4、螺旋計画始動
陸の慣れない宇宙生活が始まった。
宇宙生活での初めての夕食。
任意ではあったが、要人の食事会の誘いは断りづらく、陸は渋々参加した。
アメリカ大統領のケネディ、日本総理大臣の恵梨香、その娘の友香は覚えたが、コロニーには他にもさまざまな要人がいる。
「コロニーの管理責任者のチーフ、テイラー・ブラインゼットです」
「システムエンジニアを統括しているチーフのスティーブン・グローバーです」
「観測センター長のブライアン・ゴンザレスです。宇宙線飛瀑量など精密に管理しているので安心してください」
「宇宙管理局チーフの浜田健一です。コロニー周辺の衛星から宇宙船までさまざまなものを日夜管理しているよ」
「量子コンピュータエンジニアのマーティン・バーラードだ。NASAから派遣されて来たんだ」
「ヤマト運送の倉庫管理長の町田慎吾です。このあたりのコロニーの物流を担っているのはヤマト運送だよ。月にも支社が2つあるんだ」
「よ、よろしくお願いします」
覚えられるわけないじゃんと陸は苦笑した。
豪華な食事会だったが、何を食べたかもあまり覚えていないまま、陸は部屋に戻ってきた。
「ここがトイレ、こっちが洗面所か。水量や温度はこのパネルで管理するんだな。エアコンは自動にしておけばいいという話で……」
陸はテレビの前に立った。
これからゆっくりテレビという気分でもなかった。
陸は豪華なベッドに横たわって天井を見上げた。
落ち着かない。わくわくすればいいのか喜べばいいのかわからない。
これは望ましい未来なのか。
陸は自分の手のひらを見つめた。
「僕はただの高校生。ただの市民だよ」
ある日突然、超能力に目覚めた主人公みたいな漫画はこれまでに何度か見てきたが、そうした主人公たちはどんな心境だったのだろうと想像した。
「螺旋か……」
陸が手に入れたのは螺旋という謎の兵器。今でも信じられない。自分だけがそれを動かすことができるなんて……。
自分は特別な存在だったのだろうか。だとしたら、一体……。
「考えてもしょうがないな」
陸は目を閉じた。
翌朝、M25コロニーに螺旋計画のためにアメリカの特殊部隊が集まってきた。
巨大な宇宙船が格納庫につながる発着場に多数着艦した。
螺旋計画はトップシークレット計画であるため、多くの兵士たちには「合同軍事演習」と説明されている。
螺旋計画の中心人物である陸はたったいま目を覚ましたところだった。
部屋に呼び出し音が鳴り響いている。
「うーん……」
ベッドから起きだし、ドアに急いだ。
ドアを開くと、起立した女性の姿があった。
「うわぁ!」
陸は思わずたじろいだ。そこにいたのは総理大臣の娘の友香だった。
「まもなく螺旋計画の合同軍事演習が始まります。そろそろ準備を始めてください」
「あ、うん……」
「何かお手伝いすることはありますか?」
「いや、いいよ……」
「では、私は寮のミーティングルームに待機しております。準備ができ次第、ミーティングルームに来てください」
要件を淡々と説明すると、友香は去って行った。
挨拶も世間話もない、本当にビジネスライクな対応だった。
陸は着替えを始めた。
時計は7時22分を指していた。
「コロニーが地球を1周する周期は約18時間だって話だから……いま地球は……」
計算しようとしたが、靴下をはき損ねて転倒したため、計算を中断した。
陸は慌ててミーティングルームに向かった。
ミーティングルームには友香が一人で静かに待っていた。
読書をするわけでもなく、タブレットを操作するわけでもなく、ただジッとソファーに座ったまま、ほとんど動かなかった。
「ごめん、待った?」
陸がやって来ると、友香は立ち上がり、陸と向かい合った。
「あなたに誰かを待たせるという概念は存在しません」
「へ?」
「この世界はブラックホールとダークマターによって銀河を成し、恒星によって惑星は秩序を成し、その引力によってあらゆる物質、生命体が形成されます。いま地球の中心にいるのは螺旋の遺志を持つあなた。地球のあらゆる物質と生命体はあなたという引力によってそこにある身」
「……」
「私もあなたの引力によってのみここにいる存在。あなたを中心に螺旋計画は実行されます。大統領も総理大臣もあなたの引力には逆らえません。だから、あなたの都合に私たちは従うだけ。それが地球人の義務」
「……」
陸は頭を掻いた。どう言い返せばいいかわからなかった。
「これからどうしますか? 朝食か入浴か、もうしばしお休みになられますか?」
「じゃ、じゃあ、朝食で」
「ではこちらへ。案内します」
友香は踵を返して歩きだした。陸はしばらくその後ろ姿を見つめていた。その後ろ姿は大きな恒星から遠ざかっていく迷子の星のように見えた。
