第六十三話 海の土地神
異世界来訪99日目。
この日は絶好の海水浴日和であった。大勢の兵士達が、最も泳ぎやすいと解析された砂浜で、自由奔放に泳ぎ遊んでいる。
彼らはこの時のために水着の持ち合わせがない者は、軍用のTシャツ・パンツ着用で泳いでいる。
二日前までモンスターが確認された海で、海水浴に興じる兵士達。今はモンスターの影がないとはいえ、これは実行が早すぎると言える。だが彼らには急ぐ理由があった。
時期的に今は夏の後期に入っており、調査にあまり時間を掛けすぎると、海水浴シーズンが過ぎてしまからだ。もはや探索・調査の目的が、娯楽優先になってしまっている。
一応警備隊は組織されており、周囲の森林・海底・海上を監視している。
またこれも気の早い話だが、ここに新たな集落を建てて、さらにそこから農場・艦隊郡へと続く林道を作る計画も持ち上がっている。
向こうから海まで、鉄鬼の力ならひとっ飛びだ。だが鉄鬼を持たない兵士や、羽があっても空を飛べないレグンは置いてきぼりだ。そのため彼らのために通りやすい林道が必要だという話になったのだ。
運行には艦載されていた軍車両の他に、大カルガモの馬車が利用される予定だ。
あの勝郎のビデオにあった映像を元に、実験飼育中の大カルガモを調教してみたら、意外と簡単に乗り込むことができたのだ。これは馬の代わりにもなると、卵とは別の飼育目的が生まれた。
泳いでいる面々の中には、夢と陽子もいた。それぞれ各々の得意な泳ぎ方で、海中を走っている。海の上に顔を上げ、一度浜に戻る。浜に大勢の兵士たちが、男女入り乱れて泳ぎの疲れを癒していた。
日焼けを試みる者がいたが、サンオイルのない現状では、ただ肌を痛めるだけにしか思えないが……
ふと陽子は、群衆の中に知った顔を見つけて、そこへ駆け寄った。
「艦長も来てたんですか?」
それは渡辺艦長だった。今朝出発したときは、家にはいなかった。彼女が来るのはもっぱら仕事終わりの夕方であるため、合流する機会がなかったのだ。
艦長は現在、軍服姿のまま、海をキョロキョロと見回していた。
「おお、お前らか。それはヒナイの手製か?」
艦長が指差す水着は、確かにヒナイが自分たちのために作ってくれたものだ。ちなみ現在ヒナイは別行動中。
「ええ。艦長は何をして?」
「特になにも。海があるっていうから見に来ただけだ」
「泳がないんですか?」
「悪いが私はカナズチでさ。海はちょっとな……」
軍隊訓練には水泳もあったはずだが、そういうのはカットされたのだろうか?
「ところで海太とヒナイはどこだ? まだ泳いでるのか?」
「二人な漁業実験に参加してるわ」
海太は海水浴には興味を示さなかった。本人曰く「湖で遊ぶのと何が違うんだ?」とのこと。
彼はそれよりも、今回の調査の最初の目的の一つだった、海産物の確保に興味を示していた。
海水浴場からだいぶ離れた海の上で、木造のボートが複数浮いていた。元々新郷湖の漁のために作られた小舟である。
これまでの湖の漁では、兵士達の試行錯誤のさえ完成した釣竿・素潜り鷲掴み・槍による串刺し、などによって魚を捕まえていた。どれも一匹ずつしか捕まえられず、しかも魚の身体を傷つける恐れのあるやり方だ。
だが今回は、海の発見に伴って、これまでにない試みが行われた。網漁である。
元々湖の魚を捕らえるために網を作る実験が行わていたが、良い素材が見つからなかったことと、兵士達の技能の低さで失敗を繰り返していた。
だがあの廃校舎の事件以降、その両方の問題が解決した。
あの時勝郎が言っていた“霊素材”という存在。植物を丹念に調べてみると、確かに他より魔力が強く、全体が頑丈にできている物が多数発見された。
それは地脈の力が強まっている各所では、より多く発見できる。そうした植物の蔓や細い茎を乾かし、それを糸として使用してみると、上手い具合に丈夫な縄が作れたのだ。
それにレグン達の職人としての腕前も合わさって、見事な大きさの漁網が完成した。今日はそれの使用実験だ。
岸辺の方では、海太についていったヒナイを含めた、大勢の野次馬がその実験を見学している。
「ようし、引っ張るぞ!」
海太を始めとした、各小舟にいる網を掴んだ兵士達が、一気に新品の網を海中から引っ張り出す。かなりの重さだが、彼も屈強の兵士達だ。
体力面でも本物の漁師にも負けない。小舟のサークルの中心に、網にかかった魚の群れがピチピチと跳ねている。
テレビで見た漁の光景と比べれば、獲物の数は少ないが、初陣でこれだけ取れれば上出来だろう。
一旦砂浜へと引き上げて、取れた魚の種類を確認する。中にはフグなどもいるので、選別には油断できない。
(うん?)
