第十五話 謎のヒーロー
真河豚・三番では、海太がブロックジャックを起動させた倉庫の方で携帯ゲームをプレイ中だった。
一昨日食い逃げ犯に荒らされた隣の部屋の食料庫の片付けは、朝方の内に全部終わっている。さすがは屈強の兵士達、あれだけの散らかりようをテキパキとこなしてくれた。
海太もこれを手伝わされたが、グールになった影響で身体能力を強化されていたため、他の兵士数人分の働きをして、佐藤副艦長から褒められていた。何気に初めての、上官からの賛辞である。
最も海太自身は少し目立つ行動をしていたことをちょっと後悔していた。自分がグールになったことを知られるわけにはいかないのだ。
『あれぇ? お前、ゲーム機取られたんじゃなかったんだっけ?』
「うん? 何でいるんだ」
唐突に声をかけてきたのはブロックジャックだった。ウサギの解体の件で、もう隠れる必要もなくなっため、知らない間に姿が見えなくなっていた。
海太は特に興味を示さず、今までその存在を完全に忘れていた。
『今まで艦の周りの林をグルーと回ってきて、今帰ってきたとこだ。お前は仕事が終わったのに外に出ないのか? その身体だから疲れはないだろう?』
「いや、別に興味ないだけだし。それに明るいところに長く居すぎると、俺の肌の色を変に思われるかもしれないし・・・・・・」
後半はたった今付け足した理由だが、考えてみて順当な理由に思えてきた。明るいところでは、肌色の違いが判りやすい。薄暗いところならば、死体の色に染まった肌色も気付かれにくいだろう。
『別に大丈夫だと思うけどなあ~。まあいいや、それでそのゲーム機は?』
「ああ、これは昔使ってたやつ。予備に持ってきたんだ。旧式の機器だから、あまり高性能のゲームはプレイできないけど」
裸女が持って行ったのは最新型の機器。あれがないおかげで、持ってきたゲームソフトの内、半分近くが使えなくなってしまった。
『物持ちがいいな。ていうかお前、何でそんな呑気なんだ? グールになったことでもう少し悲哀とか、そういうのないのかよ?』
「そんな少年漫画の主人公みたいな心理ないんだがな・・・・・・」
だが改めて言われてみてみると、確かに不思議に思えてきた。海太としては人間に戻りたいかと言えば、当然戻りたい。
自分が動く死体の化け物だなんて、あまり良い気分ではない。それなのに何故こうも落ち着いていられるのか?
あの鶯という女が、“コン”“ミル”という人物ならどうにかできると言っていたからか?
艦隊の同士全員が、自分と同じく先の見えない境遇だからか?
そもそもグールになったことで、とりわけ失う物が、自分にはないからだろうか?
おそらくこれら全てが理由だろう。もともと海太は、自身を無個性・無気力・無能力な人間だと考えている。人外になったからといって、すぐに起こるような大きな問題など思いつかない。
ならば自分はどうすればいいのか? ともかくあの鶯という女にもう一度会えば、何か判るような気がする。最も、いつ探しに行く気なのかは、まだ何も決めていないが・・・・・・
『それはともかく、もう一度お前の身体を診察させてくれないか?』
「診察? 何でだ? 手術なら嫌だぞ」
『いや、こっちもお前を解剖したい気分はいっぱいだけどな、やっぱり駄目だよな? グールだからちょっと失敗しても死なないと思うけど』
「当たり前だろうが・・・・・・」
グールだからと言って、身体を変に切られるなど受け入れられるわけではない。しかもこいつは、失敗してもいいようなことまで言っている。
『まあ、それは置いといてだ。さっき外に出た時に、鉄鬼が飛び回っているのを見て思いついたことがあるんだ』
「何だ? 俺の鉄鬼がいつの間に直っていたことか?」
『それも興味はあるが、話は別だ。実はこの艦に手違いで入ってきた荷物は俺だけじゃな……』
「海太!」
会話の途中に誰かが、こちらの名を叫んできた。すぐに倉庫の入口から、見た顔が飛び込んできた。
「海太、やっと見つけた!」
息を切らしながら自分を探していたらしい人物は、遠藤 夢兵長だった。彼女は最初は焦った表情でこちらに歩み寄ってきた。
うっとおしかったが、その様子から見ると、本気で緊急の用件だろうか?
「何だ? まさかこのゲームのことで、何か罰でもおりたか?」
「そんなんじゃないよ! 前に海太を襲った一本だたらっていう怪物がまた出てきたって!」
「あいつが? へえ……」
確かに驚く出来事だが、夢のこの慌てぶりは少しオーバーではなかろうか? 今更あいつが現れようが、誰が次の犠牲者になろうが自分にとっては知ったことではない。
「それで前に話してた、海太の彼女が行方不明だって……」
「!?」
陽子はとにかく必死になって逃げていた。今や自分のいる位置も方角も全くわからない。ただはっきりと判るものはある。あの一本だたらが後方に迫っていることだ。
ドスンドスンと地面を重いもので叩きつける音が聞こえる。時々メキメキと木が折れる音も聞こえた。
さっき見たあのホッピングのような移動は、見た目的は滑稽だが、あの体格であのような軽快なジャンプ歩行ができるというのは驚異である。
(追われているのは私だけ……てことは他のみんなは無事ね)
冷静に思考しても、良い案は全く思い浮かばない。敵は体格ゆえに木々に歩行を邪魔されて、こちらに中々追いつけずにいるようだ。
(そもそも何であいつは人を襲うの? 食べるためじゃないよね?)