陸はわがままを封印して、きちんと集合時間であった午前9時の15分前に言われた場所にやってきた。
立派な広々とした会議室だった。
すでにアメリカ大統領のケネディが来ていた。
ケネディは国務長官や特殊部隊の隊長たちを携えていた。
今回の螺旋計画を知らされているのはごく一部の要人にとどまる。
彼らはその数少ない例外だった。
ケネディは友和な態度で陸に接した。
「最初の1週間は基本的な飛行訓練をしよう。レーダーの読み方、位置情報の読み方など、大丈夫、みなが優しく教えてくれるよ」
「そうとも、このおれが教えてやる」
ケネディの後ろから立派な体躯の男が前に出た。
「おれはアックス・ベロベロバア。特殊部隊「タロッチ」の隊長よ」
アックスは特殊部隊の隊長とは思えないコメディな雰囲気で自己紹介した。
「がははははは、タロッチなんておかしな名前で笑っちまうだろ。なぜ、タロッチか知ってるか? それはタロッチを立ち上げたときのペンタゴンの長官の名前がジョン・S・タロッチだったからさ。情けない名前がそのままついちまったわけよ。やはり、名前は大事だよな。その点、おれの名前はかっこいいだろ。アックス・ベロベロバアだ」
アックスは再度名乗った。陸は苦笑して頭を下げた。
「彼は15歳で軍人として歩み始め、多くの宇宙戦争を戦い抜いてきた立派な男。ぜひ、彼から多くを学んでくれ」
ケネディはアックスの実力の太鼓判を押した。
そうこうしているうちに、続々と要人たちが集まってきた。
螺旋計画は始動した。
ちんけな開会式が行われた後、さっそく飛行訓練が始まった。
螺旋の力は未知数。
まずは螺旋の力を掌握するための訓練が実施された。
陸は螺旋と向かい合った。
「陸、よろしく頼むよ」
ケネディに言われて、陸は頷いた。
陸が螺旋の瞳に目を向けると、陸の体の周りに青い光が輝き始めた。
この光は特別な光で、外から光の内部に入ることができない。
ゆえに、陸以外の人物は螺旋の内部に入ることができなかった。
陸の体の表面から約7センチメートルまでのものであれば、螺旋内部に持ち込むことができる。
手に握りしめることができる小道具は持ち込めた。
しかし大きめのバッグなどは光の外にはじかれてしまう。
大規模な機械は持ち込めなかった。
螺旋の体に何かを取りつけても起動時にすべてはじかれてしまう。
そのパワーはすさまじく、現在最も堅いとされている「高分子結晶」が粉々に砕け散ってしまうほどのパワーではじかれてしまった。
螺旋の飛行実験が始まった。
「陸、聞こえるかね?」
ケネディが問いかけた。
「聞こえます」
「良かった。通信を取ることができるのは大変ありがたい」
陸は小型の無線機を装着して螺旋に乗り込んだ。
「螺旋は理論上、あらゆる電波を透過しないのだが、こうして通信ができるということは何か特別な方法で電波をキャッチしているのかもしれない」
螺旋はまだ未知数のもの。誰にもその可能性はわからない。
「陸、まずは螺旋を完全にコントロールできるようになってほしい。以前のようにコントロールが効かなければ、最悪地球に落下し、その場合はどうなるかというと、控えめに言っても、人類が生き残れる確率は0%だ」
「はい」
プレッシャーは大きかった。
「いま地球の大気圏は精度の高い迎撃システムが備わっているが、おそらく螺旋には通用しない」
「わかりました」
陸は言われたように飛行を始めた。
以前の要領もあって、飛行は安定した。
「陸、前回は推定40000マッハに達していた。しかしその距離で飛ぶのは時期尚早。まずは1から始めよう。マッハ1だ」
「はい」
速度のコントロールもだいぶ安定していた。
現在の速度を通信で受けながら微調整した。
時速1キロ単位で速度をコントロールできるようになった。
螺旋と飛ぶ時間が増えるほどに、どんどん螺旋と一体化していくようだった。
螺旋に登場している間、陸の体は自分でも認識できない状態にある。完全に螺旋の一部になっている。
ただし、身に着けていた通信機の感覚がある。目には見えないが、おそらく陸の体が無くなっているわけではないようだ。
「うまいぞ、陸。いい感じだ。一流の軍人とそん色ない」
ケネディはうまく陸を褒めた。
「陸、次は着艦だ。この着艦はとても大事で、さっき言ったように勢いよくコロニーにぶつかると、私は天使の翼を授かることになる」
「気を付けます」
螺旋は高性能宇宙船以上に速度の融通が利いた。
螺旋は人が階段を歩いて降りてくるかのように軽やかにコロニーの滑走路に降り立った。
「エクセレント! 陸、君は素晴らしい。ニュータイプだ」
螺旋計画はこのようなイロハからスタートを切った。




