第八十五話 美術展
異世界来訪170日目。
季節はすっかり秋。気候も下がり作物の成長速度も遅くなってきて、そろそろ潮時だと思われる時期。このころから農作業以外の事業が新たに展開し、各集落に衣替えを催し始めた。
「なんだいこのガラクタ? 何故こんな所に捨ててある?」
「ガラクタじゃなくて美術品らしいですよ。どのあたりがそうなのか俺にはてんで判りませんけど」
海太と艦長が見上げているのは、鋼鯱と思われる騎士の彫像だった。大きさは等身大ほど。材質はどこかの山から切り出したと思われる石灰岩である。
その出来はお世辞に良い形とはいえない。まるで子供の図工のような削り方である。台座に名札がついていなかったら、これが鋼鯱だと判別することは困難だったろう。そんな変な物体が、真河豚村の中央に、堂々と置かれているのだ。
これだけではない。村の各地・中には農道の端っこにまで、美術品と称された謎の物体がいくつも設置されているのだ。
モチーフは鉄鬼・動物・軍艦など多種多様である。出来不出来にそれぞれ差異があり、比較的出来の良い物は、全てレグン族が作った物である。
いったいここで何が起こっているのかというと、実は十日ほど前に、銀子がこんなことを言い出したのだ。
《もうすぐ秋だよ、秋! こんなときだから皆でなにかビッグなイベントをしようよ! そうだね芸術の秋だから、みんなで何か美術展をしよう!》
子供の思いつきのように発せられた唐突な発言。自分が絵を描けるからといって、調子に乗りすぎでは?と海太は最初思った。
だがこの発案は村中に、やがて艦隊群のほうにまで及び、次々と参加者が集まってきた。その数は数千にも及ぶ。そこには芸術の心得など皆無の者も少なくなかった。
もし故郷世界で民間にこんなチラシを配っても、集まる数などたかが知れている。だがこの場所では、皆出征中の軍人で、仕事以外にやることがなく皆娯楽に飢えていた。それが原因なのか、銀子の言葉はあっというまに文化祭のごとく盛り上がり始めたのだった。
各村の外も全部こんな感じである。艦隊の方では、艦内の使用されていない部屋のあちことに、絵や陶芸などの作品が美術館のように設置されている。ちなみに陶芸の技術指導はレグン達である。
海太・艦長・陽子・夢が、現在奇抜な物体に彩られた村をあちこち歩き回っている。見学者は他にも大勢おり、真河豚村の外から来た者、中には艦隊で待機組に廻っていた者達までいる。
おそらく彼らもずっと艦隊の中で引きこもった生活に、ストレスを溜めていたのだろう。理由は何であれ、艦内から出てきたのは良いことだ。
「にしてもこれ美術展って言うより文化祭だな。どうせなら劇とか喫茶店とあればいいのに」
「喫茶店なら話ができる前からあるぞ? 劇もやってるところもあるようだぞ。演技下手で見れたもんじゃないらしいけどな・・・・・・」
通信で各村の様子を聞いていた艦長が、呆れ顔でそう答える。
「しかしどの作品もいまいちだよな~素人の俺が見ても下手だと判るぜ」
「楽しめればそれでいいじゃないの? あっ、でもこれは小さいけどすごく上手。作品名は・・・・・・私!?」
「本物より顔が綺麗に作ってあるな。作者は・・・・・・ヒナイ!?」
小太刀を握りしめて戦っている、その高さ50センチほどの石像には『陽子』と書かれていた。ちなみにこの名札を書いたのは銀子である。
村を一回り歩いてまた自宅近くの道に戻ってきたとき、そこにはさっき通ったときにはなかった人だかりができていた。
「おいおい・・・・・・何事だ?」
「あっ艦長。これですよこれ・・・・・・ついさっき持ち込まれたんですけどね、この作品が凄いんですよ!」
人だかりの合間を通ってみてみると、そこには生きた人間かと錯覚するほどに精巧にできた、一体の女性神職の礼装を着た少女の銅像が置かれていた。
色は十円玉のような銅色に光り輝いており、かなり新しい作品であることがわかる(通常銅像は、年月が経つと錆びて青緑色に変色していく)。
年は日本人の基準から判断すると、15・6歳ぐらいだろう。頭には鹿のような角が生えており、亜人と言うことなのか、ただのアクセサリーなのかは不明だ。
直立姿勢で錫杖に似た杖を右手に持ち、ジッと前方を睨むような表情で作られている。
「へえ・・・・・・確かにこりゃ凄いな」
出展された作品で、銅製の作品は(少なくとも艦長が聞いている限りでは)この一体だけである。
しかもそれは髪の毛一本一本まで、細部にまで綺麗に作り込まれた素人が見ても一品と思われる物だ。これならば人目にもつくだろう。
「美術展が決まったのって、たった十日前だろ? そんだけでよくこんなの作れたな・・・・・・作者は誰だ?」
その銅像を端から端まで見通すが、その作品には作者・作品名の名札は一つも取り付けられていなかった。
「ないな? なんでだ?」
「ええ。それでちょっとみんなで言い合ってるんですけどね・・・・・・」
レグン達が作った物には、全て銀子が代理で名札をつけている。だがこれにはそれがないい。貼り忘れたのだろうか。
最も海太にはただの銅像には早々に興味が薄れて、そろそろ帰ろうかと思ったときのことだった。
《ああ~~~~! うっとうしい奴らだ! ジロジロ見てんじゃねえよクズ共が!》
「!?」
