7、螺旋の実戦投入
螺旋計画は次の段階に移行した。
突如出現したアルマゲスト陣営の螺旋によって前線の戦況は大きく変化した。
敵螺旋の攻撃は強力で、従来の攻撃手段では抵抗できなかった。
アルマゲスト側も螺旋の運用には慎重で、螺旋を濫用することはなかった。
初めて敵螺旋が確認されてから、次に螺旋が現れたのは三日後。
出現場所は地球最前線の中枢から離れた監視塔コロニーだった。
大きな戦線に投入するのではなく、小さな僻地で螺旋の動きをテストするかのように繰り出してきた。
アルマゲストもまだ十分に螺旋の戦闘力を理解していないのだろう。
条件は地球側と大差はないと思われた。
「敵螺旋とこちらの螺旋、どちらが強いか……」
最大のポイントはその1点。もし敵の螺旋に軍配が上がり、地球側の螺旋が破壊されてしまったら、地球は希望を失うことになる。
螺旋の力が未知数であるだけに、これらは神のみぞ知る世界。やってみるまでわからなかった。
敵螺旋のことは陸には知らされなかった。
ケネディはペンタゴン長官らと議論を重ね、「陸にプレッシャーを与えず、安全に実戦経験を積み上げる」という方針で固まった。
地球の諜報部隊は極めて優秀で、敵の展開している最前線の戦力を十分に掌握していた。
安全な戦場を選ぶことは難しくなかった。
理想を言えば、安全かつ敵に螺旋を分析させないようにすること。
最終兵器の情報を渡すと、敵も対策を講じてくる。何も知られないままに陸に経験値を与える計画が立てられた。
ケネディは直接、陸に話をした。
「陸、アルマゲストの攻撃が地球陣営の基地に本格的な攻撃を仕掛けてきた」
ケネディは陸の戦闘意欲を高めるために、感情論を持ち込んだ。
ケネディは家族の写真が写された写真を机の上に置いた。
「アルマゲストの攻撃で18名の戦闘員が亡くなった。こちらはリーマン・スタークス軍曹。家族思いのいい父だ。君と歳の近い子供もいて、いまネバダ州ラスベガスで貨物コロニーの設計士を目指して勉強している。またいつか紹介しよう」
ケネディは犠牲者が出たことを示した後、
「我々は敵の攻撃がさらに及ばないよう、防衛作戦を実施しなければならない。陸、君の力を貸してほしい」
ケネディがそう言うと、陸は冷静なまま頷いた。
「心配はいらない。優秀な部隊がついている。任務は8時間の計画で、戦闘時間は14分。予定通りの戦果が上がらなくても時間通り撤退する。場合によってはもっと早い撤退も計画している。後方支援のために従来の3倍の戦力を投入する」
ケネディは今回の作戦のために過保護な部隊を用意していた。
「陸、やってくれるか?」
ケネディは陸にそう問いかけた。
陸はしばらく沈黙してうつむいた。
「僕にできるでしょうか?」
「ああ、それにこの戦いは結果を求めるものではない。わかるね。これは訓練の一環でもあるんだ」
「はい」
「ありがとう、陸」
ケネディは微笑んだ。
陸は空気感に任せて返事をしていた。
大統領を前にしてノーとは言えない中で頷いただけだった。
しかし、断る理由もなかった。
地球を守るための戦い、地球人であり螺旋の操縦士として逃げだしたら、それは地球に背信した裏切者となってしまう。
選択肢などなかった。
地球のために戦うしかなかった。
陸は戦いを受け入れた。
螺旋の初実戦のために、部隊が招集され、陸を伴って作戦指令会議が開かれた。
この作戦には多くの部隊が参加する。
僻地のコロニーに派遣される部隊としては贅沢すぎるほどの精鋭が揃った。
陸と共に訓練を重ねてきた部隊も参加する。
アックス隊長がにこやかな表情で陸の肩を叩いた。
「戦いなんてバーベキューを食べるようなものさ。まずはベーコン。塊のままナイフを入れるんだ。で、口に放り込む。次はジャイアントコーンだ。少しのポテトを添えてかぶりつく。で、ビールを一杯」
アックスは陽気にゼスチャーを交えた。
この作戦には友香も参加するようだった。
「私はあなたのサポート役兼整備士補佐として参加します。私などいてもいなくても問題ないですが、大統領から任命されてしまったので仕方なく参加させていただきます」
友香はいつもの通り、不愛想に言った。
「いや、心強いよ。友香さんが参加してくれるなら、ちゃんと戦えそうな気がする」
