第四十九話 繭
「#&%(%&‘(&%(’&%~!」
『えんらえんら~えんら~』
一時間後、既に収穫が終えて、まだ次の作物が植えられていない畑の中にて。ヒナイは煙羅煙羅と戯れていた。
煙羅煙羅がヒナイにも届く位置で低空飛行し、それをヒナイが追いかける。時々彼女の小さいからだが、煙羅煙羅の灰色の気体の身体を通り抜けると、ヒナイはゴホゴホと煙たさにむせかえる。
だがその加減が丁度良いのか、すぐに煙羅煙羅と畑の中を縦横無尽に走り回る。
その様子を夢は微笑ましく・・・・・・などは決してなく、汗水垂らしてかなりきつそうに眺めていた。
(暑い~どうして今日に限ってこんなに暑いの?)
この日はいつも以上に気温が高い猛暑だった。夢が着ているのは、環境の変化に適応性が高い軍服だが、それでも長袖の服はかなりつらい。
一方のヒナイは、この暑さなど全く動じずにしきりに運動をしている。彼女の服が半袖であることを差し引いても、かなり暑さに強いようだ。
先日艦隊群から公表されたことだが、レグン達の肌を解析したところ、どうも彼らは以前は熱帯地方で暮らしていたらしい。ゆえにこの程度の暑さはどうということではないのだろう。
また彼らは最初に煙羅煙羅や泥田坊の姿を見ても、さほど驚く様子はなかった。一般的な人間ならば、その異形な姿にすぐ恐怖と警戒をするだろう。
だが彼らは特にそんなことはなく、今のヒナイのようにあっさりと仲良くなっている。レグン達が元はどんな所に住んでいたのか実に不思議な所だ。
「$&%‘~?」
『えんら?』
ふと煙遊びをしていたヒナイが立ち止まった。もう飽きたのかと思ったら、隣のキャベツ畑の方をじっと見ている。
そこはキャベツ畑があるところだ。作物を傷付けないよう、なるべく隣には寄らないよう気を付けていたようだが、今回は様子が違う。
そこはまだ結球が出来上がっていない、葉っぱだらけのキャベツが、大地を緑色の絨毯のごとく覆っている。
「どうしたのヒナイちゃん?」
様子がおかしいことに気付いた夢が、彼女の元へと歩み寄ろうとすると、今度はヒナイが走り始めた。
てっきり逃げたのかと思ったら、ヒナイはどうやらキャベツ畑のある物に興味を示したらしい。それは育ったキャベツの根本に置かれていた。
「ああ、これは蛾の卵だね。取り残しがあったんだ」
それは害虫と目される、あの巨大蛾の卵であった。巨大蛾が活動するの夜間。煙羅煙羅は夜間でも活動しているが、夜は見通しが悪く、こういう見落としもたまにはある。
しかもあの巨大蛾は、普通の虫よりも耐性が強いのか、煙の匂いが付着した葉っぱにも、平然と近づくことが出来るようだ。
夢はその卵を手で取り出すと、足で踏み潰す。これまでの研究から、この卵は食用には適さないと判っている。
栄養状は問題なくとも、味がかなり悪い。そのため見つけたらすぐに潰すのが慣例となっている。
「$&‘%&’‘&’#$%~!」
ヒナイがしきりに何かを喋っている。だがやはり何を言っているの不明だ。
「ちょっと落ち着いて。ねっ!」
『えんら~?』
夢も煙羅煙羅も、どうすればいいのか判らず困惑している。当然だが言葉が通じなければ、お説教も出来ない。
するとヒナイが走り出した。今まで遊んでいた畑から外れ、歩道へ出て、そこを一気に走り抜ける。
「ねえっ! ちょっと待ってよ!」
夢も慌てて追いかける。その場の流れでか煙羅煙羅もついていった。彼らが向かっている先は、農場の端っこの山林との境界であった。
農場と山林の間には、20メートルほどの距離の原っぱが、農場を囲う塀のように長く広がっている。
