第五十三話 学校の怪談3
難を逃れたと思ったら、ほんの数秒も経たずにまた次の難がやってくる。
扉を閉めたすぐ後に、背後の廊下の方から、背筋が凍るような嫌な気配を感じた。それはヒナイは同じであった。
(・・・・・・今度は何?)
振り返ると、そこには人がいた。黄色系と思われる黒髪の長髪の若い女性だ。
死に装束のような形状の、白と赤の服を着ていた。それは、元は白い服だったのだろう。赤い血のような液体でかなりの割合染まってしまっている。
顔の下部分、口元が大きなマスクをつけている。手には刃渡り60センチはある、大型の鉈を持っている。あまりに怪しすぎる姿だ。
銀子は、この女性が人間だとは微塵も思わなかった。即座にナイフを構えて、この鉈女と対峙する。
「・・・・・・わたし、きれい?」
鉈女の最初の言葉は、その問いだった。意図が判らなかったが、銀子は正直に答えてみる。
「知らないわよそんなの! あんた誰!?」
鉈女はその問いに返答を出さなかった。その代わり、自分の顔の半分を覆っていたマスクを取り外す。それによって彼女の顔の全容が露わになる。
鉈女の口は、頬の部分が大きく裂けていた。
本来の人の口では、外部から見えるはずのない歯と歯肉が露出し、その顔は怪獣のように恐ろしげである。
「#%$‘&%#~!」
これに最初に悲鳴を上げたのはヒナイだった。元々まともな奴じゃないと予想していた銀子は、多少は冷静だったが、それでも動揺はある。
鉈女の右手が動く。手に持った大きく重い刃を、銀子に向けて振り向けてきたのだ。明確な敵対行動だ。
「ひゃあっ!」
ギリギリでそれをよける銀子。ナイフを強く握り、鉈をかわされて隙ができた女に斬りかかった。
鉈女は驚くほど運動神経が良かった。足を自在に動かして、小刻みに立ち位置を移動し、銀子の斬撃をかわす。
銀子の剣技は、まだ二流の域を出ないレベルだ。射撃の腕と比べれば、まだまともな方ではあるが。
ナイフの斬撃に少し隙が出来た瞬間を狙って、鉈女は一気に、銀子の顔目掛けて、鉈を振り下ろした。
間に合わないと思われた矢先、鉈の剣筋が何故か途中でそれた。人の顔面など容易く叩き潰せそうな、分厚い刃の一撃が、ギリギリの範囲で銀子の身体をスレスレの距離で通り抜け、床に突き刺さる。
(ヒナイ!?)
攻撃が逸れた原因はすぐに判った。鉈女の右足を、ヒナイが相撲のように手で押していた。ヒナイが鉈女の足元に駆け寄り、その右足を叩いて精一杯押したのだ。
それによってバランスが崩れ、攻撃が外れたのだろう。
この隙を逃す手はない。銀子は即座に、鉈女の腹をナイフで突き刺した。グチュリという、嫌な肉の感触が伝わる。
そしてナイフが纏ったエネルギーの熱で、腹から少量の煙が出てきた。
鉈女は無表情だった。口が裂けているので表情は判りにくいが、その目はあまり苦しんでいるように見えない。
銀子がナイフを抜き、更に彼女の首を切り裂く。首の肉が半分割れても、それでも鉈女は無反応だ。
(効いてないの!? そんな!)
銀子は数歩後退して、鉈女と距離を取る。だが鉈女は特に攻撃を仕掛けては来なかった。するとその身体が徐々に透け始めた。
どんどん透明度が増す鉈女。最後にはガラスのように薄くなり、更に影すら消えて、彼女の存在は完全に消え失せた。
「……や、やったの?」
倒した、というには何とも微妙な反応である。見るとヒナイが、涙目になってこちらを見上げている。
「ありがとうヒナイ。助かったわ……」
ヒナイの頭を優しく撫でる。これで少し緊張が解れたのか、ヒナイは表情が柔らかくなった。
「怖い思いをして、すぐこんなこと言うのも可愛そうだけれども、早く行きましょう。敵は向こうから勝手に来る。じっとしているより、私たちで出口を探さないと……」
ヒナイの手を引き、二人は再び校舎の探索を開始した。
一方ここは真河豚村の海の家。日の高さから、いつもより遅めに仕事をしていた海太だが、陽子からの緊急連絡を受けて、大急ぎで帰宅していた。
「がいっ~~~~~~~~~~~~~~!! どうじよぉ~~~~~~~~~~~!」
「よっ、陽子!?(疑問系)」
陽子の顔は面白いぐらいに見事だった。涙と鼻水が出し過ぎて、水を被ったような顔で詰め寄ってくる陽子に、海太は並のモンスター以上にたじろく。
陽子は完全に冷静さを失っている。いつも見せていた、生真面目な士官を、無理に演じている姿はどこにもない。ある意味これが、彼女の素と言えなくもないが。
