第二十四話 農具
森林の伐採作業は、驚くほど順調に進んでいた。
最初に第8&16艦隊だけで志願者を募集していたが、噂を聞いたダラスを始めとする第20艦隊の兵達もやってきて、参加者は既に千人を超えている。
この活動に意味があるのかどうか疑問に感じるものもいたが、艦隊の警備以外にやることが何もない今の状況では、ちょうどいい運動だと参加するものが多かった。
常人ならば何日かかるか判らない作業だが、これだけの人員でしかも鉄鬼の超人的な身体能力を合わせれば、数時間と立たずに終わる。
指揮は陽子がとっている。この場で階級や年齢などを気にする者は誰もいない。
「切り取った枝葉は、あっちの方に集めておいて! 後で灰にして自然農薬にするから」
伐採した樹木から切り取った大量の枝を、所定の場所に集める。あっとうまに枝葉の山が出来上がった。
場所は何故か伐採地区の中心区。燃やすときに森林に火が移らないようにするためだ。
「刈り取った草はこっちに! ウサギの養殖を試みている人達にあげましょう!」
大きなシートの上に大量の草が積まれ、それを袋のようにつつんで鉄鬼達が飛行して艦隊群に運んでいった。
「木はこっちに! 後で木材を必要としている各艦に提供しましょう!」
丸太になった木々を次々と積んでいく。元々若い木しか生えていない森だったので、大木レベルの木材はない。
こちらは艦まで運ばず、後で欲しいという者に、自主的に取りに行かせる。
伐採事業は驚くほど早く終わった。後は田畑を開墾するだけだ。
「とりあえず田んぼの面積と比率を決める、図面を作らなくちゃ・・・・・・」
『それならもうできてるぜ! お前らが働いている間に、理想的な面積活用の農場をシュミレーションした!』
ブロックジャックが空中にスクリーンを映し出す。そこに表示された図面に、陽子は驚いた。
「すごい・・・・・・こんなに早く出来上がるなんて。ジャックって医療ロボットじゃなかったの?」
『真に優れた電子頭脳は、この程度の計算造作もないのさ! ハッハッハッハッハ!』
陽子の指揮を手伝っていた海太が、陽子に問いかけてきた。
「肥料とかどうする? いつもなら植える前に肥料をやってけど」
「ええ、それはどうしようかしらね?」
『いらないだろ? さっき解析したけど、ここらの土は腐葉土とかでかなり肥えてるぞ』
「でも今後のために、新しい肥料は必要よ・・・・・・」
陽子はしばらく考えた後、苦々しい表情である決断を下す。
「肥料は汚水処理タンクからもらいましょう。後はウサギの世話をしている人達にも、提供を呼びかけるわ!」
「ちょ、ちょっと! それってまさか・・・・・・」
近くで話を聞いていた夢が、今の話に動揺している。
今の発言にあった単語・汚水処理タンクとは、艦内にあるトイレから流れた物質を溜めておく場所だ。
「大昔の農夫達は、ずっとこれを肥料にして暮らしていたのよ。私達にも理論上出来るはず!」
これに関しては後日協議することになり、今は田畑の開墾作業に集中することとする。だがここで一つの大きな問題が発生した。
「うぉおおおおおおっ!」
平野になった土地の土を、バタフライ水泳のように土を掻き散らしながら前進している鉄鬼がいる。真河豚副
艦長の幾多郎だ。
何をしているかというと、田に水を送る用水路を造っているのだ。ブロックジャックの製作した図面は、ここにいる全員の鉄鬼システムに転送されている。彼はこれを基準に、地面を掘り始めた。
鉄鬼のパワーと身体の硬さの前では、ここの湿った土など水のように掘り進められる。あっとうまに大地に大きな溝が出来上がった。だが・・・・・・
「確かにこれでも水は引けるだろうけど・・・・・・」
「ボロボロだなこの川。コンクリートはしけないから、水を引くとすぐ崩れて埋まるんじゃね?」
幾多郎の掘った用水路用の溝は、川と言うよりもモグラの堀跡のようで、何ともお粗末な出来だった。
手作業で一気にやったせいか、溝はきちんとまっすぐ作られておらず、ジグザクになっている。しかも所々で、広くなったり細くなったりと、太さも一定していない。
「ぬう・・・・・・そうだろうか? うおっ!?」
幾多郎が試しに川の縁を触ってみると、いとも容易く土が崩れて、溝が埋まってしまう。
問題は田園以外でも起きていた。
「うわっ、また崩れた!」
「ちくしょう、次から次へと・・・・・・どんなに山を作ってもこれじゃあ駄目だ!」
畑を作ろうとした兵士達が、畑の畝作りに苦戦していた。
畝とは普通は鍬で土を掘り起こして作るものだ。だがここにはそれがないため、全部鉄鬼の手甲つきの手作業でやるしかない。
最初は畝の間の土を掘り起こし、砂の城を建てるような要領で作れると思っていた。だがこれが上手くいかない。
土を畝へと移動させるのに、手で掬うのでは中々作業がはかどらない。しかも出来上がった畝だが、形を整えようと手を触れると、いとも簡単に崩れてしまうのだ。
彼らの纏う鉄鬼の鎧は、作業用パワードスーツと違って、戦闘専門である。
