第六十九話 水中戦2
艦隊群へと帰還したテイラーは、先にそこに運んでいた海坊主達の検死結果を聞きに行った。
多くの怪物の死体が並べられた艦前の広間に、多くの衛生兵達がそれぞれの死体を、手持ちの機械で調べている。現時点で判っていることを、その衛生兵のリーダーから聞き出す。
【正確な検死結果はもう少し時間が欲しいところですが、ただ現時点確認される限りでは、この怪物達の傷は、シャークの武器でつけられたものに違いないと思われます】
【そうか。それだけ判れば、俺としてはもういい】
この海坊主達は、全てシャークが殺した者だった。鋼鯱がシロならば、残りの容疑者は奴しかいないので、疑う余地はない。
同じく聞いていたウィノナが、それとは別の疑問を口にする。
【ビーストが獲物を食べずに、死体を放置するとは珍しいですね。モンスターの肉は口に合わなかったのでしょうか?】
【それだとあれだけ殺す理由が判らないがな・・・・・・】
ビーストが生き物を殺すのは、主に捕食のためだ。奴らの胃袋は底なしで、食べ物があればどれだけでも食う。そして食えば食うほど、奴らは無限に増殖するのだ。
ある牧場がビーストに襲われたとき、討伐後にそこを見てみると、無数の動物の骨が牧場に散らばっていた。
このようにビーストが殺した生き物が、肉も皮も残っている状態で発見されているケースは比較的少ない。
(モンスターの肉が口に合わないならば、何故これだけ殺した? モンスターに何らかの敵意があって襲ったか? ・・・・・・あるいはモンスターの側がビーストを襲ったか?)
後者に関しては思い当たることがある。海太から伝えられた、青太が言った言葉。
魔物は“人間”を優先的に襲うということ。
海中でシャークと鋼鯱の剣戟は続いていた。当初はシャークが優勢に戦っていたが、徐々に鋼鯱が押し返し、互角の攻防を繰り広げるようになる。
そして今は、鋼鯱がシャークを押していた。特に戦況を変える何かがあったわけではない。鋼鯱の装着者が、次第に水中の動きに慣れてきたのだ。
ザシュ! ザシュ! ザシュ!
鋼鯱の強力な剣戟が、シャークの鱗を斬る。鱗の頑丈さのおかげで、それほど深くはないが、剣撃で受けた衝撃波は内部に確実にダメージを与えている。
一旦ひるむシャークだが、すぐに身体を回し、大振りの斬撃で反撃しようとする。だが鋼鯱は、それを難なくかわし、反撃返しの蹴りをシャークの顔面に食らわせた。
さっきの鋼鯱と同じような体勢で、海中を数十メートル吹き飛ぶシャーク。
鋼鯱は即座にそこへ突進し、吹き飛びでバランスが取れていないシャークへと、更なる剣撃を加える。敵の体にではない。手に持っているククリナイフへだ。
ガキン!
鋼鯱の剣が、シャークのククリの一本を弾き飛ばした。海中をククリが、ブーメランのように回転しながら、どこへともなく吹き飛んでいく。
更にもう一撃を入れて、もう片手のククリも弾いた。
バランスを立て直せないまま、得物を両方失ったシャークに、鋼鯱が次々と攻撃を加え続けた。首や脇腹などの人体急所を、的確に斬りつけている。
その度に付けられた傷から、血が吹き出て海水を赤く曇らせる。
十二回ほど斬りつけた後で、鋼鯱は必殺技のエネルギーチャージを行った。この距離では隙を作るやり方だが、敵はあまりに弱っており、攻撃を仕掛ける余力がない。
『くたばれ! 鮫野郎!』
鋼鯱の白く輝く刀身が、シャークを斬りつける。それはシャークの硬い肉と鱗をも斬り裂き、鮫男の頭が胴体から分離して跳ね飛んだ。勝負は鋼鯱の勝利であった。
(もう一匹は!?)
彼には勝利の余韻に浸っている暇はない。ビーストはもう一匹いるのだ。再度ビースト用探知機能を見て、その生体反応を確認する。それはさっきよりも、遥かに自分に近い位置にいた。
(こっちに近づいてる!?)
それはどんどんこっちに接近して移動しているのが判る。こいつもまた、こちらに戦いを仕掛ける気だろうか?
生体エネルギーの値から見て、これはシャークよりずっと弱い。生体エネルギーを隠したり誤魔化したりする技術はあるが、ビーストがそういった行動をした事例はない。
ならばこの相手を倒すのは難しくないはずだ。鋼鯱は再度剣を構えて、その反応の到着を待った。
(うん? 何だ?)
相手の位置がどんどん近づき、探知機能が生体エネルギーを細かく解析できるようになると、探知機能の電子地図に記された表示が、唐突に変わった。
最初その生体反応には“ワールドビースト”という文字が表示されていた。だが急にその表示が“未確認生命体”に変わったのだ。
(何事だこれは?)
機械の故障だろうか? 疑問に思いながらも、海の向こうから近づいてくるそれを待つ。目線の先には大きな海底岩石があり、向こう側が見えない。
やがて岩石で隠れた所を飛び越えて、それが鋼鯱の視界に現れた。
(青太!?)
