第五十二話 学校の怪談2
何が起こっているのか判らないうちに、この絶対に近づいてはならない校舎に入ってしまった銀子とヒナイ。
ガラス窓等は、血のように変色して、外の光を遮断している。そのため校舎内は薄暗い。
また窓も壁も、特殊な結界で覆われているのか、銀子の装備では破壊できなかった。完全に閉じこめられてしまったのだ。
試しに手持ちの通信機を使ってみたが、案の定何処にも繋がらない。
(ああ~もう・・・・・・何でこんな事に? 私が欲張りすぎたせいよね、どう考えても・・・・・・)
自分は自業自得としても、ヒナイがここに連れてこられたのは不思議な話だ。
何故彼女はあの死霊に連れてこられたのだろうか? 話を聞こうにも、ここでも言語の違いという障害が立ちはだかる。
「#%&$&%$%~!?」
「うん?」
当のヒナイは、何故か銀子を見て一大事のような緊迫した様子で声を上げている。現状は一大事に違いないが、何故かこっちを心配しているような素振りが変だ。
自分が何かしただろうかと思って、ようやくその意図が理解できた。
「大丈夫だよヒナイ。これは私の血じゃないから」
軍服のジッパーを解いて、自分の身体に傷がついてないのを見せる銀子。それを見て、ようやくヒナイは落ち着きを取り戻した。
実は銀子の服や肌には、先程の自爆したネズミの血が付着して、赤く汚れていた。事情を知らないものが見れば、銀子が負傷したようにも見える。
「まいったよね・・・・・・こういう場合どうすればいいんだろ? マニュアルとかないよね?」
銀子は軍人である。そして軍人の職務である戦争というのは、いつ予想外のことが起きるか判らない。
故にどんな事態にも対応しきれるマニュアルなどあるはずもない。
二人は現在、学校の入り口の側にいる。
目の前には数百人分はあるだろう下駄箱が、ビルのように立ち並んでいた。近くにあるゴミ箱のような木の入れ物には、大量のスリッパが適当に詰められている。
とりあえず中へと前進してみる。最初うっかり、そこのスリッパに履き替えそうになったが、すぐに必要ないことに気付いて土足で上がり込んだ。
ちなみ一緒についてきたヒナイは、最初から靴など履いていない。レグンの鱗で覆われた足はかなり頑丈なようで、砂利道も平然と素足で歩けるのだ。
「#&%$&‘’~!?」
「ああ、もう大丈夫だから。そんなに奥には行かないわよ。危なすぎて頼まれてもしないわ・・・・・・」
念のために持ってきていた小型懐中電灯を光らせ、下駄箱前の廊下に出て、辺りに何かいないか見回してみる。
廊下の壁の両側に、教室か職員室か、何らかの部屋の入り口がある。廊下はとても長く、暗さもあって一番向こう側が見えない。
(しかし馬鹿でかい学校よねこれ・・・・・・)
外から見たときも思ったが、内部の廊下の長さを見て、改めて銀子は思う。
この学校は、下手すれば二千人以上の児童が通えるのではないだろうか。そしてそれは、ここに迷い込んだら、ますます帰還が難しくなる事も意味する。
先程本人が言ったとおり、内部まで深入りする気はない。この下駄箱の部屋に留まって、救援を待つのが一番妥当な手段だろう。
「駄目よ!」
ヒナイが廊下の中を進もうとしたのを、銀子が慌てて止める。
そんな銀子の姿を、ヒナイは不思議そうに見上げていた。やはり彼女は、ここが危険地帯だという認識ができていないようだ。
(まいったわね。どうにかして警戒心を持たせないといけないけど・・・・・・)
元々子供の相手は苦手だったのに、更にこの現状。銀子はますます頭を悩ませる。
だがそんな銀子の悩みは、ある意味悪い形で解消されることになる。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
ヒナイを抱き寄せて、無理矢理下駄箱部屋に戻ろうとしたところ、何故か背後から妙な男が聞こえてきた。
何か硬い物同士がぶつかるような音。しかもかなり大きい。
(ええと・・・・・・まさか来ちゃったの?)
