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グール鉄鬼  作者: 大麒麟
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第七十五話 蟹坊主

 その日の夜、艦長や陽子たちに見送られ、海太は例のガタロウ神社へ向かうために、暗がりの外に出た。

 空には雲がなく、月と星ぼしの輝きがあるため、曇りの日を除けばこの土地の夜は明るい。


「よし、じゃあいってくる………おい? 何の真似だ?」


 海太がしかめ面で見る先には、自分のすぐ後ろについてくるように外に出た、ビデオカメラを持った銀子がいた。

 このカメラは小さな望遠鏡のような形だが、前時代のカメラよりも遥かに優秀な機器だ。記憶映像を写すよりも、遥かに鮮明で高解像の映像を撮ることができる。


 実は銀子は、あの後も家に居ついて、皆と一緒に夕食をとっていた。前の青太との写生会も合わせて、既に友人というポジションについたことになっているらしい。

 タヌキという珍しい動物に対して、夢とヒナイがしきりに自分に懐かせようと奮闘していた。


「私も連れってってよ。鋼鯱の戦闘場面を、私もこの目で見たいからさ!」

「お前馬鹿か?」


 話になっていないお願いである。向かう先は、おそらくレベル6の鉄鬼よりも強い怪物がいる。そこに戦う力もない銀子が行っても、何の役にも立たない。


「大丈夫よ。迷惑にならないよう、遠くからジッとしてるからさ!」

『おいおい……お前が巻き込まれて死ぬのはいいがな……それだと約束のポイントが払えねえだろうが?』

「大丈夫だよ。ポイントはもう前払いしたから!」


 ブロックジャックの問いに対して、何が誇らしいのか、背を伸ばして晴れやかに言う銀子。何がこの女をここまで駆り立てるのだろうか?


「まあいいけどさ。本当に何があっても責任は取らんぞ?」

「本当に大丈夫だよ。今の私には強いボディガードがいるし!」


 そういう銀子の目線の先には、彼女に抱きかかえられた百合之助の姿があった。






 小林ダンジョンの時と同じように、夜間警備の仕事を先に請けておいて、怪しまれないようにしてから夜の林を歩く。

 タヌキ一匹・女一人を連れた海太の姿は、やや奇異に見られてようだが。そしてある程度人のいる場所から距離をとったあと、鋼鯱に変身して、二人と一匹を抱えて空へと飛び出した。


 一旦飛び出してしまえば、後はあっという間だった。目線の先には、開発途中だった林道の伐採跡が、川のように長く伸びている。そこを辿れば道に迷うことなどない。

 人を抱えているため、あまり高速では飛べないが、さほど時間をかけずに目的に到着した。


 上空から開けた神社の境内が見える。鋼鯱はゆっくりとそこへ着地した。最初から減速しているため、前のように地面に激突する事故は起こさず、穏やかに地面に降り立つ。


「ここがガタロウ神社ね。うわぁ~本当にお化けが出そうな感じ」


 鋼鯱の手から離れた銀子の第一声がそれだった。夜の神社というのは、それだけで不気味さを感じさせるものだ。

 その様子を、持参したカメラで映像に残している。百合之助が社殿の方に向いて、何か物憂げそうにそこを見ている。 


「さて、まずは例のガタロウ様に会いに行くか?」


 社殿を周り、話にあった古井戸へと、二人と一匹は足を進める。そこには昼に雄一が見たのと変わらない、大石で蓋がされた井戸の姿がある。


「おいガタロウて奴いるか? 助けに来てやったぞ」


 鋼鯱がそう井戸に問いかけると、そこから欠伸のような声が聞こえてきた。


『なんじゃお主ら? こんな夜に……おおっ! お前は最近、物の怪共相手に、派手にやってるやつじゃな!』

「そんな噂になってるのか? お前のことは青太から聞いた。この新郷地方七大土地神のガタロウだな?」

「七大土地神? 何、その悪の組織みたいな名前?」

『悪の組織ではないわ! 神聖なる土地神達の長の名じゃ!』


 これも青太から聞いたこと。この新郷地方には多くの土地神がいるが、その中でも特に強い力を持っているのが、七大土地神とのこと。

 その中のソーメンを除いた六人全員が、自分の土地を追い出されたらしい。


「そうなんだ……。でもそれだと、どうしてあなたはこんな所に閉じ込められているの?」

『土地を取り返そうと思って、返り討ちにあってしもうたんじゃ。我ながら情けなや……寄る年波には勝てんのう……』


 中からすすり泣く声が、実にわざとらしく聞こえてくる。精霊・霊獣は不老だから、寄る年波などないはずだが……?