山林の木々が作物に影で覆わないようにするためと、害獣が農場に接近した時に、すぐに気づけるよう見通しをよくするためである。
この場所を草原結界と呼んでいる。故郷世界の観点からすれば、とても贅沢な土地の使い方だ。
だが基本的に放置された原っぱは、必然的に雑草が生い茂る。それを食べようとする動物も、兵士に目に止まった瞬間に追い払われるので、草がいくらでも生え放題だ。
草が生長しすぎると、これもやはり作物に影を作り、見通しを悪くして獣の侵入に気付きにくくなる恐れがある。
そんなことからこの草原結界にも、定期的に草刈りなどの手入れもいるという意見もあるが、皆めんどくさいのか今のところ実行する者はいない。
そんなことから現在この草原結界は、兵士に警戒されないレベルの動物=虫やトカゲなどの小動物の天国となっている。
ヒナイはこの草原結界におおはしゃぎで入り込んでいった。草丈が高いため、背の低いヒナイの姿が一気に見えにくくなる。
「ちょっと、あの子どうしたの?」
周囲を巡回していた兵士達がこれに気付いて、彼女の後を追ってきた夢に問いかける。
「分かんないよ。いきなり走り出して・・・・・・ちょっとヒナイちゃん待って!」
慌てて姿を見失う前に、夢も草原結界に入っていった。
「あそこには虫しかいないけれど、昆虫採集かしら?」
不思議に思いながらも、行方不明になられると面倒なので、警備の兵達もヒナイを追って草原結界に入っていった。
「$&‘%&’$~!」
「ヒナイちゃん?」
ヒナイはすぐに捕まった。というかそっちから夢の方に戻ってきた。
草原結界の踏み倒された草の中で、彼女は夢に向かって、得意げにあるものを見せつけた。
それはひょうたんのような形状の不思議な物体であった。色は白く、大きさは30センチ程ある。
何かの卵かと思ったが、表面をよく見てすぐに違うことが判った。
「あの巨大蛾の繭ね。こんなところで繁殖しているとは・・・・・・どうりで蛾の卵が減らないわけね」
発見した警備の兵が、それを険しい顔で見つめている。畑の害虫でとりわけ厄介なあの巨大蛾、この草原結界に卵を産んでいたのだ。
よく考えてみればここは、森林よりも遙かに幼虫の餌が多い。意外と盲点であった。
「$&‘%&~」
ヒナイはその繭を大事そうに抱えながら、草原の中を再び探索する。どうやら何かを探しているようだ。
「もしかしてあの繭を探してるの?」
「そうみたいね。あの子にとっては宝なんでしょ」
子供がおかしな物を大事にするのはよくあることだ。その辺に落ちてる木の棒を拾って、得意げにあちこち持ち回るなんてのも珍しくない。
様子を見ていると、ヒナイが後ろの皆に手を振って、また何かを叫んでいる。その意図が、彼らには何となく読み取れた。
「しょうがない。一緒に探してやるか」
繭の収集に夢と煙羅煙羅・警備兵達も加わる。かなりの数が繁殖していたようで、繭は次々と簡単に見つかった。
順調に見つかっていく一方で、夢の中にある不安が生まれた。
(ヒナイちゃん、これどうする気なんだろ? 中に入っているのはすごく大きい芋虫なんだよね・・・・・・。もし家の中に並べられたりしたら・・・・・・)
あまり虫が好きでない夢は、今後の最悪の事態を想像して、背筋が寒くなるのは覚えた。
一方の真河豚村にて。
ここでは多勢のレグン達が、村の中や周りの山林を動き回っていた。彼らはまだ全員が全快したわけではないが、元気な者はかなり活発に動いている。
ずっと方舟と飛行艦の中で閉じこもっていたため、彼らにとっては初のこの世界の外の世界だろう。
だがこの世界は、どこに怪物がいるか判らない危険地帯。現在の所、この近くに危険生物の接近は感知されていないが、万一のことを警戒する必要はある。
