10、赤い螺旋の気配
今回の任務は前回までの任務に比べてやや長い。
有人宇宙船がついて来られない飛行距離も格段に増す。
「おい、陸。寂しいときはおれの武勇伝を思い出せ。おれが初めて女房に殴られたときの話だ。おれが「今回の対ロシア宇宙作戦ではおれは戻って来れないかもしれない」と話したんだ。そしたら、女房がおれを殴って言ったんだ。「あんた、日本の文学は知ってるかい? 走れメロスだよ。知らないならくれてやる」とおれに文庫本を一冊くれた。おれは感動した。必ず戻ってくると誓い、そしておれは厳しい作戦を生き抜いた。負けそうなときも走れメロスのように走り続けたさ。そして、帰還し、おれは女房のもとに戻ってきた。そしたらまた殴られた」
アックス長官が陽気に話をしてくれた。
しかしもう20分もすれば、通信は途絶える。
孤独なミッションが始まる。
「一振りで終わり、一振りで終わり、一振りで終わり……」
通信が途絶えた後、陸は自分のやるべきことに集中した。
指定された場所まで進み、腕を一振りすれば終わる。
以前よりも飛行距離が長くなってもやるべきことは変わらない。
通信が途絶えた後も、宇宙空間広くのエネルギー波を捉えることはできる。
コロニーに待機しているケネディ大統領らは陸のミッションを見守っていた。
「目的地までの距離は地球4周。この速度なら22分後に到達します。敵部隊も螺旋のエネルギーをキャッチしていると思いますが、対処はできないでしょう」
「大統領、理論上、作戦阻止することはできません。勝利は目前です」
科学者は現時点の科学の境地から、勝利を確信していた。
しかし、ケネディは科学を信用していなかった。螺旋が発見されてから、人類の到達している領域など、コガモの生息領域程度しかないことを理解していた。
ケネディはずっと螺旋の動きを不安そうな顔で凝視していた。
螺旋は目的地点に到達した。
暗黒宇宙帯の中でもかなりアルマゲスト陣営に近い「ローラ銀河」の末端に当たる。
もともとはローラ開拓を巡り、地球とアルマゲストは対峙していた。
今となってはこの美しい銀河は戦場となっている。
「ローラだ……」
陸は前方にとても美しい青い星を発見した。
広大なローラ銀河の中でひときわ美しい恒星「ローラ」だった。
太陽よりもさらに小さい恒星だが、ローラ系には多くの惑星が確認されている。
ローラからもたらされるローラ光は未知の波動とも言われており、ある科学者はこのように言う。
「光波と同じように光速で到達するが、光とは異なる振る舞いをする。通常の光波では見通すことのできないダークマター群を映し出すことが示されている。もしローラの開拓が進めば、我々の科学は次のステップに到達することだろう」
ローラ光は螺旋を科学的に解明することができると期待されていた。
それはアルマゲストにとっても同じ。このローラの開拓は2つの文明それぞれにとって存亡をかけた一大プロジェクトだった。
螺旋はローラ掌握の要として、ついに恒星ローラを眼前に捉える位置までやってきた。
「ポイントに到達。後は腕を一振り……」
陸は美しい恒星ローラから目を切って、アルマゲストが進軍している宇宙帯に目を向けた。
暗黒宇宙のはるか先に敵軍のコロニーがいくつも存在する。
宇宙開拓は周期軌道にコロニーを配置して、点と点をつないでいく。
暗黒宇宙帯では、力のつり合いを用いて、コロニーを定位置に配置する。このコロニー建造技術は日本の企業がもたらしている。
日本は極めて精密な計算が求められるコロニー建造工事を請け負い、これまでにほとんど事故を起こしていない。
アルマゲストも同じ技術を持っていて、暗黒宇宙をコロニーという点で繋ぎ、ローラ系を目指している。
しかし、互いの軍隊が激突する地点で、膠着状態となっていた。
螺旋はその膠着を解く一撃を加えることになる。
「ん?」
陸はぞわぞわと悪寒を覚えた。
一瞬で作戦を終わらせる一撃を加えようとした矢先のことだった。
陸は明らかに螺旋の特殊能力としか思えない嫌な予感を覚えた。
何かが差し迫っている。
陸は周囲に目をやった。
広がる暗黒宇宙の先に赤い光がきらめいた。
強い圧力が加わった。
螺旋に搭乗して初めて感じる圧力だった。
「痛み……」
陸は腹部に痛みを感じた。
その痛みは陸ではなく螺旋が感じた痛みだった。
螺旋の腹部に何かがぶつかったようだった。
すべての攻撃を跳ね返す螺旋。核兵器でさえも通じないとされている螺旋。
その螺旋が現代科学を超えた攻撃にさらされていた。
陸は目を見開いた。
目の先には螺旋がいた。
赤い螺旋。形状は螺旋よりも獣に近く、その体は美しい赤色だった。その前足には鋭い爪が見えた。
その爪が再びきらめいた。
爪は螺旋のボディに炸裂した。貫通はしないが、陸が感じる確かな痛みはダメージに他ならなかった。
戸惑う陸に対して、赤い螺旋は容赦なく攻撃を加えてきた。
しかし、その攻撃では螺旋を破壊するには至らなかった。
陸は冷静さを取り戻した。
「なんだ、こいつは」
アドレナリンが放出されて、陸は自然とヒートアップしていた。
目の前に現れた赤い螺旋が何者かという疑問は消え、喧嘩モードになった。
喧嘩になれば丸くなってうずくまるタイプだったが、螺旋の力が陸の心に火をつけていた。
「こいつ!」
もしかしたら、人生で初めて繰り出した拳。
右ストレートと呼ぶにふさわしいものだったかはわからないが、その一撃は赤い螺旋に炸裂した。
強い光沢がはじけた。太陽から放たれる光のように強い輝きだった。
赤い螺旋が一瞬で陸の視界から消えた。
「はあはあ……」
陸は目を吊り上げて、前方を見つめた。
螺旋を通して遠くの宇宙にまで視野が届いた。
赤い螺旋が見えた。さっきの一撃を受けてもびくともしていない様子だった。
赤い螺旋も螺旋と同じようにこちらをにらみつけていた。
赤い螺旋は四足歩行に構えた。
「間違いない。螺旋と同じだ……」
陸は前方の赤い螺旋が同種であると確信した。
最先端の科学が紡ぎだした兵器ではない。
「向かってくる。速いぞ……」
地球最速の宇宙船よりもさらに速い。やはり螺旋と同じ神秘の力に他なかった。
「どうすればいいんだ?」
陸は戸惑った。敵の螺旋と戦うということは作戦にない。
一応、緊急事態には退却ポイントまで後退することになっている。
しかし、いま退却すればこの赤い螺旋もやってくる。そうすれば、赤い螺旋に味方がやられる可能性が高い。
陸と共に螺旋計画を紡いできた仲間たちを思うと、赤い螺旋を地球側に向かわせるわけにはいかなかった。
「やるぞ! やるぞやるぞやるぞ!」
陸はさらにアドレナリン放出の度合いを高めた。
カッとなると周りが見えなくなるというが、本当に陸の目には赤い螺旋しか映っていなかった。
陸は完全に戦闘モードになった。




