第七十話 暗殺者
異世界来訪105日目の朝。この日は海太の家に思わぬ客が来ていた。
いや、いずれは来るだろうと思われていたが、こんなに早く来るとは思わず、皆を驚かせた。
「海太! 久しぶり!」
「一昨日ぶりだろ? ていうかあちらの用はもう終わったのか?」
それは青太だった。彼女は保護されて以降、向こうで取り調べを受けていたはずだ。だが今はこの家の前にいる。彼
女は現在、車椅子に乗ってここまで移動していた。体が悪いわけではなく、下半身が魚類の体では、こうしないと陸上移動できないのだろう。
青太の来訪を、ブロックジャックが不思議そうに声を出す。
『驚いたな。てっきり研究物として、ずっと監禁されるかもと思ってたが』
「もし、そんなことをする軍隊だったら、俺は最初からあいつらに預けたりしないよ」
もしやばいことになったら、自分が艦隊に乗り込んで救出する気でいた。レベル8の鋼鯱の力をもってすれば、大部隊をも蹴散らして、彼女を連れ出すことぐらい容易い。次は渡辺艦長が口を出す。
「だからって、たった二日ってのは早すぎじゃねえ? 向こうは何か言わなかったのか?」
「ううん。この世界のこと、それぐらいしか知らないのなら、もういいって」
実のところ、もっと精密に時間をかけて彼女を調べるべきという声はあった。
だがテイラーが「下手に手荒な真似をして、この世界の住人から反感を買うようなことになったら問題だ」と言って、早急に彼女を解放させたのだ。
「アタシ、この村に住んでもいいって言われた。だから海太の家に入れて」
「え? ここに?」
これは少しまいった。彼女を保護した場合、どこに住まわせるかなど考えたこともなかった。
しかも海太の家には、もう部屋がない。ヒナイも寝かせる場所がなく、仕方がなく海太の部屋に寝かせているのだ。
艦長が海太の悩みを察し、こう告げる。
「家を増築するしかないね。そうなったらヒナイと私の部屋も作れよ。ポイントは少し分けるからさ」
「そうするしかないですね……。でも何で艦長が? 真河豚の管理は?」
「ああ、あそこは大丈夫だ。船員ほとんどこの村に行っちまって、艦内ほぼすっからかんだからな」
そんなこんなで、海太は当初の想像を超える厄介事を背負って、この家に新たな仲間を迎え入れることになった。
(俺ってこういう巡り合わせなのか? 全てが終わったあとに、何かいいことあるんだろうな、神様!?)
彼は信じてもいない神様に、心中そう文句を垂れた。
その日の夜のこと。一人の長い布包を背負った男が、夜間警備隊を装って、海太の家にコソコソと近づいてきていた。
それは本来ここにいてはならないはずの人物、グレゴリー・キャナルズ少佐であった。
(くそが! どいつこいつも人を悪党みたいに言いやがって! 見せてやるよ、真なる正義の味方のやることを!)
海岸に青太が出現した時に、彼が行ったことは厳しく咎められた。自分の鉄鬼装置は没収され、現在艦内で謹慎中のはずである。
だが何故か彼はここにいる。しかもただならぬ殺気を放っていた。
(あの魚の化物め! いい具合に軍に取り入ったようだが、いい気になるなよ! 貴様など存在自体が汚れている。化物はこの世に一匹たりとて生かしちゃおかん! 奴に追従する裏切り者も、全員皆殺しだ!)
彼は以前から泥田坊などから協力を得ている農場の兵たちを、裏切り者と罵っていた。彼以外にもその思想に同調するものがいた。
だが時間が経つにつれ、その思想を主張する者は、次第に減ってきている。彼らを拒絶し、艦の中に引きこもっていても、生活に必要なポイントは貯められないという事実もあって。
グレゴリーは以前、異世界到着即日で、あの女剣士に、交渉中に攻撃するという暴挙に出た前科がある。
それを蒸し返されて、軍内での彼の立場はかなり悪くなった。
そんな現状が彼の精神を激高させていた。さらに今回の謹慎処分が引き金になり、彼は完全に正気を失った。
彼が背負っている布包には、エネルギーライフルが隠されていた。それを布から外し、狩人のように闇夜に姿を暗ましながら、目的の家に狙いを定めた。
【動くな!】
突然彼の背後から、一人の女の声が聞こえてきた。背後を振り向くと、そこには見覚えのある顔がいる。
【渡辺大佐か。貴様も裏切り者だったな……】
【そりゃお前の方だろう?】
グレゴリーの背後二十メートル。暗がりの木々の合間で、渡辺艦長が彼に拳銃を向けていた。
【テイラーから、お前が謹慎中の部屋から抜け出したと聞いてさ。ちょっと嫌な予感がするから、見てくれって頼まれたんだ。そしたら案の定だな。武器を全部下ろしな! 少しでも変な行動をとったら、撃ち殺す!】
グレゴリーは一息吐いて、言われた通りに背中のライフルを下ろした。次に腰にかけてあった拳銃を下ろした……と思ったら、
瞬時にそれを艦長の方へと向けた! そして艦長が反応しきれる前に、その引き金が惹かれる。
パン! パン! パン!
