第八十七話 蛇女
村・艦隊郡からだいぶ離れた山の頂上。
おそらく休火山であろうそこは、おおきなクレーターになっており、煙草のような白い煙が、僅かばかり上がっている。かつてそこには大規模な噴火があっただろうことが窺える。
その火口の周りの山の地面。急な斜面になってるそこに、土や岩を切り出して、無理矢理平坦な地面にしたと思われるその部位に、一つの古ぼけた神社があった。
場所が場所だけに、雑草などは生えていないが、木材などは劣化が進んでいて、社殿などは今にも崩落しそうな危なっかしい状態である。唯一石材でできた鳥居だけが、無傷で堂々と立っていた。
高速で飛行する鋼鯱は、瞬く間にその場所にたどり着く。鉄鬼の機動力をもってすれば、この程度の高山どうということはない。
だがその炎王神社の境内には先客がいた。それは明らかに人ではなかった。だがヘビにも見えない。海太はてっきり、あのタレの素材の獲物のような奴らを想像していたが、実際にいるのは、人間の身体にヘビの身体を強引にくっつけたような怪人である。
それの下半身は完全にヘビの胴体である。足などはなく長くて鱗が生えた、化け物のように巨大な無足爬虫類の身体なのだ。長さは十メートルを超えるだろう。
その胴体から生える上半身は、人のような姿をしている。水着のような露出度の高い服を着ており、顔は二十歳ぐらいの美しい白人女性のような顔だ。
だが彼女の容姿には、海太には一片の美しさも感じ取れなかった。彼女の頭部=本来ならば髪の毛が生えている部分には、無数の蛇がくっついてているからだ。まるでイソギンチャクの触手のように、うねうねと動く大量の蛇の群れ、頭は上を向いており、それらの胴体の先は彼女の頭の皮膚とくっついている。これらの蛇は、彼女の頭から直接生えてきているのだ。
そんな見るからに化け物然とした奴が、神社の境内の真ん中で堂々と眠っていた。
だが鋼鯱の気配に気がつくと、ゆっくりと目を開けて、空の上、月の光に照らされた鋼鯱の姿を見つめる。
『おや、ずいぶんと変わったお客さんだね~。炎王の差し金かい?』
「そうだ。恨みはないがお前には死んでもらうぞ、ゴルゴン」
静かに地面に降り立った鋼鯱、鳥居を挟んで蛇女と対峙した。見るといつの間にどこから取り出したのか、蛇女=ゴルゴンの右手には、ひと握りのサーベルが握り締められていた。
刃渡り全長1メートルほどで、刃の腹には蛇の鱗のような文様が刻まれており、柄の部分は蛇の頭を象った装飾になっている。そして刃の部分は、月星の光を反射して金属的な輝きを持ちながらも、薄い紫色に染まっている。
(刃に何か染み込ませいるな。これが例の毒か?)
鉄鬼の探知機能でその成分を解析しようとしている最中に、先にゴルゴンが行動を起こした。
『ヒャッハーーー!』
楽しげな声を上げながら、目を大きく見開き、その眼球がカメラのフラッシュのように発光する。
その場が一瞬昼間のように明るくなるが、すぐに元に戻る。そこには何か変わった様子がなく、平然と立っている鋼鯱の姿。
カラン!
いや一つだけ変化があった。近くの低木で眠っていた一羽の鳥が、地面へと墜落する。その落ちる音は、まるで金属のよう。しかも落ちた鳥は凍ったように固まっており、全身が銅色に変色していた。
「何だ?」
『この程度じゃ聞かないのは当然だね。なら斬って固めてやるよ!』
長い蛇の胴体をくねらせながら、ゴルゴンが一気に突撃してきた。
鳥居の内部を通過し、手にしたサーベルで鋼鯱に斬りかかる。鋼鯱もまた、刀でそれ受け止めた。
月夜の山の中で、無数に響かれる剣戟の音。ゴルゴンは蛇の胴体を少し上向きにして持ち上げており、彼女の上半身は鋼鯱よりやや高い姿勢になっている。そのためかゴルゴンは相手よりも地の利を得ている。
しきりに打ち合いながらも鋼鯱は内心動揺していた。自分が相手と互角の戦いをしている事実に。
(こいつ、今までの奴らとは違う!)
