第九十一話 牛鬼2
柴が機内から拡声器ごしにまた声を上げる。
『お前ら早く逃げろ!』
「!?」
その声のおおよその意味を察したアローカナ親子は、大鬼鉄砲に礼のジェスチャーをとって、大急ぎで村行きの農道を走っていく。
『出てきた矢先で上手そうな獲物を見つけたと思ったんだがね・・・・・・だがそこの中にいる奴も、若い女だね? じゃああんたから頂くか?』
『上等だ! ただで喰わせてやるか! その前お前を今日の飯にしてやる! ぶっちゃけ不味そうだけどな!』
喧嘩上等、柴はやる気満々である。
「その前に司令部に報告だろう?」
土佐が機内の通信機で、牛鬼の位置を上に報告しようとするが・・・・・・
ドオン!
凄まじい衝撃が機内に走り、それは叶わなかった。猛スピードで突進してきた牛鬼が、勢いよくこちらに衝突してきたのだ。
予想外に身軽な動きに、柴の攻撃・回避の反応が一瞬遅れてしまったのだ。
「くそがぁ!」
この程度の衝撃で壊れるほど、大鬼鉄砲は脆くない。前側の二本の足を、柴が器用に動かし、牛鬼の頭目がけて二連パンチを発する。
一撃目は見事顔面に命中し、敵を一瞬怯ませる。だが二撃目は牛鬼がバックステップで一気に後退して、よけきられてしまった。六本の蜘蛛足をバネのように跳ねた、見事は跳躍であった。
「てめえから距離をとるたぁ、馬鹿鬼が! 土佐、吹っ飛べせえ!」
バックステップが元で、両者に間合いが出来たことで、大鬼鉄砲が砲口を牛鬼に向ける。だがすんでの所で、土佐の逃げる発射スイッチの手が止まる。
『グガァアアアアッ!』
発砲を止めたことで隙を造った大鬼鉄砲に、牛鬼が再度接近してきた。
今度は体当たりではなく、前方の二本の足を持ち上げて、先端で殴ろうとしている。先端は槍のように鋭く、そこは武器にもなっているようだ。
「なめんな!」
柴の操縦桿が小刻みに動き、大鬼鉄砲の前足がさっきと同じような格闘スタイルの攻撃を仕掛ける。
牛鬼と大鬼鉄砲、両者の蜘蛛型怪物の、蜘蛛足での奇怪なボクシング勝負が始まった。細くて鋭い互い合わせて四本の蜘蛛足が、しきり動き激突し続ける。
「おい土佐ぁ! 何で撃たねえんだよ!?」
殴り合いの操縦をしながら柴が土佐に怒声を上げる。発砲は敵を攻撃するだけでなく、異常を遠いところにも知らせる連絡手段にもなったはず。
だが土佐は発砲を急に止めてしまったのだ。
「今は撃てない! 砲口が何かで塞がってるんだ!」
「はぁ!?」
操縦席のディスプレイを見ると、機体状態を示す図の砲口部分に《異物混入あり・危険》という表示がなされていた。
大鬼鉄砲の主砲には、現在クリームのような謎の白い物体が、瓶の栓のようにしっかりと付着し、砲口を塞いでいた。これは粘着性のある糸状の物体が、塊となった物である。最初に突撃したときに、牛鬼が口から吐き出した物だ。
牛鬼の蜘蛛糸の強度はかなりのもではあるが、これで砲を暴発させるほどであるかは微妙である。だが操縦席にいる二人にはそれを確かめる術はない。
シャカシャカとカマキリのようなボクシングがしばらく続けられていた。勝負は中々つかない。
牛鬼が両手を交叉して、大鬼鉄砲のパンチをガード、そのままいったん後ろに少し下がると、大きく口を開けた。
(やばい!?)
大鬼鉄砲が横向きカニジャンプして、その場から緊急離脱し、隣の収穫の終えた畑に着地した。
ベチャア!
ついさっきまで大鬼鉄砲がいた農道の地面に、細い糸こんにゃくのような物体が直撃し散乱した。砲口を塞いだのと同じ、例の蜘蛛糸である。
喉仏のよく見える大口はまだ開いており、そこから二発目の蜘蛛糸が発射されようとしていた。
「うわぁああっ!」
「はやくバランスを!」
柴はもう一度よけようと操縦桿を握るが、慌てて攻撃をよけたせいで、かなり下手な着地をしてしまった。
そのせいで機体のバランスは崩れ、八脚の動きはおぼつかない。そのせいで二発目は無理だった。
ベチャ! シュルルルルル!
