第四十八話 受け入れ
異世界来訪72日目の朝。
海太は村の中にほんの数日前に作られた市場へとやってきていた。市場と言っても開けた原っぱの中に、シートを広げた簡単な売り場が数軒あるだけである。
それでも実に多数の兵士達がこの市場に足を運び始めており、今後この市場は拡大していくと推察されている。海太はその内の一軒、肉や魚を販売している店に足を運ぶ。
「海太さん、おはようございます~」
「おう、おはよう・・・・・・」
店主はかなり若い娘であった。しかも着ている服が何ともすごい。水着のような露出度の低いTシャツである。
いくら今の季節が暑いからといって、これはいきすぎではないだろうか? 普通なら目のやり場に困る姿であるが、海太は特に動揺せず普通に話しかけている。
「この前の新郷牛の肉はどうでしたか? おいしかったですか?」
「いや、あれはヒナイにやっちまった。だから食べてない」
「ヒナイ? ああ、あのレグンの子の名前ね。まあ、それならしかたないか」
ヒナイのことは既に村の外からでも噂になっている。
心配した村の兵士達が、何人も食糧の提供を申し出たが、それが多くなりすぎたため、謹んでご遠慮させてもらった。
亜人という未知との交流に、大勢の兵士達がどよめく同時に、関心を示している。何しろ今まではゲームやアニメでしか接点の存在だ。その手の物にかじっている者は、皆興味を示した。
先日家を窓からヒナイを除こうとする迷惑者も現れたぐらいだ。
「まあいい。それで今日も買い物なんだが・・・・・・これまたすごい新商品が出たな」
シートの上に並べられた商品の中に、楕円形の奇妙な物体が数個並べられていた。やや薄い黄緑色で、その形状はどうみても卵である。
最も故郷で一般に見られる鶏の卵とは、比較にならないほど大きい。ダチョウ並みの巨大卵である。
「はい。これは先日採れたばかりの、大カルガモの卵です! どうです、貰いますか?」
「大カルガモ? 巣から獲ってきたのか?」
「いえ、飼育して生ませたらしいですよ。話はあまり広がってないけれど、大ウサギ以外にも、色々と飼育が試みられているとかいないとか」
「へぇ・・・・・・じゃあ貰うかな」
ここに卵製品が出てくるのはありがたい。これで料理のバリエーションが更に広がる。
海太はポイント券を差し出して、この卵を購入した。
「ところで海太。近いうちに休みの予定とかある?」
「うん、どうだろ? 近いうちにとろうとは思ってたけれど・・・・・・」
今はヒナイの世話係という、新たな仕事が増えた。順調に快復していったら、休日がてらに彼女をどこかに連れ出すのもいい。ずっと家に閉じこめておくのは、健康上良いとも言えない。
そうでなくても、いずれは艦隊群に運び込まれた、他のレグンとも引き合わせる必要がある。そこには彼女の家族がまだいるかも知れないのだ。
「でしたら・・・・・・私の家に来ませんか? 海太とも色々お話ししたいし・・・・・・」
それは急な変化だった。言葉と共に女が、身体をくねらせて妙に色っぽい仕草を見せてくる。
口調も唐突に変化し、まるで売女のような姿だ。暑そうな仕草をして、Tシャツの襟の部分を摘み上げる。角度的に丁度胸もとが、海太に見える位置だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
海太はそれを黙って見つめていた。嫌らしい目つきではなかった。
それは相手を心の底から軽蔑しきった、とてつもなく冷たい眼差しである。何だか目線だけで相手を凍死させられそうだ。
「!? ええと・・・・・・それじゃあこの卵あげるね。お代は前と同じくまけてあげるから!」
体感温度が急に下がったのを感じ取った女は、慌てて卵を渡す。海太は彼女に頭を下げて、黙ったままそれを受け取る。
無言の攻めは、ある意味下手な説教よりも怖い。
この女の名前は、西村 銀子《にしむら ぎんこ》 一等兵 21歳。
海太と同じく、真河豚・三番の船員である。一本だたらの件辺りからか、よく海太に絡むようになった。
最初はこちらに向けて、優先的に挨拶をしてくるぐらいだったが。次第に接触率が上がり、くだらない私事の話題に巻き込もうとして、かなりうざく感じていたところだ。
最も売店を始めたときには、海太にだけ特別と、ポイントを安く物を売ってくれるので重宝しているが。
「言っておくが、俺にとりいっても玉の輿はとれないぞ。俺、帰ったらどうにかして軍を抜ける気でいるし」
「それはどうだろうね・・・・・・ふふふ」
何やら含みのありそうな笑みを浮かべる銀子。それを少し不快に感じた海太は、足早に市場から立ち去っていった。
立ち去る途中で、村から離れた山林の方から、大きな黒煙が昇っているのが見えた。
一瞬山火事かと思ったが、すぐに昨日公表された話を思い出した。
(あれは火葬の煙か。煙羅煙羅達も食べ物にありつけて大喜びだろうな)
そこの山林では、方舟の中で見つかった、レグン達の遺体の火葬が行われているのだ。
二千人以上の遺体を荼毘にするには、相当な火力と場所がいる。この農場の各地にある村に了承をとって、いくつもの場所で大規模な火葬が行われた。
何故村の近くでやるのかというと、レグン達の待遇の今後の計画に基づくものらしい。
火葬場では兵士達の他に、大勢のレグン達が同行していた。その表情は悲しみに満ちている。
彼らにも火葬の概念はあったようで、遺体を燃やすのには特に抵抗は見られなかった。
立ち上る火山のような大量の煙を、数百にも及ぶ数の煙羅煙羅達が飛び回っている。参列者とは対照的に、彼らは大喜びで煙を食べていた。
異世界来訪77日目の朝。この日は真河豚村に大勢の珍客が訪れていた。
これは真河豚村だけでなく、農場・山林の各地にある15の村全てにやってきていた。
「今日からこの村に受け入れることが決定したレグン達だ。みんなよろしく頼む!」
渡辺艦長が連れ出したそれは、数百人に及ぶレグン達である。
当初彼らは、艦の中で世話をしていた。だが機械の知識がないらしい彼らは、よく艦の中を動いては、触っていけないような物にまで手を出そうとして、船員達を困らせていた。
そうでなくても、おそらく森などの自然の中で暮らしていたと推察されている彼らの住処は、艦よりもこれらの村の方が適しているとテイラーは判断を下したのだ。
今後彼らとどう向き合っていくかは、とりあえずしばらく一緒に過ごしてから、ゆっくり考えようということになった。
まさか戦争をするために異世界にやってきて、このような異種共存の試練が待ちかまえていると、いったい誰が予測できただろう?
