6、アルマゲストの赤い雷
螺旋計画が進む間も、宇宙戦争は続いていた。
NASAが地球から1300万キロメートル離れた暗黒宇宙の一部を開拓した。
この暗黒宇宙には特殊な星がいくつもあった。
惑星は恒星の重力影響下にあるが、この暗黒宇宙には「母無き星」が多数存在する。
恒星の軌道に束縛されない星々だ。
この母無き星たちは宇宙の強大なエネルギーの流れに巻き込まれていく。
高温にさらされ消滅するものもあれば、大きな重力に引き寄せられ、暗黒の中に消えていくものもある。
しかし、NASAは暗黒宇宙に不思議な星をいくつも発見した。
それらは「隠居星」と言われ、この宇宙のあらゆるエネルギー干渉から逃れ、完全に静止した星々だ。
厳密にはあらゆるエネルギーで引っ張り合い、ちょうどそれらの力が拮抗して、静止している。
いずれかの力が強まれば、そちらに引き寄せられていき、いずれは大いなるエネルギーに呑み込まれる運命だ。
隠居星は不死身ではない。奇跡的に誰からも束縛されない静かな山にこもっているに過ぎない。
NASAはそんな隠れた星を白日の下に晒していった。
それらの星はアルマゲストと戦うための最前線基地となっている。
もともとは新銀河「ローラ」を探査するための基地だったが、アルマゲストと衝突してからは軍事基地に特化されていった。
暗黒宇宙からさらに4000万キロメートル進んだ先にアルマゲストが支配する銀河「ハーベスト」がある。
地球とアルマゲストが戦うこの暗黒宇宙はとても静かな場所だ。
恒星の影響を受けず、大質量ブラックホールの影響も受けない、まさに宇宙の華々しい部分から切り離された世界。
この静かな宇宙で地球人とアルマゲストは戦っていた。
地球人もアルマゲストも宇宙空間を半永久的に移動できる宇宙船技術を備えている。
両者はこれらの宇宙船を多数展開している。
しかし、これらの宇宙船には致命的な欠陥がある。
これらの半永久的な移動が可能な宇宙船は最速でも20マッハ。
小型戦闘機やミサイルの速度と比べると、ナマケモノのようでしかなかった。
また、いとも簡単に探知できるため、ミサイルで狙い撃ちすればすべて撃墜可能なものとなっている。
現時点では、地球もアルマゲストもミサイルによる迎撃から免れることができる技術を持ちえていない。
そのため、宇宙戦争はもっぱら、ミサイルと無人小型戦闘機を用いて、敵のミサイル攻撃基地を叩く戦いだ。
しかし、叩く速度よりも、ミサイル基地を建設する速度のほうが速く、この戦争は長期戦泥沼化の様相を呈している。
この長期戦はアルマゲストに有利であると専門家は指摘している。
資源の量においては、アルマゲストが圧倒しているためだ。
この戦争、動かなければアルマゲストが勝利する。
動くことが要求されているのは地球陣営。ゆえに、科学者はアルマゲストを屈服させる新しい兵器の開発に躍起だった。
そんな中、螺旋が発見されたのである。
地球側がついに突破の絶妙手を発見したのだ。
螺旋の力をもってすれば、アルマゲストの防空網を一網打尽にできるかもしれない。
螺旋の力によって、宇宙戦争の結末が変わろうとしていた。
しかし、前線で再び戦況を一変させる出来事が起こった。
最前線で指揮を執っているアイアン・ハンニバル長官は隠居星の1つ「エルダーブルー」の基地から宇宙戦争を見守っていた。
無人戦闘機は敵を攻撃すると共に、敵の情報を持ち帰るという任務も請け負っている。
しかし、ある日、1機を除くすべての無人戦闘機が撃墜されるという衝撃的な結果が報告された。
「帰還したのは一機だと? 今回は2万機を送り、目的は敵軍の攻撃ではなくエース17の探査が目的だったのだぞ。戦闘があれば、ただちに探査機は帰還される計画だったのだぞ。それでどうして1機のみの帰還だというのか」
アイアン長官は目を見開いた。
これまでの戦闘は、3500機を送って本格的な交戦が行われても800機以上が帰還するのが常だった。
しかし今回は本格的な交戦をしない偵察任務を中心とした計画に2万機を投入していた。
多くの機体が帰還するはずの任務で1機しか帰還しなかったのだ。
「何が起こったというのだ?」
「恐るべきエネルギーをキャッチしました。これはすごいです。核弾頭数万発の規模です」
分析班の科学者が冷静に伝えた。