正直嫌な予感しかしないが、聞かなかったことにすることなどできない。銀子はゆっくりと背後を振り返った。そして二人は同時に、それを見た。
向こうの廊下から、こっちに近づいているのは、一体の骸骨だった。肉も毛も一切ない、真っ白な骨だけの怪物がいるのだ。
しかもそれはかなり大きい。頭だけでも常人の7~8倍はあるのではないだろうか? 何故頭の大きさだけ測ったかというと、彼の全身像が見えないからだ。
このそれほど広いわけではない廊下を、この骸骨巨人が通るには、あまりに狭すぎた。彼は頭を下げて四つん這いになって、廊下の中を匍匐前進しているのだ。
狭いトンネルを鉱夫がギリギリ潜るようなやり方だ。
「なっなっな……?」
「#&‘$%~!」
ともに絶句する二人。さっきまでお気楽だったヒナイも、これには驚愕し、表情が恐怖に染まっている。
さっき見たときは、こんなものはいなかった。いつのまに、そしてどうやってこの狭苦しい所に入り込んだのか?
生憎ゴーストハザードに、理屈など考えても意味がない。
「くたばれ!」
銀子は正気を取り戻すと、即座に拳銃を抜き、骸骨巨人に発砲する。青いエネルギーの塊の光弾が、次々と音速を超える速度で放たれる。
射撃の腕はあまりよろしくない銀子だが、的があれほど大きければ外しようもない。弾丸は敵に全弾命中した。ガガガッ!と銃弾と骨がぶつかり合う音が無数に発せられる。
だが残念ながら、あまり効果はなかった。どれだけ撃たれても、骸骨巨人は止まる様子がない。
着弾点には、小さな焦げ目がついているだけで、破損はほとんどないようだ。我武者羅に撃ちまくっていた銀子だが、すぐに弾切れを起こしてしまう。
骸骨巨人の手が、前進の度に前に突き出される。その腕の長さからして、下駄箱部屋全域に手が届きそうだ。これではあそこでジッなどしていられない。
「ヒナイ! 逃げるわよ!」
「#$%&~!」
銀子の意図は、ヒナイにもきちんと伝わったようだ。というかこの状況で取れる行動は一つしかない。
二人は大急ぎでその場から駆け出し、反対側の廊下へ逃走していった。
途中で二階へ上がる昇降口を発見。すかさずそこへ上がる。
構造上、あの巨体が階段を上がるのは困難なはずだ。そう判断しての行動だが、二階に上がった途端、あのガチャガチャという骨の音が聞こえなくなった。
(何だ? 立ち止まったのか?)
しばらく様子を見てみたが、あの骸骨巨人が追ってくる様子はない。もしかしたら一階へは上がれないのかも知れない。
だからといって、再度一階に戻って様子を見に行く度胸は出せなかったが・・・・・・
「ちくしょう・・・・・・どうすりゃいいってんだよ!」
また男みたいな荒い口調になる銀子。現段階で何が最良の判断なのか、これではさっぱり判らない。変に動き回るのも危険だが、一箇所に留まっても見ての通り安全ではなさそうだ。
「しょうがない・・・・・・どこか出れそうな所を探すか・・・・・・」
やむなく二階を探索することにする。ヒナイも彼女の後をついて行った。
さっきの骸骨巨人は相当な恐怖だったようで、銀子の足下から離れようとはしない。
(さあて・・・・・・何が出るか?)
とりあえず手近にあった教室のドアを開けてみる。入り口の札には二年三組と表記されている部屋だ。
何が出てもいいように、ナイフを構えながら、慎重にドアを開ける。
内部には特に危険に思える物はなかった。授業用の木製の机と椅子が数十個、教室の中に綺麗に並べられている。
椅子の大きさからして、これは小学生用だと判る。正面には教師用の机と、壁に大きな黒板があった。
(うわあ! 黒板のある教室なんて初めて見た!)