放たれた糸の塊が、大鬼鉄砲の八脚に命中。それと同時にまるで蛇のように、糸の一本一本が動き八脚に絡みつきはじめた。
結果、カウボーイに捕らえられた獲物のように、大鬼鉄砲の脚は無数の糸の束に拘束される。
「「うおおおっ!」」
脚をがんじがらめにされてことで、大鬼鉄砲のバランスが完全に崩れて、畑の俯せに倒れた。
『かかかかかかっ!』
上手いこと敵を捕らえた牛鬼が陽気に笑う。
「くそっ! まだだ!」
土佐がガングリップを引き、牛鬼に攻撃目標をロックオンする。使用するのは主砲ではない。主砲の両脇=砲塔に装備されたもう一つの武器である、二本の機関砲だ。
秒間数十発と放たれる機関砲の大型弾丸の嵐が、牛鬼の巨体を襲う。だがその戦車並みの大きさと、恐ろしく頑丈な肉体と毛皮には、機関砲ではしばらく足止めする程度の効果しかなかった。
『くそっ、鬱陶しいね・・・・・・』
牛鬼は顔を両手で覆って守りながら、河から離れる向きに後退していく。
『あんたらあんな蛮族を守るために、単身来たのかい? 弓太郎といい、こういう正義感気取りは情けないほど面白いねえ~』
弾丸の嵐は絶えず牛鬼を撃ち続ける。だがそれは無限ではない。機関砲は一門につき三百発分の発射予備があるが、それを撃ち尽くすとまた数秒間の間エネルギー充填が必要なのである。
つまり三百発撃つと、大鬼鉄砲はしばらく無防備になってしまうのだ。しかも機械の加熱によって、次の砲撃の威力・命中率などが不安定になる。
(やべえな。どうしよこれ?)
味方がこの戦闘に気づいてくれた様子はない。今から司令部に伝達しても、こちらが攻撃を受けるまでには間に合わない。
そんなときだった・・・・・・・・・
ゴロゴロゴロゴロゴロッ!
どこかから妙な騒音が聞こえてきた。それは土佐と柴にとって、とても聞き覚えのある転がり音であった。
農道を猛スピードで転がってくる、丸太のようなロールケーキのような円柱型の物体で、表面には獣のような毛が生えている。
それがゴロゴロとタイヤのように転がって、こちらに突っ込んでくる。
「土転び!?」
以前この大鬼鉄砲と熾烈な格闘戦を演じたことのある彼が、そのまま一気に牛鬼目がけて突進している。
『ふん!』
牛鬼はそれを避けようなどとはせずに、前足で相撲の張り手のような構えを取る。そして突進する土転びを、その両腕と受け止めた。
ローラーのように回転しながら、牛鬼を押し返そうとする土転びに、回転による摩擦と突進の力を受け止めてみせる牛鬼。二つの巨体の力比べが始まった。
『下等な地霊が、貴様ごときがこの私に勝てると思うな!』
そう言いながらも意外と苦戦している牛鬼に、苛立ちの感情があふれ出てくる。
「このエネルギー反応は・・・・・・泥田坊?」
大鬼鉄砲の探査機能が、周囲の田畑から無数の霊体エネルギーを感知。それは田畑の土から、泥水から這い出るように地上から生えてくる、無数の泥田坊達であった。その数は百を軽く超えている。
「「うおぉおおおおおおおおおおおっ!」」
泥田坊の群れがいっせいに移動する、糸で脚を拘束されている大鬼鉄砲に向かって。
「お、おいっ!?」
何をするのかと思ったら、泥田坊達は脚に絡みついた糸をつかみ、剥ぎ取ろうとしている。一部の者が砲塔に上り、砲口に詰まった糸を引き抜こうと試みていた。
「おいおい・・・・・・何か皆すごい協力的だな?」
彼らの行動は、単に人間との馴れ合いだけが原因ではない。この牛鬼は、大土地神の神地を荒らしている存在であり、この辺一帯の精霊及びそれに準ずる存在達にとっては、倒すべき共通の敵なのである。
「「ふんぐ~~~~ふんぐ~~~~~」」
泥田坊達が一斉に力を込めて糸を取ろうとしているが、牛鬼の妖気の糸はとてつもなく頑丈で、中々剥ぎ取ることが出来ない。
「くそっ、軍はまだか!?」
既に司令部に緊急信号は送っている。だがこのままだと間に合わない。今は土転びが、牛鬼を押さえ込んでいるが、それもいつまでも持つか?
