第八十六話 炎王仙女
異世界来訪174日目。
村の中を異色に染めていた作品達は、見事に消え失せていた。他の村・艦隊の方でも、この美術展終了とともにあらかた片付けられていた。出展した兵士達の間には、勢いに任せて造った自分の作品に、色々と思うところがあったのだろう。
引き上げた作品の多くは、作者自身の手で解体・処分されていた。
同じく出展したレグン達も、言葉が通じずとも、兵士達の行動を見ておおよそのことを察したらしい。彼らも自主的に作品を村から撤去し始めていた。
だが一つだけ変わっていない物があった。それは・・・・・・
《やあやあ、若人! おはよう!》
「何であれだけあのままなんだよ?」
それはあの一時期注目を集めていた、あの少女の銅像であった。
海太にとっては、念話で話しかけてくる怪しさ抜群のこの銅像は、兵士達から《龍の巫女》という名前で呼ばれていた。
美術展終了直前に、あれだけは残してほしいという要望が多く出たのだ。多すぎるオブジェの群れは、村の景観にかなり悪いが、一個ぐらいの飾りならやはりあった方がいいと考えたらしい。
元々名物など何もない集落だっただけに。龍の巫女は、村の中央にある広場に移され、現在の村の様子を見守っている。そしてそれを遠くから眺めながら、海太は随分気むずかしい表情をしていた。
だが相手にするわけにはいかないと、彼は畑の仕事に戻っていった。
《草の取り方がテキパキとしていて凄くいいね! もしかしてここに来る前から、こういう仕事してたとか?》
(・・・・・・うざい)
現在海太は、仕事をしながらも引っ切りなしにこちらに話しかけてくる念話の声に、だいぶ疲れていた。
ちなみ海太の現在地は、村からかなり離れた農場の中。そして念話で声を届けてくるのは、あの龍の巫女(炎王仙女)である。
もちろん両者の位置は相当な距離である。だが炎王は、どうやら一度狙いをつけた相手なら、ある程度離れたところにいても、声を届けることができるらしい。そして海太にはそれを防ぐ手段を持っていない。
しかも奴は、自分の身の回りの光景すら視覚できるらしく、プライバシーもへったくれもない。
(何で俺にだけ、こんなうっとおしい声が聞こえてくるんだよ! くそが・・・・・・)
答えはグールだから。判りきった答えだが、やはり理不尽を感じざるおえない。
《凄いね、こんな立派なお風呂が、軍人の自作なんだって? それに皆、体つきがいいね。軍人だから何だろうけど、よく鍛えてるってのがよく判るよ。あっ、もちろん海太もいい身体してかっこいいよ。なんか色白だけど》
ここは温泉館で入浴中の時。自分の素っ裸すら炎王は遠慮なく除いてベラベラ喋ってくる。ちなみに既に名前が相手に知られている。
大勢の客が周りの浴槽に浸かっている中、この休みなく話しかける声を無視して無表情を貫くのは結構忍耐力がいる。しかも相手は話の種が既に尽きているのか、似たような話題の言葉を、何度も繰り返している。
ちなみに海太は、普段は入浴中に前を隠す癖はないのだが、今回だけはタオルで下半身を巻いている。
《君の家って、女の子ばっかりだね。この中のもう誰かと付き合ってるの? やっぱり隣の陽子って子? それとも実は年上好きで艦長さん? あっ、もしかしてあのレグンの女の子!? だったら君って、結構いい趣味してるねえ~》
皆でテーブルを囲って夕食中ですら、炎王は話しかけてくる。しかもその内容に(本人もやや気にしていただけに)、初めて動揺して表情が崩れていた。
「海太、どうしたの? 今日の唐揚げ、あんまりだった?」
「いや、そうじゃないよ。何でもないんだ・・・・・・」
電波みたいな声が、頭に響いているとは言いづらく、海太は言葉を濁す。
やがて夜が来て、皆が寝静まった時間。海太はふと布団から起き上がり、そのまま軍服に着替えて外に出てきた。
《あれ? 海太どうしたのこんな時間に? 眠れないの?》
「お前は一体何者だ?」
