5、EUの離脱
螺旋計画が始まったころ、地球で大きな動きがあった。
地球はいまアルマゲストとの戦いのために世界同盟を結び、世界中の軍隊を集結させている。
しかし、地球人のすべてがこの世界同盟に喜んで加担したわけではない。
アルマゲストとの戦争に反対の立場を取る者は少なくなかった。
もともと、アルマゲストと地球は外交による解決ができる段階にあった。
アメリカが後のことを考えて、アルマゲストに対して不平等な条約を締結させられることを嫌い、軍事攻撃を決めたのが現在の戦況につながっている。
EUは当初アメリカの軍事行動に反対の立場だった。しかし、国連を重視した時の首相がアメリカ追従に妥協し、世界同盟のもと結束した。
だが、政権交代後は世界同盟を離脱する動きが出てきた。
去年、イギリスがアルマゲストの反戦派である「クールミスト」との外交窓口を強化すると、世界同盟を脱退した。
そして今日、ついにスイス、ドイツ、フランスの三国が「世界同盟への一切の軍事力の提供を中断する」という声明を出した。
ドイツがそのような声明を出すことは以前から予知されていたが、スイス、フランスが同調することはアメリカにとっても予想外だった。
これで、世界同盟を支える大国は、アメリカ、日本、ロシア、中国、カナダ、韓国、インド、NATO加盟国となった。
アメリカ、ロシア、中国は関係性が微妙であり、この世界同盟はいつ崩壊してもおかしくない状況になった。
「この戦い、もとより地球側が劣勢であったが、今後は絶望的な戦力差になるだろう。ちょうど、第二次世界大戦の構図に近い。ソビエト参戦後の日本の立場が我々地球の立場だ」
このように言われるようになった。
ケネディはEUが世界同盟から離脱し、平和外交の道を進むという声明をM25コロニーで聞いた。
「そうか。予想できたことだが、このタイミングとは、罰の悪い話だ」
「ますます螺旋への依存度が上がりますな。ええ、螺旋の力ならばEU離脱の穴を埋めてくれるでしょう」
ケネディの秘書がそのように言った。
EU離脱の背景には、地球を代表するアメリカに対する不信感があった。
「アメリカは世界平和のために世界の警察をしているというが、そのお節介で結局ぼろ儲けするのはアメリカの軍事産業ばかりだ」
これはイギリスの首相が国連会議の場でこぼした言葉だと言われている。
今回のEU離脱も、地球とアルマゲストの戦争はいずれ地球の敗北で終わった際に、アメリカが利するようになっているのではないかという不信感がEU国民全体に広がったためだった。
宇宙戦争は地球が1つに結束することがなかった。
EU離脱の話はアルマゲストにも及んだようで、離脱宣誓後、アルマゲストはアメリカ軍が主導する戦線に部隊を集中させてきた。
アルマゲストは世界同盟を離脱した国家に対しては軍事力を行使しない様子をアピールすることで、さらなる離脱を引き出そうとしているようだった。
単なる軍事力の衝突ではなく、人間の心を揺さぶる戦いでもあった。
戦闘の最前線はAI搭載の無人機がほとんどであるが、指令室の士気は明確に下がりつつあった。
アメリカ国内でも、「降伏を検討する必要がある」と上院議員がこぼし、世論調査でも「地球軍の敗北という結果で終わったとしても、戦争終結に向かうべき」と答える者が全体の7割超、共和党支持者でも過半数となった。
日本でも世論調査が行われ、「日米同盟を破棄してでも、日本は世界同盟から脱退するべき」という意見が全体の6割に上り、反戦を訴える日本共産党や社民党の支持率が大幅に上昇した。
そんな政治の動きがある中で、陸はそれらの情報を一切耳にしなかった。
陸にとっては目の前のタスクで精いっぱいだった。
螺旋計画が地球の運命にどう影響するかなんて、そこまで頭が回らなかった。
ただ言われたことをこなすだけ。
訓練を終えると食事を取って、余計なことを考えることなく眠ってしまった。
友香は「陸は地球の中心にある」と述べたが、陸は運命の引力に引かれる小さな小惑星のように毎日を過ごした。
訓練は土日なしで毎日行われた。
最初の1週間は重点的な飛行訓練と軍人としての教養が教えられた。
次の1週間は小隊を伴っての飛行や発展的な宇宙飛行の訓練が行われた。
それと並行して、螺旋の可能性についても研究された。
螺旋の可能性を模索する研究は火星で行われた。
この研究は危険を伴うものだった。
螺旋に秘められている兵器によっては太陽系を消し去るようなこともあるかもしれない。
何が起こるかは操縦士である陸にもわからなかった。
陸はいくつかの兵器を見つけ出した。
「こうすれば剣か」
陸が右手を握りしめて、剣を想像すると、螺旋の右腕に全長30mに相当する剣が現れた。
強く握りしめると、発火したり、冷気を伴ったりした。
どうやら、陸の想像に関連していると思われた。
盾を想像すれば盾が現れた。
しかし、出せるものには限界があるようで、猫、象、羊と想像しても、それらが現れることはなかった。
ここまででとりだせたのは、最長108mまでの剣。形状はさまざまで陸の想像力に依拠している。
