第九十七話 赤太郎
異世界来訪240日目の朝方。
新郷地方のとある廃村にて。かつて鋼鯱と大九十九神が戦いを繰り広げた、あの学校があった場所。
今は調査隊の姿がなく、誰もいないはずの場所には、実は現在定住している者がいた。
「メリー殿、そろそろこのウサギの肉もきれかかっている故、そろそろ新しいのを獲ってくるである」
「そうね。お願いします。私も手伝えたらいいんだけど・・・・・・」
「気にするでない。では行ってこよう」
崩れかかった家の門から出て行くのは、なんと一頭のカンガルーであった。地球の赤カンガルーに近い大きさ・姿の、大型動物である。
この新郷地方には、このようなオーストラリアチックな動物は一匹もいないはず。それがこの場所に一頭だけおり、しかも人語を口にしていたのだ。
見た目とは似つかわしくない、渋い中年男性のような声である。
そんな彼を門で見送っている、可愛い声の人物もまた、人と言える存在ではなかった。
それは身長三十センチにも満たないような小人であった。金髪ツインテールの少女の姿をしており、メルヘンチックなお嬢様のような服装である。まるでどこかの着せ替え人形のようだ。
喋るカンガルーに、小人の少女。あまりに奇異な組み合わせのこの二人は、大分前からこの廃村に住み着いていた。
現在食糧が尽きてきたので、カンガルーの方が新しいのを調達するために、森に出かけようとするその時であった。
「・・・・・・むっ?」
「・・・・・・あれっ?」
両者が何かを感じ、足を止めて周囲を見渡す。だが周りには、雪で覆われた地面と、積雪で今にも潰れそうな建物がいくつかあるだけである。この場には彼ら以外に誰もいない。
「気のせい・・・・・・ではないな? 一体何者か?」
その時彼らの頭上に、何かの怪しい影が飛来していた。
異世界来訪242日目のこと。海太の家では雑煮パーティーが開かれていた。
「ううし、やっぱし正月って言えばこれだよな!」
「俺、餅とかって好きじゃないんだけどな・・・・・・」
「一口でいいから食べときなさいよ。後は私が処理するから」
大きいものに帰られた食卓テーブルに座るのは、海太・洋子・艦長・夢・ヒナイ・銀子・ブロックジャック・炎王の八名。
近くの床には、犬のような餌を頬張る、百合の助の姿もある。彼らは一様に、和服を着ており、雑煮の他に和風溢れる料理が、テーブルの上に並べられている。
彼らは正月を祝っていた。彼ら以外にも、この村の各地で、同じような催しをしている家が多数ある。娯楽が少ないこの場所では、例え意味が無くても、このような催しが必要とされていた。
ちなみに彼らが着ている和服は、いつも通りヒナイが制作した。青や赤など、一人一人が違う色を用意されており、動物や花の形の刺繍など、かなり本格的である。い
つもながらレグン族の職人力には驚かされる。
ちなみに用意された餅は、この土地原産。泥田防が持ち込んだ種籾には、餅米もあったのだ。
「うわっ、伸びる! 食べにくいよ、これ!」
「餅っていうのはそういうものよ。どれどれ・・・・・・」
洋子が初めての餅に悪戦苦闘するヒナイに、色々と教えて上げている。彼らは既に、初詣を済ませていた。どこで初詣をしたのかというと、あの虎千代の神木にである。
(元の世界に帰れるまでに、後四ヶ月か・・・・・・。長かったような、短かったような。どうかその間、おかしなことが起きませんように・・・・・・)
そんなことを思いながら、餅に口を付ける海太。先日の異世界のクズ共の動向は不明だ。数日たっても、彼らは一向に姿を見せていない。
この世界の環境に適応できず飢え死にしたか、モンスターの餌食になったか、誰もあまり深刻に受け止めてはいないが。
プルルルルルルルッ!
「はっ?」
見た目だけの正月の雰囲気をぶち壊すのは、通信機の着信音だった。音は二階の海太の部屋から聞こえてくる。
「あれって、あんたの電話じゃないの?」
「そうみたいだな。ちょっと行ってくる」
席を立ち、自分の通信機がある自室へと足を運ぶ海太。いったいこんな時に誰だろうか?
