第三十七話 不審
異世界来訪40日目。あのダンジョン攻略を終えて、朝が昇ってきた時刻のこと。海太達の家にて。
「悪いな夢、俺今日は仕事休むわ・・・・・・」
「私も・・・・・・今日はごめん」
2人揃って休暇を申し出る海太と陽子。別に仕事は自由参加なので、休みを取ることは構わない。
特に海太と陽子は、最初の日から強雨の時を除いて、ほぼ毎日ぶっつけで働いていたのだ。別に一日休んだって、誰も文句は言わないだろう。
だが夢は、2人に対して怪訝な顔をしている。休みを取ることではなく、2人の様子についてだ。
海太と陽子は2人とも、朝起きてからずっと眠気が抜けぬ表情をしているのだ。朝に弱い人間なんていくらでもいるが、この2人に関してはそういうことはなかった。
なお、グールには疲労感はないが、睡眠欲はある。
「2人とも・・・・・・昨日の夜は何してたの?」
明らかに怪しむ表情で問いかける夢。それに2人は顔に焦りを浮かばせる。昨日はダンジョン探索と、その出迎えに外に出ていて、睡眠時間は一時間も取っていない。
だがそれを言うわけにはいかないのだ。それだと海太がグールで鋼鯱であることも話さなければいけなくなる。
「えっ、それは・・・・・・」
「なっ、何ていうか・・・・・・」
『昨日は俺も一緒に、夜間警備隊に参加してたんだよ。艦長も一緒だ。夜の畑や山の様子も一度見学してみたいって話になってな』
どもりかけた2人より先に、ブロックジャックが答えてきた。三人は一瞬きょとんとしたが、内2人はすぐに平静を取り戻して、この言葉に頷く。一応嘘は言っていない。
「夜間警備って・・・・・・そんなの私初耳なんだけど?」
「ええと・・・・・・ごめん。この話になったとき、夢さんはもう寝ちゃってたから・・・・・・起こすのもどうかと思って」
「うん、そういえば昨日は早く寝ちゃったしね。まあ仕方ないか・・・・・・。それで2人が眠そうなのは、それだけが理由?」
あっさり納得した夢だが、次に何やら意味ありげな質問をしてくる。話が見えなかったが、とりあえず2人は肯定した。
肝心な部分は言ってないが、虚言ではないので、それほど心の重荷にはならないだろう。
2人の肯定に、何やら夢はずいぶん落胆した様子だ。
「な~んだそうなんだ。私てっきり・・・・・・」
何を期待していたというのか、それを理解できたのはブロックジャックだけだった。
「それじゃあ、私行ってくるね。2人ともいつもみんなより仕事してるんだから、今日はたっぷり休んでね」
「ああ、いってらっしゃい」
夢は仕事に出て、後には海太達三人だけが残る。ここから先が本題だ。
最近艦隊では、工作の得意な兵士達が、木製の机やタンスを作り始めている。農業分野で先頭を立ったこの2人には、一番でこういった家具を献上して貰っている。
その貰い物のタンスがこの家の中にあり、その中に艦の中に密輸してきた、海太の私物が詰め込まれている。
その中には現在、ゲームやコミック本に混じって、昨日のダンジョンで入手した物品を紛れ込ませて収納している。
海太はその中の一つを取り出し、居間に持ってきた。
「それは鶯が作ったっていうゲームだよね?」
「ああ、これをやってみる・・・・・・」
パッケージには“不死の女神”というタイトルが大きく書かれているのみで、宣伝文や画像などは張っていない。
灰色の地味な箱であった。中から取り出すと、タイトルシールだけが貼られたゲームソフトが出てきた。
先日、緑天丸というこの世界の原住民と遭遇した。だが核心となる話は何も出来ないうちに、ダンジョン崩壊で慌ただしく別れてしまった。
いま思えば、あのダンジョン崩落は、話をはぐらかすためにワザとやったような気がする。
現在、彼らに関する手がかりは、このゲームソフトとあの円柱型の転移石だけだ。
転移石は今、さっきのタンスの中に押し込んでいる。司令部に提出しようかとも思ったが、入手経路があれなだけに、結局断念する。
渡辺艦長はあれに関して、上に報告しないと約束してくれた。あの転移石に関して、何かしらの検討を設けるのは、もう少し先の話になりそうだ。
「とりあえず、少し寝たらこれをやってみようと思う。陽子もやるか?」
「うん。私にも後で貸して」
とりあえず今は昼寝の時間と、各々の家に戻っていった。
一方のここは、第1艦隊主力艦・リヴァイアサンの外の広場。
そこには鉄鬼部隊総隊長が、自らウサギ肉と山菜・魚のスープを煮込んでいる。
この世界に来てから、戦闘だけでなく料理も達者であったことが判明した総隊長。暇ができたら、自ら調理当番を申し出て、こうして料理を作っている。
そんな彼の元に、1人の女性将校が、すごい剣幕で何を訪ねてきた。
【総隊長! 総司令部からの対策案は、いつになったら出るんですか!?】
【さあな・・・・・・総司令はまだ何も言ってこない】
叫んでいる女はウィノナ・ジェーン中尉 34歳。
彼女はいつまで経っても、総司令部が何の対策も発表しないことに苛立ちまくっている。この様子に総隊長は、やや疲れた様子で答えている。
先日のあの謎の洞窟の出現。明らかにこの世界の原住民が作っただろう、あの人口洞穴は、この世界の情報を入手するのに、非常に重要な存在だったはずだ。
彼女はいずれ、総司令部が強行探索命令を出すだろうと、その時を待っていた。だが数日経っても、それに対して何の発表も行われない。そして今朝方、その洞窟が崩落していたという報告がなされてきた。