魚を解体して、綿密に成分などを調べているのを、海太は周りの兵士たち同様に見物していた。だがふと妙な気配を感じて、後ろを見渡す。
仕掛けられた探査装置には、モンスターの存在を探知していない。これは海太だけが判る、霊的な存在の気配だろうか? 不審に思いながら背後を見る海太の様子を、佐藤副艦長が気づく。
「どうしたんだ?」
「……ええ、ちょっと小便してきます」
走り出す海太。まさか海で小便するのかと、副艦長は難しい顔をしていた。
気配を探り岩浜の辺りを見て回る海太。やがてその気配の主を発見した。
それは海水のすぐ近くの岩に腰掛けていた。それは一見すると人間のように見える。13~14歳ぐらいの少女の姿で、髪は短く整えられており、しかも色が青い。
通常青い髪の人間など存在しないため、あれは染めているのかもしれない。だがそんなことは些細なこと、彼女にはもっと大きな特徴があった。
彼女の下半身が、巨大な魚の胴体と尾びれになっているのだ。
「人魚かよ。この世界では何でもいるんだな」
人魚。大昔から様々な国の伝承に残る存在。
原点では醜い半魚人であったが、現代では美しい女性の姿が一般的にイメージされている存在。それが今、海太の目の前にいるのだ。
(珍しいものを見れたのは良いけど・・・・・・どうしようか?)
気配を読み取る限り、こいつはマジックモンスターではない。おそらく精霊か霊獣の類だろう。だからと言って安全とは限らない。
あどけない子供の姿で近づき、油断させたところで人を水に引きずり込む、なんていう事態も考えられる。
人魚はこっちを不思議そうに見つめている。それを見た限りでは、害意は感じ取れないが、警戒は必要だ。
「……や、やあ、俺は海太っていうんだ? お前はここの住人か?」
取り敢えず初対面の相手の、最低限のマナーを組んで問いかけてみる。これまでの経験から言って、この土地に住人には日本語が通じるようだ。
「住人? そうなのかな? うん、多分そうだね。そうだよアタシはここに住んでる」
初めて聞く人魚の言葉。何故か最初疑問形であったが、とりあえず肯定してくる。
「お前は人魚だよな。名前はなんていうんだ?」
「名前はまだないよ」
またおかしな返答がきた。“まだ”名前はないとはどういうことか? 疑問を問いかける前に、相手が先に答えてきた。
「アタシ最近生まれたばかりだから、名前はまだないの」
「最近生まれた? お前は何者だ?」
「この海の、新しい土地神様だよ」
神様。何とも不思議な存在に出会えたものだ。あの酒鳥神社のように、この世界にも宗教の概念があるらしいということは判るが。
海太の心から、警戒心が薄れていく。まだ相手の正体は判らないし、根拠など全くないが、こいつには危険がないように思えた。
何かあったらすぐに鋼鯱に変身して、攻撃態勢に出る気でいたが、ちょっと気を緩めて、彼女の真ん前の岩に腰掛ける。
「俺たち実は、この世界のことよく知らないんだ。お前が知ってることは、教えてくれるか?」
「うん、いいよ」
軍事的・政治的に見れば、これはまたとないチャンスである。この世界の住人で、まともにコミニュケーションを取れる者との遭遇は少ない。
煙羅煙羅や泥田坊などの霊体モンスター達は、古い記憶は覚えていなかったし、多くの情報をもたらしてくれた勝郎は既に昇天してしまっている。そのため、この世界の詳しい詳細を聞く相手が、中々見つけられなかったのだ。
この人魚、最近生まれたという発言から、もしかしたら良い情報を持っていない可能性が高い。
だがここで繋がりを持っておけば、今後新たな情報を得られるかもしれない。
海太はそこまで考えたところで、何故自分が?という不満を感じた。正直面倒な仕事であったが、ここで彼女の反感をかって逃げられては、何か責任を取られるかもしれない。
司令部に報告して人を呼ぼうとも思ったが、初対面の相手に下手に刺激を与えるは得策ではないだろう。
「お前はさっき、新しい土地神と言ってたが……それじゃあ古い神というのもいたのか?」
「うん。でもお母様はもういない」
「何故だ?」
古い土地神=この人魚の母は、彼女を生んでも育てたわけではないようだ。人魚は少し悲しそうな顔をして、こう続けた。
「昔はね。ここにも沢山人がいたの。でも時が流れて、ここに人が誰もいなくなっちゃった。だから役目がなくなったから、人間に転生して寿命を迎えたみたい」
「役目? どんな役目だ?」
「魔物とか嵐とか、危険を人間の方々に伝えたり。密猟とか勝手にゴミを海に捨てたりとか、悪い人を懲らしめたりしてたの」
「それは……警察の仕事じゃないのか?」
彼女は精霊に近い生命体=霊獣と思われる。確かに彼女みたいな存在は、人間より遥かにそういったものを見つける力に長けているだろう。だがそれだと人間の治安組織が面目なしだ。
「それよりずっとずっと昔はね、それよりも大切な仕事があったの。地脈に土地神がたくさん力をあげて、海や森を豊かにしてたの。でも最初はあまり力が足りなくて、途中ですごく強い土地神様が来たの。
そしたらその方以外の土地神様の力が、あまり必要がなくなったの。そのかわり怪物がいっぱい出てきて、私たちが人間を守ってあげなくちゃいけなくなった……」
淡々とした口調で、そして素直に口を動かす人魚。精霊が大地に力を送って、地脈を強くしているということは、以前から艦隊群でも上げられていた説である。
(しかし、すごく強い土地神って何だ? 今もここの地脈が強いってことは、まだどこかにいるってことだよな?)
