第018話:健気な少女の仮面の下は、盛大な高笑いだった
その時、オルテシアは、フッと、鈴の音を転がしたように、この上なく優雅に、そして艶やかに笑った。
その冷たい灰色の双眸には、怯えなど微塵もなく、むしろ「獲物が罠にかかった」時の歓喜の光が妖しく宿っている。
(おーほほほ! 素晴らしいわ! 予想通りの、絵に描いたような頑固でカビの生えた古い常識たち! ギルドのつまらない既製品量産で死に腐れかけていた彼らの『技術の手』。その古い鎖だけを、私の圧倒的な物理とテクノロジーで粉々に粉砕して差し上げますわ。
職人のプライドなんて、ただのガソリンですのよ。ええ、ただの、彼らを私のために命がけで走らせるための、都合の良いガソリンですわ。
行き場を失っていた彼らの職人としての誇り(ハングリー精神)に、見たこともない新時代のインフラ構築という、この上なく熱い『やりがい』を注ぎ込んで、私のために喜んで魂を売る、極上の永久機関(狂信者)へと生まれ変わらせてご覧にいれますわ!)
オルテシアは完璧なポーカーフェイスの裏で冷徹に計算を完了し、悲しげにまつ毛を震わせて一歩前に踏み出した。
「おいたわしや……。皆様が、これほどまでに伝統を愛し、誇り高く仕事に向き合ってこられたからこそお叱りですわね」
「私はただの、世間知らずで無力な没落令嬢に過ぎません。皆様が命がけで培ってきた『伝統』に、無理やり私の拙いやり方を押し付け、その尊い手を汚すつもりなど、毛頭ございませんの」
寒風にさらされ、華奢な肩をいっそう小さく縮めて顔を伏せるその姿。純白のドレスの裾を細い指先で固く握りしめ、まるで吹けば飛ぶような儚さのなかに、没落男爵家の当主としての気高さだけを必死に保とうとしている。その痛々しいほど健気な少女の姿に、怒鳴っていた職人たちが、ふとバツの悪そうな顔をして口を噤んだ。
「ですが、皆様。すでに一万クラウンの血液(給与)は、皆様の手元に前払いとして手渡されております。……もし、一枚の設計図を信じて、私を助けると思って、まずは『建てる』ことだけを、試してみてはくださいませんか?」
オルテシアは、すがるようにバルトやハンス、ヨハンたちを見つめた。
「皆様は王国屈指の技術者。もし、私の図面通りに施設を建ててみて、それが爆速で瓦礫となって爆発したなら、あるいはまともな鉄が焼けずに終わったなら……。私は喜んで皆様に『追加の違約金』を倍額お支払いし、クレイ家の名誉を泥に塗って、皆様を無傷でお返しすることをお約束いたしますわ。だが……もし試すことすらしていただけなければ、この厳しい冬、我が領の罪なき餓えた領民たちは、一体誰に頼ればよいのでしょう……っ」
ドレスの袖で、目元をそっと抑えるオルテシア。その華奢な肩が、かすかに震えている。
領民を想いただ静かに涙をこらえる少女の姿に、職人たちの胸に強烈な罪悪感と、そして「技術者としての妙なプライド」がむくむくと湧き上がった。
「ちっ……。そこまでお嬢様に泣きつかれちゃ、職人の名が廃るな」
バルトが頭をガリガリと掻き, 不敵に笑った。
「よおし、お嬢ちゃん。そこまで言うなら、建ててやろうじゃねえか。その『反射炉』って珍妙なガラクタをよ。だが、出来上がって爆発した時は、お嬢ちゃん、素直に俺たちに倍の金を払って、その涙を拭きなよ?」
「私からも約束します」
ハンスも、実直な顔で深く頷いた。
「そのセメント窯とやらを、我々『石工ギルド』の技術で完璧に、一寸の狂いもなく組み上げてみせましょう。建物の基礎が完璧であるにもかかわらず、その泥道が使い物にならなかった時は、お嬢様、私たちの伝統の勝ちということでよろしいですね」
「……けっ、魔狼の回し車だか何だか知らねえがよ」
ヨハンも、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
「狼が回し車で目を回して自滅するか、それとも人間を噛み殺すか、俺たちが手綱を握ってしっかりと見届けてやるぜ。お嬢様、ケガしたくなければ、魔獣の調教だけは完璧にしておいてくだせえ」
「ええ、ええ……! 感謝いたしますわ、皆様! なんという慈悲深き、偉大なる職人の皆様でしょう……っ!」
オルテシアは、感激に瞳を潤ませながら、ひれ伏すような動作で彼らに最大の敬意を示した。
(おーほほほ! 完璧よ! 市場価格の三倍という『正当な対価』で胃袋と家族の生活をがっちり支配し、お嬢ちゃんを泣かせるまいという『男の意地』を人質に取れば、嫌々ながらも死ぬ気で『最高強度の施設』を組み立ててくれるに決まっているわ! つまらない既製品づくりで腐りかけていた職人魂を、この新しい奇跡の普請に叩きつけなさい。極上の飯と大金、速度計を振り切るほどのやりがいを与えられ、自分の手で新世界を組み立てていく全能感にその煤けた魂を焼き焦がしながら、さあ、私のために完璧な極秘反射炉を大急ぎで築き上げなさい!)
こうして、最果ての僻地クレイ領の泥湿地において、古い伝統と大貴族の影を背負った職人たちによる、文字通り「泥まみれのインフラ大建設」の幕が、不敵に切り落とされるのであった。




