9、接近
陸は地球にいる友達と電話をする機会を得た。
螺旋計画は秘密裡の計画であるため、陸はしばらく地球と切り離された生活をしていたが、螺旋計画を内密にする条件で地球との交信許可が下りた。
友香が段取りよく回線をつないでくれた。ただし、通話はすべて記録される。
螺旋計画は地球の平和がかかったもの。それは仕方のないことだった。
「陸? 陸か?」
珍しい声が響いた。
宇宙に来る前は当たり前だった友人「山田太郎」の声だった。
「太郎、久しぶり」
「お前、どうしたんだよ、いきなり宇宙に行ったなんて担任に説明されたときは、神隠しだと思ったもんだぜ。宇宙に何しに行ったんだよ?」
「風邪をひいちゃってね。宇宙アデナウイルスだよ。それで隔離せざるを得なくなって。アデナウイルス専用の医療コロニーに行かざるを得なくなったんだ」
宇宙に向かった理由をそのように説明するように言われていたので、陸はその通り話した。
「あー、よくニュースでやってるやつか。そりゃ災難だったな。で、大丈夫なのか?」
「ああ、体調は全然問題ないけど、完治から90日は隔離が継続されるんだ。法律だから仕方ない。そっちはどう?」
「どうもこうもないよ。退屈な日を送ってる。強いて言うなら、生物部に新しい亀がやってきたぞ」
「へー、亀。どんなの?」
陸は一応生物部に所属していた。
「獰猛だよ。きゅうりを切断しちまうぜ。今度写真を送ってやるよ」
「ありがとう、雄一郎君は?」
「あいつは相変わらずだ。今日はさぼり。明日は来るかわからないな。ちなみに受験は絶望だ」
地球の友人たちはいつも通りの日常を送っているようだった。
友人らはまさか陸が宇宙戦争の英雄になっているとは夢にも思っていないだろう。
電話が終わった後、陸は窓から宇宙空間を見つめた。
螺旋の操縦士、地球の英雄ともてはやされても、陸の心は「地球でのこれまで通りの生活」を望んでいた。
地球に戻りたいという気持ちが強くなった。
友香はそんな陸の背中を見つめていた。
アルマゲスト戦線に変化があった。
ずっと攻撃的な手をゆるめていたアルマゲスト軍が攻撃に転じてきた。
螺旋の力を見せつけられた後としては最高規模の数の戦闘機を投じてきた。
僻地のコロニーだったが、大規模攻撃にさらされ、壊滅が報告された。
ケネディ大統領はその報告を受けて、次の一手を思案した。
「敵軍が攻撃に転じてきましたね」
「こちらの螺旋が一機だけということを確信したのだろう。螺旋の行動範囲はたかが知れていると考えてのことだ」
「そうですね」
「螺旋の力を見せつけられて、戦争終結に向かうことを期待していたが、あまりに考えが甘かった」
「やはり議会が訴えているように、螺旋を縦横無尽に展開しますか?」
ケネディは黙り込んで手帳を取り出して開いた。
「猶予はなくなったか。こちらから動かざるを得ないな」
「では?」
「まだ決めたわけではない。しかし議会が提唱していた1つの作戦は実行に移す。敵の集中を攻撃する。無人機をいくら向かわせても突破できなかったハザードエリアに螺旋を投入する」
ケネディは螺旋を本格的な軍事作戦に投入する決断をした。
作戦内容はすでに議会がまとめており、その内容が陸に伝えられた。
「いつもどおり、簡単な仕事だ。一球で終わる」
議長はそう言って笑顔で陸の肩を叩いた。
陸もこれまでと同じ作戦だろうと考えた。
これまでに多くの作戦に参加したので、軍事作戦にはだいぶ慣れてきたところだった。
どの作戦も文字通り、腕を一振りで終了した。
陸にとっては帰りの編隊飛行のほうが気を遣うことだった。
作戦会議を終えて陸が会議室を出てくると、友香が待機していた。
友香は陸の世話係として螺旋計画に参加している。
世話係と言っても、業務上の内容以外は一切話さない。