これまで神地荒らしをしていたモンスターは全て雑魚であった。以前戦った鉄鼠などは、適当に刀を振っただけで全滅可能なレベルである。
そんな経験もあってか、今回もどうせ大した労働ではないだろうと、気を抜かしながら出陣したのである。それが裏目に出たかも知れない。
『ここはいいところさ! ただこの場にいるだけで、私の力がどんどん高まっていく! こんないいところ、あんな半緑人にやるなんて勿体なさ過ぎるだろう! ここは絶対に譲らないよ!』
「立ち退きを迫った覚えはない! 俺はただお前に死ねと言っただけだ!」
剣戟が繰り返される。時々鋼鯱は、高く上げられているゴルゴンの下半身に斬り込もうとするが、そうすると敵はすぐに上半身を一気後退させて回避する。
もし遠距離攻撃だったならば、あのでかい身体を狙いやすい的になって有利だったろうが、安易に接近戦に挑んだのは失敗だったようだ。
両者はしきりに動くため、お互いの位置や向きが色々と変わっていく。あるとき鋼鯱の背後が、社殿に接近していたことに気づいた。
(やばい!)
あのぼろい社殿では、些細な振動でも崩れかねない。鋼鯱は社殿から少しでも距離を取ろうと意識するが、それが相手に隙を作った。
『シャア!』
ゴルゴンの剣撃が、鋼鯱の型に直撃した。頑強な鎧自体に大した傷はないが、衝撃は中の海太の身体にかなり響いている。
それで一瞬動きが止まったところを、ゴルゴンの乱舞が襲ってきた。剣撃の嵐が、鋼鯱に次々と当たり、海太の身体に確実にダメージを蓄積させていった。
「くっ!」
全身に走る痛みに、一瞬意識が飛びそうになった鋼鯱は、思わず膝をついてしまった。
当然その隙を逃がすゴルゴンではない。ゴルゴンの得物の刃が、紫色に輝き出す。月星の光の反射ではない。刀身自体が発光現象を起こしているのだ。必殺の剣撃の光だ。
『終わりね! へいっ!』
振られるパワーチャージした斬撃。それは鋼鯱の装甲を切り裂き、内部にいた海太の肉体を確実な切り傷を与えていた。
「がぁっ!」
腹から走る痛みに、思わず手で傷を押さえる。押さえる手からは、血がタラタラと流れ始めている。そして刀を杖にしたままに腰を落としてしまった。
『キャハハハハハハッ! いいざまね! その無様な姿のまま銅像になってしまいな! 仮面のせいであんたの顔を最後まで拝めなかったのは残念だけどねぇ!』
勝利の歓喜を上げるゴルゴン。彼女の刃には呪いの毒が染みこませてある。それで身体を傷つけられた“生き物”は、銅化の呪いを受けて、あの炎王のように銅像と化してしまうのだ。
久しぶりに楽しい気分を味わったゴルゴンの高笑いはまだ続いている。そんな中、鋼鯱はどうにか痛みをこらえて立ち上がった。
『キャハハハハハッ・・・・・・・・・ハガァッ!?』
馬鹿みたいに口を大きく開けて笑っていたゴルゴン。その口の中に何か挿入されていた。
「油断しすぎだ、バーカ」
射し込まれたのは鋼鯱の刀の切っ先だった。彼の刺突が、鋭く彼女の口内に突き刺さる。
彼女の背丈が鋼鯱より高いこともあって、その刃の向きは下から上向き、上顎からゴルゴンの脳を下部から貫く形になっている。
突然の出来事に混乱するゴルゴン。目をこしらえてよく見ると、鋼鯱の身体は全く銅化の形跡がなかった。それどころか彼の傷は、もう出血が止まっている。それにゴルゴンはますます混乱した。
『グゲ、グガァ・・・(何で?)』
