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グール鉄鬼  作者: 大麒麟
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第七十七話 七大土地神

 その後温泉館についた銀子は、仕事につく前にあのタヌキの死体を、ロープでグルグル巻きにして拘束した。

 その場面を目撃してしまった操縦士は、日本人の感性を少し疑ったという。


 やがて夜になり、温泉館の仕事を終えた一行は、再び林道を通って各々の宅へと帰っていく。だが銀子だけは、何故か自分の寮がある真河豚には戻らなかった。

 暗い夜の中、人目のつかない林の中へと、簀巻きにしたタヌキの死体を持って入っていく。そしてあるところで、その死体を地面の上に置いた。


『銀子さん……逃げないからこのロープを解いてくれない? 苦しくてしょうがないんだ……』

「あら、あっさりと正体を現したのね?」


 何と死んでいるはずのタヌキから、明らかに人間の声が聞こえてきた。機械もしくは魔力で声を当てているらしく、声音が少し特殊だが、その声は子供のように聞こえる。


 先程馬車に乗った時に、銀子は確かに見たのだ。自分が狸汁の話をしだした時、一瞬だが死んでいるはずのタヌキの身体が、少し震えたのだ。

 この瞬間銀子は、こいつはタヌキ寝入りをしているに違いないと見当をつけていた。

『もうバレてるんだから、死んだふりしてもしょうがないよ。イタズラして本当に御免なさい……。ここ長いこと人がいなかったから、毎日が本当に退屈で……』

「それで偽鉄馬の幻影で驚かせたわけ? 確かにあれは迷惑だったわね……」


 銀子は呆れ気味に息を吐く。あの程度の悪戯、本当のところ別にどうでもいい。銀子がこっそりとこんな所まで彼を連れてきたのは、彼に聞きたいことがあるからだ。

 統制司令部に持っていけば、ゆるい尋問をしている内に、化かされて逃げられるかもしれない。だが銀子は、例え野蛮な拷問をしてでも、彼に聞き出したいことがあった。


「あなた古狸よね? じゃあ昔からこの世界のことには詳しいわよね?」

『え? うん、まあそれなりに……』

「じゃあ元の世界に変える方法を、すぐにでも教えなさい!」


 銀子のその言葉は、多くの兵士たちが願っていること。だが時期が来れば、すぐにでも帰れると、誰もが深刻には考えていないことである。

 だが銀子は、かなり真剣な面持ちで、そのタヌキに詰め寄っている。


『そ、それはできないよ! 桔梗様が、侵略者には絶対に手を貸すな、てご命令されたんだ。念話を使って世界全土の土地神達に……』

「桔梗? それは何者?」

『最初に君たちが戦った女の剣士だよ……』


 女の剣士。それはおそらく艦隊を地に沈めた着物女のことだろう。まさかこんな小動物から、こんな情報を聞けるとは思わなかった。


「そう、それは仕方ないわね……」


 意外とあっさりと諦めてくれたと、タヌキは安堵の息を出した。だが直後に、妙な鍔鳴りが聞こえた。見ると何と銀子が、鞘から引き抜いたナイフの刃を、こちらに向けているではないか!


「その桔梗って人の命令。例え命を投げ打っても叶えるほどの忠誠心が、君にあるかしら?」

『ひぃ!?』


 銀子の目はマジだった。命の危機を感じたタヌキは、どうにか言葉を探そうと、己の頭脳をフル回転させる。


『まっ、待って! 君たちは後、九ヶ月で帰れるんだろう!? どうしてそんなにマジで聞きたがるの!?』

「帰れる保証がないからよ! その時には、私の世界はもう滅んでいるかもしれないのよ!」


 それは銀子がずっと気にかけていたことだった。この進軍で、地球連合は全戦力の半分を投入してしまったのだ。

 元々ビースト相手に手こずっていたのに、戦力が半減した地球連合は、果たしてきちんと世界を防備できるのか? 例え世界が滅ぶまで行かなくとも、約束の進軍一年後には、地球は新しい門を開く余裕が無くなっているかもしれない。そうなった場合、自分たちは永遠に地球に帰れない。


 実は銀子以外にも、このことを危惧する兵士はいないわけではないが、それはかなりの少数派だ。いや、もしかしたら気づいていて、あえて考えないようにしている可能性もあるが。

 どう悩もうが、自分たちでは自力で帰ることはできないゆえに……


 銀子が危惧している要因はもう一つある。イエロー・ワシントン伍長の推察と、彼女の元に届けられた手紙だ。

 この噂は一時広がったが、誰もがまともに受け止めていない。最初は銀子も、最初はあまり深刻に考えていなかった。

 だがこの世界に来て、いつまで経ってもリョクジンの動向が確認できないこと。そしてこの世界にもビーストが出現したことで、あの話は真実なのだと、銀子はほぼ確信している。そしてそれが彼女の心中に、焦りを生み出した。


「折角世界を救えるヒーローが見つかったのに、こっちから何もできずに世界が滅亡なんてたまんないわ!」

『ヒーロー? 噂の銀色の鉄鬼のこと?』


 銀子は無言で頷く。どうやら怪物共の間でも、鋼鯱の存在は知られているらしい。そして鋼鯱の話題が出た途端、タヌキの様子が少し変わる。

 恐怖で震えていたのが、まるで妙案を思いついたかのように、銀子を見つめている。


『ねえ、銀子さん。僕と一つ取引しない?』






 時は戻り、異世界来訪109日目の深夜。海太達の母艦である真河豚・三番の寮にて。


「ぶはっ! くさ~~~~~~・・・・・・あれ? 臭くない?」


 自分の寮のベットで睡眠・・・・・・いや性格に気絶中だった銀子が、悪い夢から覚めたように、声を張り上げて起きあがった。

 そして周りを見て、ここはいつも使っている自分の寝床であったことに気付く。以前は六人が共に眠っていた寮室だが、多くの仲間が真河豚村に移住してしまい、ここは現在銀子しか生活していない。