「おかしなことを言うのですね。私は作戦を指揮する力はありません。あなたに指示を出すこともできません。当作戦において何の意味もありません」
「いや、そういうことじゃないよ。どう言えばいいかな……」
陸はうまい言葉を探したが見つからなかった。
そばにいてくれるだけで心強いものもある。そういうことが言いたかったが、その言葉にたどり着くことができなかった。
作戦会議は90分程度で終わった。
要約すると、陸はただ言われた通りの場所まで飛んでいき、右手を振るうだけの仕事だった。
訓練の中で発見された宇宙空間を揺るがす強力な衝撃波。螺旋が右手を振るえば、強力な核爆弾数十発に相当する衝撃波が発生する。
衝撃波は止まることなく宇宙空間を渡り、ブラックホールによってゆがめられ、まだ見ぬ世界に拡散していく。
その道中で、敵戦闘機の多くが破壊されると科学者によって計算された。
右手1つですべてが終わる作戦だ。
その作戦のために地球の精鋭部隊が結集した。
陸は作戦開始時刻をコロニーのメインデッキで待った。
隣には友香の姿がある。友香は螺旋と平行して飛ぶ輸送飛行船に搭乗することになっている。
目的地までのルートはすでに何度も運行されている。
「喜べ、陸。海王星が見える時期だ」
仲間の兵士がそのように教えてくれた。
実戦を前に、陸はそれどころではなかった。
頭の中で何度も会議の内容を反芻した。飛んでいって右手を振るう。
言葉ほど単純なものではない。いやでも緊張した。
陸は視線を隣に向けた。
友香は微動だにせずにそこにあり続けている。
陸はそれがとても頼もしく思えた。
「狭間陸様、まもなく出撃に入ります」
大統領を伴ってやってきた秘書が陸に声をかけた。
「はい」
「陸、君ならできる。私たちが見守っている。みなの思い、地球すべての思いを忘れるな」
「はい」
陸は右足を踏み出した。
「頑張ってください。私は何もできませんが」
友香がぼそりと陸の背中に言葉を残した。
陸はその言葉に温かみを感じた。陸は振り返ってうなずいた。
螺旋を伴った部隊は太陽系を越えて、暗黒宇宙帯へと進軍した。
人類が太陽系を初めて飛び出したのは今から47年前。
ある科学者が残した言葉に「人類の進歩は加速度的だ。最初の一歩を踏み出せばどこまでも速くなる」というものがある。
その言葉通り、太陽系を飛び出してから47年で、数百万キロの宇宙の道のりをものの半日で渡ることができるようになった。
暗黒宇宙の観測は速やかに行われ、今では多くの星が発見され、人が住むようになった。
しかし、人類の進歩には副作用もあった。
人類がたどり着いた先にあったのは宇宙戦争だった。
螺旋はその科学の速度をさらに加速させるものとなった。
部隊は作戦ポイントに到達した。
「敵戦闘機をレーダーに捉えました。建設中のコロニーに展開したケスト部隊です」
ケスト部隊は敵の主力戦闘機「ケスト」を中心とした部隊である。
ケストは地球の主力戦闘機UC18より速度は劣るが、地球にはまだ存在しない特別な弾薬を備えている。
強い放射能をまき散らす厄介な弾薬で、交戦初期は苦しめられた。
いまはその弾薬を対策する磁気兵器が開発され、アルマゲストはその磁気兵器に苦しむようになった。
しかし、今回はそのような戦闘にはならなかった。
緻密な作戦も必要なかった。
部隊の先頭に螺旋が躍り出た。
そして、事前の計画通り、右腕を振るった。
「南十字星だ」
それを見ていた兵士はそのように称した。
赤い星が輝いた。
その輝きは静かに宇宙の暗黒を進み、加速度的に赤い光が膨張してあたりを呑み込んだ。
「光をシャットアウトします」
強い光は失明の恐れがあるほど。その光は宇宙を悠然と通り抜けた。
「敵軍は全滅。建設中のコロニーごと」
「わが軍が1年かけて行うような作戦をたった一振りで……これほど簡単なチェスなら、私はすでに無敗の永世世界王者だ」
このような結末になることはいくつかのデータの計算によって理論的に導き出されていた。
しかし実際にそれを目の当たりにすると、兵士たちは螺旋に対して心強さを通り越して恐怖を覚えざるをえなかった。
友香もその光景を表情を変えずに見ていた。
「これより帰還する」
一球を投じた螺旋はそのまま戦いのマウンドを降りた。




