第九十二話 弓太郎
異世界来訪211日目の朝、新郷湖にて。
新郷湖には今日も大勢の兵士達で賑わっていた。だが今回は警備のためではない。兵士の多くは鉄鬼に変身しておらず、武装もしていない。武器の代わりに持っているのは、カメラなどの映像機器である。
彼らが写真や映像に撮っているのは、今新郷湖の湖岸に四本脚で立っている一頭の龍=弓太郎である。
【すごいわ、龍よ・・・・・・。あれって実在の生物だったのね・・・・・・】
【俺たちの世界では架空ってことだろ? こんな世界だ。もしかしたらドラゴンやグリフォンもいるかもな・・・・・・】
【うわっ、人多すぎ、木が邪魔だ! これじゃよく見えねえよ!】
龍という生き物は、故郷世界ではとても有名な生き物だ。出自はアジアであるが、それ以外の国でも、この生物を知らない者などいない。
だがそれは絵画やフィクションなどの、架空の生物としての話だ。異世界で、まさか現実の龍を拝める日が来ようとは、その龍はまるで人気アイドルのように、大勢の兵士達の注目の的となっている。
色々な角度から、彼の姿を映そうと、林の木に登って、上から撮影を行っている者もいた。
「本当に怪我はもういいのか? まだ一日しか経っていないぞ」
兵士達は指定された境界線、弓太郎から百メートル以上離れた場所で見学しているが、二名のみ湖岸の側で弓太郎と間近で対話している者がいる。テイラーとウィノナである。
『ああ、神地にいるほうが傷の治りが早い。そんなことよりお主らはこれでいいのか? 我のような存在を簡単に解放してしまって?』
「問い詰めても何も答えられないのだろう? ならば拘束しても無意味だ」
以前保護された炎王は、まだ上からの命令を受けていない状態だっため、ペラペラと何でも白状した。だが今回の弓太郎は事情が違う。
『介抱した上に何の見返りも要求せずに帰すのか? とてつもない紳士的な振る舞いだな。いきすぎて逆に疑いたくなってくるが・・・・・・』
「我々は元々無許可でここに居着いている。このぐらいのことは当然と思うが?」
『・・・・・・ふむ。そうか、では礼を言わねばな』
微妙な感じで納得した後、弓太郎はテイラー達に頭を下げる。人間で言うところの日本式の礼なのだろうが、この姿だとちょっと伝わりにくそうだ。
『だが恩を返してはならないという命令は受けていない。お主らに一言助言をしよう。もうすぐこの新郷の地に、三度目の漂流者達がやってくる。それはお主らにとっても、我ら岩木人にとっても、招かれざる客であろう』
「招かれざる? それは何者だ?」
『悪いが言えるのはここまでだ・・・・・・幸運を祈る』
まるで予言のような言葉を最後に残し、弓太郎は湖に入っていった。その姿はあっというまに湖面に沈んで見えなくなる。
「助言感謝する・・・・・・。さて今度は何が来るか?」
弓太郎の言葉に、野次馬の兵士達がザワザワと騒ぎ立てる中、テイラーは少しだけ楽しみが増えたかのようにそう呟いていた。
異世界来訪217日目。
冬の寒さはどんどん本格化し、これまではちらほらとしか降っていなかった雪は、その量が増し、大地を白く染め始めている。
第一艦隊主力艦・リヴィアサンの総司令室。そこはかつて先頭の椅子にリアーナ・ニーソン総司令が座り、長い机にはそれぞれ各艦隊の提督の部屋と繋がっているディスプレイがあった。
だがここ最近になって、そこのメンツは大きく変わってしまっている。
中央の椅子には高橋テイラー総隊長がおり、机にはこれまでにはなかった椅子が並べられ、そこにはテイラーが結成した統制司令部の有力者達が座っていた。階級は皆中佐~准将で、そこに提督クラスの者は一人もいない。
炎王の証言が元で艦隊に大きな政変が起こった後は、彼らが艦隊を指揮している。他の提督達に抗議する者はいたが、老齢を理由に無理矢理指揮官から外された。実質的な無血革命である。
【それで、わざわざ会議を開いてまで報告したいこととは何だ? シルバー・ライマン少将】
彼らの目線の先には、一台の大型ディスプレイが設置され、その隣には第二艦隊所属の艦隊技術班班長 シルバー・ライマン(75)が立っている。
【大変な成果を上げたので、皆様方に一気に知らせたかったのであります! 我々はついにレグン族の言語の解析を完了し、昨日自動翻訳機を完成させたのであります! うほほほほっ!】
【ほう、それは朗報には違いないが・・・・・・】
だったら司令である自分には、あらかじめ言っておいてよいのでは?とテイラーは思った。
目の前の白髪の老人は、さんざん勿体ぶってから喋って、一人で鼻高々に笑っている。随分自己顕示欲の強い老人だ。
ディスプレイが解析した言語の、英単語との比較表がずらりと表示されている。だがこんな高速で次々と文字の羅列を見せられても、パッとするものではない。
老人のきもい笑いなどスルーして、フェイ・キャントレル中佐が、意見を述べる。
【ふむ。ならすぐにそのデータを各艦に回してくれ。言語習得に自信のある者を集めて、なるべく早く通訳ができるように学習させなければ】
彼らには聞きたいことが山ほどある。先日の弓太郎の発言があってか、通訳者の育成は急務だとフェイを始め、その場の全員が考えている。
【別に急ぐ必要はありませんわ! さっき言ったとおりに自動翻訳機は既に完成させておるのじゃからな!】
【そんなもの当てにならん。会話をこじらせる恐れのある自動翻訳など、正確な情報を求める今の状況には不適格よ】
一般的に自動翻訳機能という者は、あまり高い評価を受けていない。言語という者は、数式のように完全に計算できる物などではないのだ。
一つの言語の範囲でも、同じ読みで複数の意味をもつ単語もある。また会話に使われる単語には、比喩的表現や流行語なども混ざっている場合もある。
そのため日常会話などを自動翻訳すると、かなり意味不明な言葉が出来上がる場合がよくある。
例えば海賊の少年が主人公の、某漫画の名台詞を自動翻訳すると『私は著作権侵害王になります』と訳されてしまうのだ。
【その辺は抜かりありませんぞい! その問題を解決させてくれる逸材が、第十六艦隊におりますからな!】
【何? 第十六?】
シルバーの言葉に、テイラーの表情が僅かに曇る。そこは自分の息子が所属している所だ。やつはそこに何があると言っているのだろうか?