振り切られたらこっちが即座にやられるか、または早々に逃げられてしまうかである。
『あっしにお任せあれ!』
これまた聞き覚えのある声が、どこかから聞こえてきた。それはパワーバーナーを持った一頭の熊。
以前の地震騒動の主犯である刃熊であった。彼は少し離れたところの畑で、枝葉を燃やす作業をしていた。だがここに出現した大きな気配に気づいてやってきたのだ。
『皆さん下がって! 今この糸を燃やしやす!』
泥田坊達が刃熊に道を譲って、大鬼鉄砲から離れていく。刃熊は機体に絡みついている糸目に向かって、パワーバーナーの火を吹きかけた。
『くらぁああああああああああっ!』
牛鬼の前足が、とうとう土転びの巨体を弾き返す。力比べは牛鬼の勝ちである。
最初とは逆向きに転がって、後退していく土転びに、牛鬼は勢いよく糸を吐きかけた。大量の粘つく糸が、土転びの毛皮に纏わり付いていく。それが地面の土にも張り付いて、土転びの全身を地面に固定させてしまった。
土転びの姿はどんどん糸に絡まれ続けて、やがて巨大な繭の様な姿になって、動きを完全に封じられてしまった。
「「うぉおおおおおおおおっ!」」
だがこれで牛鬼への攻撃が止んだわけではなかった。今度は泥田坊達が牛鬼へと飛びかかってきた。
牛鬼と比べるととても小さい等身大の泥の身体が、次々と牛鬼の身体に抱きつくように掴まってくる。スズメバチを攻撃するミツバチの体温攻撃のように、牛鬼の表面にびっしりと泥田棒が張り付いている。
『鬱陶しいんだよ! 畑の亡者共!』
牛鬼は彼らを振り払い、泥田坊達を次々と踏みつぶしていく。蜘蛛足の先端に斬られ踏まれ、彼らの泥の身体がゼリーのように簡単にグチャグチャになっていった。
泥田棒のようなレベルの霊では、せいぜいこの程度の足止めが限界であった。
だがそれは十分意味があった。彼らに気を取られている間に、本命の方は既に全ての準備を整えていた。
『死ねやっ! 蜘蛛ババア!』
ドオン!
柴の拡声音と共に、バランスを整えて立ち上がっている大鬼鉄砲の主砲が、勢いよく火を噴いた。
『ガァ!?』
砲弾は見事、牛鬼の首筋に命中した。この距離でこれだけ大きな的、よほどの素人でも外すことはない。
着弾と共に牛鬼の首部位に爆発が起きる。その衝撃が元で、首の皮と一部の肉が削がれて辺りに散乱する。
『ガァアアアア・・・・・・』
牛鬼は再度糸を吐こうとするが、首のダメージが元で全く糸が出てこない。大鬼鉄砲はそんな牛鬼に構わず、次々と砲弾を発射し、牛鬼の身体を撃ち抜いていく。
ドオン! ドオン! ドオン! ドオン!
近距離からの連続着弾。砲弾が当たるたびに、牛鬼の肉体の一部が削れて、足下に大きな血の沼が出来上がっていった。
とうとう牛鬼の六本脚の一つが、棒きれのようにへし折れる。
『正義感気取りだって!? あいにくそれは私らには褒め言葉だよ! そのくらいの自惚れがなきゃ、武器を預かる視覚なんてねえんだよ!』
血みどろになって弱り切った牛鬼。大鬼鉄砲はいったん発砲を止めた。だがそれは攻撃を止めたわけではない。
砲塔内部に砲弾用のエネルギーがどんどん溜め込まれていく。大鬼鉄砲の必殺砲のパワーチャージである。砲口の奥から、白いエネルギーの光が外に漏れ出てくる。
『これでさよならだ・・・・・・』
最後に土佐が敵に短くそれだけを言い、彼はガンクリップの引き金を引いた・・・・・・
ドオオオオン! グチャア!