 なんだか遠まわしに、お前らがこれをどうにかしろ!と言われているように海太は感じた。


「とりあえず……ここから出して方がいいよね? 海太、お願いできる?」

「それは後だな。今はその中にいたほうが安全だ。お前もその片で隠れてろ」


 鋼鯱の探知機能が、こちらに近づいてきている何かに気づく。それはマジックモンスターと解析された。

 だが同時に、霊獣に近い魔力も多少探知でき、今までとは少し違うタイプであった。


 カツカツと石段を歩く足音が、生身の銀子にも聞こえてくる。静かな夜の神社であるため、その音はよく響く。

 やがて社殿の裏側の下り階段を登りきり、その近づいてきている敵と思われる何かが、彼らの前に姿を現した。


(神主さん?)


 海太と銀子の知識にある限りでは、それは日本における神職者としか思えない姿だった。年齢は六十前後の黄色系の男性である。

 身長は、二m以上はある巨躯。彼が着ているのは白袍・白差袴・冠の、神職の礼装である。


 海太は一瞬、これはかつてこの社で働いていた、神職の霊ではないかと思ったが、鋼鯱の探知機能は今でもこれをモンスターと表示しているし、海太自身の霊感もこれは死霊の類ではないと認識できた。

 何よりここのモンスターは、魔法で人間に化けるらしいということは、既に青太から聞いて知っていたのだ。


 その神職(?)は、海太達をしばらく見つめると、不気味口元を歪ませて笑った。そして唐突に口を開いて、彼らに問いかけた。


「両足八足大足二足横行自在、また両目は天を差す! これは何者か!」


 全く意図の判らない問いかけ。これはナゾナゾだろうか? 普通なら誰もが首を傾げる発言だが、この場にいる全員は、特に戸惑わずにそれに答えた。


「「『『蟹(かに)!』』」」


 迷いのない即答。この問いかけの答えは、既に青太から聞いて知っていたのだ。ちょっと反則臭いやり方だが、別に律儀に考えて答えてやる必要はない。


「くっ!」


 神職は悔しそうに顔を歪ませた。問いに答えられると、手を出せないルールでもあるのか、一歩下がろうとする神職。そんな彼に対して、鋼鯱が抜刀して、指で挑発する。


 これに怒りの表情を見せる神職。するとその身体の一部に異変が起きた。彼の右腕が突然風船のように膨らんだかと思うと、その表面が薄い赤色に変色し、更に石のように硬そうな質感の表皮となる。

 指は全てくっついて一本に融合し、手首から角のような赤い突起がニョッキリ生えて、それは大きなカニのハサミと化した。


「ぐぉおおおおおっ!」


 カニ怪人と化した神職が、こちらに敵意の目を向けている。だが当の海太は、それとは別の理由で当惑していた。


(さっきの声……誰だ?)


 蟹!と答えたとき、自分と銀子・ガタロウの他に、もう一人分誰かの声が聞こえた気がしたのだ。台詞が完全に重なっていたため、その声をはっきりと聞くことはできなかったが。

 そうこうしているうちに、神職のハサミ腕が、ハンマーのようにこちらに振り下ろされてきた。


 ガキン!


 鋼鯱は即座に抜刀し、その一撃を受け止めた。武器の重さにおいては、日本刀よりもハサミ腕の方が、威力があるはずである。だ

 が鋼鯱はその重撃を難なく受け止め、それを弾き返した。そして怯んだ敵の腹を、思いっきり蹴飛ばした。


「ごはぁ!」


 神職の身体がボールのように吹き飛び、近くの鎮守の木に激突。そこからバウンドして、さっき彼が上ってきた石段を転がり落ちる。

 神職は即座に立ち上がり、逃げるように石段を駆け下りていった。その足の速さは、明らかに生身の人間のそれではない。


(逃がすか!)


 それを追いかけ、鋼鯱も石段を駆け下りていった。身体能力においては鋼鯱の方が上の筈だが、こちらは鎧を着ているのがハンデになったのか、神職の速度にすぐには追いつけなかった。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 銀子も彼らを追いかけていたが、生身でこの石段を全速力で降りるのは、かなり難しくて危ない状態であった。

 石段の道はあっとう間に終わり、林に囲まれたあの大きな沼の姿が眼前に現れる。神職はその中に飛び込んだ。

 鋼鯱もそれを追いかけて、沼に飛び込む。沼の水面に、二つの水柱が立ち、神地の森は再び静かになる。


(水の中なら勝てると思ったか? だが残念、鋼鯱も水中戦特化型だ!)


