第六十五話 青い妹
異世界来訪101日目の夕方。
青太は昨日言われた通りに、一目につく行動は避け、この時間帯にあの岩場にやってきた。上空を見て、あの番犬侍が飛行して接近しているのを見て、大喜びで手を振る。
だがその番犬侍=海太の手に、人が一人担がれていることに気がついた。
「初めまして青太さん。私は陽子っていうの。よろしくね!」
海太に担がれてきたのは陽子だった。本人志望で彼女に直に会いに来たのだ。一応知り合いには話しているということで、青太はさほど驚かず、彼女と握手した。
「とりあえず青太さん。その……胸もとを隠そうね!」
今まではっきりと描写しなかったが、実は青太は最初に遭遇した時から、服などを何も着ていないのだ。
下半身は不要であるとしても、上半身は素っ裸で、やや大きめの胸が丸見えなのだ。
陽子は前の海水浴の時に、自分が着ていた水着を取り出す。水中生活をしている青太にとっては、人間の服など水流を受けてしまって邪魔なだけだろう。
だが水着なら別にいいはずだ。もうすぐ夏も終わるし、今のところ水に潜る仕事をする予定もないので、陽子はためらいなくこれを譲渡できる。
「これ、着なきゃ駄目?」
不満……というより意義が判らないといった感じの青太。彼女に組み込まれていた知識には、服を着るという慣習は知っていても、羞恥心という概念はないのかもしれない。
渋々といった風に、水着をつけようとする青太。だが初めて着る着用物であるためか、中々つけられずにいるのを陽子が手伝う。かけ終わった時に、青太が陽子に問いかける。
「陽子って海太の奥さん?」
「!?」
ある意味爆弾発言。陽子は一瞬頭が白くなり、即座に大慌てで答えを返す。
「いい、いやっ、……別に奥さんとかじゃ!」
「単なる仕事の同僚だ」
陽子と違って海太は、実に平静に答えを返す。恋人どころか幼馴染とも言わない。今まで素っ裸だった青太に、何の戸惑いもなく会話していた海太。
この男が恋を経験するときなどあるのだろうかと、陽子は僅かに不安を感じた。
「私も青太さんと友達になりたいの。青太さんはどう?」
「うん、いいよ」
今日は陽子が作った弁当が差し出される。これも青太は気に入ったようで、美味しそうに食べる。
その後は海太にとっては、実にくだらない会話が展開された。陽子の家や学校での話などが主体で、陽子の数々の暴走エピソードが、ちょっと脚色が入って青太に話される。
この会話に昔を思い出した海太が、目の前の女を少し殴りたい衝動に駆られてくる。
「猿を鉄砲で撃つってかっこいいの? アタシもやっていい?」
「「絶対にダメ!」」
やがて時間が流れ、そろそろ帰り時になる。陽子と青太がまた手を握り合って別れをかわした。その時に青太があることを告げる。
「最近このあたりの海に、海坊主が集まってきてる。多分ここに人がいるから。これから沢山、何百匹もどんどんやってくるかも」
それはとてもじゃないが無視できない話だ。海を見回っている兵士たちも、頻繁に魚怪人=海坊主と遭遇している。これはその前兆なのだろうか?
「人がいるから海坊主が来るってどういうこと? あれは人を必ず襲う習性があるの?」
後者は以前から疑問に思われていたことだ。海太自身も一本だたらの件で体験したことだが、この世界のモンスターは何故か、捕食以外の目的でも人を襲うのだ。
「この世界の魔物達は、みんな動物が変わってしまった者。彼らは自然の摂理でいつも人間より下にいた。だから人間が羨ましかった。だから人間を殺せば、摂理で人間より上に行けると思ってる。だから理由がなくても、彼らは人間を襲うの。この世界はとても豊かだけど、その代わり動物たちの心の闇も強くする。だから私達みたいな存在が、人間に手を貸す必要があったの」
「動物が人間を妬む? この世界の動物はそんなに知能があるのか?」
「ううん。これは転生を繰り返して、本能で身に付いたこと」
動物の輪廻転生は不明な点があるので、そういうことがあってもおかしくはない。
「判った。俺たちも周りの奴に遠まわしに伝えてみるよ」
「うん、お願い。あたし誰も死んで欲しくないから」
その日、海太は父であるテイラーにこのことを伝える。青太に関してはちょっと心配だったが、彼は問題なく秘密にすることを認めてくれた。
翌日にはあるタレコミがあったとして、海の警備兵が大量に導入された。漁業実験や海水浴も中止され、海側は一時的に緊張が張り詰めることになる。
異世界来訪102日目。
この日は海太と陽子だけでなく、夢・ヒナイ・艦長・ブロックジャックも同行している。実に大所帯だ。更に現地で思わぬ人物がまた一人加わって、全員集合となった。
「やあ、海太! 半月ぶりだね!」
「なぜお前がここにいる?」
合流の場所の岩浜には、何と銀子が先に到着していたのだ。言うまでもないが、海太は彼女を呼んだ覚えなど一切ない。
試しに同行していた仲間たちに目を向けるが、全員首を振って否定する。
「あんた最近、ヒナイの手伝いとか言って、海まで飛んでいってるでしょ? 前に家から飛んでいってるのを見たよ。しかも今朝になって警備強化の命令が出てさ。これは何かあるなって思って、知り合いにここまで運んでもらったのよ。そしたらこの子とばったり会っちゃったってわけ」
何という余計な洞察力。もうこちらには興味を無くしたと思っていたが、家まで見に来ていたのだ。
