第六十六話 海からの来襲者
異世界来訪103日目の朝。まだ海太と会う時間ではないので、青太はまだ海上に出ていない。
だがそれとは別のある者が、発見されて警備兵達を驚かせていた。
【海坊主だと!? どこだ!? 判ったすぐ行く! 他の部隊にすぐに報告しろ!】
ダラス・パスカル少佐が、ダリオからの報告を受けて、ある海に急ぐ。休憩時間の中、浜辺の林でキノコ採集に励んでいるところで、この報告は彼をあまりに動揺させた。
大量の海坊主がある状態で、海中を探索していた部隊が見つけたというのだ。
総隊長が行っていた通り、海坊主とは頻繁に遭遇していた。まだ話にあった数百の大群にはお目にかかっていないが、今回がその時だというのか?
その海の浜辺についたとき、浜から目視できる範囲の海に、既に数十の海坊主の姿が浮かんでいた。だがダラスはすぐに戦闘態勢に入らなかった。
それより現状把握を優先する。敵が目の前にいて、何を悠長なことをしているのだと思われるかもしれないが、その光景を直に見れば正しい判断だと判るだろう。
その海坊主の群れは、一匹残らず死んでいたのだ。海に大量の血が溶け込んで、コーヒーにミルクを入れたかのように、所々海面が変色している。
死体を次々と回収する兵士達。回収しきれなかった死体も、そう時間もかからず、海坊主達は浜辺に打ち上げられた。その頃には千人の兵士たちが、その様子を見ていた。
海坊主たちの身体は、見事に切断されていた。首や胴体など、一撃で致命を負った分かる傷が、彼らの肉体を二等分にしているのだ。
【これは何だ? 味方がやったのか?】
【今のところはまだ、モンスターと交戦したという情報は来てないわ。ずっと遠くで誰かが倒したのが流れてきたかしら?】
ルイーズの説に、ダラスは首を縦に降った。この死体はまだかなり新しい。恐らく数時間以内に殺害された者たちだろう。
まだ詳しく解析しないと判らないが、ダラスが見た限りでは、この傷は刀傷に見える。
【他に誰かが倒したとなると……考えられるのは、あの着物女か鋼鯱だな】
有力なのは後者だろうと考えられる。すると彼の鉄鬼の通信装置に、またある報告が来た。
『【大変だ! 別のところで、化物どもの死体が見つかったぞ】』
ダラスの部隊が発見したのを最初に、近海の各地で次々と漂着ゴミのようにわらわらと海坊主達の死体が見つかっていく。
その数は、回収・確認が出来たものだけで千匹を超える。
これらの死体は、かつて海水浴が行われた広めの浜辺に集められた。魚のような鱗がついた生き物が無数に並べられる姿は、まるで魚市場のようだが生憎こいつらは食べられない。
話を聞きつけてテイラーもここに来たが、この参上には首を捻るばかりだ。
【これは何が? もしかしてこういう大量死は自然に起こるものなのでしょうか? 兵士達の間では、鋼鯱の仕業だという噂が確信のように流れているのですが……】
【鋼鯱か。まあ、奴ならばやろうと思えばできるだろうが】
実はその噂は既にテイラーの耳に入っており、すぐに海太に連絡を取ってみた。だが彼は何も知らなかった。
あの漁業実験以降は、青太と会う以外の理由で海に行ったことはないとのこと。なのでその噂が過ちであることは、とっくに知っていた。
では誰の仕業か?