数時間後、真河豚村にて。現在そこには海太・陽子・艦長・夢・青太・炎王のいつもの面子の他に、テイラー含む統制司令部の幹部数人と、二度目のレグン漂流の時にやってきた、ジケイという老婆がいる。
「すまんな、いきなり押しかけてしまって・・・・・・」
「ああ、本当に迷惑だよ。そんな重大な仕事を、どうして家でやるか? 艦の研究所じゃ駄目なのかよ?」
海太が不機嫌さを隠そうともせずに、テイラーに問いかける。上官だが実父ということもあって、いつも以上に態度に躊躇いがない。
「ジケイ殿が、艦にいくのを嫌がったのだ。どうもあそこの空気は馴染めないらしい」
レグン達には機械だらけあの場所を嫌っている者が多い。勿論そうでない者もいるのだが、確実な情報を得るには、やはり彼らの代表者を選ぶのが順当になる。
当のジケイは、突然こんな場所に連れ出されて、随分不安な面持ちをしていた。
「それにこれはお前も聞いておくべきだと思ってな」
「何でそう思うんだ?」
「今ここで言ってほしいか?」
この場には鋼鯱と海太の事情を知らない者も来ている。彼らに話を聞かれれば、おそらく面倒なことになるだろう。海太は渋々納得せざる終えなかった。
「しゃあない。じゃあ通訳を頼むわ、ジャック」
『へ~~~い!』
答えを返したのは現在家の中で、空中を金属製のブロック型の謎の物体=医療用ロボットのブロックジャックである。
シルバーが自動翻訳の問題の解決策として指名したのは彼だった。単純な計算しか出来ない自動機械と異なり、ブロックジャックは人間と同じ知性と感情を持つ自律思考型AIを持っている。
彼ならば会話の状況に基づいて、適切な単語の意味をきちんと考えて、通訳をすることが出来るだろうと推測したわけだ。
例の言語解析のデータは、既にブロックジャックのデータバンクにダウンロードしている。本人もこれだけあれば十分と自信満々だ。
「では頼む。彼らと対話と情報の提供に協力してくれ」
『へいよ』
ジケイは目の前に浮かんでいる、奇々怪々な喋る箱に、困惑しながら見入っている。レグン達の故郷には、ロボットという者はいなかったのだろうか?
『【ああ~はいはい。あなたはジケイさんという名前でよろしいんだよな? お前らの名前なんて、全部推測でしかないからな】』
【お主は!?】
謎の箱が、突然自分たちと同じ言語で喋りだしたのに、ジケイは飛び上がるように驚いた。
今まで言葉が通じないので、お互いにこれまで色々と困っていた。そんな中、唐突にこんなことが起きたのだから、当然ではあろう。こちらは翻訳機能のことを予め知っているが、レグン達は何も知らないのだ。
『【よしよし。通じてるな。なんていうかお互い長く一緒いるけどさ。きちんと会話できたのは、これで初めてだよな?】』
【ああ、そうじゃな・・・・・・。お主は不思議な力を持つが、この世界にはお主のような者も人間なのか?】
『【特に人間には定義されていないな。まあそれはそれで長い話になるから今はいいや。~~~で、何から話そうか?】』
【確かに何から話そうか・・・・・・。お互いに聞きたいことが多すぎて、困っておるのだろう? まずはそちらから質問してくれ。多分そのほうが話が進みやすかろうて・・・・・・】
ブロックジャックが周りにいる者に、今の会話を日本語に訳して伝える。ジャックの思考判断で選別した言語解析による訳は、正確に出来ているようで、会話のズレなどはない。
話を聞いたテイラーが、ブロックジャックにこう言うよう頼んだ。
「“ならば単純に聞こう。お前らはどこから来た?”。そう彼女に伝えてくれるか」