「聞いたよ。やばいことになってるな・・・・・・」
「ヒナイちゃんが! ヒナイちゃんが~~~~~~~~~~~~~~!!!」
渡辺艦長も既に来訪していた。今回は珍しく真剣な面持ちである。だがまずは、まず目の前の暴走女を止めなくては・・・・・・
「黙らんか! アホ女!」
陽子を落ち着かせるための説得法は、鉄拳制裁だった。女の顔に容赦なく拳をめり込ませ、彼女の身体を数メートル吹っ飛ばした。
陽子の顔からは、鼻水の次に鼻血が流れ出し、一時気を失う。倒れた彼女の側にそっと近づき、その腹を思いっきり踏みつけた。
「ぶほぉ!?」
「とっと起きろ。そして状況説明だ!」
無理矢理目覚めさせられた陽子。朦朧とする意識の中で、海の顔を見上げた途端、一気に意識が覚醒した。
「大変なの、海太! ヒナイがいなくなっちゃったの!」
『おう、ようやくまともに喋るようになったか』
錯乱した相手への、意外な対処法に、ブロックジャックは感心した。
陽子の話を纏めるとこうだった。雨が降ったので、洗濯物を取りに行ったら、そのうちにヒナイがいなくなった。探し回っても何処にもいない。
近くの警備兵に聞いたら、白人女性の兵士と一緒にいるところを見たと聞いた。そのためその人に遊んで貰っているのだろうと思って、大丈夫だろうとしばし昼寝に入った。
起きてもヒナイは戻ってきていない。各村や艦隊に連絡を取ったが、レグンの少女が来たという話は全く聞かない。
おかしく思い、村中を探し回ったが、ヒナイは見つけられなかった。という具合である。
「お前な……子供が知らない人と一緒に行ったのに、何してたんだ」
渡辺艦長が、少し怒った口調で陽子に問いかける。
「……相手が兵士だから……別に大丈夫だろうって……」
「そんな緩い判断力で、よく曹長になれたなお前?」
陽子の目が、また涙目になってくる。また暴走されると面倒なので、とりあえず話を逸らすことを試みる。
「ていう雨なんて降ったか今日?」
陽子が気を逸らされたという、突然の降雨。聞けばそれは、降り始めてから、わずか数分で止んだ通り雨だったという。
だが海太は、雨に降られた記憶などない。通り雨だとしても、空は雲の少ない快晴だったはずだ。
「私も虫取りで農場にいましたけど、雨なんて降ってませんでしたよ」
『俺は家の中にいたけど、確かに少しの間降ってたぞ。外も少し覗いたけど、なんならその時の映像を見せるか?』
夢とブロックジャックが、それぞれ別の返答を出してくる。いったいどうなっているというのか?
「ともかく今は、ヒナイがどこにいるかだ……。また目目連に森の中を探してもらうか……!?」
「海太? どうした?」
突然どこかから奇怪な気配を感じて身構えた海太に、周りの者たちが不思議そうにしている。これはブロックジャックも気づいたようだ。
『妙なエネルギー反応だ。これは精霊の一種だな』
すると頭の中に響くように、全員に誰かの声が聞こえてきた。
《あのヒナイという子は、雨女に攫われました。今は新郷第十三村跡の若草中学校にいます。あそこは目目連も入れない、強力な壁のある霊界です。あの銀子という子も一緒に、中に閉じ込められています。
小玉鼠で警告したのですが・・・・・・。早く助けに行ってあげてください。そうしないとあの人達も、亡霊の仲間にされてしまいます》
「何で銀子が!?」
《あの子もヒーローが来るのを待っている。できるならば他のみんなも助けて上げて欲しい・・・・・・》
気配は一瞬のうちに消えた。言うことだけ言って、さっさと退散してしまった謎の存在。
信じていいのか微妙だが、何となく信憑性がある気がする。だが・・・…
(あの子? ヒーロー? 何言ってるんだ? あの子ってのはヒナイのことか?)
言い方からして違う気がする。それにヒーローとは? 鉄鬼装着者には、ヒーロー気取りで戦線に出ているお調子者は確かにいる。
ファイブドラゴン事件以降、はっきりと正義のヒーローを名乗れる者は少なくなったが。自分もその事件がショックで、ヒーローという言葉はどことなく敬遠していた。
もしかしてこの声の主は、自分をそんな奴らの同類だと思っているのだろうか?
「さっきの声、どこかで聞いたような……?」
夢が頭を悩ませながら、何を思い出そうとする。海太はすぐに思い出せた。だがそれをここで言えば、夢に鋼鯱のことがバレかねないので、口を紡ぐ。
海太が覚えているその声の主は、夢を巨大猿から助けた後の、あの古神社から発せられた声と同じであったのだ。




