第二十二話 廃墟
目目連の騒動は一夜のうちにほぼ集束した。といっても被害が縮小したというだけで、未だ10隻の艦が、数万の視線に襲われ続けているのだが、それは些細な問題だ。
後日、探索部隊に新たな動きが起きる。今まで探索や採集を行っていたのは、艦隊郡の外側に位置する艦隊が主だったが、この日から内部に墜落した艦の兵士たちも大勢参加することになる。
艦隊郡の近くに存在する湖。その湖から流れる河の道筋には、平坦な土地の森が広大に広がっている。
艦隊郡がある場所も含めて、他の場所には山や丘などが疎らにあるのに、ここだけ何もないのだ。
今までは殆どの者が湖に関心を向けていたが、この日からこの土地に興味を引くものも現れ始める。
森林の中を3人の鉄鬼が歩いている。彼らは今まで外を出歩いていたような、下級の鉄鬼ではない。第8艦隊の精鋭たちである。
レベル6:アイアン・ティラノサウルスに変身した、フェイ・キャントレル中佐 35歳 女性。
レベル4:アイアン・ユタラプトルに変身した、マイク・ビジー大尉 29歳 男性。
レベル4:アイアン・ステゴサウルスに変身した、ジェリー・パクスツン大尉 28歳 男性。
彼らはかつて、あの着物女との戦闘で一時退場していた者たちだ。
彼らは倒れた精鋭たちの中では、比較的負傷が軽く、この日になって退院し、速効で探索部隊に志願したのだ。
先日の一本だたらによる犠牲者が出たこともあって、正直ここも安心できる場所とは言い難い。
そのためこれまでのような下級鉄鬼の出動は制限され、彼らのような高位の実力者が優先して出動することになる。
森林の中を黙々と歩いていく3人。途中で見つけた植物や動物を解析、時には採取しながら前進していく。
森中に鳥の鳴き声が聞こえ、様々な植物の小さな花が時々見える森林。今のところあんな化物が出るような気配がない。彼らはそれよりも、もっと地味なものに気を取られていた。
【くそ、歩きにくいなこの場所。地面が沼みたいになってやがる】
マイクがすでに泥だらけになった自分の足を見て、少々苛立っている。
【しかたがないさ。昨日あれだけ降ったんだから】
【でも艦の前の地面は、これほどぬかるんでいませんでしたよ?】
その時、彼らの鉄鬼の探索機能が、不審なエネルギーを察知した。反応は先日の目目連と同じ霊体のようだ。だがこれは何か物質的な動きも混じっている。
【九十九神か? 今更何が出ても驚かないが……】
【とりあえず用心しろ。出会ってすぐに襲いかかられることも考えられる】
不審な存在に気づいても、彼らに退却の意思はない。エネルギー反応の正体を探ろうと、草木をかき分けて、その方向に進んでいく。そしてついに遭遇した。
【泥をかぶった人……じゃあないな? あれは?】
それは全身が泥だらけになった、裸の人型の何かだった。身体に泥が付着するということは、この霊体は物質化しているのだろう。
その姿はまるで、泥の塊が動いているようにみえる。
下半身に足がなく、地面から柱のように身体が生えてきている。上半身には人と同じく、頭と両腕に相当する部位があるが、形が少し特殊だ。
体格は老人や病人のようにほっそりしていて、肋骨や肩甲骨が浮き彫りになっている。全身は濃い褐色で、黒人種の肌とは色合いが少し違う。
手の指は3本しかなく、鳥の足のような手だ。そして顔には目が一つしかない。左目の部分にはコブのような物ができており、左目らしきものが確認できない。右目だけが健在で、ギョロギョロと辺りを見回している。
この泥怪人はフェイ達に気がつくと、そちらに寄ってきた。地面と一体化しているように見える下半身が、ぬぬぬとナメクジのように湿った土の上を移動している。
そしてある程度近づくと、フェイには判らない何らかの言語で話しかけてきた。
【喋るのか。しかし言葉が通じないのは厄介だね。どうにか翻訳をできないものか……】
【できますよ。こいつは日本語で喋っています】
ジェリーの応えに、フェイはやや驚く。異世界の住人が日本語を主言語にしているというのだから。その泥怪人は日本語で、こう言っていた。
「田を返せ~田を返せ~」
この平地を探索している部隊は、フェイ達だけではなかった。ここは広すぎるため、1部隊だけでは時間がかかりすぎる。
だが先日の一本だたらのようなマジックモンスターの遭遇を恐れてか、参加者は少ない。
森林の中を歩いているのは3人。渡辺艦長と海太・陽子・ブロックジャックである。
1艦の艦長に、若年将校に、他艦の下士官に、医療ロボット。あまりに特殊すぎる組み合わせに、奇異に思う者が多かったが、他に志願者がいなかったため、この顔ぶれのまま出動となった。
