第五十四話 学校の怪談4
銀子とヒナイは被服室の前にやってきていた。
さっきの理科室では、ろくな目に遭わなかった。ただ気持ちの悪いものを見ただけである。だがここならば、そう言った品物は置かれていないはずだ。
それに被服室というものに、ちょっと思い当たることがあった。
「ごめんくださ~い!」
最初にノックして、警戒しながら部屋に入る二人。部屋のないには九つの大型テーブルが設置されており、その上にミシンやアイロン台が置かれている。だが銀子が注目したのはそれではなかった。
彼女が注目したのは、部屋の後ろの方の棚にある、大量の布地だった。ロールケーキのように丸まった、様々な種類の布が、その棚に数十と詰め込まれている。
「やった。お宝発見!」
彼女がこの危険区域に来たのは、元々布地の材料となる繭を探すためである。だがここにはそんな原料ではなく、既に完成した布地が沢山あるのだ。
(やったわ! これでかなりのポイントゲットだわ! とりあえずをこれを……あっ!?)
ここに来て重大なことに気づいた。これだけ大量の布地を、まとめて持ち歩く手段がないということを。
そうでなくとも、この何が出るかわからない校舎の中、不要な手荷物を持たないほうがいい。もし脱出できても、二度とここに近寄ることはないだろうし。
一時欲に駆られ、すぐに現実に気づき、落胆する銀子。だが下らない欲より、命の方が優先だから当然であるが……
(ああ~勿体無いな。こんないい生地なのに……)
一本の布地を手に持ち、肌触りを確かめる銀子。その時、妙なことが起こった。
「あれ……うわぁ!」
手に持った生地が突然震えたかと思うと、その布地が突然ロケットのように飛び上がって、銀子の手から離れた。
それは空中に風船のように浮かび上がったかと思うと、巻き棒に丸められた生地が、ローラーのようにグルグルと回転する。それに合わせて布地がものすごい速度で解かれ、長く薄い物体が空中にどんどん広がっていく。
見ると変調を起こした生地はそれだけではなかった。棚にあった他の数個の生地も、同様の現象を起こして、空中に布地が広がっていく。
「何なの一体!?」
「“$#%$‘&~!」
風に煽られた紙のように、空中をヒラヒラと浮かんでいる、幅三十センチ・長さ十メートル以上の数枚の長布。
二人は明らかにやばい空気を悟って、即座に被服室から離脱しようとする。だがそれを布地たちは許さなかった。
「きゃあっ!?」「#$‘&~!?」
布達が一斉に二人に向かって飛びかかり、その長く薄い身を、蛇のように二人の体に巻きつけた。
彼らの顔を覆って視界を隠し、手足に巻きついて動きを封じにかかる。そして最後には首に巻きついて、締め付け始めた。
喉の痛みとともに、一気に呼吸困難に陥る二人。これでは声すら上げられない。
(やばい……くそがぁあああああああっ!)
銀子は渾身の力を振り絞り、ナイフを持った右手に力を集中させる。酸素が不足する中で、気合と根性で何とか腕を動かし、手に巻きついている布を切り裂いた。
すると腕にまとわりついた布の拘束力が弱まり、軽い力でそれを振り払えるようになる。腕に力が戻ると、即座に首を巻きつけた布を切り裂いて、この拘束から脱出を図る。
「ヒナイ!」
自分に巻き付いた布を切りまくり、視界が戻ると、彼女の目に映ったのは苦痛で悶えているヒナイの姿だ。
今までは目隠しされて見えなかったが、彼女も同じ危機にあったと気づくと、即座にナイフを振り下ろした。
「離しやがれ! クソ布どもが! てめらなんざいらねえんだよ!」
怒りと共に布を切り裂きまくる銀子。ヒナイの拘束が解けると、彼女を抱えて即座に被服室から脱出した。
「ヒナイ! ちょっと起きなさいよ!」
被服室の外の廊下には、幸い今回は待ち伏せした敵はいなかった。だがそれ以上にヒナイが危ない。
呼吸困難で意識を失っているヒナイを、必死にマッサージし、人工呼吸を試みる。不要と思っていた軍の訓練経験が、こんなところで役に立つとは思わなかったと、そんなどうでもいいことを頭に浮かべながら、必死に呼吸補助を行う。
「ぺほっ、ぺほっ!」
ようやく意識を取り戻し、正常な呼吸をはじめたヒナイ。顔色はかなり悪いが、これで助かったはずだ。
「勘弁してよ。私の心臓が止まるかと思った……」
安堵の大きな息を吐き、銀子はその場で座り込んだ。起き上がったヒナイが、感謝の印なのか銀子に飛びついてくる。
(このままもう少し休んでいたけれど……そうもいかないよね……)
再びヒナイの手を引き、布の怪物がいる被覆室から、二人は逃げるように離れていった。
この第1校舎の主な部屋は回り終えたので、昇降口に行って次の階へと足を進める。
一度、最上階まで行って屋上を見てみようと思ったが、すぐに考え直す。もし屋上への扉が開かなかったらどうするのか。その上で階段下から敵が出てくると、どこにも逃げ場がない。
やむなく三階の探索を開始することにする。今まで教室以外の部屋に行って、嫌な目にあってばかりなので、とりあえず教室を優先的に回ってみる。
(とりあえず、教室は安全と考えてよさそうね・・・・・・)
そう思いながら、3年1組の札がかけられた教室のドアを開けてみる。そこに今まで通り、授業用の机と椅子があった。ただ・・・・・・
(ぽっ、ポルターガイスト!?)