今までよりも更に強力な砲弾が、牛鬼の肉体を粉砕した。頭から撃ち抜かれ、そこから胴体を貫いて砲弾が通り抜け、牛鬼の四肢を木っ端微塵にする。
無数の青色の血と肉片が、花火のように飛び散り、周辺の川や畑に雨あられとなって落ちていく。当然それは、大鬼鉄砲に降り、機体を青く染色していった。
新郷湖の警備態勢をかいくぐって、川を通って湖から脱出を成功した牛鬼。
彼女は川岸にいた親子を捕食しようとしたところ、別部隊の兵と友好的なモンスター達の尽力で見事撃退されたのだった。
所変わってここは新郷湖周辺の森。現在ここには三万人近い鉄鬼兵士の軍勢が取り囲んでいる。湖をぐるりと囲った包囲網は、じっと湖から浮き出るだろう敵の出現を待ち監視していた。
【総隊長、たった今農場の方から緊急信号が出ました】
【農場から? これは面倒な・・・・・・】
湖のある一角の岸に設けられた臨時司令部に、テイラーとウィノナがそんなやりとりをしている。おそらく監視外地域からまたモンスターが侵入したのだろう。
現在ここの監視のために、警備が薄くなっている矢先なので、少々困った話だ。ウィノナは信号を発した者の番号を読み上げようとしたとき・・・・・・
【総隊長! 湖から何かが浮き上がってきました!】
それを遮るような大声の報告が司令部に飛び込んでくる。
【浮き上がっただと? モンスターのエネルギー反応はまだ・・・・・・】
【これはマジックモンスターではありませんね】
即座にレーダーを見ると、そこに精霊種のエネルギー反応を感知する信号が出ている。湖面に上がるまで、なぜ今までこの気配を探知できなかったのか?
エネルギー結界の性能をよく知らないウィノナは、不思議に思って首を曲げる。
多くの兵士が銃口を向ける砲口の湖面には、かなり大型の生物の身体が湖面に浮いている。拡大して見ると、それは今まで牛鬼の封印を守っていた、あの龍であった。
土佐&柴が他所で牛鬼を撃退している最中、新郷湖では傷だらけになって気絶している大土地神の一人=弓太郎が保護されていた。
川岸近くの畑では、まるで祭りのように大勢の人で賑わっている。件の牛鬼との先頭に関する検問と、それを見に来た野次馬達だ。
牛鬼の細かい肉片は、かなり広範囲に拡散しているため、それらを一つ一つ取り除くのに、結構な手間がかかっている。毒性のあるモンスターではないので、放っておいても危険はないだろうが、それでも回収は義務だ。
その野次馬達の中に、海太達もいた。
「海太、今日は活躍しなかったね。なんか残念だよ・・・・・・」
「しょうがないだろう? 敵が出てきたところが、聞いてた所と全然違ってたんだ。探査機能を誤魔化す力があるなんて聞いてないし」
「うん? それってやる気はあったてこと?」
「さあな・・・・・・」
海太の答えに、何故か銀子が感心して頷いている。実はあの時、海太も湖の近くでこっそり待ち伏せていた。今回は軍の者が大勢出陣しているので、普通ならば自分が出る幕などないはずだった。
それでは何故、自分は来たのだろうか? それを答えるには、気まぐれとしか言う以外に、選べる言葉がなかった。
途中で目目連からの報告で、敵が釣り場の方に現れたと知った。だがそちらに向かったときには、勝負は終わる直前だった。結果戦わずに事は終わってしまった。
鋼鯱の鎧はまだ、前回の戦闘の時の損傷が完全に修復してないので、これはある意味良かったといえる。自己修復機能に頼らず、整備半に修理に出せば数日で直るだろう。だが鋼鯱の正体を秘密している以上、それはできない。
(“正義の味方を気取るぐらいの自惚れがなきゃ、武器を預かる視覚はない”か・・・・・・。そういうものなのか?)
さっき柴が言った言葉。そしてかつて自分が望んだ英雄像と、その崩壊の記憶を思い出し、海太はやや苦々しい気分になっていた。




