第六十一話 怪談の終わり
一方の兵士達がいる場所とは別方向、クレーターから二百メートルほど離れた位置にある林の中。
そこの林の木々は、爆風に煽られて少し傾いている。そして木々の葉は、大量の校舎の欠片や、抉られた地面の土が、埃のように降り注いで色変わりしていた。
「いたたっ・・・・・・」
爆風に煽られて転倒していた銀子とヒナイ。陽子は木々に激突していて、鉄鬼に変身状態で頑丈なので、何とか無事だ。
銀子たちが、地面に激突した顔を土だらけにしながら起き上がり、周囲を見渡してあのクレーターを見て絶句する。
「これが鋼鯱のフルパワー……凄すぎだよ。さすがは母さん達の作ったヒーローだわ!」
現在クレーターの上を飛んでいる、鋼鯱の本気の力に感嘆する陽子。ヒナイはこの大穴が何なのか判らず、驚きとともに放心状態である。
しばらく見入っていたが、誇りの雨で視界が悪くなると、銀子は我に返って、更に周囲を見回す。
「あの人は?」
さっきまで近くいた、鋼鯱と一緒にいた番犬侍=陽子の姿はどこにもなかった。恐らく問止められるの危惧して退散したのだろう。
その時だった。空中に浮いている海太・逃走中の陽子・銀子とヒナイ、あの校舎にいた四人全員に、精神に直接呼びかけるある声が聞こえてきた。
《皆ありがとう! 最後の最後にヒーローに会えて、僕もみんなも本当に喜んでる! 皆本当にありがとう!》
それは勝郎の声だった。この声に銀子が笑顔で頷く。海太と陽子は見知らぬ声に困惑して、首を傾げる。
(何だ今の声? 校舎にいた幽霊か? まあ、どっちにしろ長居は無用だ)
探査機能で脱出した3人の無事を確認した海太は、そのままクレーターから飛び去っていった。
一方、それを見上げていた山本大佐の部隊では。
「複数の霊体反応の昇天を確認しました! どうやら拘束されていた霊魂は、全て解放されたようです!」
鋼鯱がいなくなったと同時に来たその報告に、山本大佐と少佐は、深く息を吐いた。
「そうか。奴が敵の首魁を倒したのだな。やれやれだ……。それで渡辺大佐。さっきお前が言ってたヒーローとはあいつのことか?」
「ああ、そうだ。さっき校舎の中に、それらしいのが入っていくのを見たよ」
「そういうのは最初に……まあいい。とにかく今はヒナイの安否確認だ! 周辺をくまなく探せ!」
間もなくして銀子とヒナイは、山本大佐の部隊と合流した。二人共疲労はしていたが、さほど大きな怪我はなかった。
まだ後処理と調査があるが、今回の事件はおおよそ解決したと、兵たちに安堵の息が流れる。
こうして新郷第十三北小学校は、築後858年の長い歴史を終えた。
そしてこれは全くの蛇足話。
「シクシクシク……怖かったよお……」
クレーターから少し離れた林の中で、一体の少女人形の付喪神が泣きじゃくり、それを一匹のカンガルーが慰めていたとかいなかったとか……
異世界来訪84日目。
あのとてつもなく長く感じた夜から、二日目の夜。海太の家で渡辺艦長が、夢がいないのを見計らって、例の件のことで彼らに話をした。
銀子の記憶映像を見た対策班が、早速あの勝郎という子供の家を再調査した。以前よりもくまなく丁寧に調べた結果、個室の机の後ろに、一冊の日記帳が落ちていたのが発見された。
その日記帳を見たところ、どうやらあの勝郎という子供は、10歳の時に狒々に捕食されて死亡したらしい。
狒々とは以前、夢を誘拐した大猿の呼称であると考えられている。勝郎が亡くなったあと、彼の両親は老齢でなくなるまで、ずっとあの家に住み続けた。二人が亡くなった時には、彼らの身内はほとんど鬼籍になっていたという。
そのため遺品を引き取るものがおらず、あの家の物品は廃村後も放置されたようだ。
「ちなみに前の調査で、勝郎の物らしいヒーロー人形があったんだな」
「ヒーロー人形?」
艦長がその人形の映像を見せる。その人形は銀色の甲冑姿で、鋼鯱とよく似ているのが判る。おそらくはただの偶然だろうが。
「あの勝郎てガキンチョ。お前の変身した姿を見て、その自分の好きだったこれと重ね合わせて、お前をヒーローと呼んだんじゃないのか?」
「はあ……」
確かに有りうる話ではある。本人が昇天してしまった今となっては、それが事実なのか確認しようがないが。
