分なりに行動していたのでした。
途中、第二王女がマユンのそばにやって来て、ふと絵を見て言いました。
「まあ、すごいですわ!あなたは絵が上手なのですね!これは私の侍女のリツでしてよ。彼女は下級貴族ではありますが、とても美しいでしょう。私が彼女の美しさを見込んで、専属侍女に取り立てたのですわ!いつかあなたにも会わせてあげましょう」
第二王女は、とても誇らしそうに言いました。
「光栄ですわ……!ありがとうございます」
マユンは嬉しくなりました。絵も褒めて貰えたし、何より銀色の薔薇を着けている人と話をするのは好きだったのです。
次に第一王子がそばに来て言いました。
「聞いてはいましたが、あなたは本当に絵が上手いですね。この男は近衛騎士のトフですよ。まだ若く、最近近衛騎士として取り立てられたばかりなのです。今のようなお若いうちからこのような素晴らしい絵を描かれるのでしたら、あなたは将来、王宮の専属絵師になれるかもしれませんね」
「まあ……!ありがとうございます」
美しく気品のある王子や王女に褒められたマユンは、その日一躍人気者になりました。誰にも名前を呼ばれていないことは、気にもなりませんでした。周囲の子どもたちは誰からも紹介もされていなかったため、失礼にならないようマユンの名前を呼ぶことができなかったのですが、大人たちはそんなこと全く気付きませんでした。
だって外から見ると、楽しそうに会話しているように見えましたから。マユンはその日、それから10枚もの絵を描きました。
(もし本当に王宮専属絵師になれるのだとしたら、それはどんなに幸せなことでしょう)
家に帰ってからもマユンはうっとりと思い出しました。そうなれば、あのように見目麗しい方々が沢山いる中で、美しいものだけを描くことができます。
(そうですわ。自室にいる間に王家の方々の絵も描いてしまいましょう)
そうしてマユンは、あの日見た様々な光景を何枚も描きました。まるで飾りのようなお菓子の数々や王宮内の天井までも。
(また王宮で絵を描いたら皆様喜んでくださるかしら……)
マユンはそう思って、数日後に再度王宮に呼ばれた時、心弾ませながらそこへ向かったのです。
でも、また王宮に行った時には、前回とはかなり雰囲気が変わっていました。マユンに対する視線が、明らかに冷たかったのです。中でも第二王女は、マユンへの敵対心を隠そうともしませんでした。
第二王女は言いました。
「ねえ!あなた、一体何をしたんですの?あなたが描いた人は皆、近衛騎士のトフ以外は降格させられたり、王宮の仕事を外されて離宮に回されたり、私の専属侍女だって田舎に帰らされましたわ……!」
(えっ)
マユンは何故こんなにも怒られているのか分かりませんでした。マユンは絵を描いただけで、本当に何もしていませんから。
(どうしてあのように怒っていらっしゃるのかしら……?私は何もしていませんのに)
マユンに言い募る第二王女を、周囲にいる者たちは誰も止めませんでした。他の子どもたちや給仕の者には王女の不況を買えるほどの蛮勇さはありませんでしたし、他の王子や王女も、王宮内での出来事をちょっと変だと思っていたからです。
(その近衛騎士だって、あの日国王に内々に呼ばれ、その後3日ほど休んでいたようですしね)
そう第一王子は思いました。確かに、王宮内がマユンの絵のせいで変わっていった気がしてならなかったのです。
(まさか、呪いの絵でもないでしょうに……。いえ、いや、まさか……)
その日、マユンは少し遠巻きにされながらも、今日の王宮内で見た銀色の薔薇を着けている人の絵を5枚描きました。
(私は悪いことをしていませんもの……。毅然としていなくては……。泣いても笑われてしまうだけですわよね。我慢しなくてはなりませんわ……)
その日の絵の中には、そこにいる給仕の男も1人含まれていました。マユンに絵を描かれた男は、その後少し顔色が悪い気がしましたが、マユンは気にしないことにしました。
(なんだか絵とは肌色が少し変わってしまわれたような……?まあ、絵を描いただけでそんなことがあるわけもありませんし、気のせいですわよね)
そして、次の時にマユンが王宮に呼ばれた時、マユンが案内された部屋は、子ども部屋の隣についている隠し部屋だったのです。
王宮の近衛2人に囲まれたマユンは、そこで1人で大人しく絵を描きました。隠し部屋から見える子ども部屋に、今日は銀色の薔薇を着けた人物はいませんでしたが、前回銀色の薔薇を着けていた給仕もいないようでした。
子ども部屋で、
「今日はあの気味の悪い子はいないのですね。良かったですわ……!」
と第二王女が言ってるのが隠し部屋からはハッキリ聞こえました。マユンは胸がチクチクとしましたが、気にしないことにしました。
(言われた通りに絵を描いただけですもの……。どうしてあの方はあのように酷いことをおっしゃるのかしら……。私、何も悪いことはしておりませんわよね……?)
素直に行動しているのに、悪いことは何もしていないのに、気味悪がられ、周囲から遠巻きにされるのはどんな気持ちでしょう。
どう考えたって、それを管理・把握していない大人が悪かったのですが、大人も万能ではありません。むしろ、子どもの機微には鈍い大人の方が多いのです。
彼らもたった数十年ぽっちしか生きていませんから、この世界から比べるとノミのようなものです。
「そうそう。マユン様。こちらの書類を持ってお帰りください。王宮のこのような隠し部屋の存在は、普通は秘匿されているものなのです。国王直々に許可が降りたため、マユン様は今後も入ることを許可されますが、そのためにはこちらで見聞きしたことを口外しないと確約していただく必要があります」
(あら……?それって、タイト様と交わした契約書とも似ておりますわね……。確か……守秘義務というやつですわね!どこでも、守秘義務は大切なのですね)
マユンは気付きました。ですからマユンは素直に頷きました。
「はい。畏まりましたわ」
この国の王族や貴族にとって、個人の情報というのはとても大切なものでした。そうでなくては、他国の貴族に弱みを握られたり、悪人たちにいつ狙われるとも限らないからです。
むしろ、日々それと戦っているのが彼らと言えるでしょう。
だから、この国では、彼らのどんな事実であっても、隠していたはずのそれらを拡散してしまったり、加担したりしてしまうと、捕らえられ処罰されることがありました。
特にその犯罪による主犯は3年以下の拘禁刑となりましたから、証拠を押さえられてしまうと、いつ捕らえられるとも限らなかったのです。
そうしてマユンは書類を持ち帰って父親と自分の名前を署名し、それを王宮に提出しました。その後もマユンは時々、王宮の隠し部屋に通いました。
でも、そこは安全で、嫌なことを言ってくる大人も子どももいません。ですからマユンは毎回楽しく絵を描き続けるだけで良かったのでした。
行く度に銀色の薔薇を着けている人は減っていったので、あまり沢山は描けなくなったのですが、おかげでマユンは細部まで丁寧に描けるようになっていきました。
(細かく描くのも面白いですわね。このあたりの色の加減をもう少し調整したら、より光り方が上手く表現できるのかしら……?)
マユンはやはり、絵に夢中だったのです。