今回も陸が出てくるのをただ待っているだけ。陸が出てくると業務的に尋ねてきた。
「この後の予定は特殊部隊「タロッチ」の戦意高揚パーティーとなっております。アックス・ベロベロバア隊長から招待状が届いています。参加は任意ですがどうなさいますか?」
「あ、うん、参加するよ」
「では午後6時にDデッキの会場へ。他に何か手伝いすることはありますか?」
「うん、大丈夫」
「では、失礼します」
友香は礼をするときびすを返した。業務連絡が終わるとまるで機械のように去って行こうとした。
「あの、ちょっと」
陸はとっさに友香を呼び止めていた。
呼び止められた友香は機械的に振り返った。
「あ、あの、パーティー、一緒にどうかなと思って……アックス隊長はとてもフレンドリーな方で色々武勇伝とかも聞かせてくれて、けっこう勉強になったりもしてさ……」
陸は照れながら言葉を紡いだ。友香を呼び止めたのは、自分でも予期しない行動だったから、言葉がうまくつながらなかった。
「そ、それから、明日任務が終わったら、一緒にどこか……」
陸は言いながら、さりげなくデートに誘っていることに気づいてその後の言葉を止めた。
その間、友香は微動だにしなかった。
「業務命令であればすべて従います。では午後6時の10分前にDデッキの前に待機しております。もう1つの業務、明日の任務後の件については私はいつどこに待機していればいいですか?」
「じゃあ……任務予定によるとコロニー帰還予定時刻は2時前後だから……午後4時にミーティングルームに……」
「わかりました。予定に入れておきます。他に何か用がありますか?」
陸は首を横に振った。
「では、失礼します」
友香は礼をすると踵を返し、ロボットのように立ち去って行った。
今回の作戦は議会が温めていた作戦の1つで、「オールドBプラン」として提出されたものだった。
オールドは単に古いというだけでなく、4度以上軍事会議で審議されたプランにつけられる。
Bプランは優先度が低いプランであることを意味する。
優先度の高いAプランの中にはアルマゲスト前線の軍事惑星「ゲルガー」への攻撃任務だった。
螺旋の高速飛行を活かして、戦線を突破し、敵中心地で強力な攻撃を仕掛ける。
ゲルガーを叩いた後は即座に帰還し、有人機によってゲルガーを占拠するというものだった。
長期任務で、螺旋はゲルガーを掌握するまでの1年間に渡り、敵中枢に滞在する計画だった。
まるで映画のような作戦だった。
ケネディ大統領がそれを承認しなかったため、Aプランはすべて実行に移されなかった。
ケネディ大統領が今回認めた作戦が「オールドBプラン」だった。
このプランはゲルガー制圧に比べると小規模なものだが、敵中枢を叩く作戦で、これまでの作戦とは一線を画す。
しかし、敵がどれだけの勢力を用意しても、従来の「一振り」で作戦は終わると、議会は考えていた。
作戦当日、陸はいつもどおり、螺旋のもとにやってきた。
螺旋の力はこれまでのすべての作戦で通用した。それも圧倒的に。
「陸、いつもどおりだ。健闘を祈っている」
ケネディ大統領もいつもどおり、陸を送り出した。
「行ってきます」
陸もこれまでの作戦と同じように考えていた。
緊張感はあったが、自転車の操縦に慣れてきたころの落ち着きがあった。
ケネディ大統領の先には友香の姿もあった。
ケネディ大統領と違い、挨拶はしない。頑張ってとも無事を祈っているとも言わなかった。
これまでの作戦でも同じだった。友香が声をかけるのは業務内容だけ。
作戦前は医学的な適性検査を受けることが義務付けられているが、それを終えた後に「要水分補給」と記されていた場合にだけ「どうぞ」と補給用のドリンクを差し出すだけだった。
それ以外では何も話さなかった。
陸は螺旋に搭乗した。
作戦開始のサイレンが鳴り響いた。