ちなみ15の村の総人口は約4万人。6千人の居候を構えさせるには、ギリギリ可能範囲だろう。
「はい、喜んで引き受けましょう!」
昨日即決で村長に選ばれた陽子が、大きな声で艦長に了承の声を上げる。この日から真河豚村は、異世界の亜人種達をも取り込んで、更なる拡大がなされた。
ちなみにヒナイに関してだが・・・・・・彼女の家族は見つからなかった。
ヒナイは二日前、どうにか歩ける程度にまで快復していた。それを機に、他のレグン達が引き取られた艦に連れ出したのだが、彼女の身内と思われる者が、彼女に寄り添ってくるようなことはなかった。
艦を出ようとすると、ヒナイもまた何の迷いもなく海太達についてくる。
この様子から見て、彼女の家族は既に亡き者と考えられる。たった一人で方舟から抜け出した辺りから、多少予想はしていたが、実に後味悪いものを海太は感じ取っていた。
海太達はヒナイの世話を夢に任せて仕事に出ようとした。そしたらヒナイがこちらに向かってついてくる。
「ジャック、こいつもういいのか?」
『まだ完全という程じゃないがな。でも部屋に監禁しなきゃという程でもないな。少しぐらい外で運動させた方がいいかもよ』
彼女は既に、外に出て走れるまでに快復していた。あれほど弱っていた身体が、僅か数日という短期間で凄い回復力である。
これはブロックジャックの医療技術が凄いのか、ヒナイ自身の生命力の力か、どっちにしろ元気になったのは喜ばしいことだ。
ヒナイは雛鳥のように、海太の後ろについてくる。てっきり見送りに来たものとも思ったが、彼女は外に出て歩道まで行ってもついてくる。
「何だ? 俺と一緒に行きたいのか?」
「#%$#‘%$’~!」
ヒナイが何かを答えているが、相変わらず何を言っているのか不明である。
「海太、この子どうしよう?」
一緒についてきた世話係の夢が、困惑して海太に問いかける。遊び相手が欲しいのだろうか?
だが言葉が通じないので、仕事という意図を理解させるのは不可能だ。
「しゃあない。連れて行くか・・・・・・。夢、悪いけれども一緒についてきてくれないか?」
「うん、勿論だよ」
三人は揃って農場へと出向く。その様子は兄弟姉妹が揃って遠足に出るかのよう。
やがて海太の担当区域の農場へ到着した。
今日は一日中草むしりだ。一度残らず取ったと思っても、ほんの数日で草原のように、延々と草を伸び続ける。
育ちが良いのは作物だけで結構なのだが、世の中それほど都合良くいかない。特に地脈の影響で、植物の生長が促進されているこの大地の環境では。
海太が草むしりを始めると、ヒナイは残念そうに彼から離れていった。恐らく彼にとって必要な仕事なのだろうと、理解したのだろう。
「ごめんねヒナイちゃん・・・・・・代わりにお姉ちゃんが遊んであげるから」
ヒナイは夢には特に興味を示さず、歩道を歩き始める。
今日の農場は人がいつもより少ない。村の皆は仕事に出る係と、家に住まわせたレグン達の世話係の、二班に分かれたからだ。
ついこの間まで方舟の中で、数ヶ月に渡って暮らしていたと思われるレグン達。彼らがここの環境の生活に慣れるには、それなりの時間と、彼らの協力がいるだろう。
つまらなそう歩道を歩くヒナイと、その後についてくる夢。すると農場のある区画に、彼女にとって興味を示せる物を発見した。
それはキャベツ畑の上で、害虫撃退のパトロールをしている煙羅煙羅達であった。




