第十七話 墓場
その後海太は、自分の身の上に起きたことを、渡辺艦長に洗いざらい話した。ブロックジャックに解析・記録させた、あの記憶映像も見せた。
渡辺艦長は特に怒っている様子はない。少し困ったような表情でため息をつく。
「これは本当に・・・・・・判断に迷う事態だね」
「ええ、そうなんです・・・・・・。ところでどうして艦長は気付いたんですか?」
ここは倉庫の中で、あまり人の出入りがない部屋だ。艦長が偶然この場所に来たというのは、ちょっと考えにくい。
「半分ぐらい勘さ。前にお前がブロックジャックを持ち出した時、妙に行動が早いと思ってね。それにさっき鋼鯱を衛生兵達に探させたときに聞いたんだ。ブロックジャックが少し前に突然消えたってね。あのウサギの解体を始めるよりも、前の話だ」
「ああ・・・・・・」
納得した。ブロックジャックの件は、現状と証言に明らかな食い違いがある。それなら怪しまれても仕方がない。
「それでちょっと無理な頼みかもしれないんですけど・・・・・・これを上に報告するのを黙ってもらったりは・・・・・・無理ですよね?」
「うん? 別にいいぞ」
「えっ?」
意外すぎる返答に驚いた。特に深く考えた様子もなく、あっさりと承諾してくれた艦長に。
というか今回の鋼鯱紛失の件で、一番責を問われているのは彼女のほうだというのに、なにゆえに?
「別にいいさ、結局処分はなかったし。仲間を助けるのに頑張ったお前が、これで消されたりしたら後味が悪いしな。ただまあ、条件を一つだけつけようか?」
「何ですか?」
条件という単語に、少し心配して答えを返す。
「そこに置いてあるお前の持ち物、後で私にも貸せ。こんな娯楽がないところで一年なんてしんどすぎるわ~」
艦長が指さす先には、置きっぱなしにしたあった、海太の私物箱があった。夢からの急な連絡に慌てて、片付けるのを忘れていたのだ。
中には携帯ゲーム機とコミック本が大量に詰め込まれている。裸女と一本だたらのことを上に報告したとき、盗まれたゲーム以外にも私物を持ち込んでいることは、きっちり隠していた。
「ええ、勿論です! どうぞ好きなだけ見てください!」
たかがこれだけで隠し事に協力してくれるならば安いものだ。艦長が大喜びで、箱の中を漁るとき、ふと思い出したように海に言った。
「ああ、でもこのこと金野曹長とあいつには話しておくぞ。さすがにあいつらには事情を伝えた方がいいだろ?」
「ええ、まあ・・・・・・そうですね」
少し躊躇したが仕方がない。2人とも一応は信用できる人物だとは思っている。ただ陽子の方は、後で釈明が大変そうだ。
一方で箱の中を物色している艦長も、頭の中で考え事をしていた。
(あの鶯って女、何か見覚えがあるんだよな~?)
あの角の生えた褐色肌の女。あの特徴的な姿は、かなり覚えやすい姿だと思える。だが記憶の片隅を探ってみても、結局最後まで思い出すことは出来なかった。
発見された一本だたらの死体は、すぐに司令部に運ばれ、解剖・解析が行われた。
件の鋼鯱の公表は後日に先延ばしになり、先に一本だたらの死が各艦に伝えられる。情報を伏せても、噂はどうしても流れてしまう。ならば出現した脅威が、既に消失して安全であることを、いち早く伝えるたほうがいい。
解析の結果、これはビーストと全く別種の生物であることが、改めて確認された。
この生物の肉体には、霊的な生体エネルギーの一種=魔力を生成する力が優れていることが判った。あの機械を狂わせる鳴き声も、かつては架空の力と思われたエネルギー操作技術=魔法によるものだと推察される。
ビーストも同じ特徴を持っているが、それとは別の明確な違いがある。
この生物の遺伝子は、純粋は動物のイノシシと、全く同じだと判った。魔力が過剰に高い環境で育ったことで生まれた変異体=マジックモンスターだと考えられる。
マジックモンスターは、魔力の影響で変異した動物、又はその動物の子孫だ。それゆえに検出される遺伝子は、原型の動物を全く同じである。
