8、激変
螺旋の力は想像以上のものだった。
螺旋があればアルマゲストの軍事力のすべてを破壊し、完全に屈服させることができるかもしれない。
今回の作戦の報告を受けた大統領府の中には急かす者が後を絶たなかった。
「今すぐ螺旋を本格的に投入しましょう。スピードが肝心です。今やつらは狼狽している。そこへサザンクロスをありったけ撃ち込むんだ。腕を振るうだけでいいのだ。腕を振るうだけで、我ら数千年の科学の歴史のすべてを上回るのだから」
「大統領、いまここでためらえば、最大のチャンスを失う。もしアルマゲストの軍事力を解体できれば、地球人にとってどれほどの恩恵か」
普段は冷静な上院議員の中にも汗をかいて訴える者が出てきた。
それも仕方のないことだった。
本当にそれができてしまう可能性が高かったからだ。
しかし、ケネディは冷静だった。
「あなた方の意見は重々理解しています。それは正しい助言と感じています。しかしもうしばし時間をください。敵の螺旋の件もあります。焦りは優秀な加速器にもなりますが、墓穴を掘りすべてを失わせる転び石にもなります」
ケネディはいったん席に座ることの重要性を訴えた。
「もちろん、ゆっくりするつもりもありません。近日までに科学者の見解も踏まえ、最良のシミュレーションを提示し、実行します」
ケネディはそう言っていったん場を沈めた。
そのころ、帰還した陸は多くの者からの祝福を受けていた。
「すごいな、若造。救世主だ」
「いいや神様だ。神が降臨なさったんだ」
「おめーら。騒ぎ立てるな。陸は疲れてんだぞ」
アックス隊長が割って入った。
「すまんな、陸」
「いえ……」
疲れてはいなかった。自分がどれほどの戦果を上げたのか実感もなかった。
腕を振るっただけで特別なことをしたつもりではない。
しかし周囲の驚き具合から、相当な戦果が上がったのだろう。
部屋に戻った陸は日本の総理大臣である南恵梨香の待ち伏せにあった。
恵梨香は総理大臣という立場にあったが、螺旋計画の表舞台にはほとんど顔を出さなかった。
螺旋計画はアメリカ主導で行われているということもあったが、目立たない挙動は恵梨香の意思でもあった。
「ごめんなさい、少しいいかしら」
「はい」
恵梨香が直接何かを仕掛けてくるのはこれが初めてだった。
「あなたには教えられていないけど、この部屋にはGPSをはじめさまざまな観測機器が取り付けてあります。この壁には1万を超える盗聴器が仕込んであります」
「そ、そうなんですか」
ただの壁にしか見えないが、そういうことがあったとしても不思議ではないようにも思えた。
「ただし、いまはダミーが仕込んでありますので、問題はありません。もっとも日本の技術がアメリカに負けいていれば話は別ですが……」
恵梨香は陸のほうに真剣な目を向けた。
両者の間に静かな緊張感が走った。
「心配しないで、シリアスな話をするつもりはないので。けれども、一国の総理として確認はしておきたいことがあります」
陸は恵梨香の次の言葉を緊張感を持って待った。
「あなたは螺旋の心。おそらくは今後、あなたの代わりは現れない。あるいはあなたがパートナーを見つけ、その間に子供が生まれれば、その子が螺旋の継承者になるということもあるかもしれませんが……」
恵梨香は腕を組んだ。
「私が聞きたいことはただ1つ。あなたはこのままアメリカ主導の計画に追従するつもりですか?」
「そ、それは……?」
「私は一国の総理として日米同盟の名のもとにアメリカ追従の姿勢を取り続けてきました。今から308年前、第二次世界大戦敗北後、日本はGHQの支配下に置かれ、日本人の洗脳教育が強要されました。それ以来、日本は日米同盟を軸とした米国追従を強制されました。経済成長というニンジンをぶら下げられ、その支配下を抜けようと言う世論も小さくなり、今日までずっと日本はアメリカの忠犬、いえ奴隷として尽くしてきました」
恵梨香は娘の友香同様に早口でつっかえることもなく話した。
陸の理解は十分に追いつかなかった。世界大戦のことは日本史や世界史の教科書で勉強したことがあったが、それ以上の関心は陸になかった。
「私が総理になったとき、ずっと心に封印してきた夢があります。それは日本の独立。アメリカ主導の政治体系から脱却し、日本独自の道を進むこと。いまアルマゲストと戦争状態にありますが、本来、日本は戦争を回避し、アルマゲストと良好な関係を築けるはずです。日本人はアメリカ人とは異なり、支配がすべて、豊かさがすべてではありません。心の根底にはいたわりと譲り合いの精神が秘められています。私は真の意味で日本を取り戻す政治の構想を自分の心の中だけに展開していました」
恵梨香は速やかに話し、陸の理解が追い付かないところに質問をぶつけた。
「狭間陸君、あなたの力があれば日本は独立し、日本独自の考え方で未来を築いていけます。アメリカの呪いから解放され、真の意味で日本はようやく日本の姿を取り戻すのです。あなたにその意思が少しでもあるかどうか。それをお聞きしたいのです」
陸は何度か瞬きして、
「そ、そう言われても、どう答えてよいか……」
