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第029話:私が、これを”無償”で差し上げるとでも?

 吹き抜ける風が、最果ての地に冬の本格的な訪れを告げていた。

 あの日、ハンスがコンクリート道路の滑らかさに跪いてから、数ヶ月の歳月が静かに流れ去っていた。


 その間に、クレイ領の普請は、周囲の度肝を抜く規模で進行していた。

 相互防衛協定を結ぶシルト男爵トマスの熱烈な了承と全面的な協力を得て、クレイヴィルからシルト・キルンまでの約六十キロメートル、そしてさらにそこから北上し、ラストン子爵領の最大都市である要塞都市ラストフォートまでの約八十キロメートル――。総延長百四十キロメートルを超える、真っ白なコンクリート道路の敷設が、この数ヶ月で奇跡的に完了したのである。

 ハンス率いる石工ギルドともふもふ軍団が、夜を徹して土を平らし、傾斜を計算してコンクリートを流し込み続けた、執念の結晶であった。

 今や、かつては数日を要したその寒冷な荒野の往復は、クレイ鋼の二重回転ベアリングを履き、ブランカたち嵐魔狼が引く魔獣超特急によって、半日足らずで駆け抜ける爆速の物流路へと塗り替えられていた。


 その白く滑らかな新時代の道路を踏みしめて、オルテシア、ギルベルト、ヴィオラの三人は、大量のクレイ鋼武具を積んだ魔獣超特急とともに、ラストン領の最前線「ラストフォート」の重厚な石門をくぐり抜けていた。


 出迎えたのは、凍てつく石造りの作戦室。

 そこに佇んでいたのは、厳格な老騎士であり、対魔獣防衛の最前線を守るガレス・ラストン子爵と、勝気な反骨心を宿した副隊長ヘレナであった。


 室内に満ちていたのは、絶望的なまでの「錆びと飢え」の匂いだった。

 暖炉の火は貧しく、ガレスたちの甲冑はすり減り、立てかけられた剣は刃こぼれと錆に覆われている。王都の大商人ベッカーによる陰湿な価格吊り上げと物資の差し止めにより、彼らの補給は限界に達していた。


「……何の用だ、クレイ家のうら若き当主殿」

 ガレスは、長年剣を握り続けた傷だらけの手で、かすかに震える拳を固め、オルテシアを低い声で迎えた。

「不毛の泥湿地を抜け出し、わざわざこのような最果ての死地まで、魔獣の背に乗って観光にでも来られたか? ここは貴族のお上品なお遊びに付き合えるほど、ぬるい場所ではないのだ」


 その無骨な拒絶を、オルテシアは完璧な無表情(ポーカーフェイス)のまま受け流した。

 漆黒のコートドレス『クレイ・ライディングガウン』を身に纏い、美しく磨き抜かれた編み上げロングブーツの踵を、冷たい石床に「カツン」と美しく響かせる。

(ガレス子爵……! 相変わらずの偏屈で強面(こわもて)な老騎士ですけれど、その喉元は飢えと王都の嫌がらせで完全にカラカラに干上がっておりますわ!

 ですが、私のコルセット……! ヴィオラがまた少し補強プレートを増やしたせいで、お上品なため息を一つ吐くだけで、肺が潰れてそのままお星様になってしまいそうですのよ!

 静かにしなさい、私の肋骨! ここで私が『ちょっと息が苦しいから、ギルベルトにお姫様抱っこしてもらうわ!』などと口走れば、私の『冷酷なる支配者』としての仮面が、ラストフォートの堀の底へと転がり落ちてしまいますわ……!)


 オルテシアは脳内でのたうち回るような悶絶を押し殺すと、儚げに、しかし限りなく凛とした眼差しをガレスへと向けた。

「お辛い状況はお察しいたしますわ、ガレス子爵。王都の羊どもに物資を差し止められ、最果ての魔境を睨むその錆びついた盾で、いつまでこの寒波と魔獣の牙に耐えられますの?」


「なっ……! 我らラストン警備隊の誇りを侮辱するか!」

 ヘレナが勝気な瞳に烈しい怒りの炎を灯し、腰の錆びた長剣の柄に手をかけた。


「侮辱など、とんでもございませんわ。私は、誇り高き皆様に、最高品質の『クレイ鋼』で鍛え上げた剣と甲冑を、たっぷりとお持ちいたしましたの」

 オルテシアが優雅に指先で外を指し示すと、ギルベルトが重厚な木箱を運び込み、その蓋を静かに開けた。


 中に眠っていたのは、鈍い、しかし圧倒的なまでに均一で美しい輝きを放つ、クレイ鋼の武具であった。

 不純物を極限まで削ぎ落とし、ただ冷酷なまでの切れ味と強度を求めて鍛え上げられた、新時代の金属。


「これは……」

 ガレスの老いた眼が、驚愕に大きく見開かれた。彼ほどの戦歴を持つ老騎士であれば、その金属が放つ尋常ならざる「無欠」のオーラを一目で看破できる。


「施し、とでも言うつもりか?」

 ガレスは驚愕を押し殺し、さらに険しく眉をひそめてオルテシアを睨み据えた。

「憐れな没落男爵領から、対魔獣の『盾』である我々への、怪しい無償の慈善。……そのようなもので買われるほど、ラストンの騎士の誇りは安くない。裏にどのような企みがあるか知らぬが、ただで恵んでもらう武具など、我が隊の騎士は一人として受け取らぬぞ!」


 その誇り高く、かつ頑固極まりない拒絶を。

 オルテシアは、待っていましたとばかりに、この上なくお上品に、そして美しく唇を歪めて微笑んだ。


「おーほほほ、お戯れを、ガレス子爵。――私が、皆様にこれを『無償』で差し上げるとでも思われましたの?」


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