 夜間において、透明度のあまり高くない沼の水中は、かなり見通しが悪い。だが鋼鯱の優れた視覚機能の前には、その程度のハンデは大したことはない。

 鋼鯱はさっきまで追っていたあの神職の姿を追った。残念ながら神職の“姿”をした者は、沼の中にはどこにもいない。その代わり、もっと凄いものがあった。


『それがお前の正体か? まさに化け蟹だな』


 泥だらけの沼底には、象ほどの大きさはある動物がおり、鋼鯱の方に目を向けている。それは巨大な甲殻類動物=カニだった。

 薄い赤色の甲殻を持ち、外見は日本のサワガニと酷似している。このカニの甲幅は四mはあった。普通のサワガニを、この大きさに拡大すると、体重は十数トンもあるはずだ。

 一般的な動物のカニでは、こんな大きさに成長することはまず有り得ない。これが話に聞いていた、このガタロウ神社の新地を乗っ取った魔物=化け蟹に違いない。


 化け蟹は沼を走り、鋼鯱に向かってその巨大なハサミで殴りつけてきた。鋼鯱はそれを難なくよけ、化け蟹の目と目の真ん中の甲羅に、勢いよく剣撃を叩きつけた。


 ガキン!


 硬い金属音が水中に鳴り響く。鋼鯱の剣撃は命中していたが、だが化け蟹は全く痛手を受けた様子はなかった。

 接触距離にまで近づいた鋼鯱と捕らえようと、目元に向かって巨大なハサミを開く。


『うおっ!』


 彼の胴体が、そのハサミに挟まれてしまう前に、敵の甲羅を蹴ってそれを回避する。捕獲が空振りに終わったハサミの両刃が、硬い音を立ててぶつかり合った。


 その後も化け蟹は、両手のハサミを使って、次々と鋼鯱に攻撃を仕掛けた。蟹の八本足が動くたびに、沼底の泥が巻き上げられて、水中を濁らせる。


 化け蟹はその巨体と、重すぎる甲羅の鎧のせいで、鋼鯱よりも遥かに動きが鈍い。鋼鯱はその動きを読んで、何度もその化け蟹の巨体を、斬りつけたり蹴りつけたりしていた。

 勢いをつけて攻撃しても、敵を多少は怯ませることすらできない。むしろ勢いをつけまくって攻撃を加えた後が、敵に隙を作ってしまい、何度か危ない目にあった。


(この甲羅が原因だな……)


 身体がでかければ、その分生命力・防御力も上がるだろう。それにプラスしてこの化け蟹は、超重厚な甲羅を身にまとっていることで、等身大の小柄なほとんど通じないのだ。

 これをどう攻略すれば言いかといえば、答えは簡単、甲羅以外を狙えばいい。


(狙いはあそこだ!)


 急所を狙う剣技は、彼が得意する分野である。化け蟹の重い攻撃を難なかわし、ある一点を狙い撃った。そこは蟹の八本足の一つの、関節部分だ。


『うりゃあっ!』


 敵は頑丈な分、動きが鈍いため、攻撃を当てることは容易い。鋼鯱の剣撃が、その大きく長い足の節目に、見事命中した。


 ズシャ!


 そこに一太刀が加わった途端、化け蟹の足の一本が、藁束のように簡単に斬り落とされた。そ

 れで化け蟹はバランスを崩して、初めて怯む。切断面から青い血液が、霧のように吹き出る。沼の水は、泥以外のものでも濁り始めた。


(あっけな!?)


 必殺剣撃でもないのに、敵の肢体の一つが、あまりに手応えなく切断できたことに、鋼鯱は逆に驚いていた。

 カニという動物は、甲羅はとても硬いのだが、関節部分はとても柔らかくて折れやすい。


 この化け蟹は、鋼鯱の刃も通さない、無敵に近い防御力を誇っていた。だが弱点を突かれると、彼はあまりに弱かった。

 相手が戦車や潜水艦など、大型の相手だったら化け蟹の圧倒的有利だっただろう。だが戦いというものは、身体が大きければいいというものでもない。


 足の一本を失ったことで、ややバランスが悪くなった化け蟹は、不利を悟ったのか後ろ向きに歩いて後退を始める。

 だが前述したとおり、この重い鎧を纏った巨体は、鋼鯱とは比べ物にならないくらい敏捷力が低い。すぐに鋼鯱に追いつかれて、間合いに詰め寄られる。


 化け蟹は再度ハサミを振り下ろすが、あっけなくかわされ、また一本足が切断された。

 それでまたバランスを崩したところで、鋼鯱が次々と剣擊を繰り出し、足を斬り落としていった。あっとうまに八本の足全てが失われる。


 相手が身動き全く取れなくなったところで、鋼鯱は一旦距離を取る。そして刀にエネルギーチャージを短時間で行い、一気に突撃した。狙うは足よりも関節が太い、両手ハサミの付け根だ。


 ザシュ!