今銀子は紙と画材を広げて、岩浜に座っている青太の絵を描いている。人魚の絵画は数あれど、実物をモデルにしたものまずあるまい。確かに貴重なモデル相手ではある。
「絵を描いてもらっていたのか? しかし何故知らない相手と会ったりした?」
「今海は危ないのに、一人でここを歩いてたから注意した。そしたらお兄ちゃんのことを知ってるって言うから……」
それはまた無用心なことだ。例の廃校舎の件は教訓にしなかったのだろうか? だがそんなことが些細に思えるほど、とんでもない発言が聞こえた気がした。
海太だけでなく、ヒナイを除く周りの全員が、これに石像のように固まっている。
「……………………今なんて言った? “おにいちゃん”?」
「銀子がそう呼べば、海太が喜ぶって言った」
全員がマッハの速度で銀子の方へ首を向ける。当の銀子は、何がツボにはまったのか、腹を抱えて笑いをこらえていた。
何やら殺気のようなただならぬ気配を発しながら、海太が彼女の元へとゆらりと近づいてくる。
「………いっぺん死んでみる?」
「まっ、待って! 子供の前で暴力反対!」
笑いをこらえていた銀子も、これには命の危機を感じて、必死に取り繕うとする。ならば後で制裁を加えてやろうと考える海太に、銀子がある提言をしてきた。
「そうだ! せっかく集まったんだし、みんなの絵を描いてあげようか!? 青太もいいよね!?」
「みんなで? うん、いいよ。銀子さんお願い」
銀子の即効で思いついた提言は、意外と上手くいった。こうなるとさすがに彼女に手を出しづらい。他の仲間たちを見ると「まあ、別にいいよ」という意見を全員が出していた。
絵を描く前に、とりあえず自己紹介をしておく。
「私は渡辺紺だ。よろしくな青太」
「はい、よろしくです」
親交の握手をかわす二人。その後夢も同じように自己紹介をかわしたが、ブロックジャックの時は少し違う反応だった。
『俺はブロックジャックだ。よろしくな』
「はっ、箱が喋った!?」
『箱じゃない。ロボットだ!』
この回答に首を傾げる青太。彼女にはロボットという概念はないのだろうか? 差し出された機械の触手アームを、気味悪そうに見つめている。
「……ブロックさんも軍人なの?」
『いやあ軍人じゃねえな。俺は……こいつらの主治医? いや、違うな……。なあ、俺っていったいどんな位置づけになってるんだ?』
海太達に問いかけるが、全員が首をかしげた。誰もがよく考えていなったことである。
彼は正式に医療ロボットして軍に所属しているわけではない。手違いで艦に紛れ、海太が独断で起動させて後は流れのままに同居していたのである。
「家政婦用ロボット?」
「困ったときの何でも博士?」
「家の置物?」
最後の答えはなんかヒドイ……とブロックジャックは思った。すると青太が何故か納得したような表情を見せる。
「そうか。海太のペットなんだ」
『どうすればそういう解釈になる!?』
他の面々も「それが妥当かな?」と答え、ブロックジャックの不満などあっさりスルーして、銀子の写生が始まった。
集合写真のように、岩浜に7人が集う。下書きの写生は暗くなるまで行われ、青太には渡す機会を失った弁当を渡して、この日は解散となった。
ちなみにこの写生の間、艦長はここの海岸の岩に付着している、岩海苔に目線が集中していた。何でもない海藻だが、検査次第では大きな可能性を見いだす物だ。
その日の夜、海太の家にて。ブロックジャックは青太から提供してもらった血液を解析し、それを皆に公表した。
『青太の遺伝子なんだが、あいつは人じゃなくて魚類だ。遺伝子は鮭に近い種だな。それとさっき一緒に岩浜に立った時に、こっそりスキャンしたんだが、あいつの身体の三割が魔力で構成されている。青太が考えたとおり、あいつは霊獣だろう』
「骨格はどんな感じだった?」
『骨は上半身は人と同じだが、下半身は完全に魚だな。恐らくこれは魔力の変化で身体の構成を一時的に変えているんだろう。本当の姿は、ブルーの記憶映像にあった、あの魚だろうな』
見た感じはほとんど人だったのに、正体は魚類。にわかには信じがたいが、霊獣というのは、そう言った常軌を逸した存在なのだろう。
自然物のエネルギーを宿した霊魂=精霊と、ちゃんとした肉体を持った動物との、中間的な存在。
少なくともビーストやマジックモンスターとは、別の種であることは確かなわけで、あの土地神という話には、かなり信憑性が増したと言える。
「そうなると、話にあった強い土地神てのも、本当にいるんだろうな。今もこの土地は、地脈が強いままなんだし」
渡辺艦長の言葉は的確だ。人間がいなくなると共に、土地神も全員この地を去ったならば、今もこの土地の地脈が強くなっていない。
「どうにかそいつを探し出して、何か話を聞けないものかな?」
『そんなの青太に聞けばいいだろう? まあ居場所の情報の記憶があるか怪しいけど』
「まあ、そうだな。よし海太、明日あいつに聞いてこい!」
「えっ!?」
いきなり話を振られて、海太は動転する。今の話で何故自分なのか?
「青太が一番懐いてるのはお前じゃん。お前が聞くのが一番いいだろう?」
「まあ……」
この世界の情報収集という、責任重大な面倒な仕事を、ようやく他人に押し付けられそうだと安堵していたのに……と海太はガックリする。まあ、あと一回話をするぐらいならいいだろう。
明日会ったあとで、彼女のことを艦隊郡に公表してしまおうか?と色々考えながら、この日の夜は終わっていった。




