第九十話 牛鬼
この日の朝に、全艦隊・全集落に対して、統制司令部から緊急警報が発せられた。
今より新郷湖及びその周辺には、軍人・レグン共に絶対近寄ってはならないということ。そこに近々、非常に強力・凶暴なマジックモンスターが出現するらしいということ。
情報提供者は少し前に、艦隊に衝撃な情報を与えたあの炎王である。
ストロンガー村のとある住居の中にて。
「近寄るなって言われてもな~~。今の時期にあんなところに行く奴なんぞいるのか?」
「さあ? でも前に銀子があそこの絵を描いてたし、結構いるんじゃないのか?」
柴と土佐が、警報が出されたにも関わらず、全く緊張感のない和やかな空気で会話している。
柴は先ほど暖めたホットミルクを口にしていた。この寒い季節、暇つぶしの訓練以外で外に出る理由は全くない。当然結構な距離がある新郷湖などもってのほかだ。
「牛鬼の話をしてきたの炎王か。あの女がきてから、何か随分空気が変わっちまったよな・・・・・・」
「ああ、上層部もあんな状態だし・・・・・・」
現在リアーナ総司令は、城准将を初めとした一部の兵士達によって、実質拘束に近い状態にある。
形を見ればれっきとした反乱行為だが、リアーナはそれに何の抵抗もしなかった。というか一言も口にしようとしない。自室でずっと黙りこくって、こちらの質疑にも対して何も言わないのだ。
「こんな感じじゃ、帰れてもまた戦争だよな~。ぶっちゃけこの世界の方が居心地よくねえか?」
「柴・・・・・・何が言いたい?」
「さあね。ところであいつらはどこにいった?」
言われて初めて土佐は気がついた。この家の同居人であるレグン族の親子。アローカナ一家の姿がどこにもないのだ。
「またいつもの散歩じゃないのか? この季節なのに、たくましいことだ」
「あいつらって、普段どこに散歩に行ってんだ?」
「さあ? どこだったけ?」
この緊急警報には、一つの問題点があった。言葉の通じないレグン達には、事の危険性が一切伝わらないということである。
その時に、不意に二人は気がついた。
「火事? ・・・・・・じゃないよよな?」
自分たちの家の室内に、白い煙のような物がうっすらと浮かび始めていた。
「&’#%”#%~~♫」
当のアローカナ親子三人は、新郷湖から流れ出ている農場へと続く河川へと、釣りをしてきていた。
最初はいつもの通りに、新郷湖の方へと行こうとしていたのだが、現在そこは警備兵が大量にいて、彼らから追い返されてしまった。
普段はあそこにあんなに大勢見張りはいないのだが、今日はどうしたものか? それでしかたないと彼らはここで釣りをしていたのだ。
川岸の各地に設けられている、釣り用のベンチに彼らは腰掛け、そこから釣り糸を垂らしている。釣りは兵士達の一つの娯楽にもなっており、こういう簡単な施設も作られていた。
だが寒くなり始めると、釣り客の数も徐々に減ってきている。特に今日は警報のこともあっってか、釣り客はこの三人しかいない。
「”%$#&~~」
いつもは多くの釣り仲間から、言葉は判らないながらも挨拶され、子供らには手製のお菓子を振る舞う者もいた。
だが今日は一人もいない。なんとなく寂しいものを感じながらも、彼らはじっと釣り糸を垂らしている。
「”$%#%#&%~~~!?」
そんなこんなで今日は中々釣れずに飽き始めた頃に、三人はある事象に一様に驚く。河の水面の一部が、急に餅のように盛り上がり始めたのだ。
もしかして誰かが大物を釣り上げたのか?と、三人は互いを見回すが、誰も釣り糸に引きを感じていない。
「#%$~?」
もしかして青太かと一瞬思った。結構水底の深いこの川では、時々彼女の姿を目にする。
だがあれは青太ではありえない大きさであった。そしてその水の盛り上がりは、波のようにこちらに接近してきている。
明らかに異常な者が近づいているのに、彼らは好奇心に負けて、逃げようとせずにそれに見入ってしまった。やがてそれが距離二十メートルという距離に近づいてきたとき・・・・・・
『お前らそこから離れろ!』
怒鳴るような拡声音に、三人は一斉に飛び上がった。背後を見ると、この釣り堀に続く農道を、一気の鉄馬馬車が、猛牛のように勢いよく突進してきている。
尋常じゃない速さ、おそらく機体性能の限界出力で走っているのだろう。そしてその鉄馬は、三人がよく知る人物の乗り物・大鬼鉄砲であった。
「!?」
その焦った口調の声に、アローカナは尋常でないものを感じ、反射的に二人の子供の手を引いて、川岸から農道へと走り出した。
背後の水の波が、その川岸に到着したのは、その直後であった。
ザバァアアアアアアアアアアン!