銀子の故郷世界の教室には、前時代の黒板はなく、大型のスクリーンが設置されているのが主流だ。
一応銀子も、映画やドラマなどで見たことはあるが、実物は初めてである。
調査隊の解析に寄れば、この学校の建材からして、ここはかなり高度な科学文明だったといわれている。
それなのにおかしな所でローテクだ。思想的な理由で、意図的に機械に頼らない構造にしている可能性が高いが。
銀子は教室内に入り、そこの窓に手をかけてみる。そこも赤く変色しており、外の様子が見えず、やはり破壊も出来なかった。
(そう、上手くもいかないか・・・・・・)
二人は二年三組から離れ、隣の教室へと移行した。だが結果は同じだった。その後、次々と教室を訪ね歩く二人。何処に行っても外れである。
あの骸骨巨人のような、外敵に出会わなかったのは、幸運とも言えるが。
いくつか回った後、教室とは異なる趣の部屋に辿り着いた。札には第1理科室と書かれている。
(理科室か・・・・・・)
ゲームなどに出てくる廃校舎のパターンからして、あまり良い予感がしない。だが入ってみなければ、脱出の手がかりなど探れない。
銀子は勇気を振り絞って、理科室のドアを開けた。
内部は作業台のような大きなテーブルが数台並べられている、教室とは少し変わった風の部屋だった。
教室と同じく黒板があり、後ろの壁際には備品と思われる人形があった。
それは銀子が古い映画やドラマで見たことがある、人体模型である。剥き出しになった内臓や、皮が半分なく筋肉組織が丸見えになった、こっちの世界と変わらない人形である。
その姿は、必要でそういう外見になっていると判っていても、不気味さを拭えない。ちなみに故郷世界では、人体の授業などはホログラムが使われるため、こういった人形が学校に置かれることはない。
その人体模型の隣には、人一人が入れそうな大きなガラスケースの中に、一体のカンガルーの剥製があった。
アカカンガルーに近いタイプで、かなり大きい。
「・・・・・・・・・何故にカンガルー?」
それはある意味、人体模型よりも奇っ怪な存在だった。解剖カエルのホルマリン漬けとかなら判るが、こんなもの何の授業に使うのだろう?
ガタッ!
カンガルーに気を取られている間に、突然そのすぐ隣に異変が起きた。あの人体模型が動き出したのだ。
錆びた機械のように、ギギギ!と首を回して銀子の方に顔を向ける。そして今度は足が動き出し、その場から銀子の方へ一歩踏み出した。
「わぁ!?」
「“‘#%$’$%#~!?」
反射的にそっちに懐中電灯の光を当ててしまう。無表情の作り物の顔が、光に当てられながらこっちを見つめる姿はかなり不気味だ。
しかもよく見ると、胸の心臓部分が、本物の生き物のようにドクンドクンと動いている。人形が動き出すという事態は、ヒナイにとっても異常な現象のようで、驚き怯えている。
(落ち着け・・・・・・落ち着きなさい私! 人体模型が動くなんて、一般常識でしょうが! 驚く事なんて無いわ!)
銀子は自分にそう言い聞かせて、冷静を保とうとする。
それは都市伝説やフィクションホラーの定番であって、現実では人体模型が動くのは常識なんていう概念はないのだが・・・・・・
銀子はヒナイを背後に庇いながら、特殊ナイフを抜き放つ。そしてゆっくりと近づいてくる人体模型に刃を向けて威嚇する。
「来るな! 下手に何かしようってんなら、八つ裂きにするわよ!」
この言葉に人体模型は足を止めた。警告に従ったのだろうか? 顔の筋肉が動かない人形では、すぐに判別は出来ない。
「フォッフォッフォッフォッフォ!」
しばしの沈黙の後、人体模型が笑い出した。口は動いていないが、その宇宙忍者怪獣のような笑い声は、確かに人体模型から発せられている。どうやら脅しは効いていないようだ。
ベチャ!
何をするかと思ったら、人体模型は自分の腹に手を突っ込んだ。彼の腹は、五臓が剥き出しになっている。そこに手を付けたのだ。
あまり気持ちの良くない音を立てたら、人体模型は自分の小腸を外に引っ張り出した。それは作り物とは思えない、体液がヌルヌルと付着している、あまりにリアルな出来の腸である。
人体模型はそれを二十センチ程ちぎる。そしてそれを野球ボールのように、銀子に向けて投げつけた。
「ひゃあ!?」
腸の欠片は見事命中。銀子の顔にベチャリ!と生暖かくヌメヌメして感触の物体が、勢いよく接触した。
あまりの気持ち悪さに、顔についたそれをすぐ払おうとするが、その気持ち悪い感触が手にも伝わり、更なる悲鳴を上げる。
人体模型は自分の五臓をいくつもちぎりながら、銀子に次々と投げつけてくる。物理的ダメージはないが、精神的ダメージはとてつもない。
「ちょっと、やめてよ! ひゃあっ!」
銀子はヒナイの手を引っ張って、理科室の扉へと走る。そして廊下に出て、即座に扉を閉めた。
どうやら向こうは追ってくる気はないようで、その扉を開けようという力は伝わってこない。
「はぁ、はぁ、何なのよこれ・・・・・・」
そんなこと嘆いても答えなど出ない。とりあえず判るのは、最悪の廃墟探索だということだけだ。