以前から“ビーストの墓場”への探索を、多くの要望が出ているにも関わらず、そこへ近づくことを徹底禁止した総司令部。
この時点では何か考えがあるのだろうと我慢していたが、今回はさすがにキレた。何か理由があるなら、何かしら弁明をすべきなのに、それすらしないのだ。
ウィノナはかつて、家族をビーストに殺された経緯のある人物だ。15年前、世界で最初に出現したビーストが、彼女の実家の近くに群れで出現した。
その区域の住民が大勢犠牲になり、そこには彼女の両親祖父母もいたのだ。ウィノナ自身は、当時大学に通っていて、その町には住んでいなかったので、実質彼女だけが生き残ったのだ。
軍に入り、今回の進軍に参加したのも、全ては家族の無念を晴らすためだ。
だが敵の領地と発表されたこの世界に来て、最初の着物女との戦闘で雑魚同然の扱いで敗北。そして退院後は、ずっと少しでも戦闘の役に立とうと、戦闘訓練を積み重ねていた。
だが今までの艦隊の行動は、戦地に趣いた軍隊とはどうも違う。食糧を得るために農場を作るという発想は判らなくもないが、ここは敵の領土の筈である。
そこをあんな堂々と開拓して、敵襲が来る可能性を誰も恐れていない。そして総司令部のここにきてまでの無反応ぶりに、彼女のストレスは頂点に立っていた。
今となっては、実は艦隊群は、攻めこむ対象の世界を間違えて、その失態を隠すために無反応でいるのでは?という疑惑さえ、彼女の中には出ている。
【お前の怒りは判る。俺も実はお前と同じ気分だ。このところの総司令部の様子は、あまりに不審だ・・・・・・】
【では、どうするのですか? 総隊長はこのまま何もせずに、総司令部の判断を待つと?】
【・・・・・・いや、そうはしない】
今まで鍋に目線を集中していた総隊長が、突然ウィノナの方に目を向ける。こっちに無関心な装いを見せてのこの反応に、ウィノナは僅かにたじろぐ。
【ウィノナ、お前に頼みがある。私はこれから外出するから、誰かに聞かれたら、農場のあの家に向かったと伝えてくれ】
【・・・・・・というと、総隊長は真実は何処にいくと?】
怪訝な表情で問いかけるウィノナに、総隊長は重々しく答えた。
【俺は今日・・・・・・ビーストの墓場へ、独断で潜入する】
艦隊から離れたある方角を、1人の鉄鬼が走っている。黒鉄鯱=総隊長だ。
空を飛ぶとすぐに足がつくため、こうして姿が見えにくい森の中を通っている。ある程度艦隊郡から離れて、レーダーに引っかからないぐらいと判断したら、飛んでいくつもりだ。
(この俺が規律違反とはな。後から言い訳もつかんが仕方ない)
この行動は以前から総隊長の中で思案していたことだった。先ほどのウィノナの言葉で、ようやく決心を付けることができた。
総司令部が何もしないなら、こっちで白黒つけるしかない。
この行動の理由はもう一つある。だいぶ前、目目連の騒動が最初に起こった日のこと。
第二艦隊のイエロー・ワシントン伍長の寝床に、一枚の手紙が送られていた。それはそれが送られる数時間前に、彼女が行っていた教師ごっこに対する回答らしく、その手紙の内容はこう……
《先生の説は半分正解。早く帰らないと、みんな食べられちゃいますよ by 鶯》
イエローはすぐにこれを第二艦隊司令部に報告した。その後各地で色々と噂になったが、最終的には誰かが放った悪ふざけだろうという結論で終わった。
だが総隊長には、どうしてもこれが兵士の悪戯には思えなかった。
この手紙に書かれた鶯という名前。実は目目連の事件が起こる少し前に、これと同じ名前の人物の存在を、別の所のある経路で知っていた。
偶然の一致、とは少々考えづらい。鶯なんていう風変わりな名前、そうそう思いつくものでないはずだ。
総隊長は、イエローに直にあい、その時のお遊びで彼女は目目連に何を言っていたのか問いただした。
そしてその内容は、ある意味驚愕と言えるものであった。もし彼女の講義で出した推論が真実だとすると、今まで自分たちがしてきたことが、一気に引っ繰り返る。完全に戦う敵を間違えていたことになる。
とりあえず今回のことは、他の誰にも知られるわけには行かない。現在自分は、農業地に建てられた村の、ある将校の家を訪ねていることになっている。
自分の立場を考えれば、特に理由もなくあそこに向かっても、誰も変には思わないだろう。
ただ問題の家主が、こちらの通信に答えなかったことが気がかりだ。連日の畑仕事に疲れて寝坊でもしているのだろうか?
とりあえず着信メールだけ送って、口裏を合わせるよう頼んでおいた。
常人を遥かに凌ぐ走力で移動した黒鉄鯱は、短時間で大分艦隊郡から離れることができた。上空を解析すると、現在上空を移動している物体は鳥だけで、鉄鬼は一人もいない。
ここまでくれば、レーダーに捕まることはなさそうだ。重力装置で飛び出し、一気に目的のビーストの墓場へと向かっていった。
空を飛べばあっとうまだった。一時間も経たずに、目的地のビーストの墓場が見えてきた。
超巨大なカルデラのような、円形の山脈に囲まれた大地。後で映像を解析したところ、あの地形は人工的に削って作られた可能性が高いとのことだ。
一見するとローマのコロシアムようだ、という感想を抱いた所、総隊長はある仮説を思い立った。あそこはビーストと戦い抹殺する、処刑場なのだろうと。
彼は堂々とその場所へと降りていった。