三発の銃声が鳴り響く。放たれた弾丸は、全て艦長の体に命中した。だが……
【馬鹿かお前? 鉄鬼装置の防御シールドを忘れたのか?】
艦長は撃たれたにも関わらず、平然とその場に立っている。撃たれた箇所には、傷一つついていない。
最初は呆れた表情でグレゴリーを見ていたが、今は明確な侮辱と怒りの感情が見える。
鉄鬼装置には、人間の身体を特殊な鎧で覆って、超人的な力を与えるもの。またそれ以外の副次機能として、変身前の装着者を守るための、防御シールドを展開する機能が付いている。
そのため鉄鬼装着者は、変身しなくても常時見えない鎧で守られているのだ。これは鉄鬼変身時の頑丈さほどではないが、あのレベルの拳銃弾を無力化する程度なら造作もない。
【さっき言ったよな。少しでも変な行動をしたら殺すって……】
【くそっ!】
グレゴリーは即座に、下ろしたライフルに手をかけるが、当然間に合うはずもない。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
今度は艦長の銃口が火を吹いた。しかもこっちは六発。
六発中四発が命中。そのうち一発はグレゴリーのこめかみに命中する。弾丸が彼の頭蓋を貫き、後頭部から大量の血と脳汁を、シャワーのようにぶちまけながら通り抜ける。
彼の大柄な体がどさりと倒れ、夜の林は再び静かになった。その身に空いた四つの空洞から、ドクドクと血を流して、土を赤く湿らせる彼の姿を見て、艦長は呟くようにこう言った。
「生まれて初めて人を殺したけど……意外と何とも感じないものなんだな」
その顔は後悔も罪悪感もない、実に晴れ晴れとした表情を見せていた。
グレゴリーの死体を林の土の肥やしにした後、艦長はいつもどおりに海太の家に来た。いつもより遅い時間の来訪だが、今日はどうも様子がおかしい。
(何だ? 宴会でもやってるのか?)
家の中から、明らかにこの家の住人の人数以上の話し声が聞こえてくるのだ。怪訝に思いながらも、艦長は家の戸を叩いた。
「艦長どうしたんですか? 今日は遅かったですね」
ドアを開けた夢の後ろには、床に座り込んだ複数の人間・レグンが、最初に艦長が思った宴会のように輪を作っていた。
その数は30人以上。家の中を、歩く隙間もないくらい押し込んで入っている。それだけでも大層だが、彼らが口にしている、二種類の存在に、艦長は目を丸くする。
「おい! それってまさか……寿司に酒?」
何と彼らが食べているのは寿司だった。魚・ウニ・エビなど、様々なネタが白米の塊に乗っかっているのだ。上がってみると、台所の方には青太がいた。
包丁を手にしており、機敏かつ高速に刃を動かし、魚をさばいている。
「あいつがこれを作ったのか?」
「はい。他の家にも運んでるんですが、すごく好評ですよ」
白米はだいぶ前から、村・艦隊に多く出回っている。ちなみに稲の脱穀・精米の方法は、泥田坊達にご教授させてもらった。
だが魚はどこから仕入れたのか? 実はここにいる人間は、皆その漁業実験に参加していたメンバーで、ネタは全てその時採れたものだ。
ちなみにネタの中には、レグン達用のカエルの刺身もある。だが人間でこれを手につける者はいなかった。
彼らの知り合いのレグン達も、彼らに連れられて寿司を頂いている。しばらく一緒に暮らすうちに、手話に近い身振り手振りで、ある程度彼らとの意思疎通になれていた。
食べ物をやる合図なども、彼らは既に覚えており、それに連れられるままに、この家にやってきたのだ。見た限り寿司の味は、レグンたちにも好評だった。
よく見ると寿司の中には、海苔で巻いた巻き寿司もあることに、艦長は気がついた。
「聞くがこの海苔は……?」
『前に艦長が集めてきた岩海苔だ。成分は既に俺が解析した。これは食用にしても何の問題もないよ』