「何つうか理不尽だな。そんな見ず知らずのやつに、勝手にヒーロー扱いされてたのか俺?」
「別にいいじゃないのか? 悪の首領も無事やっつけて、ハッピーエンドだ。お前はもう十分ヒーローじゃないか」
「うん。一緒に戦ったとき、海太はとてもかっこよかったよ。何だか正義のヒーローのヒロインになった気分♪」
立て続けに煽られて、海太はうんざりとした気分になった。鋼鯱の知らない兵士達の間でも、似たような名声が広がっている。
このまま無関係な奴らから、勝手な期待で面倒を押し付けられないかと不安になってくる。
ちなみにヒナイは今朝家に帰ってきた。精密検査が行われたが、肉体的・精神的にも重症な部分はなく、無事退院となった。今は海のベッドの上ですやすやと眠っている。
(まあ、こいつも無事だったし、ヒーローでもなんでもどうでもいいか……)
翌日、異世界来訪85日目の朝。海太はいつものように市場にやってきた。
「あっ、海太~~! 久しぶり!」
店を出している銀子が、いつにもまして親しげに手を振っている。彼女はあの事件の後、艦隊郡に検査と聞き取りを受けていた。そして昨日の夕方頃に解放されたらしい。
別に“久しぶり”というほど別れていたわけではないが、確かに感覚的に久しく会ったような気分だ。
「今日は全部海太にはタダだよ! 好きなだけ持って行って!」
「はい?」
シートに広げられた食物を指して、銀子がそんなことを言ってのける。今までもサービスとか言って割引をしてもらったが、今回はあまりに太っ腹すぎる。
何か企みがあるのでは?と訝しむが、それを察知した銀子が先に説明をしてきた。
「あの浴衣のお礼よ。あれ思ったとおり高く売れてさ。その収入+1で今日は大サービスよ!」
すっかり忘れていたが、確かにこの女は、勝手にヒナイに浴衣を作らせていた。まあちゃんとお返しをするというなら、少しは見直すのだが……
「+1て何だ? あれ以外にも、俺たち何かしたか?」
「さあねえ~。ふふ……」
意味ありげに微笑む銀子。何か追求しておかしな話題に引きずり出されるのも嫌なので、さっさと貰うものは貰っていくことにした。
「ふぁ……」
品物を全部、運ぼうと風呂敷に食べ物を押し込んでいるとき、銀子が大きな欠伸をした。慌てて止めているあたり、演技ではなさそうだ。よく見ると目元が少しトロンとしているように見える。
「何だ、寝不足か? 検査がそんなにきつかったか?」
「ううん。これはそれの後。昨日から朝まで、ずっと眠らずに絵を描いてたせいね」
こいつが絵を描けるとは意外な話だ。だが何故急にそんなことを始めたのか?
「今度完成する温泉館に絵を贈ったんだ。無料でね。海も今日おいでよ。私の力作を見せてあげる」
「まあ、行ったら見てみるよ……」
海太は数回分、無料ポイントで入浴できる権利をもらっている。どのみちいくつもではある。だが銀子の描いたという絵にはあまり関心がなかったが。
異世界来訪93日目の夜。ある高山の一角で、温泉館の開業が宣言された。
「本日より開業することになる、この真河豚の管理最高責任者の浅虫 源三であります! 皆様今後より、ゆるりとここで仕事の疲れを癒してください!」
一番最初に完成した、この温泉館・真河豚。そこの管理者である浅虫 源三准将 65歳、が高らかに宣言した。
どこぞの高級旅館のような、大型の木造建築の前に、大勢の兵士たちが今か今かと待ち構え、門が開かれるとともに猛牛の群れのように中に突進した。
(これはすげえ大所帯だ。まあ、皆ずっと待ちわびてたから、しょうがないか)
あれだけ大勢詰め込んで、風呂場に人が入りきれるかと不安があったが、とりあえず行ってみる。中にしっかりと男湯と女湯に分けられていた。
軍の男女比は6:4であるため、女風呂の方が少しばかり窮屈度が低いと思われる。
風呂行き前の所で、陽子・艦長・夢・ヒナイと別れる。すると陽子が何だか楽しげにこちらに言ってきた。
「初めてのお湯だからって、覗きはしちゃ駄目だよ海太♪」
「女の裸なんて見て、俺に何の利益があるんだ?」
戸惑うふうもなくあっさりと言う海太に、陽子は少し不満気な様子であった。何を期待していたんだが……?
