第九十八話 歓迎できぬ来訪者4
どこにも特徴の無い深い森の中に着陸する二人。
葉が全て落ちて、枝に雪が積もった、見慣れた木々がどこまでも続く場所だ。地面にも雪が降り積もり、下脚の大部分が雪にずっぽりはまっている。生身だったら、専用の靴が必要な場所である。
近くの木に一匹のリスが、木のうろに隠した食糧を漁っているのが見えた。
炎王は確かにここを指さして「あそこがタマの神地」と言っていた。だが視界に移るのは、先述したとおり、ごく普通の冬の森である。
今まで訪れた神地では、社など何か特徴的な物が、必ずどこかに設置されていたのだが・・・・・・
「なあ、神地ってのはどこにあるんだ?」
「そこよ」
炎王がある方向に右掌を指しだした。そこにあるのはなにもない、雪景色の向こう側であるが・・・・・・
「何が・・・・・・おおっ!?」
鋼鯱が思わず唸る。炎王が手を指しだした方向数メール先の空間が、突然歪み始めたのだ。
水面に映し出された風景に、波紋が作られるように、卵形の範囲の風景がユラユラと揺れ動いている。その向こう側に見える木々が、風に揺られた火のように、自在に折れ曲がっているのだ。
「じゃあ入るわよ。ついてきて」
炎王がその歪んだ空間の中へと歩み出た。その空間に接触した途端に、炎王の身体の一部分が視界から消滅した。
まるで見えない壁を通り抜けるように、その空間に接触した箇所から、後ろまでがどんどん消えていく。歪みの存在を認識していないと、まるで人の身体が前から削られているように見える。
その歪みに足を踏み入れた炎王は、あっとうまに視界の中から消えてしまった。
「リアルどこで〇ドアかよ。よし・・・・・・」
ちょっと尻込みしながらも、鋼鯱も言われたとおりに、炎王に続く。今度は鋼鯱もまた、その歪んだ空間に取り込まれて、外の空間から消滅してしまった。
「ここは・・・・・・?」
「ようこそ。ここがタマの神地の、雷獣の森よ」
歪みの向こうの森を通り抜けた鋼鯱の目に飛び込んできたのは、さっきとは全く異なる風景であった。
森の中という点は共通していた。周囲には多くの木々が生えており、それがどこまでも続いている。
だがその森の木々は、生命力溢れる緑の葉っぱが生えそろった、完全に春夏の森の中であった。
本来今の時期は冬。ほとんどの木々がとうに葉を落とし、そろそろ新しい芽が出始める時期である。だがそれに葉が芽吹くのは、もっと先の筈。だがここの森は、外の季節を無視して、緑色の世界を今なお作り始めていた。
足下には雪も一切積もっておらず、短い雑草や苔などの小型植物が各所に生えている。鋼鯱の機能で、周囲の気温を測ってみると、外のマイナス気温とは正反対の、温暖な気候状態だった。
「ここはタマが作り出した異界よ。この空間では年中温暖な気候で、冬でもこんな状態なの」
「なるほど、異界か・・・・・・」
異界とは、異世界の略称ではない。故郷世界のおとぎ話のもよく出てくる、人間が住まう世界とは別の次元軸にある特殊な世界である。
そこには仙人や妖怪が住まうと言われており、科学大最盛期時代になって、そういった特殊空間の実在の可能性が主張されていた。まさかそれを、異世界で自分が目撃することになろうとは・・・・・・
「この空間はかなり広いわ。タマの社はもっと向こうよ。多分ゼンキとかいうクソ亡霊もそこにいるわね」
「そうか。しかし六大土地神とか聞いてたが、ここを解放すればコンプリートか。少しやる気が湧いてくるな。まあ、解放したからって、何もないだろうが」
「そんなことないわ。この世界の神々からの経緯と感謝を貰えるわよ。それも悪くないと、あなたも本当は思ってるんじゃないの?」
「まあ。確かにな・・・・・・」
二人の森の中を突き進む。目指すは当然、ゼンキが根城にしている、大土地神の雷獣タマの社である。
この特異な空間を、空から進んでいく二人。上空から見上げる森も、相変わらず青い。上空には天気の良い青い空が広がっている。
もし外の世界で雪が降ったら、この空の風景はどうなるのだろうか? ふとそんなどうでもいい疑問を鋼鯱は抱いた。
やがて目的地が見えてきた。移動と言っても、かかったのは一分にも満たない時間だった。常人が三十分かけて進む道のりも、鉄鬼でしかも空を行けば、かかる時間はその程度である。
彼らが上空から見たのは、これまでこの世界で、海太達が見てきたのとは比べものにならないぐらいの大きさの、それはそれは立派な社だった。
ニュースでよく見る、有名史跡の神社のような広さである。社殿を含めた無数にある和風建築物はとてつもなく立派で大きい。敷地も境内を中心にとてつもなく広い。これは百ヘクタールはないだろうか?