一方のビーストは、動物ではなく人間と全く同じ遺伝子を持っているのだ。これが何を意味するのかは、未だに判っていないが・・・・・・
彼の寝床の近くで見つかった、ウサギの骨が混じった大量の糞から、ある仮説が唱えられた。
この辺一帯に、肉食動物が異常に少ないのは、このモンスターが一帯の獲物を独占して、ライバルを縄張り外に徹底的に追い出していたからではないかと。
これが事実だとすれば、これは本来の生態系にはそぐわない生物だということになる。
彼がマジックモンスターだということから、この大地の脈動するエネルギーの流れ=地脈を詳しく検査すべきだという提言もなされた。
第1艦隊のリヴァイアサンの司令官室。ここに2人の人間がいた。リアーナ・ニーソン総司令と鉄鬼部隊総隊長である。
よくスクリーン越しに会話している2人だったが、こうして直に顔を会わせるのは実に久しぶりである。
【随分早いね。怪我はもう大丈夫なのかい?】
【ええ、これでも鍛えてますから】
鉄鬼は装着者の身体能力を上げるだけでなく、普段からの生命力を増強させる福次効果もある。そのため怪我の治りがとても早い。
元々レベル6の鉄鬼で頑丈だったことと、科学大最盛期がもたらした高度な医療・薬剤調合技術もあり、着物女から受けた怪我はもう大分治っていた。
明日には医師から退院許可が出るだろう。
【食い逃げ犯の件に、一本だたらというモンスターの件。どうして私に指令をくれなかったのですか? あの時点で私はもう戦えました】
静かな口調だが、どこか怒気が入っている。特に後者に関しては、死者が出たこともあって、かなりの大問題だ。
そもそも精鋭が入院中に、兵士達を外に出すということ事態、間違った判断だと彼は考えていた。
【戦うときは常に万全な状態にだ。万が一お前がやられたら、その方がこちらの損害が大きい】
【犠牲になった10名の命は些細なことだと?】
【言い方を考えろ。それに規則を破って、先に敵に攻撃をしたのはあいつらの方だ】
総隊長は少しの間黙り込んだ。そして一言深い溜息を吐いた。
【・・・・・・もういいです。今ここに来たのはビーストの墓場に関してのことです】
【墓場? ああ、そんなのもあったねえ】
着物女と戦闘を行っていた場所。あのビーストの骨が地面を埋め尽くしていた謎の盆地を、艦内の兵達の間ではそう呼ばれている。
あそこは一目見ただけで異常な場所だと判るものだった。だがその後の艦隊壊滅→未知の生物探索の騒動で、ほとんど忘れられているような現状になっていた。
【あの場所に関することで、指令はおろか噂すら全く聞かないのですが・・・・・・墓場に関しては何か判ったことは?】
【いや何も。あれ以来あの墓場に関しては全くの未調査だ。何があるか判らない危険地帯だしね】
【ならば他の仲間が快復次第、すぐに捜索部隊の結成を要請します。あそこにはまだ何かあるような気がします】
彼が言いたかったのはこれだった。明らかに怪しい場所なのに、司令部があれに関して全く関心を示さない風なのは、どこか変である。
【駄目だ。またあの女に出会ったらどうする。また負け戦をするのか?】
【戦わなければいいだけのことでしょう? こちらから攻撃を仕掛けるような馬鹿なことをしなければ、対話は可能の筈です】
あの戦闘は、改めてみれば、明らかにこちらに比があるものだった。その後の彼女の戦闘方法からして、あの着物女が敵とは思えない。
【それも駄目だ。戦闘も対話も許可しない】
【!? 何故です!?】
あまりに不可解な回答に困惑する総隊長。対話も許可しない? 対話は政治交渉のみならず、社会の全ての要素においての基本行動のはずだ。
【こっちもこっちで考えてることがあるんだ。それにいきなりあんな得体の知れないのに接触するより、少しずつこの世界を探索して知識を得るのが重要じゃないのか?】
【それは・・・・・・しかし・・・・・・】
一理なくもないが、どうにも納得できない答えだ。
結局あれこれ言った後で、総隊長は折れ退室した。その後、司令部から墓場に関する議題が出ることは、結局一度もなかった。