 化け蟹は反撃しようと動くも、かわしきれずに遂に両手までもが、まとめて斬り落とされる。これで化け蟹は、まさに手も足も出ない状態になってしまった。


『……屍人……貴様は何者だ? 女神の手先か?』


 その怪物の姿で、初めて言語を発する化け蟹。この言葉に、鋼鯱は静かに首を縦に降った。


『女神? そんなもん知らねえよ。俺は……そうだな……? 他称・正義のヒーローの鋼鯱だ!』


 鋼鯱は化け蟹を、上向きに思いっきり蹴り飛ばした。足の部分には必殺キックのエネルギーチャージが行われおり、その威力はかなりのもの。

 その攻撃で本体には大した傷はついていないが、化け蟹の巨体が水中を一時浮き上がり、胴体が上下180度回転してまた倒れる。

 水中の浮力があるとはいえ、この巨体を飛ばす威力はかなりのものだ。亀のようにひっくり返った化け蟹は、何もできないまま甲羅のない腹の部分を、敵に剥き出しにさせてしまった。


『トドメだ!』


 起動装置の必殺技番号を入力し、鋼鯱の刀身が最大出力でエネルギーを溜め込み、白く輝き始める。

 そして水中を飛び上がり、また下降して、化け蟹の腹を目掛けて、魚雷のように一気に突進した。


 グシャ!


 鋼鯱の刀身が、鍔元の部分に至るまで、実に深々と突き刺さった。刀が内蔵を突き刺す……というより、内蔵を潰すような感覚が、彼の手元から感じ取れた。

 食い込んだ刀身は、かなり力を入れないと、簡単には抜けない。次の攻撃のため、全力を込めて、一気に腹から刀を抜く。

 すると今まで少量しか出ていなかった青い液体が、噴水のように外部の水中に一気に噴出する。鋼鯱の視界が悪くなる中、切断されて使い物ならないくらい短くなった足が、赤ん坊のようにバタバタと振り動かされる。これは相当な苦痛だったようだ。


 刀身に宿った光はまだ消えていない。必殺技エネルギーはまだ残っている。鋼鯱は更にまた、その巨大な腹に一刺しした。

 人間なら致命に至る傷も、敵がこれだけ大きければ、即座に致死にはいかない。エネルギーが完全に消費されるまでの間、5回に渡って化け蟹の腹は刺突された。

 回を重ねるごとに、刺さる深さは下がっていたが、この敵にはこれで十分だったようだ。その頃には完全に化け蟹は動かなくなっており、鋼鯱のセンサーが蟹の呼吸が完全に停止したことを確認した。

 まあ生きていたとしても、両手足がこんな状態ではもう生きていけないだろうが。


 化け蟹の血で、沼の水がすっかり青く汚染された中、戦いに勝利した鋼鯱がゆっくりと水上へ浮上していった。


 石段側の岸の近くの水面から顔を出すと、岸の方に銀子がビデオカメラを持って、こちらを見ていた。あそこに隠れるよう言っていたのだが、どうやらここまで来てしまったらしい。傍らに百合之助もちゃっかりいた。


「おう、決着はついたぞ。後はガタロウを開放するだけだな」


 仕事は片付いたのに、何故か銀子は浮かない顔だ。


「……戦闘場面、撮れなかった……」

「はあ、それは残念だったな」


 水中戦で決着をつけたため、生身の銀子は追いつけるはずもない。とりあえずさっきの化け蟹の死体を、上空からの探索部隊も見つけやすよう、見晴らしの良い岸辺に上げておく。

 そしてさっさと石段を登って、さっきの井戸の方へと向かう。銀子は落胆しながらも、彼と一緒に石段を登っていった。


蟹坊主:別名は化け蟹で、仮面ライダー響鬼に沢山登場したのが、一番印象に残ってる。元ネタの伝承では仏僧だが、この世界には仏教はないので、神職で登場。

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