第十六話 鋼鯱
「ピギャアアアアアアアアッ!」
一本だたらは相手を敵と判断したようだ。さっき陽子たちにも放った、あの機器をも狂わせるほどの、音撃の鳴き声。それが今度は鋼鯱にも襲いかかる。二度目の体験に陽子は耳を抑えて蹲った。
だがこれを受けたもう一人、鋼鯱は何もしない。音撃に苦しむ様子はなく。平然とその場に立っている。
「ピギィイイッ!」
鳴き声が聞かないと判ると、今度はその豪腕を上げて、一気に鋼鯱に向かって振り下ろす。
一本だたらの体高は5メートル、大人と子供の差を遥かに超えている。その巨大な拳が、鋼鯱を丸ごと叩き潰さんと襲い来る。
ドスン!
巨大拳が地面に衝突し、そこが隕石でも落ちたかのように陥没した。狙ったはずの鋼鯱は、その陥没地点のすぐ脇にいる。一本だたらの攻撃は、いとも容易くかわされたのだ。
あれほどの体格差は、パワー・リーチ面で有利になれるだろうが、速度・敏捷性では圧倒的に不利だ。あんな大振りな攻撃をかわすのは造作もない。
鋼鯱は敵の攻撃をよけた直後に、右手に力を込め、そして飛び跳ねる。そして己の拳を思いっきり叩きつけた。
拳打というより、跳躍体当たりに近い攻撃。体格差があるゆえに、このような攻撃になったのだろう。そしてそれは一本だたらの腹に命中した。
「プギャアア!?」
攻撃は効いた。拳が腹にめり込み、一本だたらが悲鳴を上げて数歩後ろに交代する。ホッピングのような動きで、後ろ向きに小刻みに下がっていく姿は、何とも滑稽だ。
さっきは鉄鬼の銃弾が全く効かなかった敵。だが鋼鯱の攻撃は、その頑丈な毛皮を通り越して、一本だたらの内蔵に強い圧迫を与えた。
何か小細工をしたわけではない。純粋に鋼鯱の攻撃がずば抜けているのだ。
シャキン!と綺麗な音が鳴って、鋼鯱の腰の物が抜き放たれる。相当な業物を思わせる刀身を、時代劇の侍のように構え、そして一気に一本だたらに向けて踏み込んだ。
その刀身には強化エネルギーが少しばかり充填されており、斬撃力が増している。
ザンッ!
剣撃が一本だたらの極太の足の、脛の部分に命中した。一本足のあまりの太さと、頑丈な毛皮のおかげで、切断されるほどのダメージはない。
だが斬撃を受けた毛皮は傷つき、吸収しきれなかった剣撃の衝撃が、脛の骨に響いた。
「プギイィイイイイイイッ!」
弁慶も泣くと言われた急所を叩かれ、一本だたらは苦痛に喘ぎ、脛を両手で押さえて蹲った。
だがそれがまずかった。蹲ったことで背丈が低くなる。結果飛び上がらなくても、鋼鯱の身長で、その巨体の頭・胴体が攻撃をできる位置についた。
ガン!
パワーチャージした刀身が、頭を下げた一本だたらの、こめかみに叩きつけられた。こめかみから血が流れ、脳に衝撃が響いて、一本だたらの平衡感覚が一瞬麻痺する。
また大きな隙をつくってしまった敵に、鋼鯱は休まず攻撃を繰り返した。
ザン! ザン! ザン!
首・脇腹・肩・手首・みぞおち・モモ、など急所部分が次々に斬り裂かれ、血が吹き出る。剣撃の重さよりも、速さと連続性を重視したタイプの剣技である。
(あの剣技は……?)
巨体で狙いやすいとは言え、あの速さで正確に急所を狙える剣捌きはかなりのものだ。
陽子はあの型の剣技を、以前もどこかで見た気がした。見たのはつい最近だったような気がするが、それがどうしても思い出せない。
(そう言えば、最初に空から飛んできた現れ方にも、何か既視感があるような・・・・・・?)
どうにか思い出そうとして、頭の中にぼんやりと何かが出てきたような気がするが、あと少しというところで何も浮かんでこない。
「プギィ~」
やがて一本だたらはもう立っていられなくなり、その巨体を地面に叩きつけるように倒れた。
それを見た鋼鯱は、腰の起動装置のディスプレイに手をかけた。ディスプレイに表示されている、電卓のような数字ボタンを、さっき陽子がしていたように暗号数字を打つかのように、そのスイッチ三カ所を押した。
押したのは自爆番号ではない。さっきまで放っていた小技のチャージ攻撃を遥かに凌ぐ、必殺技番号だ。
ディスプレイの光が一段と強くなり、本機体の鎧から大量のエネルギーが彼の刀に注ぎ込まれた。エネルギーをチャージされて白く光る刀身。
彼はそれを構え、倒れている一本だたらに向けて振り下ろした。
ザシュ!