「そのような攻撃をアルマゲストが仕掛けたというのか。この作戦を阻止するために。解せぬ」
「帰還した戦闘機の映像を解析します」
「急げ」
今回の任務では高性能観測機を搭載した戦闘機が多数出撃しており、帰還できたのが1機だけだったとしても十分な情報が残っていた。
科学班は急いで情報を解析した。
戦闘機に備え付けられていたレーダーは15万キロ先の波動やエネルギーをキャッチし、AIが映像化に必要な情報を補完して映像化することができた。
「巨大なエネルギーの発生源周辺を動画として生成します。モニターに映せ」
モニターにAIが生成した動画が生み出された。
映像には広大な宇宙空間が映し出された。
その中心から赤い光がほとばしった。
その光こそが今回の大惨事をもたらした張本人に違いなかった。
「光の発生源を拡大して再生成しろ」
「はっ!」
光の中心部分がAIによって映像化された。
そこには赤い人型のロボットが映し出された。
「なんだこれは? AIの精度が悪いようだな」
「いえ、400通りの動画が生成されていますが、いずれも同じ映像です。動画生成の精度は高く、実際の映像との誤差が出る確率は10の22乗回に1度程度です」
「では、買った宝くじがすべて当たる世界線に入り込んでしまったようだな。こんな特撮みたいなロボットが実戦の場に出てくるものか」
ここにいる者は軍事工学を学んだものばかりだった。ゆえに映像に映る赤いロボットが実戦に通用するわけがないということを一目で理解できた。
AIが生成した動画は、特撮じみた赤いロボットがなめらかに動き、その鋭い腕の先から赤い雷を放つシーンが映し出されていた。
その雷は瞬く間に広がり、広範囲に散らばった戦闘機を次々と呑み込んでいった。
「いつまで出来損ないの映画を映している。こんなことが現実にあるものか。科学のイロハを知らない監督が馬鹿な大衆に受けるためにろくでもない映画を撮ったのだ。宇宙空間において、電撃があのような伝動の仕方はできない。宇宙に砂鉄をちりばめたとでも言うのか」
映し出された映像は完全に現実離れしたものだった。
これまでの科学の歴史を全否定する神秘的な映像だった。
「とはいえ、我々は現実にいる。夢は見ていない」
アイアン長官はそう言って自分の頭を叩いた。
「この映像は大統領府に送らなければならない」
たとえ映像が馬鹿げていても、たしかに2万機の戦闘機のほぼすべてが破壊されたのだ。
この映像と共に絶望的な戦闘結果を報告しなければならなかった。
ケネディ大統領はアイアン長官から送られてきたレポートと映像を見た。
ケネディ大統領はその映像をすぐさま現実のものとして捉えることができた。
「螺旋だ」
ケネディがそう言うと、大統領秘書もうなずいた。
「地球に螺旋があるように、やつらにも螺旋があった。こちらが螺旋を手に入れたから、やつらも手に入れた。奇妙な鏡写しがここまで続くと、私もこの世界の神秘を受け入れずにはいられない」
ケネディは頭を抱えた。
「螺旋が陸を選んだのなら、やつらの螺旋も陸と同じような少年が動かしているということか」
「その可能性は十分にありえます。私が見る限り、一流の軍人が操縦しているふうには見えませんでした。飛行パターン、目付けの癖などが長年の経験に裏打ちされたものとは思えません」
「しかし我々より早く実戦に投入してきた。その結果がこれか」
ケネディはレポートを机の上にほっぽりだした。
「大統領、時が来たと思います。螺旋を実践に投入する時です」
「ふーむ……」
ケネディは腕時計を見た。
ケネディはとても慎重な性格だった。
周到に用意して勝算に張る。
まだ螺旋の研究も陸の養成もまったくの途上。
通常なら、螺旋の実戦投入はありえなかった。
しかし、2万機の戦闘機が破壊されたという事実を見せられると悠長に構えることができない。
相手の螺旋の力を分析している間に、地球の中枢をすべてやられるかもしれない。
ケネディの特性を活かすことができない情勢になってきた。
「やるしかないな。少なくともエルダーブルーをやられるわけにはいかない」
「白旗は?」
秘書はもう1つの選択肢を提示した。
しかし、ケネディはすぐに首を横に振った。
「その選択肢は大統領になったときから私の辞書にない」
慎重なケネディだが、戦いを降りるという選択肢だけはなかった。