「死人の俺に、毒も呪いも効くわけねえだろうが」
鋼鯱は両手に力を込めて、更に刀を深く相手の身体にめり込ませる。結果、切っ先はゴルゴンの脳みそを完全にぶち抜き、頭蓋骨を内側から破り、頭の無数の蛇髪の中に更にもう一本の鋭い新しい髪を生やさせた。
それによって上向きに突き上げられた刀身から、柄を握る彼の手に向かって、ドロドロと血と脳汁が流れ落ちてきた。
鋼鯱が刃を引き抜くと、ゴルゴンの口から割れた水風船のように、ドバッと気持ち悪い液体が噴き出してくる。そしてそれら地面に撒き散らしながら倒れ、完全に沈黙した。
鋼鯱はグールであるためか、もう痛みが引いた傷を見て、色々と考え込んでいた。
(油断のしすぎでこんなに傷を負っちまった。少し俺も図に乗りすぎてたか・・・・・・)
望んでた力でないと自己主張しながら、こころのどこかでその力に酔いしれ慢心していたことを自覚する。色々と心に引っかかるものを覚えながらも、彼のやるべきことはこれで終わった。
最初に思っていたよりも時間はかかったものの、鋼鯱は無事に仕事を終えて、夜明け前に村に戻ってきた。
鋼鯱=海太の腹の傷はもう塞がって治りかかっている。
あれから十分程度経った。しかし破壊された鉄鬼の装甲はまだである。自己修復機能に任せた場合、これが完全に直るにはあとひと月以上の時間がかかるだろう。
(あいつ、どこにいった?)
中央広場に到着してみると、そこにあるはずのものが無かった。炎王の銅像である。
あのゴルゴンが死んで、呪いの力が弱まれば、本人は自分のチカラで元に戻れると言っていた。だがその当人もいないのだ。そんな時鋼鯱の通信機能に、どこからか着信があった。
「艦長!?」
それはあまりに意外すぎる相手、渡辺艦長からの通信機からである。艦長はまだ眠ってるはずだ。あの朝が遅い艦長が、こんな時間に起きているとは何事だろう。
「はい、艦長。いったいどうし……」
『あんたの客が家に来てるぞ・・・・・・お前はあと何人女を連れ込む気だ?』
家に帰ってみれば、中はえらいどんちゃん騒ぎだった。主に銀子と炎王が。
「おかえり海太! おかげで私はすっきりこの通り、完全復活できたわ! ありがとうね!」
「今日のあんたは結構珍しいね。自分から他人の世話をするなんてさ。そろそろ目覚めてきたのかしら?」
冷蔵庫の中の物を大量に床に並べながら、銀子と炎王が酒を片手に陽気に話しかける。炎王はとうに銅化の呪いが解けて、完全に人の姿に戻っている。
白人的な肌と容姿に、あの女性神職の衣装が、完全にその本来の色を取り戻してそこに存在している。銅像だったときには判らなかったが、彼女の髪色は、燃えるような赤であった。
その脇で艦長・陽子・夢がやや眠たそうな目で、床に座っていた。ただし出された物はしっかり食べていた。
「これはどういうことだ?」
「何って、お客様をおもてなししてるんだよ?」
「ああ、いきなり家に入ってきやがって・・・・・・つうか銀子、何故お前まで一緒にいるんだよ・・・・・・」
艦長が少し苛立った口調で言葉を挟む。どうやら銅化が解けたすぐ後に、炎王は家に上がり込んだらしい。家の者を叩き起こして、しかも物を好き放題に食べるのに、礼儀も欠片もないが。
「真夜中の食事はあまり良くないぞ・・・・・・」
「そんなことはどうでもいいだろうが・・・・・・。そんなことよりあれ、どうする気だよ?」
「当然契約を守ってもらうまでだ」




