第四十五話 鶏と豆腐
黒鉄鯱に変身したテイラーが、その問題の新郷湖へ到着した。そこにはもう先客の兵士達が、湖の周りの林に、何百人と集っていた。
これは当然だろう。あのエネルギー反応をキャッチしたのは、テイラーの母艦だけではないのだから。
テイラーの到着を、大勢の兵士達が、待ってました!と言わんばかりに駆け寄ってくる。
【総隊長! あれどうしましょう? あれの内部には、数千の人間並の生体反応が感知されました。どうも敵襲ではないようなのですが・・・・・・】
湖の岸の一角に“それ”はあった。その巨大な何かは、ビーストでもなければ、地球連合の飛行艦でもなさそうだった。
「何だ、あの船は?」
それは全長二百メートルほどの、大型の木造船であった。機械技術が発展する前は、どこの国でも木造船が主流だった。だがこれほど大きな物は、歴史上例がないのではなかろうか?
しかもこの船、帆がついていない。これでどうやって移動するのかと思ったら、船体の真横に翼のような突起があり、そこに大きなプロペラがついている。これでは船と言うより、巨大なプロペラ飛行機だ。
船体の形は、普通の船のような完全な流線型ではない。先っぽは尖っているが、全体的に見ると長方形の箱のような形をしている。
甲板には切り妻型の屋根の建物が、甲板の船尾から船首まで、実に長く建てられている。
この造形を見て多くの兵士達が、神話のノアの方舟を連想した。
【あの船は飛行艦なのか? 木造船の飛行艦など聞いたこともないが・・・・・・】
確かに聞かない存在だが、あり得ない存在ではない。重力装置に類する技術があれば、木造船だって空を飛べる。いや、むしろそっちの方が、軽くて浮きやすいかも知れない。
船体の半分が岸辺の陸地に乗り上げており、兵士達のいる岸辺の林からも、徒歩で到着できる。
【接近するが、警戒を怠るな】
鉄鬼に変身した兵士達が数十人、ゆっくりとその方舟に近寄っていく。
やがてその船を見上げられる位置までついた。
「&%#$&‘&’!」
【むっ!?】
突然意味不明の声が聞こえたかと思うと、頭上の船の甲板の塀から、何かが顔を覗かせた。
それは見たところ人間のようだった。こちらに向けて何かを必死に叫んでいる。
覗かせた顔は複数おり、そのうちの一人が塀の上に乗り上げて、こっちに何か叫び始めた。だがすぐにバランスを崩し、後ろの甲板の方にこけるのが見えた。
その間は僅か数秒だが、おかげて相手の全身の姿が確かに見えた。
【おい、今のって・・・・・・】
【亜人だろうな。初めて見たな】
鉄鬼にカメラに写った記録映像に、その一瞬の姿が明確に映し出される。
その人物は半袖の長着を腰の帯で結んでおり、そして妙な彩色をした服を着ている。何となく日本のアイヌ民族の衣装をに近いデザインの服を着ている。
まあ、民族衣装など無数にあるから、そう言う服があっても変ではない。変わっていたのは彼の両手と足である。
彼らの上腕には、無数の茶色い羽毛が、ダンサー衣装の飾りのように生えているのだ。
両足は明らかに人の足とは違う。びっしり生えた鱗に、三本指の鋭い爪のついた、まるで鳥類のような足をしているのだ。
また頭には、飾りなのかどうか、現時点判別できないが、茶色い髪の毛と一緒に、鶏のような赤い鶏冠が生えていた。また肌の色は、薄い色黒の褐色肌だ。
故郷世界では、人間とは異なる種の人類種=亜人・獣人という存在が、かなり範囲で信じられていた。
実物を見た例は、異世界調査班の報告にもないが、主にファンタジー嗜好の者達から、そう言った種は確実にいると言われていた。それが今日、あっさりと発見できてしまったのだ。
その亜人=鳥人間達は、モグラのように甲板の塀から顔を出し、しきりにこっちに何かを叫んでいる。
だが兵士達は、彼らの言葉を理解することは出来なかった。
【おい、あの言葉に心当たりがあるやつはいるか? 似た言語があるかだけでもいい】
テイラーの問いに、誰も肯定の言葉を上げられる者はいなかった。
【あんな言葉、聞いたこともありません。私が知る限りでは、あれは新発見の未知の言語かと・・・・・・】
【そうか。それは困ったな・・・・・・】
言葉が通じないというのは、かなりの障害だ。これではお互いに自己紹介はおろか、敵意の有無も確認できない。
だが彼らの声の高さを聞く限りでは、自分たちを追い払おうとしているように聞こえる。
【どうしましょう総隊長? 押しかけますか?】
【いや、ここは無理な衝突は避けよう。変に刺激を与えて、戦争になるのはやばい。とりあえずは、しばらく様子見だな】
彼らはおそらくこの世界の住人ではない。もしかしたら自分たちと同じように、故郷に帰れない素性かも知れない。
とりあえず時間を置いて、少しずつ交流をしかけながら、対話の時を待つことにした。
