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グール鉄鬼  作者: 大麒麟
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第四十六話 レグン

 異世界来訪71日目の朝。

 この日はまだ朝食前の時間だというのに、農場で働いている者が多数いた。渡辺艦長他、数十人の日本人兵士達だ。


(これは確かに過ごしやすい気温だな。暑くなる時間までできるだけやっておくか。朝食は少し遅くなるけど・・・・・・)


 昨日の海太の言葉は、兵士達の間に広まり、こうして実行に移しているのだ。

 農場の家屋にはクーラーはないが、近くの川から組んできた冷たい水で、かなり暑さをしのげる。昼間に外に出るよりは、遙かに天国だ。


 彼らは黙々と草取りをしている。この世界は地脈のおかげで、作物の生長が速い。それは良いことだが、それは雑草もよく伸びるということ。

 慣れてくると、この世界の農業で一番大変な仕事は、この草取りのような気がしてくる。


 彼らは作物が傷つかないよう気を付けながら、丁寧草を根っこごと掘り出していく。中にはこの時間に水やりをしているものがいる。

 先程雨が降ったが、あまりあっけなく終わった通り雨であるため、作物には不十分と感じたらしい。この涼しい時間帯なら、根っこが煮えてしまうことはないだろう。


 ドサッ!


 皆が静かに働いている中、何か重い者が落ちる音が聞こえた。方角は畑の間の歩道の所だ。


(何だ? 誰かが肥料でも運んできたのか?)


 渡辺艦長がそっちに振り向くと、尋常ではないものが歩道に倒れていた。それは人だった。しかもかなり小さい子供である。


「おい、子供が倒れてるぞ!」

「なんでこんなところに!?」

「これって昨日湖に出てきた鳥人間じゃないのか!?」


 一気に騒ぎになる農場。仕事を放り出して、皆その倒れている者に駆け寄ってくる。それはさっき林で倒れていたはずの鳥少女だった。

 身体の菌糸はだいぶ取り払われている。それでも身体の各所に、少しずつ残ってはいたが。


「呼吸が弱すぎる、医者だ! すぐに医者を呼べ!」

「海太の家にブロックジャックがいる! 私が運ぶ!」


 最初は総司令部に指示を仰ごうとも思ったが、すぐに考え直す。敗戦後の総司令部の不審なまでの不動ぶりは、既に兵士達の間でかなり広まっているのだ。

 軍の中枢が当てにならないとなると、こちらの独断で行動を起こさせてもらうしかない。


 渡辺艦長が鳥少女を抱え、大急ぎでまだ就寝中だろう海太達の自宅に走っていった。






 大急ぎで飛び込んできた艦長に、眠っていた家の住人が否応なしに起こされる。最初は眠たそうにしていたが、艦長の手に抱えられた珍客に、一気に眠気を覚まされた。


 即座にブロックジャックが、その鳥少女を診察する。


『これは栄養失調と軽度の食中毒だな。腹が減りすぎて、そこらへんの悪い物でも食べたんじゃないのか?』

「栄養失調? じゃあこいつが痩せてるのは、そういう種だからじゃないのか?」

『ああ、結構な日数水だけで暮らしたんだろう。食中毒の方は、俺の調合する薬で何とかなりそうだ。深刻なのは栄養失調だな。何か栄養になりそうな物を集めてくれ。俺が栄養剤を作って投与する』