倒れた状態のまま、首を跳ねられる一本だたら。彼の一つ目猪の頭が、ゴロゴロとボールのように転がる。切断面からは、搾り取った雑巾水のように赤い液体がダラダラと流れて、地に赤く染みこんでいく。
切り離された二つの肉体は、以後動くことはなかった。完全なる鋼鯱の勝利だ。
「……あっ、あの! あなたは?」
敵の死を見届けた陽子は、戸惑いながらも鋼鯱に話しかけようとする。だが鋼鯱はそれに答えず、逃げるように森の奥へと走っていった。
「!? ちょっと待ってください! ああっ!?」
追いかけようとした瞬間、彼女の番犬侍の鎧が消滅した。少し光り、そしてゆっくり装甲が透明化→消滅していく。
これによって彼女の身体能力は生身に戻った。これでは高速で走る彼を追いかけることなどできない。
「……………………」
陽子は自分が見たものを未だに整理できず、困惑した表情で鋼鯱が消えた森を見つめ続けた。
この後、陽子は最初のブルーらの部隊が倒れていた場所に戻っていった。
するとそこには救急信号を辿ってきた、別の部隊が救出にやってきたところだった。散り散りになった他の仲間も、すぐに発見できた。
陽子は自分が見た物を、ありのまま説明するが、救助隊員達は中々信じられなかった。だがすぐに森の中の一本だたらの死体が発見される。
その他、森の中にいたある部隊が、レベル8というありえない鉄鬼のエネルギー反応が、高速で飛行しているのを感知していた。さらその後、彼女の希望で記憶映像を解析して、明確に事実が確認された。
ブルーの部隊は被害が大きく、死者10名に重傷者15名。この世界にて(記録上は)初めての死者を出してしまったことになる。
その凶報と、鋼鯱出現の珍報の、二つの報告は司令部を困惑させることになる。
第16艦隊 輸送艦 真河豚・三番の艦長室にて。
「いや、本当に知らないんだよこれが・・・・・・。鋼鯱の起動装置は、医務室の空きロッカーに放り込んでたそうだけどさあ~。さっき調べさせたら、いつのまにか消えてたそうだ」
『いつ頃なくなったんだ?』
「さあ? 初日に放り込んでから、ずっとほったらかしにしてたから、いつ消えたかなんて分かんないよ。報告にもあった通り、ここの監視カメラはまだ修理できてなかったし」
艦長室のテレビ電話のスクリーンには、総司令副官のロバート・コープ少将が映っている。
彼からの鋼鯱関連の問いに、渡辺艦長は知らぬ存ぜぬを答え続けている。
『しかしあれをロッカーなんかに置き去りにしてたのか? 紛失問題以前の問題行動ではないのか?』
「それは悪かったよ・・・・・・。でもこんなことがなければ、誰もあんなの気に留めなかっただろ?」
『まあ、そうだが・・・・・・』
鋼鯱が発見されたことは、初日に総司令部に報告されていたが、誰もそれに興味を示さなかった。どんなに強力で、金がかかった代物でも、実戦で使えなければ何の価値もない。
「それでどうなるんだ? 私には何か処分は?」
『・・・・・・いや、今はいい。後でこれを各提督にも伝えて、改めて対応を検討する。ではこれで・・・・・・』
テレビ電話が切れて、艦長室が静かになった。あまりに意外すぎる救援者の出現に、この情報を受け取った誰もが当惑しているのだ。
「さてと・・・・・・」
渡辺艦長は腰掛けていたベットから立ち上がり、艦長室を出て行った。
行き先は真河豚の艦橋ではない。ちょっと気に掛かっていた、ある人物を探しに行ったのだ。
一方ここは、真河豚内の人気があまりない倉庫の一室。すっかりここが私室のように思えてきた2人=海太とブロックジャックが、またここにいた。
現在は海太は、ブロックジャックから診察を受けている最中だ。ブロックジャックの医療用解析カメラが、海太の身体を隅々まで透視解析する。
『大丈夫だ、何ともないぜ。怪我一つない健康的な身体だ』
「もう死んでるのに健康的もないんだけどなあ・・・・・・」
『いやあ、やはり俺の理論は正しかったな。そのグールの身体は、鉄鬼の余分な負荷にも耐えられる。これを考えついた俺って、やっぱり天才だな!』
ちょっと鼻が高くなっているブロックジャック。元より顔も鼻もないのだが。だが今回に限っては、海太は彼の発想に助けられた。