多くの知り合いは、今この自宅にいるというのに。考えられるのは、自分の父親であろうが。
通信機を手に取ったが、画面に映し出されるのは、見覚えのない通信番号。怪訝に思いながらも、海太は通信機をオンにする。
『もしもし、私メリーさん。今あなたの家の前にいるの』
「そうか・・・・・・帰れ!」
速攻で通信を切る海太。とても聞き覚えのある声と台詞で、即座に誰か判ったが、生憎相手をする気はなかった。
だが切った後も、すぐに通信機が鳴りだした。鬱陶しいので、電源を完全に切ってから、彼は一階のリビングに戻る。
「誰だったの?」
「ただの悪戯電話だったよ。うん?」
見るとテーブルに座る面子が一人欠けていることに気づく。それが誰か思い出したときだった。
ガチャ!
決してあってはならない音が聞こえた。振り向くと家のドアを、いつの間にか移動していたヒナイが開けていたのだ。
暖房で暖まった部屋に、その冷たい空気が一気に流れ込んでくる。
そしてその冷たい空気の入り口であるドアの向こうには、一人の小人の少女が、少し怒ったような表情で立っていた。
正月の食卓に、風変わりな客が新たに参列していた。それは常人の五分の一ぐらいの背丈しかない小人の少女である。
それがテーブルの上に立ち、差し出された料理を頬張っていた。箸など使えないので、手で掴んで口に運ぶ、粗末な食べ方だ。
「ねえ・・・・・・この子何なの?」
「前に化け物学校で、こっちに通信を送ってきた奴だ。陽子も一緒に聞いてただろう? 今自分はどっちにいるとか」
「ああ・・・・・・」
陽子も思い出したようだ。以前ヒナイが失踪した、あの新郷学校の事件。
あそこに潜入したときに、意味不明な通信を送ってきた少女の声の謎の人物がいたのだ。
「ていうかこいつ、自分の体積以上の量を食べてるんだけど・・・・・・身体の構造どうなってんのさ・・・・・・」
小人少女の大食いぶりに、艦長があきれ果てる。そんな疑問はスルーして、彼女が答えたのは最初の海太と陽子の話題であった。
「あれはあんたを怖がらせるように、親方に言われたのよ。でもあんたら怖がらないばかりか、こっちをびびらせてくれたけどね」
物を食べながら、その小人の少女=メリーがそう答える。彼女の姿を正確に目にするのは、海太と陽子も今回が初めてである。
何故その彼女が、ここに訪ねてくるのか? 混迷する一同の中で、最初に声をかけてきたのは炎王であった。
「あなたって九十九神よね? 原型は人形かしら?」
「ええ、昔あの村の子供の持ち物だったわ。その子が大人になってから、倉庫の中に押し込まれて、廃村になった後もずっとその中にいたら、いつの間にこんなになった」
「ふうん。それでその親方さんに捕まって、人間を脅す手伝いをさせられてたのね?」
「ええ、まあ私も驚かすのを少し楽しんでたけどね」
あっさりと正体を露見させるメリー。人形のような、生き物の形をした物は、比較的九十九神化しやすい。それゆえに霊素材でない人形が、こんな風になっても別に不思議はない。
「お前のことは判った。それで俺の家に何のようだ?」
海太が問いかけたとき、瞬時にメリーの態度が変わった。食べるのを止めて、海太に向き直り、日本式の正座のポーズを取る。
「鋼鯱さん。あなたに頼みたいことがあるんです。敵だった私の言葉だけど・・・・・・聞いてくれますか?」
「内容によるな」
海太は特に、メリーに対して敵意はなかった。初めて会うのは声だけで、ただ意味不明な言葉を投げかけられただけだ。
あの時は少し腹が立ったが、いつまでも引きずるほどの怒りがあったわけではない。
「異世界の亡霊に捕まった、私の友達を助けて欲しいの・・・・・・」
「異世界の?」
「うん、そいつに身体を乗っ取られちゃったの。私の友達の、赤太郎が・・・・・・」