「これはすごいな。まさに大土地神のお社だ。ぶっちゃけ今まで見てきたのが、しょぼ過ぎた感じ」
「タマは新郷大土地神の中でも、ソーメンを除けば最強の神よ。この空間も、タマだからこそ作れたのよ」
「なるほど・・・・・・でも何だか荒れてるな」
その立派な神社=雷珠神宮に舞い降りる二人。
だが社の大きさと違って、中に入って社内を見ると、結構酷い物だった。
境内には雑草が生えまくり、かつては立派な造りであっただろう建築物は、全体が汚れて一部破損している。
屋根にまるで大砲を撃ち込んだような穴があったり、壁には怪獣の引っ掻き傷のような削れた部分がある。火事でも起こったのか、建物が半焼している所もあった。
庭園も草がボウボウで、ウサギが草をモグモグと食べている。外の世界にいるような巨大ウサギでは無く、手で抱えられるほどの大きさの、普通サイズの野ウサギだ。
もしここに参拝しようという者がいたら、この光景に幻滅するのではないだろうか?
「戦闘の痕跡だな・・・・・・それに姿は現してないが、無数の亡霊の気配が、あそこの社殿から感じる」
「へえ、判るんだ?」
「グールだからな。同類の匂いはよく判る。タマと赤太郎って奴、無事だろうか?」
二人はその気配のする所=宮内の中央にある、城のように巨大な社殿の場所に足を進める。
城壁のような塀に囲まれた、時代劇のチャンバラができそうな境内の中。社殿の入り口の前に、鋼鯱が進み出た。炎王は塀の外に待機中である。
「そこにいるのは判ってるんだ! 出てこいゼンキ! 俺と勝負だ!」
社殿の扉が、自動ドアのようにゆっくりと開いていった。内部は影になっていてよく見えない。
だがとてつもなく嫌な空気=瘴気が、その開かれた扉から煙のように漏れ出てくるのが判る。
嫌な気配は、社殿の周囲からも集まってきた。神社を取り囲む、馬鹿みたいに大規模な鎮守の森の中に散らばっていた何かが、この場所に向かって集まり始めたのだ。
これらの嫌な気配に気がついたのか、雑草を食していたウサギが、大慌てでそこから逃げていった。
(これまでにない強い気配だ・・・・・・。だが倒せないというレベルでもなさそうだな)
社殿の中からは、まだ何も姿を現さない。その前に、鎮守の森からの団体さんの到着が先立った。
「「「うぉおおおおおおおお~~~~~~~!」」」
無数のオオカミの遠吠えのような声が、社殿を中心に鳴り響く。社殿の前の広い庭園に姿を現す。
それは最初、蛍のような光の珠だった。もちろん昼間に蛍の光が見えるはずがない。しかもこれらは、青い色で光っている。その数は数百にも及ぶ。昼間の庭園を、大星雲のように無数の光点が集まり、異様な光景を作り上げていった。
そしてそれらは一気に爆発する。ボン!と唐突に破裂したかと思うと、光の珠は、空中に浮かぶ青い炎となって浮き上がっていた。
しかもその炎はどんどん大きくなっていき、アメーバのように何らかの形に変形していく。それらが何なのか、鋼鯱は即座に理解した。これと似たような状態を以前にも体験したこともある。
(実体化した霊魂だな。あの体育館の武者共【※五十九話】と似たような展開だ)
霊魂達は次第に人の形を成していく。四肢が形作られて、さらにその外見の細かい部分も、粘土を拵えるようにどんどん複雑に出来上がっていった。
最終的に表した姿は、鋼鯱も見覚えのある姿。ただしそれは、あの鎧武者達ではない。
「何でお前らがいるんだ?」
鋼鯱が心底不思議そうに口にする。庭園にずらりと立ち並ぶ、数百人人型の集団。それは姿は半透明で、人の姿と衣服を着ていた。
それは西洋風の甲冑を着込んだ騎士のような兵隊達。ボロボロになった貴族風の豪華な衣装を着た、見た目軟弱そうな老若男女。そして司祭や牧師のような身なりをした、中年の男女達。
彼らの姿は、つい最近見たことがある。最もそれは目の前の亡霊化した姿では無く。まだ彼らが生きていた頃の姿だ。
「何故お前らがいる? コンロードのクズ共」