【とにかくこのままにはしておけん。死体をいくつか持ち帰って、検死にかけるぞ。それと残った死体は……このまま放置というわけにはいかんな。その辺の林にでも埋めてこい】
事件の証拠たる死体も、これだけ多いと全てを丁重に扱えない。このままここで放置すると、腐敗臭でここに誰も近寄れなくなる。
ならば林の土の栄養にしてしまった方が有用だろう。
言われた通りに、兵士たちが一部を除いた海坊主たちの死体を、次々と林に運んでいく。50体ほどの死体を、兵士たちが抱えて飛行し、艦隊郡へと運んでいった。
だがその時、また新しい報告が来た。
【東方の海から、不審な生体反応がこちらに接近してきます!】
【不審な? 海坊主の生き残りか?】
【いえ、これはモンスターとは微妙に違います。これは……】
探索班が何か言い終える前に、海の方から大勢の兵士たちの前に、それが現れた。
波打つ海から、アザラシのように這い出て、その全容を見せる。それを見た兵士たちが、モンスターとは違った形で驚きどよめく。
【にっ、人魚だ!】
【マジかよ、こんなのまでいるかよ!? この世界は!】
それは青い髪をした下半身のみ魚の異形を持った生物。誰もが知っているが、それを直に会った者は誰一人としていない伝説の生物=人魚であった。
【あいつは!? 何故だ!?】
テイラーは兵士たちとは別の意味で驚いている。彼女のことは知っている。会ったことはないが海太が送った映像にあった人物=青太である。
何故彼女がこんなところに? 海太の話では、彼ら以外との人間との接触を避けているのではなかったのか?
【おのれえ! 化け物めえ!】
【やめんか筋肉頭!】
ドゴオッ! ドザァアアアアアアッ!
血走ったグレゴリー・キャナルズ少佐が、彼女に鉄鬼装備の大砲を向けようとし、それをフェイ・キャントレル中佐が蹴り飛ばして制止する。
その衝撃でよろめいて、大砲の砲弾が謝った方向の海に飛び、そこにクジラでも生み出せないような水柱を作った。これに青太が、驚き怖がっている。
グレゴリーがこれに怒り、フェイに怒声を上げる。
【何のつもりだ貴様! 化物に寝返るのか!】
【貴様はいかれている! あれは海坊主ではないし、まだこちらに何もしていない! 貴様は目に映ったものは誰彼構わず殺すのか!】
【化け物であることに変わりはないだろう!? 敵であろうがなんだろうが、化物は一匹残らず殺さねば何のための軍隊だ! ぬっ!?】
見るとグレゴリーは、周りの兵士たち(彼の直属の部下含む)が、自分に向けて武器を向けて取り囲んでいることに気づく。
彼の暴走行為に、テイラーが即座に彼の拘束を命じたのだ。
【グレゴリー! 何のための軍隊だと!? 軍の名誉を傷つけたのは貴様の方だ! お前たち、すぐにこいつを連れていけ!】
即座にグレゴリーの変身は解除され、手錠をかけられて艦隊郡へと連行されていった。もう一度さっきの浜を見ると、青太が怯えたような表情で、こっちを見つめていた。
「突然の無礼すまなかった。君は我々に何か用なのかな?」
初対面でいきなり友好的な態度で、しかも日本語で話しかけるテイラーに、何人かの兵士が不思議に思う。しばらく震えていた青太だが、ようやく落ち着いて話しかける。
「この近くに人妖が近づいてる。皆早く海から逃げて! そして二度とここには来ないで! あいつは海坊主よりずっと強い! きっとみんなも勝てない!」
いきなりの避難願いに、その場の日本語の判る何人かが、一様に首を傾げる。彼らは日本語の判らない者たちに、今のを通訳して聞かせたが、それを聞いたものも同様の反応だった。
「その人妖とは何だ? この海坊主共と同類のモンスターか?」
青太は首を縦に降って否定する。
「人妖は、他所の世界から落っこちてくる不思議な生き物。あいつは人間も何かも、全部食べて殺しちゃう。そしてとても強いの。その中で特に強いのが、この海に落っこちてきた。あいつも人間がここにいるのを知って、近づいてきたの!」
「他所の世界から? 落っこちる?」
不思議な話だ。異世界からそんな物騒な生き物が、勝手に門を開いてこの世界にくるというのか?
ありえないと思ったが、少し考えるとそれに該当する生物が、テイラーのなかに思い浮かんできた。彼は即座に兵士たちに指令を送る。
【おい! 警備・探査をしている各部隊に伝えろ! マジックモンスターだけでなく“ワールドビースト”用の探査レーダーも使用しろと!】
ワールドビースト。彼ら地球連合軍の宿敵である同時に、現在艦隊の大半の兵士たちが、その存在をうっかり忘れていた存在。
久しぶりに聞くその単語に、多くの兵士たちが今日何度目かのどよめきを起こす。だが言われた通りに、この命令を各部隊に送った。