彼女の話はこうであった。学校崩壊後、メリーはその赤太郎という友人と、この新郷地方で二人で暮らしていたらしい。
だが二日前に、赤太郎の身体に何者が憑依し、その身体ごと彼をどこかに連れ去ってしまったようだ。その赤太郎というのは、新郷第十三北小学校に設置されていたカンガルーの剥製だという。
「カンガルーのグールか。そういえばそんな奴いたな」
海太達は遭遇したことはないが、彼が鉄鬼のトラニャン・ブチニャンと死闘を繰り返している姿は、映像として軍全体に公表されていた。ある意味で彼は有名人である。
「ごめんなさい・・・・・・。赤太郎さんは私と違って、本当に嫌々で貴方たちの邪魔をしたの。私はこうして動ける以外に何も出来ないし、他に頼れる人がいないし・・・・・・図々しいと思うけど、でも・・・・・・」
「俺に助けて欲しいと? 確かに図々しいな」
海太にとっては今まで以上に、助ける必要の無い相手である。そもそも相手はグール。本来ならあの世に帰るべき死人である。
最も海太自身もそうなので、そのことを指摘するつもりはないが。
「それで、そのさらった亡霊ってのは何者だ? 異世界から来たってことを知ってるのなら、そいつの正体も知ってるんだろう? それが判らなきゃ、助けになんていけないしな」
「え?」
意外と乗り気に見える海太の態度に、やや驚くメリー。これには周りの者達も少し驚いている。
「ええ、知ってるわ。その霊の名前はゼンキっていう奴。貴方たちが保護してる、レグン族と同じ世界から来た奴よ。何年か前にこの世界に来て、このあたりの精霊達の間じゃ、結構有名よ」
「ああ、それ知ってる大土地神のタマ君の神地を乗っ取ってる奴ね」
炎王が知っているということは、おそらく嘘ではないのだろう。だがここでまた大土地神の名前が出てくるとは・・・・・・
「また大土地神か・・・・・・てことは悪党であることは間違いないな。よし、いいぞ」
あっさりと承諾する海太。何だかいつもと流れが違う。銀子が不思議そうに、そして嬉しそうに彼に問いかけた。
「何だか今回はやる気ね。本格的に人助けに興味を持ったの?」
「どうだろうな? どのみちこの世界にいて、いつまでもトラブルをさけてなんかいられねえよ。それに・・・・・・元の世界に帰っても、結局戦場に立つ以外に生き残れないことになるだろうしな」
空の上を二つの人影が飛んでいる。一人は鋼鯱で、もう一人は炎王である。炎王は全身に一個の巨大な炎を纏っており、某サイ〇人のような飛行法である。
チラチラと雪が降っている気功であるが、炎王の周囲には、熱気のせいで雪の姿が影も形もない。そんな中二人は会話を行っていた。
「ねえ、さっきの言葉どういうこと? 結局戦場に立つって」
「決まってるだろ、ビーストだよ。今あの世界がどうなってるかなんて、お前にだって判ってるだろ?」
「じゃあ、この世界に残ればいいじゃん」
この岩木世界には、少なくともビーストによる深刻な被害は出ていない。少なくともこの世界での在住は、故郷世界より安全である。
「駄目だ。ここは俺の住む世界じゃない。色々変な生き物や霊がいたりって、面白い世界だがな・・・・・・でも俺たちは帰るべきだ」
「私たちは拒絶しないよ? 紺様も貴方たちを追い出そうとしてないじゃん」
鋼鯱はゆっくりと首を横に振る。
「向こうの世界へ行って、本当に駄目になったときは、ここに戻る方法を考えてみるよ。でも今は、出来る限り戦ってみるべきな気がする・・・・・・」
「話で聞いてたのと違って、義理堅いわね。ここに住んでいるうちに、心変わりでもした?」
「どうだろうな? でも他人の平穏がなくて、自分だけの平穏なんてあり得ねえよ。どのみちあっちの世界を見捨てたら、ずっと後味悪い余生を過ごしそうだ」
二人はグングンと空を抜けていく。やがて炎王が案内する“雷獣のタマ”の神地に、彼女は指を向けた。