本体の銅像がある方向に歩きながら、海太は小声で答える。ここにきて初めて、海太が炎王に対して言葉を発した瞬間だった。
《あっ!? やっと答えてくれた! もう遅いよ~~ずっと一生懸命話しかけてたのに》
「人のいるところで、ベラベラ独り言を喋ってたら、完全に危ない人だろうが・・・・・・」
顔を引き攣らせながら、海太は声の主がいる村の中央広場に到着する。そして今改めて、炎王と直に対面した。
《それはもう前に教えたじゃん。私の名前は炎王仙女。ずーーーと昔にこの土地を守っていた大土地神様よ!》
「それでどうしてそんな風になってるんだ? 元から身体が銅でできたわけじゃないんだろ?」
《勿論よ。あのヘビ野郎のせいで、こんな風に・・・・・・あ~~思い出しただけで腹が立つ!》
調子よい明るい声から、いきなりヒステリー気味の凶暴な声を上げる炎王。
一応、そのヘビ(おそらくこれまでの奴らと同様、マジックモンスターだろう)に呪いで銅像にされたという大まかな概要は判る。
人を石などの無機物に変える。ゲームなどではよくある状態異常であるが、現実にそんな技術が確立されたという話は聞いたこともない。
だが海太は、別に理論など考えなくても、平然とそういった現象もあるのだろうと受け入れられる。むしろこのぐらいのことがあった方が、世の中面白いだろう。
「それで助けてっていうのは、その銅化を治せってことだよな?」
《うん、そう。もう何十年もこの姿だよ。もう気が狂いそうよ!》
「そうか(ジャックに話をしてみるか? いや、さすがにこういうのは専門外だろうな・・・・・・)」
これは少々難題だ。病気の類いの問題は、さすがにこっちには判らない。ブロックジャックのデータに、これの治療法があるとも思えない。
他にあてがあるといえば、ヒナイの病気を治したあの本ぐらいだが・・・・・・
《私の声が感じ取れるぐらいの術者なんだから、当然海太君は強いよね?》
「ああ、まあな」
一応そうではあるのだろう。何故炎王の声が聞こえるのかは、漠然とした予想しかできていないが、ただ術者(魔法使いのことだろうか?)というような者ではない。
《だったらお願い。あのヘビ野郎をやっつけて! 後でお礼は何でもするから!》
「倒すだけでいいのか?」
《ええ、そうしたらこのぐらいの呪い、自力で解けるわ》
「なんだ簡単な話じゃんか」
難しい課題と思っていたら、実に簡単に肩の荷が下りた。もう化け物殺しなど手慣れた物である。
「そんでそのヘビはどこにいるんだ? ああ、その前に礼の内容を決めさせてもらうわ」
《なあに? 私を抱かせて上げてもいいわよ?》
「この世界の情報と、元の世界に変えるための方法を教えてほしい」
わざとらしい色っぽい声を無視して、海太は簡潔にそう答える。ヒナイの病の一件以降、自分自身が他人事にできない事態が、これから次々と起こってくる可能性を考えて、ずっと帰還の方法がないかと考えていた。
できるならばこれ以上、何かしらの責任を背負わされるのは避けたい。それは新たに移民してきたレグン達が、あの転移石を持っていた辺りから、更にその思いが強くなっている。
《情報? 帰る? 君は元の世界に帰りたいの?》
「当然だろう。俺だけでなく皆だってそうだ」
《・・・・・・・・・前から気になってたんだけど、あなたたちって一体何なの? 人妖から逃げてきた難民かと思ったけど、何か違う感じよね?》
人妖。青太の言うワールドビーストのことであるが、その名前が出てきたのに一瞬動揺する。
思わずどういうことかと問いかけかけたが、すぐに口を紡いだ。自分たちが侵略者だと知れると、こいつもまたこれまでの土地神同様に、口を閉ざしてしまうかも知れない。
その件があるからこそ、交換条件ということで情報を聞き出そうと考えたのだ。
「仕事は手早く済ませる。ヘビとやらはどこにいる? そいつを片付けたら、何も聞かずにこっちの質問に答えてもらうぞ」
《えっ、ええ・・・・・・》
この夜、再び鋼鯱が空へと飛び立った。