鋼鯱が心底侮蔑しきった声で、彼らに問いかける。それは二度と会いたくなかった者達。
つい最近クリスマスに乱入しようとした、コンロード神聖国の貴族・神官・騎士達であった。
彼らはこの世界にやってきて、こちらに礼節を欠いた態度でこちらに援助を求めて断られた。そして森の中で化け物に襲われ、その後鋼鯱によって壊滅させられた者達。
僅かに生き残った者も、おそらく生きてはいないだろうと思われていた。それが亡霊となって今、彼の周りに立ちはだかっているのだ。
彼らは鋼鯱の問いに、明確な返答をしてこない。目も焦点が合っておらず、呻くように何か嘆いている。
『あああああ・・・・・・・・・痛いよ・・・・・・苦しいよ・・・・・・』
『死なせてくれ・・・・・・死なせてくれよ・・・・・・』
『痛い、痛い、痛い・・・・・・・・・誰か助けてくれ・・・・・・』
一斉に小さな声で、そんな苦痛の声を上げ続けるコンロードの者達。彼らの顔は、無表情、または苦悶に満ちている。
よく判らないがゼンキとやらは、こいつらを優しい扱いで配下にしたわけではなさそうだ。
「よく判らんがつらそうだな。まあてめえらに同情の価値なんか無いがな。それでお前らを倒せば、ゼンキがラスボスになって出てくるのか?」
『『うがぁああああああああああーーーーーーーー!』』
今までブツブツと呟いていたコンロード達が、武器を振り上げて、一斉に襲いかかった。
「はぁああああああああああ!」
掛け声と共に、鋼鯱が超音波砲を発射する。それは一方向だけではない。身体を独楽のように回転させながら、四方にいるコンロード全員に、一斉に攻撃を照射した。
強力な空気の歪みが衝撃波となって、コンロード達を噴水の水のように、盛大に吹き飛ばした。その余波で、周囲の建物が少し揺らめいて傷ついたようだが、今はしょうがない。
以前はこの攻撃一発で、コンロード達を全滅させることが出来た。だが今回はそうは行かないようだ。
『うぉおおおおお~~~』
吹き飛ばされて地面に転がったコンロード達だが、全員すぐに起き上がっていく。身体にも大した損傷は受けていないようである。
あの軟弱な貴族達でさえ、さっきの攻撃が無かったかのように、平然と立ち上がっていた。やがて再びこちらに向かって突撃した。
(身体能力がかなり強化されているな! こっちも本気でやるか!)
その場で始める一対四百の大戦闘。鋼鯱は次々と、コンロード達を斬り伏せていく。一人の聖騎士のグレートソードが、鋼鯱の刀と激突した。
「ぐっ!」
そのあまりに重い剣撃に、鋼鯱の手に僅かな震えが走る。だがすぐにその威力を弾き飛ばし、その聖騎士を斬り伏せた。
実力差で言えば、鋼鯱の方が圧倒的に上であるが、容易く無双できるほどの、大きな差では無い。
(斬ったときの手応えといい・・・・・・攻撃力・防御力・運動能力、全てにおいて、あの鎧武者の兵隊よりも上だ! こりゃ余裕ぶっこいて相手してられねえな。それに聖騎士の方は、踏み込みも動作も、大分洗練されている感じだ)
鋼鯱が一切の手加減無しに、コンロード達の相手をしていく。一体一体は大したことは無いが、これだけの数になると、多少骨が折れてくる。
だが鋼鯱は、訓練を重ねた見事な剣技で、確実に敵兵を減らしていった。
機敏に動く鋭い刀の刃が、複数のコンロード達の首を撥ねる。頭と胴体を切り離された彼らは、その場で倒れ、全身が青い炎に包まれて消滅してった。
人間だと致命傷を負う程度の損傷を受けると、皆このように消滅していった。これは以前の鎧武者と同じ現象であった。
戦況は徐々に鋼鯱が押していき、コンロード達は三割にまで減った。だが・・・・・・
「やっぱりこうなるわな・・・・・・」
起きたのは、大分予想が出来た現象。周囲に青い炎の大群が再発生し、倒したはずのコンロード達が、再び姿を現してきた。
これもあの新郷小学校の主と同様に、魔力を供給されて何度でも復活できるようだ。




