第七十四話 百合の助
異世界来訪109日目の夕方頃。
現在増築工事でカンカンと騒がしい音が鳴っている自宅に、仕事を終えた海太が帰宅すると、これはまた珍妙で見慣れた顔の客が玄関前にいた。
「やっほーー海太。また会ったね!」
「ああ・・・・・・よく来たもんだ」
玄関前には銀子と、その足下で佇んでいる一匹のタヌキがいた。怪我でもしてるのか、首の方に包帯が巻かれている。だが歩く分には問題ないらしい。
海太の方は、先日の青太の件があってか、彼女を見る目がいつにも増して厳しい。
「ここに何のようだ、お前は?」
「海太に頼みがあるの聞いてくれる?」
「断る」
即答だった。青太の時とは違って、話すら聞かずに徹底拒否である。足元のタヌキが、責めるような目線で、こっちに威嚇の姿勢をとっていた。
だが銀子は、そんな彼の返答を全く気にせずに、勝手に話を始めた。
「ガタロウ神社の話、海太は聞いてる?」
「ああ、知ってるよ。土地神が井戸に閉じ込められて、沼には化物がいるらしいって話だろう」
昨日あったその話は、既に広まっている。恐らく前に青太が言った、魔物に神地を占領された土地神の一人だろう。これのせいで海への道が閉ざされたのだから、こっちは完全な巻き込まれだ。
「うん、それ。土地神達も大変だよね~。神地が化物の巣になっちゃうなんてさあ~」
「えっ?」
銀子と同じポーズで、タヌキまで腕組をして、ウンウンと首を振っている。これも多芸で珍しい光景だが、それよりも違和感を覚えるものがある。土地神“達”?
ガタロウ神社以外にも、多くの神地が魔物に占領されているという話は、てっきり青太から聞いた自分だけが知っていると思っていた。
だがその辺の話も、既に周知の事実なっているのだろうか?
「お前……青太から何か聞いたか?」
「いんや、あの子にはまだ会ってないよ。どうして?」
「いや、何でもない」
現在青太は、新郷川の方で魚とりの手伝いをしている。その時に銀子と遭遇したのでは?と思ったが、どうも違うようだ。
「土地神も大変だけど、工事を中止させられた皆も大変だよね~。それでお願いなんだけどさ、海太にそのお邪魔虫をやっつけてくれないかな……て、言いに来たんだけど」
「断る。……というか、やっぱりお前知ってたな!?」
何の動揺もせず、最初から判っていたと言わんばかりに、銀子は首を縦に降って肯定した。
「あの廃校舎の時は、助けてくれてありがとね! 鋼鯱になった海太、すごくかっこよかったよ!」
「誰から聞いた? それともどこかで見てたのか?」
彼女からの感謝などどうでもいい。今まで海太が知覚している中で、彼女に正体を知られる要素はなかったはずだ。
「それは秘密だよ。とりあえず誰も告げ口なんかしてないし、知ってたのは最初の一本だたらの時からだよ」
「秘密だぁ~? ふざけて言ってるんじゃないよな?」
「こっちにも色々事情があんのよ。別にいいじゃん。その事で、海太に何も迷惑はかけてないし。そんなに睨まないでよ……」
「まあ……そうだな」
確かにこの女が鋼鯱云々で、気に障るようなことはしたことがない。そもそも鋼鯱のことがバレれば、面倒が増えるのは確かだが、絶体絶命の危機になるというものでもない。
小林ダンジョンの時に、艦長から船員たちの緩さを聞かされてからは、グールが元での差別危機も薄まっている。
だからと言って、何か隠し事しているのは間違いない相手には、警戒が必要である。
いっそこの場で殴り飛ばして、力づくで聞き出そうと思ったが、その先に新たな問題が降りかかる気がしてやめた。
「とりあえず中に入るぞ。ここだと誰が聞いてるか判らねえ……」
「うん。ありがとう海太」
意気揚々と家の中に入る銀子。中にはまだ誰もおらず、海太が一番早く帰宅したようだ。
勝手に家の中に上がらなかっただけ、多少は品性をかってもいいかと思った。
ちなみにあのタヌキも、銀子に連れられて家の中に入っていく。「お邪魔します」と言っているかのように、ドアの前で頭を下げてお辞儀のような動きをしてから、家のドアを潜る。正直動物を家に入れるのは、ご遠慮願いたいところであるが……
「さっきから気になってたんだが……そのタヌキ、いったい何だ?」
「こいつは百合之助だよ。私の相棒よ」
タヌキ=百合之助が、その言葉を肯定するように、首をコクコクと振っている。
「タヌキをペットにしたのか? しかし随分多芸な奴だな」
海太のグールの感覚で探った限りでは、こいつには魔力のような特殊な力は感じ取れない。恐らくモンスターでも霊獣でも死霊でもない、ただの動物だろう。
にも関わらずこのタヌキは、さっきからこちらの会話を理解しているような動作を繰り返している。これは銀子が仕込んだのだろうか?