敵個体を破壊するのには適しているが、こういう繊細な作業は得意ではない。力加減が難しく、折角作ったものを、うっかり壊してしまう。
何度も何度も気をつけて作業しても、何度も失敗してしまう。ようやく出来上がった頃には、日が傾き始めていた。
「今日はもうここまで! みんな各自に自分の艦に戻って! 今日できなかったことに関しては、私達の方で検討します!」
陽子の言葉でこの日は解散となる。帰還する彼らには、落胆の表情を浮かべるものが多かった。帰り際に艦長が、陽子に問いかけてみる。
「なあ、陽子。農具の作り方とか知らないか?」
「知ってるとかそれ以前に、素材がないわ。良質な金属が有れば、艦内の修理ドックの加工装置で作れると思うけど・・・・・・」
「ないよなあ~。ここらは森だけだし、あの建物にも何もなかったし」
後から多数の兵士に、この平地の捜索を頼んだ。そしたら民家や施設と思われる建造物が多数発見された。
だがそれらは全て、中はもぬけの殻で、資材になりそうなものはない。コンクリートの建物には、骨組み用の金属があるかもしれないが、果たして足りるかどうか・・・・・・
「最終手段は・・・・・・木で農具を作るしかないか?」
弥生時代は存在したらしい木製の農具。だが果たしてそれらが役に立つのか、不安要素が大きい。
後日のこと。
艦隊の研究チームは、太陽や星の位置から、太陽暦の時間がほぼ計算している。それを基準にすると春の終わりの日の、午前5時の時間のこと。
「艦長大変です! 緊急事態です!」
普段朝が遅い渡辺艦長だが、ある理由で部下達から叩き起こされることになる。不快に思いながらもやむを得ず起きあがる。
「(だるいなぁ~、モンスターか? だったら鋼鯱の海太に任せよう・・・・・・)何があったって?」
「艦の兵士達の一部が、艦の装甲に破壊行動を起こそうとしました!」
「はあ?」
事件が起こったのは、艦長に報告が来る5分ほど前。鉄鬼に変身状態の兵士が7人、この早朝に艦の外に出て行った。
特に探索行動の届けは出ていない。これを偶然目撃して不審に思った調理係の者が、こっそり後をつけてみる。すると何を考えたのか、艦の装甲にパワーチャージした剣を突き刺して、それを無理矢理剥ぎ取ろうとしたのだ。
騒ぎ立てた調理係の声に気付き、集まった兵士達に彼らは即座に取り押さえられた。
幸いの装甲の破損は軽く、すぐに直せるレベルだったが、この事態に艦内は騒然となった。その破損事件の主犯が、副艦長の幾多郎だったこともあって。
幾多郎ら事件を起こした7人が、外に作った公園のような広間で正座させられている。渡辺艦長が困惑した表情で、彼らに問いかけた。
「お前ら、いったい何しようとしたんだ? 気が触れた訳じゃないだろ?」
「・・・・・・はい。昨日の件で開墾にちゃんとした農具が必要だと思って、それでその材料を手に入れようとしました・・・・・・。血迷った真似をして、本当に申し訳ありませんでした・・・・・・」
どうやら昨日陽子としていたのと、同じようなやりとりが彼らの間にもあったらしい。
そしてこの艦の一部を、農具の素材にしてしまおうとしたのだ。確かに現状、最も豊富な金属素材があるのは、この艦そのものだ。
「ああ、もういいお前ら。もう仕事に行くぞ・・・・・・」
「? 処罰は?」
「めんどくさいからいい。今日は開墾よりも素材探しだな・・・・・・」
この日は平地の開墾は一時休止となった。各地に存在する住居跡から、金属素材を探す命令が下される。
今までの食糧探しとは異なる新しい探索任務。兵士達は平地だけでなく、湖の周辺にも人工物がないか探し回ることになる。
「これで全部か。意外と有ったな」
「ええ。あれらの建物は、単純な構造に見えて、かなり多種の素材で出来ていました」
開墾予定の平地にて、艦長の前に数十本もの鉄筋が積まれている。建物を破壊して中身を探ったところ、これらが出てきたのだ。
これはかなり高度な合金で出来ていて、コンクリート材も彼らの故郷世界にはない頑丈な素材だった。昔ここに住んでいた人達は、どういう文明の者達だったのだろう?
「明、これで足りそうか?」
その場にいた真河豚三番整備班長の小田切 明(大尉 42歳)に問いかける。
「まさか。今の人員から見ても微妙な量ですよ。これから更に計画を拡大させて、20万人分の農産地を作ろうっていうなら、こんなの微量過ぎます」
「まあ、そうだよな。でもないよりはマシだな。これの加工を頼むわ」
「了解しました」
これで今日はお開きになった。ダラスを始めとした、未だ手作業で開墾を試みている者達もいるが、彼も各自の判断で後から帰還していった。
(どうすっかな、この問題? どこか鉱山でも掘り当てるしかないか?)
そうなると鉱山開発の技術も磨かなければならない。軽い気持ちで実行を許可した農業計画。だが艦長の予想以上に、大勢の協力者が出て、様々な問題を提示されてしまった。
予期せず大事になってしまったことに、艦長は僅かに後悔しながらも、自室に戻っていった・・・・・・