それ以外にも、以前の勝郎同様に“地脈”という単語が平然と出てきたが、これは両世界共通の単語なのだろうか?
「ここに人がいなくなって、お仕事が何にもなくなって、お母様は人になって、他所の土地の町に行っちゃった。でもまたここに人が住んだ時のために、跡継ぎのアタシを置いていったの。
ここに人がまた住んだら、アタシが生まれて、その人たちを海の災いから守ってあげなさいって。アタシの中に入ってる記憶にそうあるの」
「なるほどね……」
ちょっと気まずい話だ。新しく住んだ人とは、間違いなく自分たち地球連合艦隊だろう。だが生憎自分たちは、ここに移住してきたわけではない。
来訪から一年、残り九ヶ月で元の世界に帰る予定なのだ。それだと彼女は、すぐに役目を失ってしまう。
「悪いが俺たちは、ここにずっと住むわけじゃ……」
「知ってる。ここにいる人たちの話を、海からずっと聞いてた。みんなこの世界の人たちじゃないんだね……」
「ああ……」
いずれ別れるということもそうだが、皆はかつての住人たちのように、彼女を神として崇めたりしないだろう。迫害は加えたりはしない……とは信じたいが。
「ねえ海太。アタシとお友達になってくれる? 帰る時まででいいの。アタシずっと海で一人なんて嫌だよ……」
「ああ……まあそれくらいなら」
人魚と友達。別にそれはいいのだが、帰ったあとはどうするつもりなのだろうか? おそらく何も考えてはいないのだろう。海太は少し同情心が湧いてこう考えた。
「なんなら俺たちの仲間にならないか? 向こうの世界でも、暮らしていけると思うぞ。一応精霊を尊ぶ意識は、俺たちの世界にもあるし」
深い考えなど無く、その場の流れと勢いだけで言った発言。もしそうなったら、自分が背負わされるだろう責任まで、頭が回っていない。
人魚は少し考え込む。やはり難しい話なのだろう。言ってしまった後で気づいたのだが、故郷世界ではマジックモンスターよりも恐ろしい、ワールドビーストの襲来がある平和とは言い難い世界。
そこに連れて行くのが、果たして彼女にとって良いことなのだろうか?
「ごめんなさい、少し考えさせて。アタシまだちょっと怖い……」
「ああ、そうだな」
司令部にすぐに報告しなかったのは、ある意味幸いだった。この様子だと、彼女のことを他に話すのは、もう少し待ったほうがいいだろう。
「ねえ海太、お願いがあるの。アタシの名前を考えてくれる?」
「……名前か。ああいいぞ」
それも別にいいだろう。しかし友達のことといい、ヘタな軍の任務よりも重大な責任を背負ってしまったような気がする。
ふと近くに人の気配が近づくのを感じた。それは人魚も気づいたらしい。
「お前は一旦海に戻ったほうがいい。明日夕方頃にまた来る。都合がつかなくてこれないかもしれないから、時間が経っても来なかったら、また海に戻ってくれ」
「うん、ありがとう海太」
人魚はイルカのように海に飛び込む。少しして副艦長がその場所にやってきた。
「どうしたんだ高橋少尉? ずいぶん長い小便だな?」
「ああ、ちょっと珍しい魚を見つけて見入ってた」
決して間違いではない返答をし、海太はその場を後にした。