飛び出してきたのは、どう見てもビーストにモンスターにも見えない人型・魚型の生物=人魚の青太だった。
探知機能が誤認識したのは、この青太だったのだ。
青太は鋼鯱の姿を見た途端に、泳ぐのを止めた。そしてこっちをじっと見つめている。その表情には、こちらに対する恐怖の感情が見えた。自分に対して怯えているのだ。
『……あっ! しまった!』
自分は青太の方を向いて、刀を構えたままだったことに気づく。それに青太は鋼鯱=海太であることを知らなかった。
『悪い! 青太! 俺だよ!』
海太はすぐに刀を収めて、青太に声をかける。ここは海中であるため、地声は届きにくい。
鉄鬼の仮面の向こうから、マイク越しに喋っているような声だが、声色は大体判るはずだ。
『海太!』
青太の顔から恐怖が抜けて、再度彼に向かって泳ぎ、海太に抱きついてきた。こういうのは嫌いな海太だが、今回だけは拒絶せずに受け入れた。
『お前、兵士たちに姿を見せちまったんだな』
『うん……ごめん』
『別に謝る必要はないよ。むしろこれでよかった』
彼女のおかげで兵たちに一人も犠牲者が出なかったこともそうだ。
だがそれ以上に、ビースト探知機能が、彼女をビースト誤認識したのが、一番の問題だと海太は考えた。
あのまま姿を隠し続けていたら、今度は兵達が青太をビーストと間違えて攻撃したかもしれない。
『まあこうなった以上、あいつらにも秘密ってわけにもいかんな。悪いがこれから艦隊の方に出てもらえないか?』
『判った』
『それから俺は一緒に行けないから。』
『ええ!?』
青太が驚き戸惑っている。彼女は海太を頼っていたのに、いきなり一人で艦隊へ行けと言われたゆえに。
『ちょっと訳があってな。俺がこの鎧を使っているのは、他の奴らには秘密なんだ』
『そう……確かにそれ、人間が扱えるものじゃないよね……』
あっさりと頷く青太。意外なほどの物分りの速さに、今度は海太が驚いた。
『気づいてたのか? 俺が人じゃないって?』
『うん。でも向こうの世界には、そう言う人も普通にいるんだと思ってた。でも違うんだね。どうしてそんな風に? いや、別にいいや……』
今までずっと抱きついていた青太が、ようやく手を離す。そして海太から距離をとって、再度話しかけてきた。
『海太は先に戻って。海太がいなくなって、もう少し経ってから行く。近い時間にあっちに行くと、怪しまれるから』
『おっ、おう……ていうか行くって、お前自力で行けるのか?』
『うん。川を上がればいい』
最初は生まれたばかりの赤ん坊のように見ていたが、ここまで機転が回るとは思わなかった。これが霊獣というものだろうか?
『じゃあ、悪いが先に行くぞ。それとお前の生体反応は、人妖と間違われるかもしれない。どうか気をつけろよ』
『うん、気をつける』
海太はその後、他の兵士たちに見つからないよう、遠回りに飛行して村に帰還した。
その後すぐに、探知機の問題を父・テイラーに報告した。それから一時間程して、農場を流れる新郷川に、人魚が出現して農場で働いている者たちを驚かせた。
彼女はすぐに保護されて、艦隊郡に連れて行かれる。彼女の証言から、すぐに捜索部隊が出されて、海岸に打ち上げられたジェネラルシャークの死体を回収した。
一時はどうなるかと思われた、海坊主・ビーストの事件は、犠牲者も騒ぎも起こらず、穏便なかたちで収束した。
その日の夜。第1艦隊・リヴァイアサンにて。
【お聞きしたいことがあります。これまでに総隊長は、ご子息に何か秘密の任務や情報を与えたりしているのですか?】
【・・・? 何が言いたい?】
ウィノナの突然の質問に、テイラーは困惑する。もしかして海太にビースト討伐を頼んだのがばれたのかと心中あせる。
保護された青太は、鋼鯱の正体に関わる情報は一切明かさなかった。記憶映像も、その辺の部分は一切見せず、シャークの死体を見ている部分だけを見せた。あたかも海を泳いでいたら、偶然死体を見つけたような見せ方だ。
【あの青太と名付けられた人魚。高橋少尉と以前に接触していましたが……一本だたらの時から始まり、彼とその周りの者たちが、やたらと珍事に遭遇しているように思えるのです】
確かにそうだ。ただ偶然起きた部分もあるが、海太自身が自分から事態に介入したこともある。
【知っている通り、あいつには霊感がある。それが影響して、こういうことになったのだろう】
まるで海太には、昔から霊感があったかのように、テイラーがそう答える。彼がグールになってその能力を身につけたのは、この世界に来た後なのだが、それを知る者はいない。
【……そうなのでしょうか?】
とりあえずウィノナはそれで納得したのか、一礼してその場を立ち去る。その後でテイラーは少し考え込んだ。
(しかしあいつのこれまでの行動……。あいつがあんなにも、人助けや世話を好む奴だとは思わなかったな。ならば今後も仕事を頼みつけてもいいだろうか?)