青太に会いに海岸へ行ったとき、艦長は岩についた藻種の植物を発見した。これを後でブロックジャックに持たせたのだが、今まですっかりそのことを忘れていた。
「海苔を自作したのか? 誰がだ?」
夢を含めたその場の数人が手を上げる。
「私がみんなに話してチャレンジしたの。素人だから厚さとか食感とか、少し変になったけど、ちゃんと美味しく食べられますよ!」
ちなみに振舞われている酒も、他の兵士達の自作。素人によるものなので、故郷世界で売られているような本物の酒とは、だいぶ味が異なるが、ないよりは遥かにいいと好評である。
そうしているうちに、青太が大皿を持って、彼らの下へとやってきた。
「はい皆さん、次ができました!」
青太の寿司捌きは見事だった。腕は一流の職人レベルだろう。コンビニで売られているような、工場製の寿司とは明らかに違う。
本人曰く「何となく作り方が判った」とのこと。これも母から受け継いだ記憶によるものだろうか? なんかどうでもいい記憶継承のような気がするが。
「海太、そもそも何でこういうことになったんだ?」
「ああ、銀子が先に入居者の歓迎会をやろうという話をしてきて……」
ここの住人でもないのに、そんなことを言ってくる、何とも神経の図太い女である。歓迎会と言っても、具体的に何を出せばいいのか思い浮かばない。
陽子がぼそりと「お寿司でもあればなあ……せっかく魚が採れたんだし」と言ったのが始まりであった。
歓迎会と称して、その歓迎の相手を一番働かせているのは妙な話だ。だが青太は何の不満も漏らさず働いている。差し出された寿司を食べて、艦長は少し頷く。
「普通は寿司ネタに使わない種類の魚肉がいっぱいあるが……まあ、結構いいな。海太、お前もいい奴を連れてきたな」
「ええ、初めてあいつと関わって良かったと思いましたよ」
「……? 好きであいつを助けに行ったんじゃないのか、お前?」
そんなこんなでこの歓迎会は、深夜まで楽しく続いた。
これはまた蛇足話。酒を飲みまくって、人間もレグン(意外なことにレグンも酒を好んで飲んだ)も寝静まった深夜。
二人だけ酒に酔っていない、というより酒に酔えない体質の二人が、その窮屈な寝床となった家の中を離れて、外で何かを話していた。
『なんだ海太? また調べて欲しいことがあるのか?』
「ああ、一つ気に掛かることがあるんだが、どうして最初俺の鋼鯱は、青太をビーストだと思ったんだろうなって」
ビーストと青太は、全く異なる遺伝子を持っていた。青太は魚、ビーストは人間に近い遺伝子を持っていたはずである。
だが探知機能はすぐ近くに来るまで、彼女をビーストと認識していた。これに関しては、統制司令部でも既に調べているはず。
だがまだその辺の話は来ていない。別に待たなくても、ブロックジャックになら判る気がする。
『それはもう調べた。あいつとビーストは遺伝子は違うが、生体エネルギーの一つ、魔力がよく似ていたんだ。似ているというより、同種の魔力性質だな』
「てことは……ビーストは、霊獣や精霊と同種ってことか?」
ブロックジャックは、触手アームを平手のように振って否定した。
『……微妙だな。俺の目からは、ビーストの方が異常種だ。人間の体が、精霊と同じ力を得ようとして失敗して、形が歪んでしまった。そんな風に見えるがね』
「それがビーストの起源か? 大スクープだなこれは。じゃあもし失敗せずに、人体が精霊や霊獣の力を得たら、どうなるんだ?」
『見当もつかないな。少なくとも人間と呼べる存在じゃないだろうが……』
この世界に来てから、今まで持っていた知識とは食い違う事象を、皆違和感を持っている。今回のビースト出現は、それを更に高めるだろう。
真相は今のままでは何も判らないし、海太もこれ以上興味を示さなかった。
海太はコップに酒を注ぎ、決して酔うことのない体で、その酒の味を味わった。