それは確かに疑問に思う点だが、今優先して考えることではないだろう。このまま応援がくるのを待つのも懸命ではない。三日前の戦闘で、精鋭たちの大部分が負傷休暇中だ。
残りの下級鉄鬼に、奴を倒すことができるだろうか? やるとしたら相当な手勢でかからなければならない。
(今はあいつをどうするか……このまま逃げ続けて、他の部隊に遭ったりしたかえって被害者を増やすわ。でもあいつを倒す方法なんて……あっ!)
一つ考えが浮かんだ。倒せはせずとも、相手にある程度ダメージを与える策が。だがそれを実行するには、相当な覚悟がいる。
(……しかたないよね。自分から軍隊に入ったんだもの。このぐらいの覚悟はしておかなきゃ……)
腰の機動装置のディスプレイに表示されている0~9の番号を、あるパスワードに沿って押していく。走りながらディスプレイを見ずに行う作業だが、鉄鬼の視界カメラに番号の位置が表示されているので、押し間違いは心配ない。
陽子の耳に、鉄鬼装置からの機械音声が行き届いた。
『自爆装置始動! あと10秒で爆破します!』
陽子は足を止める。止まるとすぐに、あの一本だたらがこちらに追いつき、その巨体が森林の中から姿を現した。
「私は神風特攻隊! いくよ、この化物!」
刀を抜いてその場で静止し、何も知らずに突進してくる敵を、見せかけだけの構えをとる。この距離ならば、敵がこちらを攻撃してすぐに、自爆が起こるはずだ。
(結局異界科に入れずこれか・・・・・・あいつは何て思うだろうな)
自分から接触してみても、ギャルゲー主人公らしい面白い反応を、全く見せなかった親友の存在。夢を叶えたら連絡をしようと思っていたが、異界科の試験に落ちたときには完全に存在を忘れていた人物。最後に彼のことを唐突に思いだし、彼女は目を閉じた。
その時、その場の空間が歪んだ。
「きゃぁああああああああっ!?」
「ピギャァアアアアアアアッ!?」
空間が波のように揺れ動いたかと思うと、陽子と一本だたら、双方が耳を押さえて苦しみ出す。周囲の木々がビキビキと音を鳴らしたかと思うと、一気に爆発、細かな木片が周囲に飛び散る。
2人を襲ったのは凄まじい超音波の嵐だった。その威力は、さっき一本だたらが空中にいる鉄鬼達に放った物の比ではない。
パキッ!
超音波の波に混じって、何か硬い物が割れる音がした。
(ベルトが!?)
割れたのは陽子の番犬侍の起動装置だった。真ん中の機体本体が砕けて、チャージしていたエネルギーが一気に消滅していく。エネルギーとは自爆用に溜めていた物である。彼女の自爆は失敗したのだ。
しばらくすれば番犬侍の鎧も、起動装置を失ったことで形を保てずに消滅するだろう。
「「!?」」
両者が上の方にいる、何かの気配に気がついた。上空を見上げると、今まで空を飛んでいたそれが、ものすごい速さで降下してきた。
ドウン!
空爆のような勢いで地面に激突・着地した謎の存在。隕石が落ちたかのように陥没した地面。多量の土埃が晴れると、そこに立っている姿は確かに鉄鬼だった。
それは尻餅を付いた姿勢で、着地に少し失敗したようだが……
外見はこの陽子が着ている番犬シリーズとは違う。
兜には犬耳や犬歯はなく、すらりとした尖った仮面だ。目の部分は番犬型よりもずっと大きく、色は白い。背中には鮫のヒレのような突起が生えていた。これも言及しなくてもある程度モチーフが判る。これはシャチをモデルにしたデザインだ。
背中には銃はなく(ヒレが邪魔でどのみち背負えなかっただろうが)、武器は腰に差された日本刀のみだ。
その姿は有名な黒鉄鯱にそっくりだった。だがボディの基調色は異なる。黒鉄鯱では黒かった部分が、磨いた鋼のようなメタリックな外面の装甲になっている。
体格は素体身長170センチに僅かに届かない程度。結構小柄で、女子供かもしれない。
「鋼鯱!? どうして!?」
思わず声に出して叫ぶ陽子。これは黒鉄鯱の上位機として作られたレベル8の機体。実質史上最強の鉄鬼である。
だがあまりに強すぎる力があるために、誰にも使いこなせず、結局失敗作とされた物でもある。
それが何故か今目の前にいる。そしてテレビで見た実験映像と違って、この装着者は特に苦しんでいる様子はない。平然とこの場に立ち上がり、一本だたらの前に立ち塞がった。