ぬかるみの大きい地面を3人が手間をかけながら歩く。ブロックジャックは浮遊して移動しているので関係ない。
渡辺艦長は鉄鬼:番犬旗本に変身中。陽子は海太から借りた番犬侍を使っている。
海太は生身のままだ。通常状態でもレベル5鉄鬼並の力があるので、変身する必要が彼にはない。万が一のために、鋼鯱のベルトを鞄の中に隠し持ってきている。
「うわ、なんだよこの地面。ねちょねちょして歩きづら!」
「そうね。なんでしょう、この水捌けの悪さ。まるで田んぼの土みたい・・・・・・」
「おかしな点は他にあるぞ。この林の樹だ」
艦長の言葉に、海太と陽子が周りの木々を見渡す。海太は特におかしな所は見つけられなかった。木々は普通の照葉樹で、幹に顔がついているわけでもない。だが陽子は気付いたようだ。
「確かにこの平地の木、私達が今まで見た森の木よりも、少し小さい」
ここら一帯の木は、大木などの年長さを思わせるものが全くない。木の高さ・幹の太さは、艦隊群周囲や湖の森よりもだいぶ小さいのだ。
『確かにここらは少しおかしいと思っていた。この世界の樹木の成長速度は、通常の2倍と言われているが。俺が見てきた限りでは、一番樹齢が高いので8歳ぐらいだな』
「それはずいぶん若い森ね。山火事か何かで、一度森が消失したのかしら?」
『それならもっと、焼けた倒木の跡が見つかりそうなものだけどな・・・・・・』
ここらには倒木はおろか、岩などの自然物なども見つからない。本当に草木と川しかないのだ。そう思っていたら、艦長の探査装置がそれ以外の物質を感知した。
「近くに大きなコンクリート製の建物があるみたいだぞ。行ってみるか?」
それは箱形の物体だった。高さは10メートル程である。
大量の蔓植物が表面に張り付き、葉っぱを芽吹かせている。その蔓の隙間から、窓らしき物が見える。これは明らかに人口の物、建造物だ。
「何だよこれ? 上空探索部隊は、どうしてこれに気付かなかった?」
「付着した植物の葉のせいで、周りの木々に溶け込んでたのかも」
壁に張り付いた大量の蔓を、手でどんどん剥がし取っていく。露わになった姿は、金属骨組みに、多量のセラミックのような不思議な物質で壁を作っている、かなり高文明的な建物だった。
ブロックジャックがその壁をじっと見ている。
『塗料の跡があるな。ここに何か書かれてたみたいだ』
「解析できるか?」
艦長が興味を持って聞く。この土地の文明があったのはほぼ確定したのだ。もっと情報が欲しいところだ。
『ああ、もうできてる。“20××年 猪神王国・日本国協同開墾 新郷農場管理組合”て日本語で書かれてる』
「日本語?」
ここが平行世界の地球らしいという話はあったが、少なくともこの場所が日本だということはあり得ない。初日の航行で、ここは相当な面積の大陸レベルの陸地であることが判っている。
「猪神王国って初耳だけど知ってるか?」
「いや、私は知らない。少なくとも私らの故郷にそんな国はないな。まあ異世界なら、それが普通なんだろうけど。むしろ日本の名前が出てくるほうが変だな……」
側で話を聞いていた海太が艦長に問いただすが、当然そんな国名を知るものはいない。
蔓を取り払ううちに、扉らしき物を発見。鍵がかかっていたが、鉄鬼の力で強制開門する。だが中は見事にもぬけの殻だった。人が住んでいた痕跡すら見つけられない。
あるのは内部まで侵入した植物と、動物がねぐらにしていたらしい枯れ草の塊だ。
「何だ? 廃墟ならもっと何かあってそうなものだけどな・・・・・・あっ! あった!」
海太が見つけたのは、枯れ草の中に埋まっていた木の板であった。どうやら立て札が倒れた後らしい。そしてその立て札にはこう書かれていた。
“長年に渡る少子化・人口減少に伴い、この農場の食糧生産の採算が取れなくなりました。3250年現在、この新郷農場は閉鎖することが決定しました。農業員の皆様、代々長年の働き、ごくろうさまでした”
この廃墟は何かに襲われたのではなく、自発的に放棄されたらしい。それならば中の物がほとんど持ち出されて、もぬけの殻なのも納得だ。
『解析した。この立て札が立てられたのは、おおよそ20年ほど前だ』
「20年? それまではここに人がいたって言うことか? うん?」
すると渡辺艦長の鉄鬼に、外部からの通信が届いた。通信者はフェイ・キャントレル中佐だ。
『【突然の交信済まない。ここで日本語を話すモンスターと遭遇してしまってな、悪いが日本人の協力を頼みたい】』