ドン!
大量の水しぶきを上げてそれが陸上に姿を現したのと、大鬼鉄砲の主砲が火を噴いたのは、ほぼ同時であった。
砲弾はアローカナの頭上を通り、今まさにアローカナに接触しようしたそれに、見事命中する。
強力なエネルギーと大質量が衝突する爆音が鳴り、それによる衝撃波で親子は転んでしまう。だがすぐに起き上がって、大鬼鉄砲の所へと走り出した。
『グルルルルルルルルッ!』
猛獣のような唸り声を上げるそれは、川岸から農道の方、急停止した大鬼鉄砲の足下まで駆け寄った親子・そして彼らを守るように立ちふさがった大鬼鉄砲を睨み付けている。
川岸からアローカナを、害的に狙ってきたそれは一匹のマジックモンスターである。
姿は蜘蛛に近い姿をしている。楕円形の胴体に六本の長い足が生えている(蜘蛛は本来八本足なので、このあたりからして蜘蛛との違いが見られる)。全身に牛のような短い毛皮で覆われており、虫と獣を合わせたような外観である。
そして顔は鬼だった。人間に近い型の顔でありながら、頬はなくワニのような鋭い牙が、口内に並ん生えているのが露出している。眼球は黄色く、目つきは鋭く恐ろしげだ。そして頭には立派な二本の角が生えていた。
これこそが新郷湖で長く封印されていた魔物=牛鬼であった。
『上手く奴らから気配を消してきたのだが・・・・・・ここにも見張りがいたとはな・・・・・・』
その牛鬼が喋りだした。喋りにくそうな頬のない口を開閉し、そこから中年女性のような声質の言語発せられている。
「別に見張ってたわけじゃねえよ。ぶっちゃけ間一髪だったぜ全く・・・・・・」
時間は少し遡る。これは二人の自宅に謎の煙が発生し始めたところから。
「もしかしてこれ・・・・・・お前らか?」
室内に不審な煙が蔓延しても、二人は割と冷静だった。それの正体に早い段階で勘づいたからだ。
薄く広がった煙はやがて一カ所に収縮していく。そしてどんどん小さく濃くなっていき、その真ん中にホログラフのような目が映し出された。
農業で虫除けに大活躍していた煙羅煙羅であった。それが今太いソーセージのような形をなしており、こちらに向いた前方先端に、目が顔のように張り付いていた。
煙羅煙羅達は今、特にやることが何もないためか、時々各民家に潜り込んでくるという話を聞いたことがある。侵入して何かをするわけではなく、ただ家の中を彷徨いているだけだ。
まあ住人は煙たくて、あまりいい気分はしないのだが。
「なんだ、今度は家に来たのか? まあいいや、ゆっくりしていけ」
柴は特に気にとめず、煙羅煙羅を屋内に受け入れようとする。だが煙羅煙羅の様子は、ちょっとおかしかった。
柴の言葉に何故か、全身をくねらせて、首を振るかのような動作をしている。
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
煙羅煙羅は、今度は胴体を縦にくねらせた。肯定ということらしい。
「まいったな。こいつと会話できるのって海太しかいないんだよな・・・・・。迷惑だろうけど、今から呼ぶか?」
「そうだな。ええと・・・・・・携帯どこだっけ? うん?」
見ると煙羅煙羅の身体が突然分裂を始めた。人ほどの大きさもあった煙の身体が、二つの分かれ、四つに分かれ、各々がどんどん小さくなっていく。細胞分裂のイメージ映像を見ているようだ。
いくつかに分かれた煙の身体が、今度は細い線の形に変形していく。その線の長さ・向きは各々が違い、いくつかの組み合わせをなしていく。
「これは・・・・・・文字か?」
組み合わさった形は、日本語の文字の形をなしていた。人文字ならぬ煙文字である。そしてその文字で綴られた文章はこうである。
《ツリボリ ギュウキキテル レグンモソコニイル》
一瞬意図が判らず、二人は呆けていたが、すぐに柴があることを思い出した。
「そういやまえにシャモの奴、釣り道具作っていたよな?」
「ああ・・・・・・そういやそうだったな」
釣り竿や釣り糸を、長男のシャモが器用に作っているところを、二人は見ている。レグンの手先の器用さに感心したが、二人は釣りに興味がなかったため、それ以上のことは記憶にない。
「その釣り道具、今はどこにあったか?」
そして現在、嫌な予感を感じた二人は速攻で大鬼鉄砲に乗り込み、猛スピードで釣り場までやってきていた。
レグン達は通信機を持っていないので、居場所を探るには直に探すしかない。そしたら案の定、このような事態になっていたわけである。