海太の耳に、いや正確には頭の中に響いてきた、荒々しい女性の声。突然の出来事に、海太は仰天し、とっさに周囲を見渡した。
「うん? どうしたんだ?」
「いえ、何でもないです・・・・・・」
海太以外に、今の声に反応した者は一人もいない。嫌な予感がしまくったので、今のは幻聴と言うことで、さっさと忘れようと思ったが。
《え!? ちょっと待って、そこの若人! 今、私の声が聞こえたの!?》
だがその幻聴は見逃してはくれなかった。海太も本当は判っていた。今の声は現在注目中の銅像から発せられたことに。
(いや聞こえてない。残念でした)
海太は声を上げず、身振り手振りのジェスチャーで、銅像めがけて聞こえないという胸を伝える。
《聞こえてんじゃん!? お願い私を助けて!》
「艦長、俺そろそろ行きます」
「そうだな、私ももうそろそろいいや」
《無視すんなよ! か弱い乙女が助けを求めてんだろうが!》
か弱いという表現がこの上なく似合わない声が続けて響くが、海太はもちろん気にしない。
そんな時、これとは別の音がどこかから聞こえてきた。これは海太以外にも聞こえているようで、全員が音の鳴る方向に顔を向ける。
「みんな~柴と土佐が、ここでライブやってるぜ!」
「ライブ? あいつらギター弾けたんだ」
それはかなり上手い音調のギターとドラムの音楽。そしてそれを宣伝して回っている、遠くからこっちに手をふる者の声を聞いて、皆一斉に銅像から離れて、そっちに足を向け始めた。その中には海太達も含まれている。
《ちょっとちょっと!? 皆行かないでよ! 判ったさっき見るなって怒鳴ったのは謝るから、もう少しここにいて!》
だが誰も振り返らない。そもそも彼女の声は海太にしか聞こえていないのだが。
「海太、ちょっと急いでないか?」
「うん? そうでしたか? やっぱりあの音楽が気になったのかも。何だか昔の学園祭を思い出しますよ」
その海太もまた、早くあの胡散臭い銅像から離れたくて、足早にそこから立ち去っていく。後ろからまだ何か聞こえてきた気がしたが、一切気にしない。
《私は七大土地神の炎王仙女。悪い怪物に石にされちゃったの! 助けてくれたらどんなお礼でもするから!》
否、ちょっとだけ気にかかる単語が発せられた。
(土地神!?)
最近よく聞くフレーズだ。今まで会ってきた奴は、皆こちらからの情報提供を拒んだが、今回はどうだろうか?
だが今更引き返すわけにもいかず、結局皆と一緒にライブ見学へ赴くことになった。
その日の夕方。渡辺艦長のところに、いくつもの電子メールが舞い降りてきていた。普段食事に使っているテーブルの、自分の座席で、軍用スマートフォンに送られてきたメールを一つ一つ読んでいた。
「艦長、さっきからずっとそれ見てますけど、何かありましたか?」
ディスプレイを見る艦長の様子が、妙に疲れたようなめんどくさがっている様な、妙な様子なので海太と問いかけてみる。
「ああ、今日村に置かれているあの美術品もどきがな。いつまで置く予定なのかとか、できるだけ早く撤去してほしいとか、そういう相談がいっぱい来てるんだよ・・・・・・。村の景観が悪くなったとかでさ」
「なるほど・・・・・・」
確かにあんな出来の悪い・・・・・・いや例え出来がよくても、あんな大量の無機物が集落に無造作にかつ大量に置かれているのは、ちょっと格好が良くない。
「しかし景観っていってもねえ~。帰還まで仮住まいの村に、そんなものこだわる必要あるのか? ていうかあれ勝手に撤去していいのかどうかなんてな・・・・・・」
あの催しは、銀子が思いつきで言い出したことが発端であり、特に開催期間などは決められていない。だからといってせっかく作って出した物を、勝手に移動・処分したら、作者達から非難が来るだろう。
「作者一人一人に連絡を取って、処分の是非を確認するしかないよな」
「やっぱそうだよな、めんどくさ・・・・・・海太、代理頼める?」
「いえいえ、艦長の仕事を取ったりしたら駄目でしょう」
海太以上のめんどくさがりやである艦長だが、これをさぼるのはやはり駄目なようだ。額に指を指してため息をついていたところを、海太が一つ頼みを言い出してきた。
「そうだ艦長、そのときついででいいから頼みがあるんだけど・・・・・・あの角付き巫女の銅像、誰が造ったのか調べてくれませんか?」
翌日にこの美術展の正確な期日が発表された。この村に作品を置けるのは今日から二日以内で、それまでに各作品の作者は、作品を自分の持ち場に移動もしくは処分するよう通達が出される。
特に反論はなかった。その期日内には、多くの模擬店や音楽などの催しが開かれ、兵士達は懐かしい学生時代の文化祭のような気分を味わいながら、この美術展を存分に楽しんだ。
なおあの謎の銅像に関してだが、作者は結局判らなかった。
というかあれは軍・レグンの者が造ったわけではなかった。村か数十キロほど離れた所にある山林を調査していた探索部隊が、そこで半分土に埋まっていた物を、偶然見つけたらしい。
《何だかいい出来の像だったんで、こっそり美術展に置いてみたんですよ》
これが発見・設置した兵士の弁。あの像に名札がついていなかったのは、それが理由であった。
普通ならば上に報告して、研究班に預けるのが普通だろうが、この地で結構な時間気楽な生活を送っていたせいで、その辺の感覚が麻痺していたのかも知れない。




