第10話
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「う、ううん……」
リリィは目を覚ます。頭はボーっとしていて、なぜ自分が眠っていたのか思い出せないでいた。
「あれ……? 私どうしたんだっけ……それに、何か夢を見ていたような……。うっ、痛っ!」
リリィは頭を押さえ、ゆっくりとクラシックソファーから起き上がる。
「あれ? この部屋……」
(フリート伯爵の部屋だわ)
そう思った瞬間、リリィは紫色の液体を飲んだことを思い出した。
あの液体を飲んだ瞬間、リリィの意識はプツリと消えてしまったのだ。リリィはキョロキョロと辺りを見回すと、執務机とにらめっこしているレオンを見つけた。
レオンは何かの書類に目を通しているらしい。真剣に読んでいるのか、レオンは起きているリリィには全く気づかないでいる。
リリィはレオンの真面目な表情を見て「あんな顔もするのね」と、小さく呟いく。すると、レオンはリリィに気づき、読んでいた書類から顔を上げた。
「っ!!」
「あれ、起きたの? 体調は大丈夫?」
レオンと目が合ったリリィは慌てて目を逸らす。
「だっ、大丈夫もなにもフリート伯爵様が変なの飲ますから――!!」
「あははっ♪」
「笑い事じゃありませんっ!」
笑うとレオンにリリィが怒ると、レオンは苦笑いする。
「ごめんごめん。別に面白がってるわけじゃないよ」
「本当に面白がっていたなら、私は本当に怒ります……」
ジト目で睨むリリィにレオンは笑みを浮かべる。リリィはレオンの性格が掴めずなんとも言えない表情でレオンを見ていると、レオンはそんなリリィに話を振った。
「それと、僕のことはレオンでいいよ」
そのレオンの言葉にリリィは数回瞬きをすると「え、でも……」と、呟いた。
「フリート伯爵様は、私よりも――」
「僕、上流階級とか苦手なんだ。これは僕からのお願い」
リリィはレオンのお願いに応えるか悩んでいたが、レオンはリリィよりも遥かに偉い人だ。増してやリリィ自身もレオンに対しては何故だか淑女としての仮面を被ることができないでいた。
リリィは渋々といういように小さく頷く。
「じゃ、じゃぁ……レオン様と……」
「ん〜……できれば普通に『レオン』と呼んで欲しいんだけど……まぁ、それでもいいかな」
「………」
(伯爵の地位を持っているのに、上流階級が苦手だなんて変な人。……でも、タメ口で話しちゃってるところもあるし、呼び方も今更よね)
リリィは内心そう思っていると、レオンは椅子から立ち上がりリリィの隣に腰を下ろした。
突然距離が近くなったことにリリィは一瞬驚き身が引いたが、レオンの真っ直ぐな眼差しを見ると不思議と体はピクリとも動かなかった。
レオンはジッとリリィを見つめる。
「君は、とても面白いね」
「え……?」
レオンの言葉にリリィが首を傾げる。そんなリリィを見つめながらレオンは話を続けた。
「ねぇ、僕に君の過去を教えてくれないかい?」
「私の、過去……」
「そう。実はね、君がさっき飲んだ物には『まじない』が掛けられているんだ。簡単に言えば催眠術のような一種だね」
リリィはレオンの言葉に耳を傾け話を聞く。
「霊はね、基本的に痛みも過去のことも何も覚えていない。でも、覚えていなくても体に刻まれた思い出だけは残される。そういった思い出を、僕は霊に思い出させてあげるんだ。天に送れるようにね」
「なんの為にそんなことを……?」
リリィは、何となくその理由が気になりレオンに尋ねた。
するとレオンは少し悲しそうな目をした。
「なんの為に、か……。あはは、それは君には少し言えないかなぁ」
その言葉にリリィは少しだけ胸が痛くなる。まるで一線を引かれたみたいに距離を置かれたような気持ちになったからだ。
「そんなに気になる?」
リリィは黙ったまま頷く。すると、レオンの瞳は急に妖しい感じになり、リリィの耳元に顔を近づけた。
「なら、もっともっと、僕を魅了させないといけないね」
吐息混じりに囁かれ、リリィの体がゾクリとなる。リリィは慌ててレオンから距離を取り、耳を手で押さえた。
リリィの顔は首元まで真っ赤に染まっている。レオンはそんなリリィの反応を見て面白そうにクスクスと笑ったのだった。
「なっ! なっ!?」
(私の事からかったのね!?)
リリィは恥ずかしくなった自分が馬鹿みたいに思え、レオンから顔を逸らす。
「もっ、もういいですから離れてくださいっ! それより、催眠って何ですか!? 怪しい感じの飲み物だと思っていたけど……」
「美味しかった?」
「美味しくない!!」
リリィの容赦の無い言葉に、レオンは腹を抱えながら笑う。リリィはレオンの大笑いに唖然としていると段々ムスッとした気持ちになった。
(そんなに笑わなくても……)
「やっぱり変な人」
「僕が?」
「レオン様しかいないじゃない」
レオンは「そうかなぁ?」と、首を傾げる。どうやらレオン自身には自分が変だということには全く自覚がないらしい。
真剣な顔で「僕って変なのかな?」と、呟き考え込むレオンの姿がリリィには何だか可笑しくなりクスッと小さく笑ったのだった。
レオンはそれを見逃さなかった。
「やっと、笑ったね」
微笑みながらそう言われ、リリィは気恥ずかしくなり俯く。
「あれ? どうして下を向くの? もっと僕に笑った顔を見せて」
そう言いながら、レオンはリリィの顎に触れようとした。
「っ!?」
リリィは慌てて目を瞑る。しかし、レオンの手は一向にリリィに触れることはなかった。
リリィが恐る恐る目を開けると残念そうに溜め息を吐く姿が目に映った。
「あぁ……折角良い感じだったのに、僕としたことが。手袋を着けていなかったよ……。残念♪」
「からかわないで下さいっ!」
「あはは」
レオンの掴めない態度と振り回される感じに次第に頭痛を覚えるリリィ。
(はぁ。この人はどこまで本気なのか冗談なのか分からないわ……)
こめかみを押さえるリリィにレオンがニコリと微笑む。
「話がだいぶ逸れちゃったね」
「……そうですね」
リリィは小さな溜め息を吐く。
「話しを戻すとね、僕は君に過去の思い出を蘇らせたかった。そこから得られる情報もあるからね。でも、僕が催眠中に君に色々と質問をしても、君は何も答えなかった。……ねぇ、君は夢を見なかった?」
「夢?」
リリィの言葉にレオンはコクリと頷く。
「普通はね、あの飲み物を飲むと過去の思い出を夢として見るんだ。その夢の内容を僕が聞き出し情報を得る。そして、最愛の人に合わせてあげたり、出来なかったことをやらせてあげたりするんだ。でも、君にはそれが無かった」
「夢、ですか……。見たような、見てないような」
それを聞いたレオンは苦笑いをしながら「曖昧だね」と言った。
リリィは、それが何となく申し訳なく思いレオンに謝る。
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいよ。それだけ君には謎が多いってことで、僕はワクワクする♪」
「……それ、喜ぶべきなのかしら?」
「もちろん!」
そうは言うものの、中々喜べないリリィ。でも、レオンの楽しそうな表情を見ると「まぁ、いいか」と、少しだけ思えてしまったのだった。