何しろレグン達には、怪物と対抗する力がないのだ。かといって怪物の危険性を説明することも出来ないし、下手に家に閉じこめて関係を悪化させるの問題だ。
兵士達は元気に動き回るレグン達の様子を、やや緊迫した空気で見つめていた。
そんな彼らの様子に気付いたのか、一人のレグンの少年が、何かを持って兵士に近づいてきた。
「こっこれは・・・・・・」
「$%‘(%&’~」
明るい笑顔で差し出されたそれは、それはとても大きな生きたヒキガエルだった。
彼らにとってどんな価値があるのか不明だが、こんなものを差し出されても困る。
「・・・・・・あっ、ありがとう」
だが怒ることもできずに、兵士はそれを受け取る羽目になる。カエルのヌメヌメした肌の感触が、彼の脳に即座に伝わる。
「!!」
あまりの気持ち悪さに悶絶しそうになるが、それは訓練を積み重ねた軍人、不屈の精神力で耐え抜いて見せた。実に偉い・・・・・・
一方村の別の場所では、あるレグンの男が村と林の端っこにある物に注目していた。
「どうしたんだ? それはただのゴミだぞ」
彼が見ていたのは、大量に積まれた大ウサギなどの動物の、骨や皮のゴミ山だった。
どれも食糧に使われ廃棄された動物の残りかすである。これらは土に分解されにくいので、肥料などにも使えず、そのまま投棄されたものである。
そのうちゴミの量が増えすぎれば、どっかその辺の山にでも捨てようと思っていた物だ。
「$‘%&’&&%~」
何を思ったのかレグンの男は、そのゴミ山を漁り始めた。別に取られて困る物ではないが、彼の意図が分からず、兵達は困惑していた。
レグン達が拾い集めているのは、骨ではなく動物の皮であった。
夕方頃になって海太達は帰ってきた。家のヒナイのことが気になって、いつもより少し早い帰宅である。
一応夢から、ヒナイと一緒に家に戻ったという連絡はあったが・・・・・・
「・・・おい、なんだこれは?」
「ちょっと! まさかこれ食べるの!?」
彼らの目に飛び込んできたのは、テーブルに置かれている、大量の芋虫の死体が乗っかった大皿であった。
何十匹という巨大芋虫が、皿の上でケーキのように大きな山になっている。虫の嫌いな人が見れば、卒倒しそうな気持ち悪さだ。
『ああ、大丈夫だ。それは食べないよ。畑の肥料に使えそうと思ってとっておいたんだ』
「そんなのテーブルの上に置くな! ここで物を食べにくくなるだろ! ていうか、何でこんなのが集まったんだ?」
「ヒナイが集めたんだ。何か面白いことをしてるぜ」
既に来ていた渡辺艦長がそう答える。彼女の指し示す通りに、上の海太の部屋を訪ねると・・・・・・
「あれって・・・・・・編み物か?」
「すごい速い・・・・・・」
何とヒナイがあの巨大繭の糸を絹糸のように扱い、棒針編みで布を作っていた。
とてつもなく慣れた手つきで、常人離れした速度で糸を編んでいく。とても子供の出来ることとは思えない。
よく見ると彼女が棒針に使っているのは、食事に使うための箸だった。
以前栄養剤以外の食べ物を初めて上げたときに、器用に箸を使っていたは印象的だったが、まさかこんな使われ方をされるとは思わなかった。
というかあの太さの棒で、あの細い糸を編むのは難しいと思うのだが、ヒナイは特に問題とせず、着々と行っている。
「辺に干渉せずに、様子を見ておこう・・・・・・レグン達に関して、何か新しいことが判るかも」
皆一旦部屋から引いて、食事の時以外にヒナイを部屋の外へと呼び出すことはなかった。
一心不乱に糸を編む彼女は、側で海太が寝静まっても止まることはなかった。




