下級市民
昼食を終えて、いざビーチへ。砂浜の近くには更衣室を併設したレンタルショップがあり、なんと無料。俺は適当にサーフパンツを選んで女の子たちの着替えを待ちつつ、堤防から白い砂浜を眺めていた。
「温かいが夏日って感じでもないな。水温どうなってんだろ?」
腕時計から相棒の声がして、俺の疑問に答えてくれる。
『ビーチ一帯の海水温だけが高く設定されているようです。設定温度は30℃』
「この辺りだけ温かいのか?」
『はい。ラジアル・クラウンの人工海洋は水生生物を生育する為のものであり、エリアごとに異なる水温で管理されています。平均水温は20℃。沖に行くほど水温は下がるようです。また塩分濃度も厳しく管理されており、直径1000Mというサイズながら、多種多様な水生生物が生育されています』
「幅1キロの巨大水槽ってことか」
ショップの軒先から見える砂浜では生徒たちのはしゃぐ声があちこちから聞こえる。
シアの水着選びに時間が掛かっているのか少し手持無沙汰になっていると、声を掛けてくる生徒がいた。
「おや、一人なのかい? やはりね。君では彼女らに相応しくないと思っていたんだ」
「あ。いつぞやのキラキラオーラを放つ二枚目男子君」
「……っ!? な、なんだその微妙にバカにされている感じの呼び名は! 僕の名前はマーカス・ルア・プリチャードだっ! 知っているだろう!?」
「俺はセーダイ・バツマルだ。編入生徒なんだ。知らなくてゴメンな」
「はぁ!? 僕はマーカス・ルア・プリチャードだと言っているだろう!?」
「え。いや、だから……」
もしかして有名な人なのか? なんて思っていると、マーカスの後ろからチャラチャラした一団が合流した。
「どうかしたの~、マーカスく~ん?」
「なんか揉めてたみてぇだけど?」
「聞いてくれたまえ! この男、僕を知らないと言うんだ!」
「うっそー! ちょ、マジありえないんですけどぉ!」
「アハハハハッ! ひょっとしてあれじゃね? 下級市民はネットも見られないって話し、マジなんじゃね!」
「下級市民? この子がそうなの? てか、それじゃドラマ観れないじゃん。マーカス君の主演作、網羅してなきゃエルクシア学院ではもぐりだよー」
取り巻きA、B、C、Dがそれぞれに俺をなじる。しかし、なるほど。芸能人なのか。
「そういえばCMで見た気もする……」
『気がする』とか言ったのが気に障ったのか、マーカスと取り巻き立ちは剣吞な空気を漂わせる。
ジェイラスといい、こいつらといい、沸点が低すぎる……。
そこにシアが手を振って走り寄って来る。
「セーダイ~~!」
――一瞬にして景色が消えた。
白と青のストライプビキニに白いパーカーを羽織ったシアの姿に呼吸を忘れてしまう程魅入ってしまった。シアはマーカスたちを素通りして俺の前で立ち止まる。
「見て、皆が可愛い縞々を見つけてくれたよ。似合う?」
「その……んん゛ッ……。その……すごい……可愛い、よ」
呼吸が浅くなっていて、金縛りにあったみたいに体が動かず、なんとかそれだけを口にするが精一杯だった。結構カッコ悪かったと思う。だけど、シアはそんな俺の様子をちゃんと本心なのだと受け取ってくれたようで、蕾がほころぶように微笑んだ。
シアの後ろからやってきた一団にまた息を呑んだ。
キュートなリボンをあしらった薄いピンクのワンピースを着たラヴィ先輩、機能的で洗練された競技用水着を見事に着こなすエリア先輩、白い生地にパステルグリーンのギンガムチェックが入ったビキニを纏ったレニー先輩、赤色の紐付きビキニで、そのプロポーションを大胆に披露するポーリーン先輩……。
俺の目にはその場の空気が色付いて見える程だった。マーカスたちでさえ、驚きの余り腰が引けているようだ。
「どーだい、セーダイ君。汚名返上かな?」
「水着なんて着るのは初めてですわ。セーダイ、おかしなところはないかしら?」
「お待たせしてしまい申し訳御座いません。シアさんはちゃんとセーダイ君に見て貰えたのですね。さっきまで恥ずかしがっていて、外に出られなかったのに」
堂々としているように見えたシアだったが、エリア先輩にぶっちゃけられて、急に顔を真っ赤にして俯いた。
「なんです、ラヴィ様? ……え、藪蛇? あら……、これは失礼を」
余計に恥ずかしくなってしまったシアは、俺のサーフパンツをそっと握った。どんな言葉を掛けたらいいのか経験が浅すぎてわからない。しばらく考えて、飾らず話すことにした。
「……可愛いシアが見れて嬉しいよ。ありがとう」
シアは笑顔になって俺に飛びつく。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! その恰好で抱き着かないでくれ!」
先輩たちはそんな俺とシアを見て嬉しそうにしていた。
「ところでセーダイ君、こちらの方々は?」
マーカスたちに振り返ったエリア先輩は『はて、どなたかしら?』という顔をしている。
「お、お初にお目に掛かります、エリア生徒会室長! 僕はマーカス・ルア・プリチャード、芸能プロダクション・レジンアートで芸能活動に従事しております!」
エリア先輩を前にマーカスもその取り巻き立ちも蛇に睨まれた蛙のように背筋をピキンと伸ばしていた。
「エリアは芸能とか見ないもんねぇ。私は新聞部だからとーぜん知ってるけど」
「あら、そうなのですか?」
「ブラックドラゴンが出た時、真っ先に休学届を出したんだ、コイツ」
マーカスが仰け反って『んなっ!』とか言っている。
「それはそれは……。それであなた方はセーダイ君を囲って何をされているのです?」
「わ、我々はそこの男に分不相応なことは控えるように忠告したまでです!」
「そ、そうです! 下級市民の分際で……っ!」
突然、ぶわっと空気が押し出されるような感覚が体を通り抜けて、エリア先輩の周囲の空気が揺らいだように見えた。ポーリーン先輩はカタカタと震えて俺に抱き着いてくる。ラヴィ先輩とレニー先輩は涼しい顔だ。
「セーダイ、あれが魔力を放出している状態」
空気中に光が散乱し、揺らめいている。
たしかにロミの言った通り、オーラのようなものが視認できる。
「下級市民などという言葉はありません。我々がルアと名乗るのは誇りを失わない為であり、階級社会を維持する為でも、選民思想を冗長させる為でもありません」
エリア先輩を前にマーカスの取り巻きたちは震え上がっている。しかし、等のマーカスだけは空気が読めないのか、一歩前に出てさらに俺を非難する。
「え、エリア生徒会室長には関係ありません! そ、そこのセーダイとやら、僕と決闘したまえ! 白黒付けようじゃないか!」
突然何を言い出すんだこのKYは……、付けなきゃならない白黒なんてないぞ。
誰かの助け舟を期待したのだが、ラヴィ先輩がエリア先輩に耳打ちする。何故かその光景が悪巧みにしか見えなかったのは、それなりに彼女たちのことを理解し始めた証明だったのかもしれない。
「ふむ、なるほど。わかりました……セーダイ君、『生徒会長が許可します、ボッコボコにして差し上げてください』……とのことです」