 その言葉を聞いた海太が、冷蔵庫から何かを持ってきた。それは赤い肉と白い脂で形作られた、大量の細切れ肉だった。


「これで何とかなりそうか? この家のあるもんで、一番栄養があると思うけど」

『あっ、ああ十分だけど・・・・・・』


 ウサギ肉とはどうも違い、そしてとても見覚えのあるタイプの肉に、他の兵士達はどよめいた。

 そして渡辺艦長を始めとした、事情を知っている物が別の意味で驚いている。


「海太、それって昨日かなりのポイントで勝った牛肉だろ? あんなに牛肉料理を期待していたのにいいのか、上げちゃって?」

「別にいいさ。ポイントなんてすぐに貯まるし。陽子、夢、お前らも良いだろ?」

「うん、私はいいよ」

「ちょっと残念だけど・・・・・・この際仕方ないよね」


 早速薬と栄養剤の調合を始めるブロックジャック。ルービックキューブのような四角形の身体の一面、九つに別れた正方形の一つが窓のように開き、そこに素材を入れていった。

 するとミキサーのようなような粉砕音が聞こえてくる。


 他の兵士達も、自分の手持ちの食糧を次々と持ち寄ってきた。海太は鳥少女を、自分のベットに寝せてから、この事態を自分の父親に連絡した。






【今からあの方舟に強制潜入する! 抵抗があった場合は、多少の威嚇行動は許可。それと衛生兵を、最低でも二百人以上動員させろ! 食糧も可能な限り搬送するんだ】


 突然の総隊長のお達しに、通信を受けた各隊長達は動揺した。先日の穏健的な判断とはうって変わってこのような命令が来たゆえに。


『【どういうことですか!? 昨日は刺激しないよう様子を見ると】』

【事情が変わった。ついさっき農場・真河豚村に、栄養失調で倒れた鳥人間の子供が搬送された。食べ物を求めて林を彷徨ったあげくに、そこへ迷い込んだと考えられる】

『【栄養失調!? それでは・・・・・・】』


 彷徨って偶然迷い込んだにしては、距離がありすぎるという疑問もあった。だがそれ以上に、栄養失調という言葉は彼らに衝撃を与えた。


【ああ、立て籠もるからには、内部にはそれなりの備えがあるものと、勝手に思っていた。だがその認識が間違っていた可能性がある。事を急ぐ事態だ。各自すぐに準備にかかれ】


 かくして方舟の調査部隊は、僅か一日目で大急ぎで再結成された。






 約一万人もの鉄鬼に変身した兵士達が、陸と空両方から方舟に接近してきた。

 端から見ると方舟が鎧の軍団に攻め込まれているようだが、もちろんそんなことはない。


「$&‘(%’‘)」’(&!」


 兵士達が甲板に上がり込むと、大勢の鳥人間達が、槍などを持って威嚇してきた。

 相変わらず何を言っているのか判らない。この場合、穏便に説得というのは無理だ。


「悪いが黙ってくれないか? お前達のために来たんだ」


 テイラーが静かに刀を抜き、彼らに白刃を向けた。すると今まで騒がしく喚いていた彼らは、急に怯えておとなしくなる。

 かくして方舟の中の一斉捜索が始める。


【総隊長、船の中は飢餓による病人だらけです! 既に息をしていない者も多数見受けられます!】


 船の中の住人のほとんどが、まともな健康状態ではなかった。治療を始める前に、既に死体になっている者達を、衛生的な理由で外へ運び出していく。


 死亡した者は全て、老人・中年などの年配の者だった。恐らくは僅かにあった食糧を、子供や若者に優先して分け与えていた物と思われる。

 即席検死したところ、おそらくは昨日の夜のうちに亡くなった者も多くいた。


【何ということだ・・・・・・】


 昨日の内に、例え強引でも方舟を調べるべきであった。そうすれば助かった命もあったはずだ。テイラーは己の判断ミスに、後悔に打ちひしがれた。


【うわっ! きったねえな、この鳥の化け物共。総隊長、生きてる奴も全部焼却しちまいましょう!】


 こう言ったのはグレゴリー・キャナルズ少佐。だがその言葉を発した瞬間に、テイラーを含めたその場の全員から、きつい非難の視線を向けられ、彼は押し黙った。


 その後方舟の中にいた鳥人間達は、全員外に連れ出された。

 当所は抵抗の姿勢があったが、食べ物で釣ってみると、えらくあっさりと従順になってくれる。どんな怪しい者でも、餓えによる苦痛には勝てなかった様子。


 方舟の中には人以外にも、書物・食器・大工道具らしき物など、いくつもの器具が発見される。ただし書物に関しては、例のごとく未知の言語で記されており、解読はできなかった。