最大25平方メートルまでの盾。その防御力は未知数だが、大地を叩き割るだけの攻撃力にも変わるものだった。
手を前にかざし、力を込めると、熱波が放たれた。その温度は最大で太陽に匹敵した。
他にもさまざまな形状のエネルギー波や重力を引き起こすこともできた。
兵器としての側面以外では、花びらを生み出すこともできた。
それらは質量保存の法則やエネルギー歩損の法則に即さないパターンを持ち、どのような原理でエネルギーや物質が生まれているかは未知数だった。
螺旋の研究データをまとめた科学者はこのように言った。
「科学数千年の歴史が否定された瞬間だった。我々はいま魔法を見ている。そしてそれは現実だ。だが、喜ばしいことである。なぜならば、螺旋の力があればアルマゲストとの戦いに確実に勝利できると確信できるからだ」
しかし、それには大きな懸念が不随する。
螺旋を動かすことができるのは陸以外にいないということ。
もし、陸が何らかの形で命を失ってしまうと、螺旋は抜け殻となる。それを操縦できる者が現時点では確認されていないからだ。
螺旋研究の間、螺旋を操縦できるリザーバーが存在しないか、世界中で広くDNA検査が行われた。
しかし、いずれも螺旋を操縦するには至らなかった。
陸の持つ遺伝子がなければ螺旋の扉を開くことができないのであれば、陸の血筋を途絶えさせないようにしなければならない。
陸の遺伝子を用いた螺旋を起動させる実験も行われたが、いずれもうまくいかなかった。
ある日、実験を終えた陸は着替えを終えて、部屋に戻った。
「じゃあな、陸。また夕飯の時にな」
「はい」
陸は軍人仲間に挨拶をした。訓練を通して、多くの軍人と親しくなった。
コロニーでの暮らしにもだいぶ慣れてきた。
陸はドリンクを持って宇宙空間が良く見える展望デッキにやってきた。
陸は宇宙を見るのが好きだった。
ここに来てから、暇があるとこのデッキから宇宙を眺めた。
このデッキは誰でも利用できる場所だが、あまり人が訪れなかった。
いまM25コロニーに住んでいるのは螺旋計画に携わる者たち。
彼らにとってはこのような展望デッキは不要なものなのかもしれない。
陸は地球にいたころのことを思い出した。
まだ母親が生きていたころ、景色のいい団地の丘に良く行った。
丘の上に上がると、背の高い建造物よりが目線の下に広がった。
そこからの景色が陸の一番の思い出だった。
今では地球のすべてが目線の下だった。
今日は陸以外の先客があった。
「友香さんだ」
陸は一人で寂しく佇む友香の姿を捉えた。
友香はジッと宇宙空間を見ていた。その目線は地球に向けられていた。
「友香さん」
陸は微笑んで声をかけた。
「良くここに来ているんですか?」
「いいえ、ここに来て以来初めて訪れました」
友香はピクリとも顔を動かさずに淡々と言った。
友香のこの様子は陸に限らず、誰に対してもそうだった。母親譲りの性質なのだろう。
「あの、これ飲みますか? まだ一口も飲んでいませんので」
「けっこうです。必要であれば自分で用意しますから」
「そっか……」
不愛想という言葉が本当に良く似合う少女だった。
陸はドリンクを一口飲んで、地球のほうに目を向けた。
「僕は良くここに来ているんです。これまで一度も宇宙に行ったことがなかったから、こうして宇宙から地球を見るのが楽しくて。楽しいというのかな、不思議な感じがして、なんて言えばいいのかな……」
陸がしどろもどろに話している間、友香は無反応だった。
「友香さんはもう何度も宇宙に来ているんですか?」
「初めての宇宙飛行は6歳のときです。それから年に3度はジュニア宇宙プログラムに参加しました。エンジニア組で参加することがほとんどでした。大型宇宙船の整備技術は大学で学びました。Ⅰ型、Ⅱ型の操縦免許は所得しています」
「そっか……」
友香の淡々とした口調にはいつまでも慣れることがなかった。
「僕は自転車までしか乗ったことがないから、いきなりこんなことになって驚きだよ。でも、ようやく螺旋が自分の手足のように動かせるようになってきて、自分の体ではとても出せないスピードで飛ぶってなんか感動的だったな。友香さんも宇宙船を操縦したときはそんな感覚だったんですか?」
「いえ、特に感動はありませんでした」
「そっか……」
陸は宇宙空間に目をやった。地球はいつまでも美しく輝いていた。
「これからどうなるんだろうね……螺旋は宇宙戦争を戦うためにあるんですよね。僕は戦争なんて考えられないけど……」
陸は視線を落とした。目の前の課題に集中してやってきたけど、いずれは宇宙戦争の戦場に出ることになるのだろうか。戦争を戦うということがどういうことなのか、陸にはまったく想像できなかった。
「螺旋は兵器ではありません」
唐突に友香が口を開いた。
友香はさっと陸のほうに目を向けた。二人の目が合った。
「螺旋を動かすのはあなた。すべてはあなたが決めること。戦うことも戦わないことも。螺旋の心はあなたの心なのだから」
「……」
「失礼します」
友香は頭を下げると、何事もなかったかのように音も立てずに去って行った。
陸はしばらくその後ろ姿を見つめていた。