『銀子さんは、ガタロウの体臭にやられて気絶してたんだよ。海太さんがここまで連れてきた』


 否、部屋にもう一人いた。昨日会ったばかりの古狸=百合之助である。彼は贅沢にも上段のベッドに寝そべりながら、こっちに話しかけている。


「海太が? そっか。じゃあもう終わったんだ……」

『うん海太さんは、銀子が家で酔いつぶれて寝ちゃったって、他のみんなに説明してた。なんかお姫様抱っこしてたから、色々と噂が流れてるっぽい』


 海太はただの動物だと判断したこのタヌキ。実はこれでもかなりの年月修行した魔霊獣であり、魔力・生命力を隠す術が使えた。

 魔霊獣とは、もともと魔物(モンスター)や動物が、長い年月を生きて、人間のような知性と不思議な力を持ったものである。あの化け蟹も、魔霊獣の一人であった。


 そしてこの百合之助、かつてはある神社で祭られていた、下位の土地神の一人であった。土地は既に魔物に食い荒らされ、社は見る影もなく壊され、彼はすでに土地を捨てた身であるが。


『でも本当に、海太さんが言うとおり、あそこで待ってるべきだったよ。いくら僕がいても、いつでも逃げられる保証はないし……。でも化け蟹を倒した後で、こんなことになったのは予想外で御免なさいだけど……』

「百合之助が謝る必要ないわ。私もちょっと調子乗りすぎてたし……。それで残るのは後四つよね?」


 その言葉に、百合之助は首を下に曲げて、頷くポーズをとる。昨日百合之助と銀子との間にかわされた取引。

 それは鋼鯱をうまく動かして、残り四人の七代土地神の神地を解放させれば、帰る手段の手がかりを教えるというものだった。

 ガタロウの口から七代土地神という単語が出たとき、銀子はあたかも初めて聞いたような素振りを見せていたが、実は既に百合之助から聞いて知っていた。


 大天狗の酒鳥丸(故人)。

 大木霊(おおこだま)の虎千代。

 雷獣のタマ。

 河童のガタロウ。

 水龍の弓太郎。

 半緑人の炎王仙女。

 そして今でも神地に健在の、麒麟のソーメン。


 これらソーメンを除いた六人の大土地神は、神地を魔物に奪われて、悲しい思いをしていた。一度“女神”に頼ろうという言葉があったが、それは彼らのプライドが許せなかったらしい。


 だがある時、黒猿神(くろさるがみ)率いる狒々達が縄張りにしていた、かつての酒鳥丸の社が、鋼鯱の手によっていとも容易く解放されてしまったのだ。


 その上で、ギンコの口から出た言葉を聞いて、百合之助が閃いたのがこの取引であった。

 銀子がこれをどうしようかと悩んでいるあいだに、ある情報が艦隊郡に公表された。百合之助が言っていたガタロウの神社と、林道開発の伐採部隊・探索部隊が接触したというのだ。


 これは何という巡り合わせであるか。この偶然に何か原因があるとしたら、林道完成と共に、百合之助が実行した悪戯が全ての要因だろう。

 これが公表される前に、“ガタロウ”の名前を百合之助から聞いていた銀子。これがきっかけで銀子は、百合之助の言葉は出任せではないと判断した。


『この取引、海太さん達にも話していいような気がするんだけど……。あんなふうにコソコソとしてる方がやりにくいような?』

「相手が頷いてくれれば、それでいいんだけどね……。でも海太って、いい奴だけどめんどくさがりだから、一度断られたら最後よ。これは危険すぎるわ……」


 それに故郷世界に戻れば、待っているのはビースト=人妖との戦闘だ。場合によっては、海太はこの世界に残るとか言い出しかねない。

 実のところ何割かの兵士達に、望郷の思いが薄れているように、銀子は感じ取っていた。海太がそうならないという保証はない。


「とりあえず今は慎重に、少しずつ奴らと戦うように仕向けるのよ」

『またお金で釣るんですか?』

「今日ので報酬をいっぱい上げちゃったから、その手はしばらくの間無理ね。また別の手を考えないと……」

『帰還を急いでいたと記憶してけど?』

「そうだけど、この際仕方ないわ……」


 それに時間をかけて戦いに仕向けるうちに、海太自身が戦いにやる気を出してくれるのでは?という淡い期待が彼女にはあった。


 実の所この取引、よく考えれば鋼鯱でなくても、統制司令部に頼むという手があったはず。だが彼女の鋼鯱へのこだわりが、そのへんの思考を曇らせていたのかもしれない。

 ある一つの思惑が、海太の知らないところで流れている中、この日の夜は静かに更けていった。






 翌日になって、青太が統制司令部に「化け蟹は死んだ」という情報を送った。

 テイラーの指令でそこに再び探索部隊を送ると、上空からあの池に、大きなカニのモンスターの死骸が発見された。


 これが公表されると、林道開拓を行っていた者たちは、まだ正式な許可が出ていないにも関わらず、即効で工事を再開させたという。


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