海太が座っているすぐ側には、何とあの紛失した鋼鯱の起動装置ベルトが置かれているのだ。
陽子が一本だたらの脅威にさらされていると聞いたとき、さすがに海太は焦った。
あの怪物の力は相当な物だ。おそらくレベル6の鉄鬼でも勝てないだろう。彼の一撃を直に受けた経験がある海太は、直感的にそう思った。
救助隊は当てに出来ない。精鋭達がまだ入院中の今、何人かかっても返り討ちにあって犠牲者を増やすだけだ。
だがもしかしたらグールになった自分なら、どうにかできるかも?と思ったが、やはり考え直した。どう考えても勝てる気がしない。
そんな苦悩を抱える中、ブロックジャックがある提言をしてきた。ブロックジャック同様に、手違いでこの艦に運ばれてきたもう一つの品=鋼鯱を使ってみてはどうかと。
『お前の身体はレベル5の鉄鬼に匹敵するほどに強化されている。しかもある程度の負傷は、猛速度で治っちまう化け物ぶりだ。そんなお前なら鋼鯱の反動にも耐えられるかもしれんぞ?』
それを聞いたときの海太の行動は早かった。医務室に行き、衛生兵達がボードゲーム(どこから持ってきたのか謎だが、海太も似たようなことをしたので気に留めなかった)に熱中している隙に、あの空きロッカーから鋼鯱ベルトを盗み出した。
ロッカーには鍵などかかっておらず、実に杜撰な管理であった。
そして外に出て、人目に触れないよう森の中に隠れ、鋼鯱に変身して見せた。話に聞いていたような、肉体的苦痛は感じなかった。だが成功したかどうかは判らない。それを確かめる時間もない。
その場から全速力で飛び立ち、救急信号があったという場所に向かった。
最初は救助部隊と鉢合わせするかもと思ったが、何故か自分が一番乗りだった。後で聞いたが、ブルー・ジョンソン大尉の部隊が壊滅したことを理由に、他の部隊を送るのに少し検討の時間をかけたらしい。
非情に感じそうだが、また一本だたらにやられて二次被害を出すよりは、懸命な判断だ。
救急反応が出た、ジョンソン大尉達が倒れている戦闘場所には、陽子の姿はなかった。
だがすぐに不審なエネルギー反応を、少し離れた森の中から感知した。あれは鉄鬼の自爆装置のエネルギーだ。
海太は大慌てで、弾のような速さでそこに向かった。そしてそこにいた番犬侍(この時点では、陽子かどうかは判らなかった)に向けて、超音波攻撃を放った。
超音波はその番犬侍のベルトを集中して振動を加え、起爆前に破壊することに成功した。まさに間一髪だった。
その後、鋼鯱の圧倒的な力で一本だたらを倒し、その場からさっさと逃げ出した。後ろからかけられた声で、相手が陽子だと確認できたが、それでも今はばれるわけにはいかない。
こうして一昔前の変身ヒーローのように、彼は正体を明かさずその場から姿を消した。
そして現在、ブロックジャックに落ち着いて診断を受けて、身体共に問題ないという結果を聞くことが出来た。
「しかし、ほとんど勢いだけで行動しちまったけど・・・・・・この後どうしようか? これなんか勝手に持ち出してやばいよな・・・・・・? 艦長には話した方がいいか?」
『とりあえずそれなら大丈夫だぞ。艦長たった今、全部聞いたから』
「え?」
ブロックジャックが採血器着き触手で指し示した方向=倉庫の入り口には、いつのまにか誰かが立っていた。
グールになって感覚能力も強化された海だが、元々人が多くいる艦内では、細かな人の気配は読み取りにくい。しかもさっきまでの自分の行動に思い悩んでいたせいで、ここまで人が接近してきたのには気付かなかった。
以前は夢が飛び込んできた入り口。今はこの艦の女性艦長が、仁王立ちで立っていた。しかも少し表情が引きつっている。
元々目つきが尖っていることもあって、これはちょっと怖い。
「あ~艦長、お元気で?」
「ああ、元気だよ。もっと詳しく聞かせてもらうか?」
「はい・・・・・・」
一本だたら:地方によって姿や特性が大きく違う妖怪。ネットを検索したら、偶然イノシシ頭の一本だたら絵の画像を発見。これの出典がどこか知らないけれど、デザイン的にいかすので、こっちを採用しました。