海太に頼んで、目目連に内部を調査するという考えも浮かんだ。だが船内に突然謎の目が現れれば、最初とは別の意味での混乱を相手に与えると、この考えはすぐに打ち消す。
方舟の映像データをくまなく見て、兵士達はその場から退散した。
やがて朝日が昇り、そして沈み、空はすっかり暗くなる。だが方舟の中の住人は誰一人として外へ出てこようとはしなかった。
やがて日が少し顔を出し、薄暗い早朝になった時のこと。
ようやく一人が、方舟の内部から出てきた。甲板から紐のはしごが伸びて、そこから誰かが地上へと降りてくる。
その人物は、おそるおそるゆっくりと、しかも上の様子を注視しながら降りている。この挙動は、こっそり抜け出したようにも見える。
その人物は赤を基調とした服を着た、10歳ぐらいの少女であった。さっき兵士達が確認したのと同じように、羽と鳥の足を持っている。
少女の身体はやけにやせ細っており、顔色が悪そうに見える。これはそういう外見の種だからだろうか? その鳥人間の少女は、ゆっくりと足音を立てないようにしながら、林の中へと入っていった。
空には小雨が少々降っている。少女は林の中を見回しながら、何かを探しているようにキョロキョロと周囲を見渡している。
すると少女の視界に、地面にいる一匹の青いカエルの姿が移った。
「&#“&$&!」
少女は即座にそのヒキガエルに飛びかかった。だがカエルは結構すばしこく、少女は中々捕まえられない。
何故か少女自身は動きがとろく、あっさりとカエルを見失ってしまった。
えらく落ち込んだ様子の少女。あのカエルがそんなに重要だったのだろうか?
ガサガサガサッ
「!?」
林の奥から草木を踏み潰して何かが近づいてくる音が聞こえてくる。少女はすぐにそっちに目をやった。動物だろうか? それとも兵士だろうか? だが部隊はこの辺りを警備などしていない。
やがて林の奥から、その謎の存在が姿を現した。
「豆腐食べます?」
いきなり日本語で話しかけたそれは、外見は人間のようだった。
見た目は少女と同じぐらいの年齢の少年で、顔つきから黄色系。緑色の浴衣を着ており、足には下駄を履いている、妙に時代がかった身なりの子供だ。
その子供は、両手に豆腐をのせた皿を持っている。それを鳥少女に突き出して、食べるか?と聞いているのだ。
この人気のない林の中で、いきなり現れたあまりに場違いな姿の異質な存在。この様子を見ると、この子供が人間なのかどうかも疑わしくなってくる。
鳥少女はその少年の正体よりも、差し出された豆腐に目がいっていた。白い皿に盛られた、大きな四角豆腐。見た目だけなら確かに美味しそうだ。
鳥少女は陽気に盛られている所から、それを食べ物であるという認識ができたらしい。しばらくそれを見据えた後、おもむろにそれを手で掴み食べ始めた。
手元で崩れた豆腐を、必死に掴み上げて口に運んで食べる鳥少女。
その姿を見た、豆腐をくれた少年は、すうっと半透明になりながら、幽霊のようにその場から消えてしまった。
10分後、すでにさっきの通り雨はすでに止み、空には曇り空の中に少しの朝日が通っている中。
さっきまで豆腐を食べていた鳥少女がいた場所には、何か変な物体があった。人が見ればそれは“人型のマリモ?”と思っただろう。何かモサモサした変な物がびっしり生えた、妙な物体である。
実はこれ、さっきの鳥少女である。あの豆腐を食べた後、急に体中から、カビにた菌糸が大量に生えてきたのだ。
鳥少女は訳も判らず狼狽えたが、まもなく力尽きたかのように倒れ、動かなくなった。肌も顔も見えないため、生きているのかどうかは、見た目だけでは判別できない。
周りには人は全くいない。彼女はこのままここで朽ち果てるのだろうか? いや、ここには人以外の者ならいた。近くの大木の枝に、大きな鳥が三羽停まっている。
その鳥たちは、鳶に似た猛禽類だった。そしてとてつもなく大きい。人間と同じぐらいはあるだろう巨大鳥だ。
巨大なウサギやイノシシがいるのだ。こういう生き物がいても、何らおかしい点はない。この鳥たちはハゲタカのように、少女の死体をつつきにきたのだろうか? だがすぐに、普通の動物ではあり得ないことが起こった。
『あの子、あのままだと死ぬね・・・・・・どうするよ?』
『あの人達の所に送ってみたらどうかしら? きっと助けてくれると思うわ』
『でもそれって、借りを借りで返すことにならないかね?』
なんとその鳥たちが喋りだしたのだ。魔力で発していると思われる特殊な音声の声だ。
おそらくマジックモンスターだろう。彼らはしばらく議論すると、樹から飛び降りて菌糸だらけの少女の元に降りてきた。
豆腐小僧:結構な有名な妖怪で、昔見たアニメでカビを生やす技が印象強かった妖怪。これが創作妖怪だと聞いたときは、かなり驚いた。
作中に出てくる豆腐小僧は、悪戯好きは精霊みたいな存在という設定です。