「答えを急ぐ必要はありません。この場であなたに認識してほしかったことは、あなたの意思によって、アメリカの洗脳ではない新しい世界を切り開くことができること。そして、あなたは日本人ということ。その認識さえ持っていただければ、今のところは十分です」
「……」
「今回は以上です。意識なさらなくともいいです。ですが、心の奥底に持っていてください。螺旋の心としての自覚。いずれ、あなたは決断しなければなりません。世界のありよう。あなたはその中心にいるのです」
そう言うと、恵梨香は礼をして去って行った。
恵梨香が陸の視界から消えると、ようやく従来の世界が動き出したようだった。
陸はしばらくして我に返った。
「そんなこと言われてもな……」
陸はそうつぶやいて歩き始めた。
決断と言われても、陸には何もわからなかった。
これまで何も考えずに生きてきた。
考えることと言ったら、好きな食べ物、嫌いな食べ物。好きな友達、気の合わない同級生。それぐらいだ。
日本に特別な愛国心があるわけではない。アメリカは好きでも嫌いでもなかった。陸の知らない国の1つでしかなかった。
ヨーロッパもアジア諸国も陸にとっては敵でも味方でもなかった。
中国が嫌いな人、韓国が嫌いな人というのがいることは知っていたが、陸にとって彼らは「変なおじさん」としてしか見ていなかった。陸は政治など興味なかった。
戦争なんてしなくても、みんなで仲良くすればいいのに。陸が考えるのはそれだけのことだった。
螺旋計画も言われたからやっているだけ。戦いを望んでいるわけじゃない。
地球のためと言うから、仕方なくと言うぐらいだった。
恵梨香の話を聞いて、何か変わったわけでもない。
結局、言われた通り生きるしかない。それで悪いことがあるわけではない。
アメリカ大統領から称賛され、豊かな暮らしも送れるのだ。
陸には10億ドルを超える金額が支払われている。
決してお金のためにやっているわけではないが、そすいて手厚くしてもらえるなら、逆らう理由もなかった。
日本がどうあるべきかなんて何もわからなかった。
螺旋の二度目の実戦は地球コロニーに攻撃を仕掛けていた「バーナード宇宙域」で行われた。
バーナード宇宙域はNASAのバーナード博士が観測を担当したためにその名前がつけられた。
バーナード宇宙域は暗黒宇宙帯の中でも電磁嵐が起きやすいエリアだったが、バーナード博士の観測により、安全地帯が多く発見された。
宇宙資源も豊富なため、資源採集の要として位置づけられ、アメリカが莫大な費用をつぎ込んで開発した。
軍事兵器の製造に必要な鉱物も採集される。宇宙鉱物の収集艇はメイドインジャパンのものが多く、今でも収集業務が広く展開されている。
軍事兵器の製造に重要な役割を果たす鉱物の中に「特殊プラズマ粒子」を帯びるものがある。このプラズマ粒子は宇宙船の加速器の基礎となっており、バーナード宇宙域で世界の需要の38パーセントが採集されている。
アルマゲストは地球軍の要衝であると認定して、攻撃を仕掛けている。
螺旋はアルマゲスト部隊の迎撃作戦に出た。
腕を一振り。
作戦は終了した。
敵の緻密な配置、進軍、卓越した制圧計画、あらゆるが圧倒的な力によって封じ込められた。
「見事だ」
以前に螺旋の力を見たことがある兵士たちも目を奪われた。
この力が敵に回ったと思ったら、今回撃墜された兵士たちと同じ目に遭う。恐ろしさを感じずにはいられなかった。
「帰還する」
作戦はあっけなく終わった。戦場の中心には螺旋がある。宇宙は螺旋を中心に動いているのかもしれない。
2度目の螺旋の攻撃を受けて、アルマゲストの戦略は激変した。
ガードを上げて、攻撃に出なくなった。
また戦線を分散させ、一極集中作戦は一切行わなくなった。
螺旋の力に気づき、即座に対応したのだろう。
ケネディ大統領は不安を覚えていた。
「螺旋が敵に掌握された。相手はここしばらく螺旋を出してこない」
「いい傾向です、大統領。こちらの螺旋の力のほうが上回っているのでしょう。過去の敵螺旋の攻撃を見るに、力はこちらの螺旋が上回っています。この戦争、我々が制空権を取ったと見て間違いありません」
秘書はそのように言葉を添えた。
「議会はこのまま戦線を拡張し、敵の中枢を叩くべきと急かしています。敵が立ち直る前に攻めを継続すべきと」
「ああ、分かっている。それが最善の選択だろう」
ケネディ大統領はそう言いつつうつむいた。
「何か腑に落ちないことがおありですか?」
「押すと世界を崩壊させるスイッチが私の手に握られているという心境を君にも経験させたいよ」
「なるほど、申し訳ありません、気が利かなくて」
秘書は頭を下げた。
「これだけの力を扱うには、大統領という立場はまったく高さが足りない。私が大統領に就任したときのスピーチを覚えているかね?」
「もちろんです」
秘書は歩を少し下げて、大統領就任式でのスピーチを反芻した。
「世界は力では切り開けない。世界を切り開くのは愛である」
ケネディ大統領は頷いた。
しかし、いまは力によって世界を切り開こうとしていた。




