第二十五話 腕
やがて日が沈み始め、7時頃の時間帯でのこと。
各艦ではこの時間には大勢の兵士達が、食堂で食事をとっていた。
第1艦隊のある主力艦では、皿にのせられたウサギの肉を焼いた物を食べていた。
肉の種類の分別などはせず、食べられそうな部位を切り取って焼いただけなので、料理名というものが思い当たらない。
一帯の森の大ウサギの生息数はかなりのもので、数歩進めば簡単に群れを見つけられる。
鉄鬼の身体能力を使えば、簡単に捕まえられるので、肉は豊富にある。だが長期に渡って乱獲すれば、いずれは全滅してしまう。
そのため一部の兵士達が行っている養殖や田畑開墾に同調する考え方が広まり始めている。
所々雑談が聞こえる食堂の食事に風景に、今日もこれまたとんでもないものが乱入してきた。
『【申し訳ありません。肉を頂けませんか?】』
食堂に突然響く耳によく届く低い声。その声の主の姿はすぐに判る。だがその顔は見えない。というか彼には顔がなかった。
【【【!!!!!!!???????】】】
彼らが見たその姿に、食堂内は動揺と絶叫で包まれる。
【なななななっ、何だこいつは!?】
【目の次は腕かよ!? ここはどうなってるんだ!?】
それは腕だった。人1人鷲づかみにできそうな巨大な腕が、食堂室の壁からニョッキリと生えてきているのだ。
形は人間と同じ5本指の手で、肌は炭のように真っ黒だ。
それが前腕の途中の部分まで、壁から食堂室の中に姿を現している。物を乞う仕草で掌を広げて、こっちに突き出していた。
その姿はまるで巨人が艦を貫いて、食堂室に手を突っ込んでいるようだ。
比喩ではなく実際にそうなのでは?と危惧した兵士達が、食堂室の外の廊下、巨人の腕が生えている部分の裏側を確認してみる。だがそこには何もない。壁には破損なども一切見当たらなかった。
【解析した。生体反応はある。だが同時にかなりの容量の魔力も感知された。おそらく生体技術の一つ“魔法”で身体をでかくしているんだろう】
1人の兵士が冷静にそう告げる。他の兵士達が、これをどうすればいいのか困惑して、中々言葉が出てこない。
そうしている内に、さっき聞こえたのと同じ声=おそらくこの巨人腕の声が、再び聞こえてきた。
『【すいませんが、あなたたちの肉を頂けませんか? お腹が空いているんです】』
その声が聞いた途端、困惑から一気に憤怒の表情を表した者がいた。グレゴリーである。
彼は即座にアイアン・トリケラトプスに変身し、背負っているグレートソードに手をかけた。
【てりゃぁあああああああっ!】
ザシュッ!
トリケラトプスが勢いよく巨人腕をグレートソードで斬りつけた。太い巨人腕が丸太のように切り倒される。
【何やってるんですか、キャナルズ少佐!?】
不法侵入以外はまだ何もしていない相手に、いきなり攻撃をしてくる彼の行動に、兵士達は動転した。
切り倒された巨人腕は、しばらく痙攣していたが、すぐに動かなくなる。根本の腕はすっと透明になって消えた。
残された前腕は白い煙のような物をあげ始めた。まさか爆発するのでは?と兵士達がどよめいたが、そんなことは起こらなかった。
あの巨大な腕は煙と共に消え、跡には一本の木の根っこが落ちていた。
【ふう・・・・・・こんな堂々と俺たちを喰おうとするとは、とんだ奴だ】
【・・・・・・そういう意味だったんですか?】
一方の第20艦隊のビッグウォーラスにて。巨人腕はこの艦に現れていた。
突然壁から生えてきた化け物の腕に、兵士達に動揺が走る。だが前のグレゴリー達ほど大きな反応ではない。
【今度は何だ? この世界は怪物の動物園なのか?】
昨日農地開墾に参加していた1人、ダラスが呆れた口調でそう言う。
食い逃げ怪人・目目連・泥肌怪人、と立て続けに未知との遭遇を繰り返したせいで、大分免疫が出来たのかもしれない。
『【すいませんが、肉を分けていただきませんか?】』
【肉? まあいいけど・・・・・・】
ルイーズが調理室から大ウサギの肉を貰ってきた。重さ約3㎏の、人間からすればかなりの量だ。
ダラスに頼まれたとおりに、彼女は巨人腕の掌に肉をのせる。すると巨人腕は、一瞬で引っ込んだ。
生えてきた壁へ、穴から手を引き抜くように、あの巨大な身体が消えてしまう。消えた跡の壁には、何かが貫通したような穴など一つもない。
あっけなく退散してくれた来訪者に、兵達の間に安堵の空気が流れる・・・・・・と思ったら、また出てきた。
さっきと同じ場所から、蛇が壺から顔を出すように、あの巨人腕がまた生えてきた。
『【ありがとうございました。肉はすっかり食べてしまったので、もう少し頂けませんか?】』
【はあ? 駄目駄目、分配に依怙贔屓はしない主義でね】
即答するダラス。こんなでかい生き物を満足させるほどの量など、どれほどの肉が必要なのか? 少なくともこっちの分け前を全部やる気はない。
『【・・・・・・けちんぼ】』
巨人腕はそう言って、再び壁から消えた。
この日のメニューはザリガニの塩茹で。近くの湖で採れた物だ。日本人には全く馴染みのない食材だが、食べると意外といけると、こうして食堂に出されることになった。
ちなみにこの料理の発案者は、別の艦隊の者なのだが、何故かその人物はここにいた。陽子である。
渡辺艦長・海太・ブロックジャックとで、隣り合って座って食べている。彼女が来たのは昨日からだ。だがそれより前の、海太との接触事件が有ってか、誰も陽子の来訪を気に留めない。
(陽子とのこと・・・・・・艦内じゃどんな噂になってるんだ?)