その机と椅子が空中に浮かんで、教室の中を飛び回っているのだ。大量の学校の備品が、教室内の空間を、ハエの群れのようにグルグルと動き回り続けている。
銀子は即座に教室の扉を閉めた。そしてついさっきまでの、自分の考えが甘かったことに気付く。
(ここには安全な所なんて無いのね・・・・・・)
銀子の精神が、大分諦めの境地に入り始めた。
♪ ♪ ♪~~
するとどこからか何か音が聞こえてきた。よく聞いてみると、ピアノとバイオリンの協奏曲のようだ。聞いたこともない調子の音楽である。
音楽には疎い銀子だったが、これはかなり上手い演奏ではないだろうか?
(何なのよ一体・・・・・・あからさまに何かやばいものが、またいるパターンじゃないの)
この変異を無視して進もうと思ったが、何故かヒナイがその音の方へと歩き出した。
「ちょっと! 待ちなさい!」
銀子の制止にヒナイが振り向く。彼女は銀子がついてきていないことを知ると、彼女の手を引っ張り同行を促してきた。
「“$%‘$&%~~!」
「もしかしてこの音楽が気に入ったの?」
「‘&%#$%“#%&’~」
「はいはい、判ったわよ・・・・・・」
やむなくヒナイについていく銀子。辿り着いた先は、やはりというか予想通りというか、音楽室だった。
あの音楽はまだ続いている。中に何かいるのは間違いなさそうだ。
「ちょっと、中に誰かいるんでしょ~! 入って良い~? 入るわよ~!」
扉をドンドン叩いた後、その扉を開ける銀子。ヒナイ共々、ナイフを構えて一気に部屋に突撃する。まるで強盗のような動きだ。
予想と違って、中には誰もいなかった。いくつもの机と椅子、そして教卓の側には大型の黒いピアノが置かれている。
銀子達の故郷世界では大分珍しくなった、電動式ではないグランドピアノである。
「ちょっと、誰もいないの?」
そんなはずはない。現にあの音楽は、まだ鳴り響いている。聞いた話では、あのピアノは動かなかったはずだが……?
ナイフに力を込めながら、慎重にピアノに近づいてくる。そしてそのピアノの鍵盤を見た。
(鍵盤が勝手に動いてる!?)
ピアノの白鍵盤・黒鍵盤が、誰も指を押していないのに、勝手に動いて音を奏でているのだ。
一瞬これは自動で動く、電子ピアノかと思った。だが開かれた大屋根の下の、内部の弦を見ても、そんなタイプのピアノにはどうしても見えない。
見るとすぐ側に、バイオリンが直立に壁に立てかけられているのが見えた。これは隣のグランドピアノよりも、明確に異変が判るものである。
このバイオリンの弓が、空中に浮き上がって、勝手に弦を引いているのだ。まるで透明人間がバイオリンを引いているようだ。
「誰かいるの?」
自分でも意外なほど冷静な対応で、浮いている弓のすぐ側に手を入れてみる。
そこの空間を色々と動かしてみるが、何かを掴んだ感触はなかった。別に透明人間がいるわけではなようだ。
演奏者のいない二つの楽器が、この不思議な音楽を奏で続けているのだ。
(これってもしかして……さっきの教室の机と同じ?)
器物が浮き上がって勝手に動き回る現象=ポルターガイストは、銀子も知識としては知っている話だ。
原因は色々あるが、銀子はこれは“九十九神”による物に思えた。九十九神とは、年月を経た無機物に霊魂が宿って、擬似的な命と意思を持つ現象、もしくはその無機物自体を意味する単語だ。
(ここはかなり古い学校……こういう変な器物があってもおかしくはないわ。もしくはここのゴーストハザードを作っている誰かが、故意に九十九神を作ってるか……)
側にいるヒナイは、特に怖がる様子はなく、この奏でられている音楽に聞き入っている。もしかしたら彼女はこれを、音楽レコーダーのような物だと誤解しているのかもしれない。
(とりあえず、ここは危険はないかな? ………うん?)
音楽に気を取られていて気がつかなかったが、どうにも自分たちに対して何らかの視線を感じるのだ。それは目の前の動く楽器からのものではない。
周りを見回しながら、その視線の主を探る。そしてようやくそれを見つけた。視線の主は、黒板の上に立てかけられた音楽家と思われる者たちの写真立てだった。
その写真立てに写された人物は動いていた。彼らの目は一様にこちらを見つめており、よく見るとその目が瞬きをしているのが見える。
クックックックックックックック・・・・・・
彼らは銀子と目が合った途端、こちらを嘲るような表情をしながら、不気味な笑い声を上げる。
複数のテレビ電話から馬鹿にされているようだが、見たところあの写真立てはそういったものではないようだ。
側にいるヒナイもこれに気付く。今まで音楽を聞いて和んでいたが、この写真立ての姿に一気に怯えた表情を見せる。
「・・・・・・行くわよ」
見るからにいらつく写真達。ここにいても良いことは無さそうだと、二人は音楽室を後にした。