二人と一匹は、食事部屋の椅子に腰掛ける。百合之助はテーブルの下で、二人を見上げていた。そして先ほどの会話の続きを再開した。
「それで結局俺に何をさせたいんだ?」
「さっきちゃんと言ったじゃん。神社の魔物をやっつけて、土地神を助けて欲しいって!」
「本当にそれだけなのか? じゃあ答えは変わらないよ。断る」
「キューキュー!」
何故か百合之助が、抗議をしているかのような鳴き声を上げている。何か気に障ることをしただろうか?と疑問に思いながら、海太は言葉を続けた。
「そもそも何で俺だよ? 別に鋼鯱が出なくても、そのうち討伐隊が出るだろ?」
「討伐隊は出ないみたいだよ。そもそもあの林道自体、別にどうしても必要なものじゃないし。それで兵を危険に晒したり、この世界の生き物を殺すのは駄目だって」
「成るほど、確かに言われてみればそうだな……」
別に海に構わなくとも、食糧はこの農場だけで充分取れている。九ヶ月後には門が開いて、元の世界に帰れるのだ。こっちには十分な余裕がある。
青太の寿司も含めて、海の幸への思いが兵達の間で強くなっているが、そんな個人趣向のために、軍を動かすこともない。
「要は討伐隊なしで、その化け蟹がいなくなればいいんじゃん。そこで正義のヒーロー鋼鯱の登場だよ!」
「青太にもそういうこと言ってたらしいが、そんな風にからかうのはやめてくれ……」
「からかいじゃないよ! 本気だよ!」
銀子が頬を膨らませてブウたれている。可愛さアピールの表情だが、そんなものに海太の心は動かない。
「そもそも銀子。海への林道が開くことで、お前に何があるっていうんだ?」
「別に何もないよ。海なんて前に会った時以来、一度も行ってないし」
「じゃあ何でそんなこと頼んでくる?」
「みんなが困ってるからだよ! 海へ行きたがってる皆もそうだけど、あのガタロウて人もすごく可哀想。だから助けて上げようって思うのに、何も悪くないじゃん!」
まるで子供のような事を言う銀子に、海太はだいぶ呆れた。そんなことを言って、何か企んでいるのでは?と最初は疑った。
だがここまで行くと、こいつは本気で言っている可能性も出てきた。だとすれば今まで生きてて会った人間の中で、こいつは一番付き合いづらい人間かもしれない。
「協力してくれたら、私からポイント一万点あげるから、お願い手伝って!」
「正義のヒーローを金で釣るのかよ!? ていうか一万!?」
一万点となれば、キャベツを七百個買える額だ。こいつがそれを払えるというのか?
「私、絵の仕事をいっぱいしてて、結構ポイントいっぱい稼いでるんだ。だからこのぐらい余裕余裕♪」
「絵? そんなの需要あるのかよ?」
「それがあるのよ。食糧も随分たくさん採れたからね。皆大分余裕ができて、そういう娯楽にもポイントを回せるようになったの。ちなみ昨日温泉館の絵を皆で描く仕事してて、私の懐はかなりホクホクだよ♪」
こいつは知らない間に、相当稼いでいたらしい。しかし今までは、食い逃げ怪人に取られた食糧を補給するために農場などを作っていた。
だがいつの間にか、それ以外の興業にまで、兵士たちは力を注いでいるのだ。この様子だと、絵画以外の興行も既に始まっているのかもしれない。艦隊の様子がどんどん変わっていて、門が開くときにはどうなっているのか見当もつかない。
「海太の家って、今は増築でかなりポイントを使っちゃったでしょ? 悪くない話だと思うんだけど?」
「むう………」
銀子の言うとおり、今は青太とヒナイの部屋を作るために、現在も増築中である。以前は泥田坊達に協力してもらって家を作ってもらった。
だがそう何度も、彼らに田畑以外の仕事をさせるのも駄目だと思い、今回は人を雇って家を増築することになっている。
ちなみに現在艦隊では、こういう建築業専門でポイントを稼いでいる者が大勢いる。
村では以前から示唆されていた、各家の強度不足が問題視されていた。今は多くの建築業兵士が、家主達に雇われて家を補強・改造を行っている。
(確かになあ~。あれのせいでこっちはポイントを減らしすぎたからな……)
今まで貯めていた分のポイントをかなり削ったせいで、しばらくの間食べ物を寂しくさせる予定だった。
今後は艦長も含めて六人で暮らすのだから、ポイントの毎日の消費量も半端ない。だが銀子の申し出を受ければ、その問題をある程度改善できる。
(まあ……面倒を全部避け続けて生きられるほど、世の中は甘くないな)
あれこれ考えた挙句、結局海太は銀子の申し出を受けることにした。
「ところで銀子。お前“グール”て判るか?」
「グール? それってゲームとかに出てくる奴のこと?」
「いや、それぐらいの知識なら別にいい・・・・・・」
判ったことは一つ。銀子は海太の体質までは知らないようであった・・・・・・