軍に入って昔よりもお硬くなっていたが、最近また元に戻ってきているような気がする。
風呂場は思っいたほどぎゅうぎゅう詰めではなかった。風呂場の数と面積はかなりあり、千人近い人員の入浴も可能なレベルだ。まあ、それでも人口過密であることに違いはないが。
木製・石製の風呂場が、いくつかの区画に分けられており、外には露天風呂もある。
あの源蔵という男は、ここの工事の指揮官でもあった。彼は本当の温泉というのにこだわりがあるらしく、かなり入念に細かいレベルまで、開発を指揮した。
何やら温泉のお湯の流し方などの知識があり、昔はそっち方面の仕事にいたのかもしれない。
まあだからと言って、この短期間でこれほどのものを開発したのは相当なものだ。ポイント目当ての人員が大勢いたことと、重い石材を軽く移動させられる鉄鬼の力があったのも理由の一つであろうが。
周りに大勢の兵士の雑談が聞こえる中、海太は一人でゆっくりと湯船につかる。男だらけの空間に彼は一人だけ。海太は初めて、普段自分の周りには、ロボットを除けば女しかいないことに気づいた。
(俺って普段、周りからどう思われてるんだろ?)
なんか悲しくなりそうなので、考えるのをやめて、湯船から上がる。
ここにはシャンプーもリンスもないが、身体を吹くためのタオルなどはある。それで体をこすって、汗ばんだ体を拭う。このタオルもレグン達が作ったらしい。
ヒナイ達が作った浴衣は、宿泊客専用だ。どうやら泊まり込みをするものも、結構いるらしく、浴衣はまだ足りないとのこと。
やがて海太は風呂場から上がった。脱衣所から出て、大広間の待合用の椅子に座る。どうやら先に上がったのは海太らしい。
女の風呂は長い。さっき女風呂のほうが窮屈度が低いだろうと評したが、この辺を考えるとそうでもないかもしれない。
「うん?」
暇なので広間を見渡してみると、広間の壁の一角に、一枚の絵画が飾らえていることに気づいた。まだ出来たばかりで、売店も装飾もない温泉館の中、これは結構目立つ。
(そういえば銀子が絵をやったとか言ってたな……)
あの日以降、銀子とは会っていない。翌日には店が出ておらず、聞けば今は別の仕事をしているとのことだ。
また後で聞けば、何と銀子は今、絵を描く仕事をしているとのことだ。これはこれで驚きだが、それは更に大きな事態を、結果的に招き寄せることになった。
廃校舎で絵を描いていた銀子。だが持ち込んだスケッチブックの紙は、いずれ無くなってしまう。その事実を感じ取ったヒナイが、仲間にお願いをしたらしく、しばらくしてレグン達が、何枚かの絵を描くのに適した紙を持ってきた。
それは紙質からして、艦から持ってきたものではなかった。
これを不思議に思って、彼らの住み込んでいる家を見てみると、何とこの紙は彼らが自分で作ったものだった。
彼らは製紙の技術まで持っていたのだ。恐ろしく器用な手先で、機械に頼らない原始的な製紙機を作り、それで紙を作って提供したのだ。
この事実がしれて、またレグン達の評価が上がる。基本的に戦闘しかできない自分たち軍人よりも、彼らの方が人として優秀だと賛美する者もいる。
だがそのせいで、服作りの他に製紙まで要求されて、レグン達に大変な重労働を強いることになりかねない。彼らとの共存の仕方を、もう一度細かく決める協議が、現在なされている。
一方この原因を作った陽子であるが、現在彼女は、この温泉館の風呂場に大きな富士山の絵を描くことを計画しているとのこと。
そんな大事の元凶を作った人物が、どんな絵を描いたのかと、その壁の絵を見てみる。グールである海太の視力は高く、遠くからでもその絵を鮮明に見通すことができる。
(俺かよ……)
その壁にかけられた、銀子の出典第一作の絵は、クレーターの上を誇らしげに舞う、鋼鯱の優美な姿だった。