ちょっと気に掛かったが、あえてこれからは考えないようにした。
ブロックジャックは料理に解析レーザーを照射している。これで食べ物の味を、機械である彼も知覚できるらしい。どういうロボットなんだか・・・・・・
一方の陽子は、渡辺艦長と農具の問題に関して話していた。
「あれらの建造物が、ここだけしかないとは思えないわ。もっと遠出をして探索するべきです。都市の跡とかあればきっと十分な量の鉄があると思うの」
「私もそうしたいけどな、総司令部から許可が下りてないんだよな・・・・・・」
この回答に陽子が眉をひそめる。
「総司令部が? 何故です?」
「危険だからだとさ。こっちから進軍してきたのに、随分臆病な話だよ」
陽子が何やら考え込んでいる。どうにも納得しがないものがあるようだ。ここで艦長が別の話題を振ってみる。
「しかしこの世界に、本当にリョクジンなんてやばいのがいるのかよ? 見た限りじゃ、ここは人間の住む世界みたいだけど」
「そうだよね・・・・・・。どうしてここが滅んだのかも気になるよ」
「滅んだ? そうなのか? 少なくともここに人がいなくなったのは、宇宙人侵略とか天変地異とか、ダイナミックな理由じゃなさそうだけど」
あの建築物の中の立て札を見ての、艦長の率直な感想であった。
そんな時だった。この食堂にあの巨人腕が、突然に姿を現したのだ。
『失礼ですが、肉をくださいませんか?』
今度は日本語で頼みを言う巨人腕。どうやらこいつには、相手の言語を正確に認識・分別が出来るようだ。
「こうも立て続けに化け物に侵入されるとはね・・・・・・。最新鋭艦のセキュリティも面目丸つぶれだな」
『この生体エネルギーは植物に近いな。本体は見た目ほどでかくないだろうし、殺傷能力もあまりなさそうだ』
他の兵士達はやや動揺している中、艦長らは全く平静・・・・・・というより呆れている様子だ。先程の巨人腕の発言に、艦長が答える。
「肉をくれって言ってもねえ。ただでよこせってのは厚かましいじゃないの? 何かと交換してくれるなら、考えてやるけどさ」
『では金を差し上げましょう』
「金?」
『私の根本には沢山埋まっています。人間はこういうのを欲しがる物だと聞いていましたが?』
あっさり交換取引を承諾する巨人腕。泥肌怪人と違って、こいつには普通の人間とも、ちゃんと対話が出来るようだ。
しかし肉を金と交換とは、随分気前がいい。
(根本に埋まってる? こいつの本体は、どこかの鉱山の上に生えてる樹か? しかし金なんてもらってもねえ・・・・・・)
他の兵士達も微妙な様子だ。こっちの世界では換金施設などないので、金から物資を調達することは不可能だ。
今彼らが一番欲しがってるのは、農具に必要な金属だ。金は柔らかすぎて、とてもじゃないが役に立たない。
「金はいらない。それより鉄をいっぱい欲しい」
『判りました。鉄なら金よりも沢山埋まってますから、いくらでも差し上げられます』
「おっしゃ取引成立! お前らウサギの肉をありったけ持ってこい」
「「はっ!」」
艦長の命令に従い、大急ぎで冷凍倉庫に貯蔵しておいたウサギの肉を持ち込んでくる兵士達。いきなり出てきた怪しい怪物に、こうも容易く話をつけられる柔軟さは、ある意味天才かもしれない。
巨人腕の前に瞬く間に、100㎏以上の肉塊が積まれていった。巨人腕はその肉を掴もうとするが、すんでのところで鉄鬼:番犬旗本の刀が遮った。変身者は渡辺艦長だ。
「持って行く前に、本当に取引物を出せるという証拠を見せろ。肉だけ貰ってばっくれなんてされたらたまんないからな」
『判りました。ここに持ってくればいいですか?』
「いや外に持ってきてくれ。ここだと後始末が大変だ」
巨人腕は了承して、食堂から姿を消した。そして5分ほどして・・・・・・
ガラガラガラガラ!
外を見回っていた兵士が、大量の硬い音を聞いた。ふと後ろを振り返ると、山のように積まれた黒い石のような物体が存在していた。
「おおっ、来たか!」
報告を聞いた渡辺艦長が大急ぎで外に出る。そしてこの黒い石の山を見上げた。すぐにブロックジャックが解析に映る。
『こいつは鉄鉱石だな。しかもかなり高純度のやつだ。このぐらいなら艦の施設機械でも、そう時間はかからず製鋼は可能だろう』
「マジかそいつは助かった! よし腕の奴、肉は好きなだけ持って行け! ・・・・・・うん、腕の奴はいないのか?」
これを発見した兵士も、鉄山を見つけただけで、巨人腕の姿は見ていない。不意に何処かから声が聞こえてきた。
『肉をたくさんありがとうございました。また来てもよろしいですか?』
「ああ、大歓迎だ!」
この日、真河豚三番の兵士達は、おおよそ20トンもの鉄を入手することに成功した。その日の整備班は、ほぼ徹夜で製鋼・加工作業に没頭することになる。
巨大な手:随分昔に見た中国妖怪辞典で見た妖怪。外国の妖怪であるためか、今ネットで検索しても、原点の情報が見つけられない。そのため、本文では私の古い記憶だけを頼りにして書きました。
なお原点では物々交換などはしません。一方的に食い物を要求して斬られるだけです。