 方舟の中にいた者で、無事生存が確認されたのは渡辺大佐が保護した少女も含めると6495名。死体で発見された者は2433名だった。

 いったい何があったのか、すぐにも聞き出したいところだったが、言葉が通じないのではどうしようもない。


 この日から大勢の衛生兵が鳥人間達のために動員される。また話を聞いた多くの兵士達が、自分の所持している食べ物を、次々と差し出していった。

 艦隊の優れた医療施設のおかげで、どうにかこれ以上の死人は防げそうである。


なお彼らの喋る未知の言葉の中に“レグン”という単語が頻繁に出ていた。

 身振り手振りもしくは表情で何とかコミュニケーションを取ろうとしている内に、どうやらこの単語が、彼ら自身を意味する単語らしいと推測された。そして暫定的に、この鳥人間達をレグンと呼称することとなる。






 その日の夜、海太の自宅にて。


「みんな! あの子が目を覚ましたよ!」


 病人の側に交代でついていた夢が、家にいる皆に向けて声を上げた。

 既に仕事を切り上げていた海太・陽子・艦長が、大慌てで、海の自室の布団で寝かされている少女の元へと駆け寄った。


 あの鳥人間の少女は、まだ身体が万全とは程遠いが、ブロックジャックの薬と栄養剤の投与のおかげで、どうにか意識を取り戻して言葉を喋る程度には回復した。

 眠った姿勢のまま、不思議そうな表情で頭上の夢の顔を見上げている。


「やあ、君。身体はもう大丈夫?」


 陽子が優しく声をかけてみるが、少女は今ひとつ反応がない。まあ、言葉が通じていないのだから当然だが。

 すると今度は海太が、少女の眼前に身を乗り出してきて喋り始めた。

「俺の名前は海だ。カ!イ!タ!だ。よく聞けカ!イ!タ!」


 人差し指を自身に向けて、しきりに自分の名前を連呼する海太。名前を数回に渡って呼んだ後、今度は陽子を指さす。


「こっちは陽子。ヨ!ウ!コ! そうだろう?」

「え、ええ・・・・・・」


 その後も艦長と夢にも、同じように指差して、名前の部分を力強い口調で連呼する海太。

 そして最後に、少女に向けて指を差した。


「さあ、今度はお前の番だ。自分の名前を言ってみろ?」


 少女は自身に向けられた指をジッと見つめる。そして何かに納得したような表情で答えを返してきた。

「ヒナイ! $(‘&&、ヒナイ!」

「よし、ヒナイか。よく言えた」


 海太はこの少女=ヒナイの頭を優しく撫でる。突然頭に石のように冷たい物質が接触したことに、ヒナイは身を震わせるように驚いたが、すぐに落ち着いて海太を見つめている。

 頭についた手をポンポンと叩いて、何かを問いかけるように喋りだした。


「!$%#&%$#・・・?」

「ああ、俺の身体は普通じゃなくてな。すごく冷たくなってるんだ。驚かせて悪かった。ところでもうすぐ夕飯の時間なんだけれど、お前も食べるか?」


 海太はあらかじめ用意していたフライパン焼き肉を載せた皿を、ヒナイに差し出した。

 栄養剤に使った牛肉の残りを使った、海太の特製料理だ。大蛇肝のタレもしっかり染みこませて味付けしてある。これで手持ちの牛肉は全てなくなった。


 ヒナイの目の前に皿が置かれる。そのすぐ横にフォーク・スプーン・箸など、多種の食器が並べられる。

 彼女の一族の食文化が判らないので、使えそうな食器を全て用意したのだ。一応、方舟の調査をしていた部隊が、船内にあった器具から、ある程度の知識を既に得ていたが、その情報は一般にはまだ発表されていない。


 自身に差し出された焼き肉を見て、これは自分が食べて良い物だという認識を得たヒナイは、大喜びでその皿に飛びついた。

 彼女が選んだ食器は意外なことに箸だった。日本人のように、器用に箸を使いこなし、次々と肉を口に入れていく。


 そんな彼女の目には、うっすらと涙が流れているの見えた。悲しみではなく喜びの涙だということは、この場にいる全員がすぐに判った。


「この子、どれだけ厳しい状態だったんだろう・・・・・・」

「さあま。何があったかを聞き出せるのは、かなり先の話になりそうだけど」


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